まあ早い話が、渋と同時連載で進めるってだけなんですけどね。
本格的に冬が訪れ、しかし同時に仕事も訪れる。
11月の寒さを引き摺るどころか、更に気温をグングンと下げている12月の千葉。マフラーや手袋などの防寒具だけでなく、学校指定のコートまで引っ張り出してこないと厳しい季節となっていた。
だがその厳しさに反比例するかのように、登校時の雪乃の魅力はグンと上がっているのだ。彼女も登校する時はマフラーをしており、そこにもふっと埋めた顔や髪の毛がとてもチャーミングである。やはり夏服より冬服だよ兄貴。
まあ、そんな惚気はどうでも良くて。
外気温はマイナスを記録してはいないものの、殆ど0に近いのではと錯覚する程の寒さではあるが、我が奉仕部の部室はあたたかな香りと雰囲気に包まれていた。
つまりはいつも通り、平常運転で平和な奉仕部である。
一色が一度目の時に手伝いを依頼しに来た日から、既に一週間は経過しただろうか。この感じだと、上手く行っているっぽくてなによりだ。
「あっ、ねえねえゆきのん。これなんかどうかな?」
「流石に厳しいのではないかしら?」
「んー、そうかなー?」
俺の座る向かい側では雪乃と由比ヶ浜の二人が身を寄せ合って座り、さっきから何やら女子女子した雑誌を読みながら会話を交わしている。
いつもなら由比ヶ浜にくっつかれて鬱陶しそうな顔しながらもなんだかんだ受け入れる雪乃ではあるが、今日はこの寒さゆえか、特に文句を言うでもなく由比ヶ浜を受け入れていた。
そしてナチュラルにはぶかれる様にして一人本を読む俺。今日はラノベではなく、小町から借りた少女漫画だ。先日材木座とこの漫画の話になった所為で読み返したくなってしまった。
「あ、ならこれは?」
「なるほど、これならなんとかなりそうかもしれないわね」
「でしょでしょ? ねえねえヒッキー!」
「んあ?」
ハブられていた筈なのに唐突に名前を呼ばれた。お陰で随分と間抜けな声が出てしまったじゃないか。
俺を呼んだ由比ヶ浜は広げていた雑誌と俺を見比べ、うんうんと頷く。いや、あの、結局なんの用なの? 漫画の続き気になるから早くして欲しいんですけど。
「ちょっとそこに立ってみて?」
「なんでだよ」
「いいからいいから!」
これまたいつも通り押しの強い由比ヶ浜に言われるがまま、指し示された教卓の前に立つ。そして女子二人がまた俺と雑誌を見比べるのだ。
「ほら、やっぱりこれならいい感じだよ!」
「そうね。後はやはり、あの目をどうにかして......」
「それならメガネ掛けたら良いんじゃないかな?」
「メガネ、ね。なら一度私のを掛けさせてみようかしら」
そう言って雪乃はカバンの中からブルーライトカットのメガネを取り出し、こちらに差し出してくる。
「八幡、これを掛けなさい」
「いや、別に良いけど......。なあこれなんなの?」
「いいから」
「......」
説明はしてくれないんですね。まあ良いけども。
言われるがままに雪乃に渡されたメガネを掛けると、女子二人は何故か若干顔を赤らめていた。そしてヒソヒソと交わされる内緒話。
「あの、由比ヶ浜さん? あれはどう言うことなのかしら?」
「さ、さあ? あたしもヒッキーがメガネ掛けたの初めて見たとき、すごいビックリしたんだけど......。でも、すごいカッコよくなってない?」
「そうね......。けれど彼がいつもメガネを掛けるとなれば、余計な虫が寄ってくるかもしれないし......」
「それは大丈夫だと思うよ? ゆきのんの彼氏に手を出すとかそんな怖いもの知らず、この学校にいないと思うから」
「......あなたが私をどう思っているのかは後でじっくり聞くとして」
「ひっ!」
「それもそうね。八幡、もう良いわ。メガネは却下よ」
結局何がなにやら分からないまま、メガネを返せと言われた。外したメガネを返す為に雪乃と由比ヶ浜の方に歩くと、どうやら広げていた雑誌は俺が思っていたよりも女子女子したものではないらしく。なんかメンズファッションがどうやらこうやらとか書かれている。
つまり、ここにあるコーディネートを俺に合わせて似合うかどうか話していた、と。
うーん、あれかな? ゆきのんはこの前のデートで俺の全身コーディネートにハマったのかな? 母ちゃんとか小町みたいなことするな。
「比企谷八幡はメガネを掛けると生き返る。覚えておくわ」
「別に死んでないから」
「でもでも、メガネ掛けたヒッキー、目が生き返ってたよ?」
「元々死んでるみたいな言い方やめろ。いや、否定はできないけども」
てか、メガネ掛けたら俺の目って生き返るんだ。初めて知ったよそれ。一度目の時に雪乃の誕生日プレゼント買った時の由比ヶ浜のリアクションに納得してしまった気がする。
メガネもちゃんと返した事だし、席に戻って漫画の続きでも読もうかと思うと、コンコンとノックの音が響いた。俺が戻るのも待たずにどうぞ、と雪乃の声。お陰様で戻るタイミングを失ってしまった。
そうして開かれた扉の先には。
「せんぱ〜い!やばいですやばいです、やばいんですぅ!」
恐ろしく語彙力の低下した一色いろはが、涙目で立っていた。
まあ、なにがやばいかはある程度予想出来るけど。寧ろ予想出来てしまうのが悲しい。
どうやら危惧していた通り、俺のクリスマスは仕事で潰れてしまいそうだ。
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「それで、具体的になにがどうやばいのかしら?」
四人それぞれのティーカップと湯呑みに紅茶を淹れた雪乃が、落ち着いてきた一色に問いを投げかける。
どうでもいいけど、雪乃の口からやばいって単語が出てくることの違和感がやばい。
「聞いてくださいよ雪乃先輩! クリスマス合同イベントの会議が始まったのはいいんですけど、向こうが全然話を聞いてくれないんですよ!」
「つーことは、また一度目みたいなやり取りをしてるってことか?」
「そうじゃないんです。今回は最初から、わたし達と海浜総合で別々にやろうって話をしてたんですよ。生徒会の人達にも事前にその話は通しましたし、今までの会議で毎回その提案はしてるんですけど、全然相手にしてくれなくて......」
聞いている限りでは、やはり総武側の生徒会にはなにも問題はないらしい。その辺りは一色がこの二度目で培ってきたものがあるからだろう。
しかし、問題はやはり海浜総合側か。どうせまたあのろくろ回しが炸裂してるんだろうし、それさえどうにかすれば良いだけか。
だが、一色自身に何も問題がないのかと問われれば、首を傾げるところだ。
「一色、お前のその別々でやろうって提案は一回目の会議からしてるのか?」
「さっきからそう言ってるじゃないですか」
改めて確認を取り、ついコメカミの手を当ててしまった。向かいを見れば、雪乃も同じポーズをしている。
「え、ちょ、なんですか先輩も雪乃先輩も! わたしなにかマズイ事しましたか⁉︎」
「マズイもなにもな......」
「一色さん、今回のイベントはあくまでも合同なの。それがどう言うことか分かるかしら?」
「つまり、どう言うことですか?」
「合同でイベントやろうって言って誘いに乗ったのに、会議初日から私達はあなた達とは別でやりますって言って通じると思うか?」
「......あっ」
どうやら一色も気がついたらしい。未だによく分からないと言った風に首を傾げている由比ヶ浜への説明は雪乃に任せるとして。
一度目の時、海浜総合と総武で別々に催しを行う事になった原因は、確かなあちら側にある。予算も時間も全く足りない中で、ならどうすれば良いかとなった結果、俺たち総武は海浜総合と袂を別つことになったのだ。
しかし今回、一色は会議初日から別でやらせてもらうと提案したと言う。そんなもの、海浜総合のあいつらでなくともノーと答えるだろう。なにせ合同イベントなのだ。こんな早期にその提案をするべきではなかった。まあ、どのタイミングで提案したとしてもやつらの一言目はノーだろうが。
常識人っぽい副会長やらがよく一色の提案を飲んだなとは思うが、恐らくは海浜総合の惨状を見て後々から一色の判断は正しかったと信じるしかなかったのだろう。
聞けば、一色や他の生徒会役員も意見すべきところは意見しているらしい。それだけはまだ救いがあると見るべきか。
「あの徹底した合議制の会議に、早期から否定の流れを作っているのは良い。総武側で、別々になることになった時の具体案を決めてるのも、まあ及第点だ。だけど、提案したタイミングは最悪だな」
「そうね。あの手の輩は一度そうやって否定したことを覆すことはそうないでしょうから......」
「うぅ......」
「一応聞いとくが、小学生や幼稚園生達は?」
「......昨日アポ取りに行って、今日から参加予定です」
「「はぁ......」」
俺と雪乃のため息が重なって部室に響いた。一色は依頼人席で肩身狭そうに俯いている。
この様子では会議の主導権も向こうが握っているのだろう。二年生の玉縄と一年生の一色。どちらがメインになって会議を進めるべきか、多数決でも取れば直ぐに票は向こうに傾く。文化祭の時と同じく、ここでも一色いろはの一年生と言う肩書きが邪魔をしてしまっている。
「ま、まあまあ! 取り敢えずいろはちゃん困ってるみたいだしさ、一回その会議がどんな感じになってるのか見に行ってみようよ!」
「結衣先輩......!」
「ま、実際に見てみないと具体的なアドバイスはなんも出来んからな」
「先輩......!」
んじゃまあ、今回も妖怪ろくろ回しと戦いに行きますかな、と確認の意味も込めて部長の方を見ると、呆れたようにまたため息を吐いていた。そんなにため息してたら幸せ逃げちゃいますよ?
「全く......。先日はああ言ったけれど、あまり一色さんを甘やかしても良くないわよ」
「雪乃先輩、ダメですか......?」
一色が瞳をうるわせて雪乃を見つめる。
それを横目で見つつもたじろぐ雪乃。
そうして二人が見つめ合うこと数秒。俺も由比ヶ浜も、知らずゴクリと息を呑む。
「......雪乃先輩」
「......っ」
トドメと言わんばかりにもう一度一色が雪乃を呼ぶと、雪乃は観念したかのようにまたため息を吐いた。
「はぁ......。分かったわ。取り敢えず、一度会議に顔を出して状況を把握しましょう」
「やったー! ありがとうございますー!」
「ちょっ、一色さん、近いのだけど......」
「やっぱりゆきのんは優しいねー!」
「由比ヶ浜さんまで......」
雪乃の肯定の言葉に、一色は喜んで雪乃へと抱きついた。そして何故か由比ヶ浜も反対側から身を寄せる。
あの、仲良くゆるゆりしてるところ悪いですけど、早く行かないと会議の時間きちゃいますよ?
最近女子三人が仲良すぎて恋人が取られそうな、どうも俺です。
「つか、結局折れるんなら変に断ろうとしなくていいだろ......」
「八幡? 何か言ったかしら?」
「いんや、なにも」
おいさっきまで二人とゆるゆりして満更でもない顔してただろ。なんでそんな瞬時に、いてつくはどうを撒き散らせるんだよ。バフ消えちゃったじゃねぇか。特になにも掛かってないけど。