また暫くは更新が停止しますので、クリスマス編スタートをのんびりとお待ちください
長机の上にはケーキと雪乃が淹れた紅茶。そしてそれを囲むいつものメンバー。そのうちの一人、由比ヶ浜が小さな声でせーの、と合図を出し、俺たちは揃って祝いの言葉を口にした。
「いろはちゃん、会長当選おめでとー!」
「おめでとう、一色さん」
「おめっとさん」
せーのの意味が全くないくらいにバラバラだった。なんの合図だったんだよ。
そしてそれを受けた本日の主役である一色の目尻には、嬉しさ故かキラリと光るものが見える。
「ありがとうございますー。このコップも、とても嬉しいです。本当に」
「気に入ってくれたなら良かったわ」
先日雪乃とモールに行った時に買ったコップを、指でソッと撫でる。雪乃も、それを見て優しい微笑みを浮かべている。
週が明けて数日後、一色いろはは無事に生徒会長に当選した。まあ、対立候補がいなかったから当然の結果ではある。
それでも、掲示板に貼られた一色の名前を見た時に、心底安堵したのは記憶に新しい。
「それじゃあケーキ食べよっか! これね、あたしとゆきのんで作ったんだよ!」
「おい、俺も一緒に作っただろうが。なにナチュラルに省いてるんだよ」
四等分された小さなホールケーキは、昨日の放課後に雪乃と由比ヶ浜、そして俺の三人で作ったものだ。と言っても、殆ど雪乃の手によるもので、俺と由比ヶ浜はちょこちょこ雑用を手伝っていただけだが。
それにしても何故ケーキ......。いや、いいんだけどさ。祝い事にケーキは別に間違っているわけでもないし。でも、もうすぐクリスマスだからその時にもまた食べる羽目になるんだろうなぁ。
「つまりこのケーキには先輩方三人分の愛情が込もってるってことですね!」
「それはない」
俺が愛情を向けるのは小町と雪乃にだけなんだからね! キモいか。キモいな。
しかし一色はそんな俺の否定の言葉を華麗にスルーして、フォークでケーキを口の中へと運んでいく。
「んー! 凄い美味しいです!」
「そう? それは良かったわ」
誰にも気づかれないように、ホッと小さく息を吐く雪乃。あれだけ味見してやったと言うのに、どうやら上手く作れたか不安だったようで。
「しかし、これで漸く一色の依頼も完遂か」
「そうね。あとは一色さん一人でも上手くやっていけると思うわ」
「うんうん。いろはちゃんなら出来るよ!」
文化祭、体育祭とこいつのフォローに回って、今回の選挙本番でもまあなんやかんやとあって、これからこいつが部室に顔を出すのも少なくなると思うと、少し寂しく思わなくもない。
だが今回は一色自身の意思で、生徒会長へと立候補したのだ。これで漸く、俺も一度目の時に彼女を会長にした責任から逃れられると言うもの。これで俺は自由の身だぜ......。
と思ったのも束の間、どうやら一色自身はそう思っていないようで。
「いやいや、なに言ってるんですか」
「はい?」
「結局今回も、悩んでる私を無理矢理生徒会長にさせたのは先輩方じゃないですかー?」
「いや、ないですかー、じゃないだろ」
おっと? 雲行きが怪しくなってきたぞ?
「特に雪乃先輩」
「私?」
「あんな風に無理矢理本音を言わされて、しかもあんな事言われちゃえば、生徒会長やるしかなくなるじゃないですか」
いかにも怒ってますよ、とプンプン頬を膨らませてフォークを横に振る。しかし相手はあの雪乃だ。一色のそんなあざと攻撃が通用するはずもなく。
「......確かにその通りね」
つ、通用、するはずも......。
「ええ、いいでしょう。そう言うのなら、私が責任を取ってあげるわ。本当に困った時はいつでもいらっしゃい」
あ、あれ〜? 雪乃さん、甘すぎない? しかもなんか無駄にイケメンじゃない? なんだよ、責任を取ってあげるわって。滅茶苦茶かっこいいじゃねぇかよ。ほら、間近で見ちゃったいろはす、顔真っ赤だよ? いろゆき、あると思います。
そして更に、そこに割って入る影が。
由比ヶ浜は回り込んで一色の方に立ち、そのまま一色を抱き締めた。
「もちろんあたしも手伝うよ! だから、困ったことがあったらいつでも頼ってね!」
「ふぁ、ふぁい」
大きなメロンに顔を埋もれさせて、くぐもった声の返事が聞こえた。隙間からチラリと見える一色の顔は、ニヘラもだらしなくなっている。
いろゆきゆい、ええ、いいですね。色々と捗る。色々と。
だが、待て。しばし。
この流れはいけない。このままだと、なんやかんやで奉仕部に依頼として持ち込まれ、結局俺も巻き込まれるパターンのやつだ。折角自由の身ななれたと言うのに、そんなことになってたまるかってんだ。
「おい待てお前ら、あまり一色を甘やかすな」
「あなたにだけは言われたくないセリフね」
おっしゃる通りでございます。
冷たい視線を寄越されたが、そんなものには負けない。俺は働きたくないんだ!
「いいか、そもそも最初に生徒会長になりたいと言って奉仕部に来たのは一色だ。その過程でなにがあっても、結局は一色の意思で会長になったんだから、俺たちは手伝わなくてもいいだろ。それに、そこまで手を出したら奉仕部の活動理念に反する」
「あなたはなにを言っているの?」
心底不思議な顔をされた。え、嘘、なんで分からないの? あなた文武両道の才色兼備じゃなかったの?
「文化祭の時と同じよ。別に一色さんの手伝いをすることを、奉仕部の活動の範疇に収める必要はないでしょう?」
無駄に可愛いドヤ顔でそんなことを言われてしまえば弱る。実際、文化祭の時はそれで一色の手助けを許容してしまっているし。
未だに一色抱きついている由比ヶ浜も、同調するようにうんうんと頷いている。
「て言うかヒッキー、なんだかんだ言いながら結局手伝うじゃん」
「あなたも学習能力のない人ね」
「......否定したいが否定出来ない」
君達のそれは学習と言うよりも、調教されていると言った方が正しいと思うんですけどね......。
恐るべし一色いろは。歳上のお姉様を二人も手玉にとってしまうとは。いや、この場合は一色の方も大分雪乃に絆されてるから、手玉に取ってるわけではないのか。最近は由比ヶ浜とのゆるゆり度も増してきてるし、陽乃さんとも仲良くしてるみたいだし、おまけに小町もかなり懐いている。
やだ、順調に雪乃ハーレムが出来上がっちゃってる......。
「いや、それにしてもだな......」
またぞろ屁理屈をこねくり回そうと口を開いたが、それを遮るように勢いよく扉が開かれた。
「邪魔するぞ」
現れたのは白衣の似合う女教師第1位(俺調べ)の平塚先生だ。この人はまたノックもしないで......。
「平塚先生、ノックを......」
「ああ、すまない。少し急いでいてな」
やはり雪乃から小言を貰われ、そしてその後に厳しい視線を一色へと向ける。当の本人はと言うと、気まずげに視線を逸らしていた。
まーたなにかやらかしたのかしら。いや、やらかす要素ないだろ、まだ当選して日は経ってないぞ。
「やはりここにいたか、一色」
「いろはちゃんがどうかしたんですか?」
「引き継ぎ作業がまだ全て終わっていないと言うのに、それを放ったらかしてどこかに消えたと思ったら......。君はこれから全校生徒の模範にならなければならないんだぞ。その自覚があるのか?」
それを聞いて、思わずため息が漏れた。流石の由比ヶ浜も庇えないと思ったのか、苦笑いを浮かべている。
「お前、今日は大丈夫って言ってたじゃねぇかよ......」
「だ、大丈夫だと思ってたんですよ! それに、ほら! 引き継ぎ作業だって別にいますぐやらないといけないわけじゃないですし」
「一色さん」
「ひっ!」
一色のみっともない言い訳を遮ったのは、酷く冷たい声音だった。
柔らかい笑みを浮かべた雪乃は、しかしそこに温度らしいものを含めず、一色へと優しく声をかける。
「手伝うとは言ったけれど、仕事を放り出すような人の手伝いをする気はないわよ?」
「や、やります! やって来ます! 速攻で片付けて来ますぅ!」
ビシッと立って敬礼までして、一色はスタコラと部室を後にしていった。
だから、それ俺も怖いからやめてくんない......? なんでそんな優しい声で背筋をゾクッとさせれるんだよ。
「はあ......。すみません平塚先生。まさか一色さんに仕事があると知らず......」
「ん? いや、いいさ。一色が君たちと仲良くしているのは良いことだ。それに、会長になったと言えど、彼女も奉仕部の一員だからな。これからも変わらず仲良くやりたまえ」
どうやら、いつの間にか一色は正式に奉仕部の一員になっていたらしい。あいつ入部届だしたのかなん? 出してなかったら部長には部員として認められないけど。ソースは由比ヶ浜。いや、でも俺も入部届出した覚えないな......。
「だからと言って、あまり甘やかすのも良くはないがな。君達がいなくなった後、苦労するのは一色だ」
「十分心得ています」
「うむ。分かっているのならいい。差し当たっては、クリスマスに海浜総合から合同イベントのお誘いが来ていてな。それをやらせてみようと思ってるんだ。もしあの子が、本当に助けを求めに来たら、その時は助けてやってくれ」
俺たちを優しい眼差しで見てそういった後、仕事が残っているからと言って平塚先生は部室を去っていった。
先生に言われなくても、俺たちは一色に頼られてしまえば、なんだかんだと言いながら助けてしまうのだろう。それは、あいつが初めての後輩で、この奉仕部の一員だから。
だから助けてやるのは構わない。構わないのだが、なーんか平塚先生、変なこと言って帰って言った気がするなー。
「クリスマス合同イベント、やっぱりやるんだね」
「そのようね......」
由比ヶ浜はうへーっと机に突っ伏し、雪乃もため息を吐いて肩を竦めている。
いや本当に全くもって二人に同感だ。
「今の一色なら大丈夫、と言いたいところなんだがな......」
「ええ。確かに一色さんは成長しているけれど、相手が相手ですもの......」
生徒会に立候補するようなやつらであれば、文化祭、体育祭における一色いろはの尽力の程は聞き及んでいるだろう。また、そこから転じて彼女の能力にもある程度の信を置いてくれるかもしれない。一色のやる気も自信も問題ない。
問題があるとすれば、海浜総合側だ。
更に他の問題もあるのだが......。
「まあ、あれだな。一色のリーダーシップ、その他生徒会役員のパートナーシップは問題ないんだ。俺たち奉仕部が生徒会とアライアンスを組むことになったとしても、上手くサポートしてイニシアチブを取れるようにケースバイケースで動くしかない。海浜総合側のリテラシーには期待してないが、方法次第ではwin-winの関係を探って一定のアグリーメントを得ることも出来るだろう」
やべぇ、自分で言ってて意味がさっぱり分からん。俺が分からないのだから由比ヶ浜に理解できるはずも無く、シラっと軽蔑の視線を送ってドン引きしてらっしゃるし、雪乃は頭が痛いのか、コメカミに手を当てていた。
「ヒッキー何言ってんの?」
「すまん、一瞬意識が高くなった......」
「今からその調子では、先が危ぶまれるわね......」
まじそれな。本当怖い。もう一度あの会議を体験する可能性があると言うだけで震えが止まらない。
しかし、クリスマス、か。
聖夜、恋人と二人きりで、なんてのは世のリア充的には常識なのかもしれないが、残念なことに俺たちのクリスマスは仕事で潰れてしまいそうだ。なにその社畜養成システム。怖い。フフ怖い。
社畜への道を堂々と邁進している恐怖に内心震えていると、由比ヶ浜があっと声を上げた。
「でもヒッキーとゆきのんはちゃんと二人で過ごさないとダメだよ?」
「いや、仕事入ったら無理だろ」
「それでも! イベント終わった後とかあるじゃん! それで、次の日はみんなでパーティするの! これ決まりね!」
「えぇ......」
「ゆきのんも! 分かった?」
「ええ、私は構わないわよ」
「やったー!」
別に雪乃と二人で、そして由比ヶ浜や他の奴らとクリスマスを過ごすことに対して異論はないのだが、そうなると俺は小町と二人きりのクリスマスを過ごせなくなってしまう。
まあ、あまり欲は言わない方が良いか。
そもそも一色から助けを求められると決まっだわけでもない。あいつなら上手くやってくれるだろう。やってくれるよね? 頼むから俺と雪乃のクリスマスのために上手くやってくれよ......。