カワルミライ   作:れーるがん

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このサブタイトルつけたいがためにハーメルンで投稿したみたいなとこはある。


彼の、その身に潜む化け物は。

「葉山先輩じゃないですか〜!どうしたんですかこんな所に?」

 

 来客、葉山隼人が部室に入ってきた瞬間から一色の様子が変わった。

 なんかさっきまでの数倍あざとい感じになった。

 流石の豹変ぶりに雪ノ下と由比ヶ浜もちょっと引いてる。

 こんな所で悪かったですね。

 

「ああ、ここに居たのかいろは。練習の途中で平塚先生に連れていかれたからどうしたのかと思ったよ。お取り込み中なら出直すけど?」

 

 そう言えば一色はサッカー部のマネもやってるって言ってたな。

 ははーん、つまり、一色いろはは葉山隼人目的でサッカー部のマネージャーになったってわけか。葉山に対する態度があからさま過ぎるし。

 

「いえ、大丈夫よ。一色さんとのお話も終わった所だし、お話を伺うわ。こんな所で良ければ、だけれど」

 

 ある言葉をやけに強調してふふ、と微笑をする雪ノ下。だから、その笑い方怖いんだって。一色がひっ、て小さく悲鳴上げてるでしょうが。

 雪ノ下は立ち上がって葉山の分のついでに全員の紅茶を淹れ直してくれた。

 そしてティーカップと紙コップが全員に行き渡った所で、葉山が口を開く。

 

「えっと、平塚先生から相談事ならここに、って言われたんだけど、合ってるかな?」

「ええ。奉仕部は生徒の悩みを聞いてそれを解決する部活動よ」

「なら良かった。俺からの依頼なんだけどさ、実は......」

 

 そう言って携帯を取り出した葉山は、メールBoxを開いてこちらに見せてくる。

 

「あ、これ......」

「さっき由比ヶ浜のとこに届いたやつか」

 

 チェーンメール。

 俺の言った通り、先ほど由比ヶ浜の携帯にも届いたものと同じやつだ。

 そこに書かれている内容は大きく分けて三つで、戸部はヤンキーだとか大岡は三股だとか大和はラフプレイヤーだとか、昔の不良漫画かよって内容だった。

 

「戸部先輩がヤンキーって、流石にそれはないでしょ」

 

 メールを見せられた一色はその内容を鼻で笑っている。確か戸部は葉山と同じサッカー部だった筈だ。流石の小悪魔いろはすも、先輩を悪し様に言われるのは腹が立ったのだろうか。

 

「だって戸部先輩ってちょーいい人ですよ?」

 

 うーん、今のいい人の前に都合の、って付きませんでしたか?大丈夫ですか?

 

「お前の依頼はこいつをどうにかしてほしいって事か?」

「ああ。お陰でクラスの雰囲気も悪くなってるしな。別に犯人探しがしたいんじゃないんだ。丸く収める方法を知りたい。なんとか頼めないか?」

「丸く収めたい、ね」

 

 丸く収める方法なんて一つしかない。

 犯人を特定する。これだけだ。

 チェーンメールと言う奴は出所がわからない故に恐ろしい。目に見えない悪意という奴はどこまでも拡散する。ならばその大元を断ち切らない限りは何度も続くだろう。

 

「ゆきのん、あたしからもお願い。なんとか出来ないかな?」

「そうね......」

 

 由比ヶ浜に迫られてしまっては雪ノ下も断れないのか、少し考える素ぶりを見せる。

 一方で一色は、葉山に戸部以外の二人のことを聞いていた。

 戸部は見たまんま煩い奴だとして、残りの大岡はラグビー部の優柔不断鈍重野郎、大和は周りの目を気にする風見鶏と言ったところか。

 我ながら酷い評価の下し方である。雪ノ下の毒舌が移ったのかな?

 

「チェーンメールが発生したのはいつ頃?」

「先週末くらいだったと思うよ。丁度職場見学の希望表を提出した日だな」

「ならそれね」

「あー、職場見学の班決めかぁ......」

 

 思い当たる事があったのか、由比ヶ浜は肩を落とす。

 一色は何の事か分かっていないようだ。

 

「結衣先輩、班決めで何かあるんですか?」

「こう言うのってナイーブになる人いるからさ。班決めで今後の人間関係が変わったりとか。そう言うのあるんだよ」

「へー、そーなんですか」

 

 興味無さそうに返事を返す一色。

 まぁ君はそう言うのとは縁遠そうだよね。班決めとか男子どもが挙って誘って来そうだし。

 

「比企谷くん。取り敢えず、明日一日葉山君のグループを観察して来てくれるかしら」

「え、俺?」

「あら、人間観察はぼっちの得意技なのでしょう?」

 

 いや、そうだけども。そう言うのは由比ヶ浜に任せた方が、いやダメだ。こいつ基本アホの子だからどこでボロが出るか分からないし。

 

「はぁ、分かったよ」

「今回は私はお役に立てそうにありませんねー」

「二年の問題だから仕方がないわ」

「ゆきのん!あたしも!あたしもやってみるよ!」

「あ、その、由比ヶ浜さんはちょっと......」

 

 はぁ、働きたくないなぁ。でも雪ノ下にお願いされた以上、やらない訳にはいかないしなぁ。やだ、俺社畜みたい。

 

「頼むよ、ヒキタニくん」

 

 だから比企谷だっつの。

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、雪ノ下からメールが来た。

 偶に彼女からメールが来るときがあるが、その時は大体猫の話かパンダのパンさんの話だ。

 あいつのメールのお陰でパンさん知識が余計に増えてしまった。

 て言うか雪ノ下さん猫とパンさんそんなに好きなんですか。もはやオタクの域を通り越してマニアとかだと思うんですよ。

 まぁ、あいつとのメールは嫌いでは無い。

 中学時代の黒歴史に名を連ねる女子とのメールのやり取りには無かった感覚。

 あいつとのそんな何気無いやり取りが、心の底から楽しいと思う。

 閑話休題

 さて、今回は猫とパンさんどっちの話かとスマホを起動させると、そのどちらでも無かった。

 

『あなたはどうしても依頼が解決できない時、どうする?』

 

「なんだこのメール?」

 

 全く意図が読み取れない。

 このタイミングで奉仕部としての話をしていると言うことは、昼の葉山の依頼についてだろうが、まさか雪ノ下から解決出来ない事を前提としたメールが来るとは。

 

『そりゃそん時考えるだろ』

『なら質問を変えるわ。葉山君の依頼、あれは解決できない。職場見学当日では遅すぎるから中間考査にしましょう。それまでに犯人を特定するのは不可能よ。それが分かった上で、依頼人である葉山君の依頼を解決するにはどうしたらいいと思う?』

『そんなもんまだわかんねぇよ。明日、言われた通りクラスの連中観察したらなんか分かるんじゃねぇの?』

『そう。なら明日宜しくね。何も出来なくてごめんなさい』

 

 それで雪ノ下とのメールは終わった。

 最後の「何も出来なくてごめんなさい」の一言。そこに、字に表しきれない複雑なものが色々と重なってるように思える。

 何も出来ていない訳がない。今までの三つの依頼だってあいつがいなければ解決出来なかった。由比ヶ浜に料理を教えたのも、材木座に批評を下したのも、戸塚のために練習メニューを組んだのも全部雪ノ下がやった事だ。今回だって、彼女は職場見学と言うキーワードまで絞り込んでくれたではないか。

 きっと、このメールの向こうでは、雪ノ下がまたあの苦しそうな表情を浮かべているんだろう。

 確信なんて無いのにそう思ってしまう。

 それが、俺の胸の奥をキュッと締め付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼休み。

 俺はベストプレイスに向かわずに教室で飯を食っていた。いつかのように雨が降ってるわけでもないが、仕事故致し方なし。

 そそくさとパンを食い終えると、音楽を流していないイヤホンを耳に装着。周囲の音に気を配り、腕を枕にしてから寝たふりを決め込む。更に腕の隙間から葉山グループの方を覗き込めば完璧だ。

 

 さて、葉山グループでは現在、葉山を中心として会話が繰り広げられている。

 誰かが話を振ると、それに答え、更にそれに答えるようにドッと笑いが起こる。まるでバラエティ番組に流れるような空虚な笑い声。心から笑ってるやつなんて一人もいない。そんなもので繋ぎ止めなければいけない関係なんて、所詮は偽物でしかない。

 暫くそうして会話を聞いていると、葉山がちょっとごめんな、と言ってグループを抜け出して来た。

 お手洗いにでも行くのかしらん、と思っていると何故かこっちに歩いて来る。

 え、待て待てこっち来んな。

 

「や、ヒキタニくん。何かわかったか?」

「何も。て言うか、ちょっと見ただけで分かったんなら態々俺たちに依頼して来るようなことでもないだろ」

 

 自分でも思ったより低い声が出た。

 どうやら本能的にリア充代表の葉山を敵とみなしたらしい。

 

「それもそうか」

 

 肩を落とす葉山。

 多分、こいつはいい奴なんだろう。

 由比ヶ浜にも言えることではあるのだが、俺みたいなぼっちにも分け隔てなく優しく接してくれるこいつは優しい奴だ。

 だが、その優しさのベクトルは、俺があの部室で知った優しさとは明らかに違う。

 だから、俺はこいつの事を好きになれない。

 

 そんな風に考えながら、ふと葉山の抜けた面々に視線をやってみると、気づいたことがあった。

 一人は携帯を弄り、一人は意味もなくストレッチをし、一人は窓の外をぼーっと見ている。そして三人ともタイミングは違えど、時折葉山の方をチラリと伺う。

 

「なるほど、そう言うことか」

「え、何かわかったのか?」

「放課後部室に来い。最良の選択肢を提示してやるよ」

 

 ここから先は、俺のターンだ。

 

 

 

 

 

 

 

「やっはろー!」

「うす」

「こんにちは」

 

 放課後、葉山と一色は部活があるので、それまではいつもの如く三人で放課後ティータイム。今日のお茶請けは煎餅だ。毎日手作りして来るのは大変なのか、偶に市販のものを持って来る雪ノ下である。

 しかし、紅茶が美味しいのに変わりはない。いつものように淹れてくれた紅茶を少し冷ましてから一口。

 

「ふぅ......」

「ヒッキー、なんか疲れてる?」

「そりゃまぁ、な」

 

 今日は脳味噌を酷使した。

 葉山の依頼云々じゃない。昨夜の雪ノ下のメールだ。正確には、それを発端として考えなければならない事が出来てしまったと言った所か。

 いい加減、あの妙な既視感や懐かしさについて考えなければならない。これまた理由は説明出来ないのだが、雪ノ下とのメールのやり取りで何故かそう思った。

 

「依頼の件、任せきりにしてしまってごめんなさい......」

「そんな謝るような事じゃないよ!あたしなんて優美子とか姫菜に聞いてみたりしたけど、何もわかんなかったし」

 

 たはは、とお団子頭をクシクシする由比ヶ浜。

 しかしその言葉では納得いかないのか、雪ノ下は首を横に振る。

 

「私は、出来ていたつもりでいただけよ。なんでも知ったつもりでいて、本当は何も知らなかった。何も出来てなんかいなかったわ。いつも、何もかも誰かに任せきりで......。

 そう言うのは辞めようと決めたのだけれどね」

 

 あの、苦しそうな表情で、自嘲的に笑う雪ノ下のその言葉の意味を、全て理解出来たわけでは無かった。理解したいと思えても、それが出来ないもどかしさがある。

 それでも、俺から言える事があるとするならば。

 

「お前は自己完結し過ぎだ。雪ノ下雪乃のこれまでやって来たことを評価するのはお前自身じゃない。それをこれまで見て来た奴らだ。もっと自分に自信持て。

 それに、そうやって思うのは、今までの依頼人に失礼ってもんじゃないのか?」

 

 由比ヶ浜にチラリと視線をやる。

 彼女こそがこの奉仕部に来た依頼人の一人目。いや、雪ノ下の言葉を聞く限りでは俺が来る以前にも依頼人はいた様子だが、俺からしたら正しく由比ヶ浜が依頼人第一号だ。

 

「そうだよゆきのん!あたし、ゆきのんのお陰でクッキー作れるようになったし、ヒッキーにもちゃんとお礼出来たんだから!それにさ、ヒッキーの方があたしの依頼の時なんもしてなかったんだから大丈夫だって!」

「おい、何もしてなかった訳じゃないだろ。あの劇物を処理したのは誰だと思ってるんだ」

「さ、最初に比べたらどれもマシなやつばっかだったじゃん!」

「そもそも、雪ノ下と一緒じゃないと直ぐ木炭になっちまうんだから、作れるようになったとは言えねぇだろ」

「前に比べたらマシだもん!ヒッキーのバカ!キモい!死んじゃえ!」

「おい由比ヶ浜、言っていいことと悪いことっていうのがある。特に人様の命に関わることは尚更だ。命ってのは尊いものなんだから軽々しく死ねとか殺すと言ってんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」

「あ、ごめん......って!今言った!超言ったよ!」

 

 俺と由比ヶ浜がアホなやり取りを繰り広げていると、隣からふふ、といつもの優しい微笑みが聞こえて来た。

 雪ノ下の表情は、先程までとは打って変わっていつもの穏やかなそれへと変化していた。

 

「あなた達を見ていると、悩んでいるのがなんだか馬鹿らしく思えて来るわ」

「おい今俺をこいつと一括りにしたな?訂正を求めるぞ。俺は由比ヶ浜ほど馬鹿じゃない」

「私も馬鹿じゃないし!」

 

 三人、顔を合わせて同時に吹き出す。

 よし、いつもの俺たちの感じが戻って来た。

 悩むことは悪いことではない。考えに耽る事は間違いではない。それはきっと、人間誰しもに必要なことなのだ。でも、何について悩むのか、何について考えるべきなのか。そのポイントを間違えてはいけない。いつか誰かに、そう教えてもらった気がする。

 雪ノ下はそこを間違えていた。だから全てを己の中で完結させる。彼女が俺同様完全なるぼっちならばそうならざるを得なかっただろうが、今の雪ノ下は一人ではない。

 由比ヶ浜がいて、戸塚がいて、ついでに材木座もいるんだから。

 

「私は、ちゃんと出来ているのかしら」

 

 具体的な事など何も示さない言葉だが、それに対する俺たちの答えなんて決まっている。

 

「当たり前じゃん!」

「左に同じく」

「......ありがとう」

 

 そう言って微笑んだ雪ノ下の美しい笑顔に、今度は完全に心を奪われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、なんだかシリアスじみた会話をしてしまったが、今日のメインは葉山の依頼である。

 雪ノ下がああやって悩んでしまったのも、葉山の依頼が原因となってるかもしれないし。なんだよ雪ノ下を困らせるとか葉山のやつ最低だな。

 

「さて、では今日の成果を報告してもらいましょうか」

 

 部活が終わって奉仕部の部室へとやって来た葉山と一色を交え、依頼の話を進める。

 

「あたしはさっきも言った通り、何も分かんなかったよ。ごめんねゆきのん」

「いえ、気に病む必要はないわ。その代わり、そこの男が何か思いついているようだし」

 

 そんな期待の眼差しを向けるな。多分、お前らが思ってるような解決方法ではない。

 

「まず前提を確認しておこう。今回のチェーンメールの犯人は、あの三人のうちの誰か一人だ」

「でしょうね」

「まぁ当然ですよねー」

 

 声には出さないが、控えめに頷いているところを見ると由比ヶ浜も概ね同意らしい。

 だがこれに意を唱えるやつが一人。

 

「ちょっと待ってくれ!これはあいつらを悪く言ったチェーンメールなんだぞ?わざわざ自分の悪口を自分で書くやつがいるのか?」

 

 まぁ、葉山ならそう言うと思ったよ。

 きっと、そんな身近にこんな悪意が潜んでるなんて考えもしなかったんだろうな。葉山は常に集団の中心にいる。故に、彼に向けられる悪意と言うのは集団から外れたものから向けられるものだ。

 更に言えば、今回は彼に直接悪意が向けられた訳ではない。常に好意と善意で身を固めていたこいつには理解出来ないことだろう。

 

「馬鹿かお前。そんなもん自分が疑われないようにするために決まってるだろ。もし俺なら更に他の奴に罪をなすりつけるまでやるね」

「先輩最低ですね」

「ほっとけ。兎に角だ。あの三人のうちの一人が犯人だというのは確定事項としてもいい。だが、その中から一人を絞り込むには現状では情報が足りない。そうだな雪ノ下?」

 

 昨日のメールの内容を思い出して、雪ノ下に確認してみる。

 

「ええ。特定する事自体は難しいことではないのだけれど、今この段階でも既にクラス全体に広がっている。もしかしたら他クラスにまで拡散されてるかもしれないわ。そこまで行ってしまっていては時間もかかるでしょう。そうこうしてる間に他学年、他校とまで拡散されてしまえば元を潰したところで最早無意味よ」

 

 シレッと特定するのは簡単とか言ってるのが怖いが、そこはスルーだ。

 雪ノ下の説明を聞き、葉山の表情に暗い影が落ちる。

 

「じゃあこの依頼解決出来なくないですか?」

「いや、そうでもない。このチェーンメールが職場見学の班決め目的だと分かっているのなら、職場見学が終わった時点でメールとして出回るのは確実に無くなるだろう」

 

 そうなれば、あとは人の噂も七十五日とある通り、自然消滅を待つだけだ。しかし、それでも依頼は達成されない。

 葉山の依頼を要約するなら、クラスの雰囲気が悪くなっている原因であるチェーンメールをどうにかして欲しいと言うこと。

 チェーンメールがどうにもならないのなら、着目点を変えるしかない。

 

「で、こっからが今日俺の気づいたことなんだが。葉山や由比ヶ浜の所属してるグループ、あれは葉山のグループだ」

「は?ヒッキー今更何言ってんの?」

 

 由比ヶ浜に心底馬鹿にした目で見られた。

 一色なんて、何言ってんだこの童貞って目で見てる。

 控えめに言って心が折れそう。

 

「比企谷くんが言いたいのは、あのグループは葉山くんの為のグループだと言うことよ」

「俺のための?」

 

 流石雪ノ下。理解が早くて助かるぜ。

 葉山自身もイマイチ得心がいってないのか、説明を促してくる。

 

「葉山、お前はお前がいない時のあの三人を見たことがあるか?」

「いや、隼人君いないんだから見れる訳ないじゃん」

「先輩さっきから何言ってるんですか?頭大丈夫ですか?」

「お前は俺の頭を心配する前に目上の人に対する礼儀を学んでこい」

 

 こいつ本当に生徒会長になる気があるのだろうか。最低限の礼儀も知らないようなやつがトップに立って大丈夫なの?

 あ、逆に今のうちから下々の者に対する接し方を学んでるとかか。何それいろはす超怖い。

 

「話を戻すぞ。あの三人な、葉山がいなくなった途端に会話が途切れるんだ。全員が全員、各々で違うことをしだす。つまり、あいつらにとってお前は友達かもしれないが、あいつら同士は単なる友達の友達ってわけだ」

 

 友達いたことないからそこら辺の感覚は分からないが、当たらずとも遠からずだと思う。

 俺の言葉を立証するように由比ヶ浜が肯定を返してくれる。

 

「ちょっと分かるかも。会話の中心の人がいなくなったら、どうしたらいいか分からなくなるもん......」

 

 由比ヶ浜らしい解答だ。きっとこれまでに何度かそんな経験があったのだろう。

 一色はその感覚はよく分からないのか、首を傾げているが、雪ノ下は特に反応を示していない。

 

「だからこそ、葉山は気がつく事が出来なかったんだ」

「それが分かった上で、あなたはどのような解決法を提示するのかしら?」

 

 強い凜とした瞳でこちらを見据え対角に座る雪ノ下に、俺は目を逸らさずにこの腐った目をぶつける。

 昨日のメールの答え。それを今ここで示してやろう。

 

「職場見学の班分けは一班につき三人だ。そして、葉山と組もうとするならばあの三人のうちの誰か一人は確実にハブられる事になる。そこで、だ。葉山、お前がハブられろ」

 

 解決出来ない問題ならばその問題自体を取り下げる。原因を削除する。問題の解決では無く、解消。

 葉山隼人を巡って起きた事件ならば、その葉山隼人を取り除けばいい。

 

「俺が?」

「そっか。それならあの三人で班を組んで、職場見学で仲良くなるかもしれないもんね!」

「なるほどー、流石結衣先輩頭いいですね!」

 

 いやそこは俺褒めるとこでしょ。

 

「.........分かった。その提案を受けるよ。結衣の言う通り、これであいつらが本当の友達になってくれたら俺も嬉しいしな」

「では、葉山くんの依頼は解決、いえ、解消したと言う事でよろしいかしら?」

「ああ、ありがとう。助かったよ」

 

 葉山は爽やかな笑顔を残し、部室を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 残ったのは俺たち四人。雪ノ下の、今日は終わりにしましょう、と言う言葉を合図に俺たちも帰りの支度を始める。

 

「バイバイゆきのん、ヒッキー、いろはちゃん」

「先輩方、また明日です」

 

 三浦に呼ばれたらしい由比ヶ浜が先に部室を出て、それに続くように一色も帰る。

 残されたのは俺と雪ノ下のみ。

 

「俺たちも帰るか」

「そうね」

 

 部室に鍵を掛けて、昇降口へと向かう。

 雪ノ下は鍵を職員室に返さなければならないので、そこでお別れだ。

 彼女と二人だけの時は、会話してる時間よりも沈黙の時間の方が長い。元より俺も雪ノ下もお喋りではないので、この時間は嫌いではない。

 部室でだったり、こいつとメールのやり取りをしてたりする時は、何故か酷く胸が騒つくのだが、今この時、雪ノ下の隣を歩いてる瞬間は、とても安心する。

 

「あの、比企谷くん」

 

 そんな風に心の中が穏やかになっていると、雪ノ下の方からその静寂を破ってきた。

 別に会話する事が嫌なわけではなく、ちょっと意外だっただけだ。

 

「どうした?」

「いえ、その......」

 

 珍しく歯切れの悪い雪ノ下。

 なんか頬を赤く染めて若干下を向いてモジモジしてる。可愛い。

 じゃなくて。

 もしかしてトイレに行きたいから代わりに鍵を返しておいてくれとかだろうか。確かにその申し出は恥ずかしいよな。八幡納得。

 なんて、そんなわけがある筈もなく。

 

「......その、良ければ一緒に帰らない?」

 

 沸騰しそうになった。全身が。

 上目遣いでそう問いかけて来た雪ノ下に、普段の大人びて凜としている雰囲気は見受けられず、その様相はただの年相応の少女に見える。

 待って、なにこの可愛い生き物。俺知らない。こんな雪ノ下知らない。

 

 いや、落ち着け俺。過去と同じ過ちを繰り返すつもりか。また傷を負うつもりか。

 雪ノ下雪乃は校内随一の有名人。そんな彼女が俺と共に帰宅してる所なんて見られたらあらぬ噂が広まるかもしれない。それは、雪ノ下にとってよろしくない噂となるだろう。

 ここは断るべきだ。だがどうやって断ろうか。半端な嘘を並べてもバッサリ切り捨てられるに決まっている。

 だからと言って、お前と帰りたくないなんてそんな嫌われるような言い方はしたくない。

 待て、何故俺は雪ノ下に嫌われたくないなんて思うんだ。別に構わないじゃないか。でも、嫌だ。雪ノ下雪乃に拒絶されるような事が酷く怖い。どうしてだ。分からない。脳内で立てた仮説が悉く否定される。どれだけ理屈をでっち上げようとしても、そのどれもが違うと心が叫ぶ。

 分からない。自分の感情が分からなくて、怖い。

 

「比企谷くん......?」

 

 雪ノ下の声で、思考の海から引き上げられる。

 ハッとして前を見てみると、雪ノ下は不安そうにこちらを覗き込んでいた。

 

「悪い雪ノ下。今日はちょっと無理だ」

「......もし、周りの目を気にしているのであればそんなものは無視しても構わないわ。それとも、私と一緒に帰るのは嫌、と言うことかしら?」

 

 違う、そうじゃないんだ。だからそんなに悲しい顔をしないでくれ。お前のそんな表情は見たくない。

 

「妹に買い物を頼まれててな。早く買って帰ってやらないと、晩飯の支度が出来ないんだと。だから、すまんな」

「......そう。無理を言ってごめんなさい」

「いや、いい。それじゃあな」

「ええ。また明日」

「おう、また明日」

 

 胸元で控えめに振られる手。

 それに俺も軽く手を上げて返して、逃げるようにして俺は自宅へと帰った。

 

 

 自転車を漕いでる途中、脳内で誰かが囁く。

 

 君はまるで理性の化け物だね、と。

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