人間は自分の理解が及ばない範疇にあるモノに恐怖を抱くと言う。
例えば幽霊や宇宙人なんかが良い例である。
昨今はそこかしこで幽霊を見ただの宇宙人を見ただの言うが、結局の所科学的根拠は無く、しかしそこに在るものとして存在を認識してしまう。その姿も多種多様であり、一定の姿を持たない。正体不明。だからこそ、人は幽霊や宇宙人に恐怖心を抱くのだ。
例えば人間。世界で最も恐ろしい生き物は人間であると言う俺の持論も、これに当てはまるだろう。自分以外の人間の考えてる事なんて分かるはずがない。その心の中なんて理解出来る筈がない。俺は俺で、他人は他人なのだから。リア充どもがウェイウェイやっているのを見れば明白だ。何を考えているか分からないからこそ、怯え戸惑い、相手に合わせて兎に角喋り続ける。相手の機嫌を損なわないように。嫌われないように。
だから、俺は今明確な恐怖心を抱いている。
自分の心が理解できない。雪ノ下に抱いているこの感情が分からない。
彼女の事を考えると、胸がキュッと締め付けられるような感覚がある。
でも隣を歩いていると、とても安心する。
彼女に嫌われたくないとは思う。同じ部活の仲間なのだから、仲良くやれるに越したことはない。
彼女の苦しそうな表情や、寂しそうな表情は見たくない。それを見るだけで、俺まで苦しくなる。
何故、そんな風に思い、感じてしまう?
それが理解出来ない。どこかに理由がある筈なのに、それが見つからない。
理論も理屈も何も立てられない。
いつもなら勘違いと切り捨てる筈だ。
俺に優しい女の子はみんなに優しい。だから期待して、失望する。
なのに、それが出来ない。それは俺がこの一ヶ月ほどの短期間だけであったとしても、雪ノ下雪乃と言う少女を知ったからだろうか。
だがあの優しさの意味が俺には分からない。
どれだけ考えても、何も分からない。何も理解出来ない。
故に、俺は恐怖する。
「さて比企谷。殴る前に遅刻の言い訳を聞こうか?」
なんて夜中に只管考えているといつの間にか寝落ちしてしまってたみたいで。アラームをセットすることすら忘れており、俺は盛大に遅刻をかました訳だ。しかも運の悪いことに一時間目は平塚先生の授業。
殴るのは確定なんですか。
「いや、これはあれです。重役出勤って言葉があるじゃないですか。だから将来重役になった時のシミュレーションをですね」
「君は専業主夫志望だろう」
「くっ......!そもそも遅刻が悪という概念が間違ってるんですよ!よく考えて見てください、ヒーローは必ず遅れてやって来るでしょう⁉︎警察だって事件が起きてから動く。つまり逆説的に遅刻は悪ではなく正義ということになります!」
我ながら酷い言い分ではあるが、殴られたくないので何も考えずに口に出す。
すると、平塚先生はどこか遠い目をしながら言った。
「......比企谷、力無き正義など悪と変わらない」
「力しか無い正義も悪と変わらないんじゃないですかねって待って!殴らないで!」
悪・即・斬
俺の言い訳も虚しく、平塚先生の拳が腹にめり込む。
そのダメージに倒れ伏していると、そんな俺をほっぽって平塚先生はたった今入ってきた女子生徒に、微笑み混じりの声をかける。
「君も重役出勤かね。川崎沙希」
そんな呼びかけにも答えず、川崎とやらは真っ直ぐ窓側にある自分の席へと向かって行った。
この時、この目はしっかりとそれを捉えていた。
黒のレース、だと......⁉︎
「川崎、沙希、か......」
「比企谷、女子生徒のスカートの中を覗いて感慨深げに名前を呼ぶのはやめろ」
いやでも黒のレースですよ?あんなものを見せられたら感慨深くもなっちゃいますよ。だって男の子だもん!
「この件についても話をしようか。後で職員室に来たまえ」
平塚先生の説教からなんとか生きて帰って来た後、部活停止期間故に部室に行く事もなくさっさと帰ろうかと思っていた時、雪ノ下からメールが来た。
勉強会をするから駅前のカフェに来い、だそうで。
正直、雪ノ下とどんな顔をして会えばいいのか分からない。昨日あんな別れ方をしてしまったが故に顔を合わせづらいし、俺の心のうちも全く整理出来ていない。
だが逆にだ。雪ノ下と会えば、何かわかる事もあるかもしれない。
そうして言い訳を作り、俺は自転車を駅の方へと走らせる。
適当な駐輪所に停めてから指定のカフェに向かうと、結構長い列が出来ていた。
並びたくねぇなぁ、なんて思っていると、最後尾に見知った顔が三つ。雪ノ下と由比ヶ浜、あと一色だ。
「では国語から問題。この諺の次に続くものを答えよ。『風が吹けば』」
「京葉線が止まる?」
「いやいや結衣先輩、それは違いますよ」
「あら、一色さんはわかるの?」
「正しくは、『最近は徐行運転で再開する』です!」
ドヤ、と胸を張りながら答える一色に、雪ノ下は頭が痛くなったのかコメカミの辺りを抑えてため息をついている。
それにしてもレジに並んでる最中も試験勉強とは感心感心。
「次!次は答えられるから!」
「では、地理から。千葉の名産を二つ答えよ」
「みそピーと......茹でピー?」
「落花生しかねぇのかよこの県は」
「うひゃぁ!......ってなんだヒッキーか。変な人に話しかけられたかと思った」
しまった、俺の千葉を愛する心が反射的にツッコミを入れてしまっていたようだ。お陰でこの列に並ばなければならなくなった。
「なんで先輩いるんですか?」
「雪ノ下に呼ばれたからだよ。それともなに?俺来ない方が良かった?」
「やだなー、そんな事言ってないじゃないですかー」
バシバシと背中を叩いてくる一色。痛いからやめて。
「あなたは今の問題分かるのかしら?」
「へ?あ、おう。あんなのサービス問題だろ」
いきなり雪ノ下に話しかけられてちょっと吃ってしまった。しかも声裏返ってたかもしれない。
「え、先輩なにキョドッてるんですかキモいです」
いろはす辛辣ゥ
「答えなんなの?」
「答えは『千葉の名物、祭と踊り』だ」
「それは千葉音頭の歌詞でしょう。そんなの知ってる人いないわよ」
いやお前も知ってるじゃん。
流石はユキペディアさん。なんでも知ってらっしゃいますね。
良し、今の所は最初の一発目以外普通に話せてるぞ。あまり意識しなければ問題はない。問題ないはずだ。
ふと、由比ヶ浜が何か思い出したかのように俺の制服の裾をクイクイと引っ張る。その仕草一色並みにあざといですね。
「ねぇねぇヒッキー。何かおごってー♪」
「あ、いいですねぇ。せんぱーい、可愛い可愛い後輩にも何か奢ってくださいよー☆」
「あーいいぞ。んでなに飲む?ガムシロ?」
「それタダじゃん!」
「ケチケチしてるとモテませんよ?」
そんな俺たちのやり取りを見て、雪ノ下がまたため息を一つ。
保護者みたいですね。
「二人とも、みっともない真似は止しなさい。私、そうやって他人にたかる輩は嫌いなのだけれど」
「雪ノ下に同意だな。そういう奴は最低のゴミクズだと思ってる」
俺たち二人から責められたからか、アホの子二人組はうっ、と言葉に詰まる。
そうこうしてるうちに俺たちの順番が来たようで、いつの間にか一番前に位置していた俺が最初に注文することに。
「カフェオレ一つ」
「390円になります」
ポケットの中をまさぐって小銭を取り出そうとする。が、無い。
あれー?あれれー?おかしいな、確か昼食用に持って来た500円が入ってたと思うんだけど。あそっかー、昼食用だから全部購買のパンとマッカンで使ったじゃん八幡ウッカリ!
などと言ってる場合では無い。
注文したカフェオレはもう出来上がってるからキャンセルは出来ないし。ここは致し方なし。
「俺持ち合わせが無いから誰か代わりに払ってくんない?」
「比企谷くん......」
「ヒッキー......」
「最低のゴミクズですね」
三人娘に心底蔑まれた目で見られた。
やめて!そんな目で見ないで!何か新しい扉開いちゃいそうになるから!
「仕方ないなぁヒッキーは」
しかし、女神が一人。
由比ヶ浜が一歩前に出て財布を取り出す。
流石はガハマさん。略してさすガハマさん。
この優しさはユネスコ世界遺産に登録されるべきだろう。
「私が代わりに払うよ。ヒッキーなに飲む?ガムシロ?」
全然女神じゃなかった!しかもそのしてやったり顔が凄いムカつく!
あと一色後ろで笑いすぎ煩い。他のお客さんに迷惑でしょうが。
「はぁ、私が代わりに払うからいいわ。比企谷くん、これは貸しね」
「お、おう。サンキューな」
貸しってなんだよなに要求されるんだよ楽しみじゃなくて怖い。
先に行って席を取っておく旨を伝えて三人から離れる。
丁度ボックス席に座っていた四人組が退席したので、そこにカフェオレを置き腰を落ち着かせようとしたら、これまた見知った顔とアホ毛が見えた。
「およ?お兄ちゃんじゃん!お兄ちゃーん!」
「おぉ小町!」
マイラブリーシスター小町だ。
その隣には見知らぬ男子がいた。
「小町ちゃんや、この男子は?」
場合によっては、お兄ちゃん犯罪の道へと走らなければならないよ?
「ん?あー、同じ塾の川崎大志君。ちょっと相談に乗ってあげててさ」
「初めまして比企谷さんのお兄さん、川崎大志っす」
「ふむ、大志。最初に言っておく。小町に手を出したらどうなるか分かってるだろうな?」
「そ、そんな事しないっすよ!」
「おいそんなことってどんなことだ言ってみろ。それともこの場では言えないような事を小町にするつもりだったのか?あ?」
「あーはいはい。みっともない真似はやめてね。所でお兄ちゃんは何してんの?」
「ん?あぁ、俺は」
「ヒッキー、席取れたー?」
小町の質問に答える前に、会計を終えた由比ヶ浜が戻って来た。その後ろには雪ノ下と一色の姿も。
そしてその三人を見た瞬間、小町が完全よそ行きモードに突入した。
「初めまして、それの妹の比企谷小町です!いつもうちの愚兄がお世話になってますー」
どうやら制服から俺の知り合いだと判断したらしい。ニコニコ笑顔で先頭にいた由比ヶ浜に詰め寄る。
あと小町ちゃん。お兄ちゃんの事をそれとか愚兄とか言わないの。お兄ちゃん泣いちゃうよ?
「は、初めまして、由比ヶ浜結衣です......」
「ん?はじめ、まして?」
なんだか由比ヶ浜の様子がおかしい。小町も訝しげにジロジロと見る。
あー、そう言えばなんか前に小町が話してた気がする。俺の入院中に犬の飼い主が菓子折り持って来たやらなんなら。確実に俺はそのお菓子食べれてないやつですねはい。
奉仕部の間では既に終わった話だ。その辺はおいおい説明するとしよう。今ここで話すのも面倒だし。
「一色いろはです!よろしくね小町ちゃん!」
「はい、よろしくです!」
......俺はもしかして、引き合わせてはいけない二人を引き合わせてしまったのではなかろうか。
小町と一色は間違いなく同じタイプだ。
さしづめ、小町の可愛くないバージョンが一色と言ったところか。面倒ごとが起きる予感しかしないんだよなぁ。
「雪ノ下雪乃です。比企谷くんとは......」
少し困ったように小首を傾げる雪ノ下は、本当に困ったように俺に問うて来た。
「ねぇ、私とあなたってどういう関係と言ったら正しいのかしら?」
「どうって、そりゃ......」
俺と雪ノ下は、なんだ?
まず間違いなく友達ではない。知り合いというのも当たらずとも遠からず。クラスメイトでもないし。
別にそんな深く考えることでも無いのかもしれないが、どうしても考えてしまうのは悪い癖だと自覚している。
その思考を断ち切るように、無理矢理言葉を紡いだ。
「部活仲間、だろ」
「そうね......。比企谷くんの部活仲間の雪ノ下雪乃です。よろしくね小町さん」
取り敢えず全員自己紹介も済ませたしさっさと座ろうと思い、一番奥の席へ。幸いこのボックス席は六人まで座れるようなので、席移動もしないで済む。
俺が席に着いたのを見て、特に示し合わせたわけでもなく全員が座っていく。
所で、どうして雪ノ下さんは真っ先に俺の隣を確保したんでせうか。
「ほお?ほおほお?なるほどね〜」
「なんだよ小町」
「べっつに〜?」
なんか意味深な笑みを浮かべる小町が俺の向かい側に。その隣に一色が座って、さらにその隣が大志。良くやったぞ一色。こんな中坊と小町を隣り合わせで座らせたらどうなるか分からんからな。俺が。
そして最後に由比ヶ浜が雪ノ下の隣だ。
「そう言えば小町ちゃん達は何しにここに?勉強?」
「いえいえ、ちょっと大志君の相談に乗ってあげてたんですよ」
一色が隣の小町に問いかける。答えはさっき俺に言っていたのと同様だ。
反対側に座る大志はなんだか居づらそうだ。まぁわからんでもない。こんなに綺麗なお姉様方と同じテーブルを囲むなんて事初めてだろうし。
と、ここで妙案が浮かぶ。漫画とかなら頭の上に電球が出ている。
「なぁ小町、その相談俺たちが聞いてやるよ」
「本当にお兄ちゃん⁉︎」
「おう。丁度そういう部活だしな。いいだろ雪ノ下?」
隣の雪ノ下に確認を取る。一応部長の許可は必要だろうしな。
そして、小町の代わりに俺たちがこの相談を引き受けることによって、小町から毒虫を剥がすことに成功する。我ながらいい作戦だ。
「奉仕部はあくまでも総武高の生徒のお悩み相談所なのだけれど......」
「あ、俺の姉ちゃん総武高の二年なんすよ」
「川崎、と言うことは、F組の川崎沙希さんね?」
「ゆきのん、川崎さんの事も知ってるんだ」
「どうせまた知る機会があっただけ、だろ?」
「えぇ。そんなところよ」
今のところ奉仕部に依頼に来たやつでこいつの知らなかったやつなど一人もいない。
果たして雪ノ下が凄いのか、他クラスのやつでも知ってるほどの問題児を連れてくる平塚先生が凄いのか。どっちでもいいけど。
「それで、どうするんですか?」
「良いんじゃないかしら?総武高の生徒のご家族からと言うのであれば、奉仕部の活動の範疇にも含まれるわ」
「なら決まりだな。大志、相談っての話してみろ」
自分で言ってて結構無茶ぶりだなと思った。
大志にとってはこの場にいる面子は、知り合いの知り合いでしかない。しかもその全員が年上で綺麗なお姉さんばかりで、そんな中全員から注目を浴びるなんて居心地悪い事この上ないだろう。俺だったら緊張のあまり思いっきり舌噛んでる。
しかし、大志はキョドることも噛むこともなく、ただ沈痛な面持ちで話し出した。
「その、姉ちゃん最近帰りが凄い遅くて、俺が聞いても、あんたには関係ないの一点張りで、親とも喧嘩するし......」
いよいよどうしようもなくなったと言う所で、小町に相談したと言うことか。
思ったより問題がややこしそうだな。
いや、提起された問題自体は実にシンプルなものだ。
「川崎沙希の帰りが遅い理由を知りたい。また、それをなんとかして止めたい」
だが解決に至るまでのプロセスがメンドくさい。
俺たちの中で川崎と一番接点があるのは由比ヶ浜だろう。雪ノ下も名前は知ってはいるが知り合いではないみたいだし。
「由比ヶ浜、お前は川崎と話したことあるか?」
「ちょっとだけならあるけど......。ほら、川崎さんちょっと怖いし......」
つまり、事務的な会話程度は交わすが、積極的に自分から話しかけた事はない、と。
「この前も、家に『エンジェルなんたら』ってお店から電話がかかって来て」
「という事はアルバイトをしていると言う可能性が高いわね」
「そう言えば、遅くって大体何時くらいなの?あたしもたまに帰るの遅くてママに怒られたりするけど」
「五時くらいっす」
「それもう朝じゃん」
つまり、川崎沙希はアルバイトをするに当たって年齢を詐称している事になる。立派な犯罪だ。
そのエンジェルなんたらとか言う店でアルバイトをしているとして、その理由は?
「大志、川崎の帰りが遅くなったのはここ最近の話なんだな?」
「はい。中学の時とか凄い真面目で、俺の下に弟と妹もいるんすけど、凄いいい姉ちゃんだったんすよ。それが二年になった辺りから急にっす......」
本当に川崎の事が心配なのだろう。大志の表情は苦々しいものに変わっていく。
「でもこれって、先生方に相談した方が良くないですか?」
「それではダメよ一色さん。年齢を詐称した上に深夜から早朝までアルバイトしている事が学校側にバレたら、最悪退学処分もあり得るかもしれないわ」
「ならダメですねー」
誰もがどうするべきか分からず口を噤む。
今回の依頼は過去五回のものとはケースが違う。
生徒本人ではなく、生徒の家族からの依頼。
もしも川崎家の事情が絡んでくるとなると、俺たちがあまり踏み込みすぎるのも宜しくない。
「川崎さんがそうなってしまった前後で、川崎家で何か変化した事はあったかしら?」
そんな中、雪ノ下が徐に口を開いた。
「変わったことっすか......。強いて言うなら、俺が塾に行くようになったくらいっす」
「そう......。名前にエンジェルとついて、早朝まで開店しているお店に二つほど心当たりがあるわ」
「え、マジで?」
「ええ。一つはメイド喫茶だからまずあり得ないけれど、もう一つの方は可能性が高いでしょうね」
なんでこいつ千葉のメイド喫茶とか知ってんの?もしかして通ってるとかないよな。もしくはそこでバイトしてるとか。
雪ノ下のメイド姿か......。
「お兄ちゃん、目が腐ってきてるよ」
「うっせぇ。これはデフォルトだ」
正面の小町に指摘される。流石は俺の妹だ。俺が何かを妄想しているのを目ざとく発見しやがる。
「どうせ雪乃さんのメイド姿を想像してたんでしょ?」
「バッカお前!ぜぜぜ全然そんな事ねぇし!」
「......キモい」
「先輩生きてて恥ずかしくないんですか?」
由比ヶ浜と一色の視線が痛い。
なんだよ、良いじゃねぇかメイド。雪ノ下は絶対似合うと思うんだけどな。
もう一度雪ノ下のメイド姿を脳内に思い浮かべでいると、クイっと制服の袖を引っ張られる感覚が。
隣に目を向けてみると、雪ノ下が若干頬を染めて上目遣いで俺の目を覗き込んでいる。
「......そんなに見たい?」
「............................................はい」
熟考の末頷いた。
こんなん断れる訳がないんだよなぁ。
目を合わせるのが何だか恥ずかしくなったので正面に向き直ると、超絶ニヤニヤ顔の小町。その顔すげぇムカつく。でも可愛い。
「あーはいはい。そう言うイチャイチャするのは後にしてくださいね。今は仕事中ですよ?」
「してねぇよ!」
あの、雪ノ下さん?貴女からも否定してくださいません?なんでそこで黙って下向いちゃうんですか。
ああクソ、心臓が煩い。
「んんっ!話を戻してもいいかしら?」
まだ若干顔の赤みが取れていないが、仕切り直しとばかりに一つ咳払いをするお隣さん。この話題は早く切り上げてもらった方が俺的にもありがたいです。
「でもゆきのんのメイド姿って見てみたいよね?」
「あー、ちょっと分かります。雪ノ下先輩絶対似合いますよ!」
話は戻らなかった。
と言うより君ら、俺が想像するのはダメなのに自分達で話題に出すのはありなのかよ。
ここは一つ悪ノリしてやろうかと思い、口を挟む。
「この私に奉仕されるのだから、もっと咽び泣いて喜んだらどうかしら?」
「ヒッキー何今のゆきのんの真似⁉︎」
「ちょ、先輩なんでそんなに似てるんですか!」
「最近お兄ちゃんが洗面所の鏡と睨めっこしながらぶつぶつ言ってると思ったらこれの事だったんだ......」
由比ヶ浜と一色爆笑。
小町は呆れたように言っているが、笑いを堪えている。あの大志ですら口を抑えて必死に耐えてる。
どうやら俺渾身の雪ノ下のモノマネは好評のようだ。
「どうやら教育が必要のようねご主人様。良いでしょう、この私がメイドとしてあなたの腐った性根を更生させてあげる」
「せ、先輩、もうやめてひっ⁉︎」
ひーひー言いながら笑っていた一色の笑顔が小さな悲鳴と共に固まる。
気が付けば、全員の視線は俺の隣に座る少女へと向けられていた。
「比企谷くん」
平素よりも数倍冷気をまとった声色。
何度かその声を聞いた事はあるが、こうして直接向けられるのは初めてだ。
さして暑くもないのに汗を掻く。背筋には悪寒が走り、ギギギ、と壊れた機械のような挙動で隣に顔を向ける。
そこにいたのは、美しいと思う事すら忘れてしまう、この世のものとは思えない程の笑顔を浮かべた雪ノ下が。
俺の記憶は、ここで途切れている。