朧には悩み事があった、みたいなお話し。

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姉として

特Ⅱ型駆逐艦綾波型七番艦 朧。

朧は綾波型とは言え姉達とはあまり関わりが無いし、もっぱらよく一緒にいるのは同じ綾波型である曙、漣、潮の三人だ。

そしてこの中では朧が一番の姉だった。

妹達はみんな個性的だけど、とても良い娘達。

 

でも朧には悩みがあった。

朧はあまり自分を表に出す方では無い。

だからなのか、妹達はあまり朧に頼る事が無い。

姉妹仲は悪く無いはずだ。

悪く無いはずだけど、でも朧はみんなの姉なのだから困った時くらいは頼って欲しいとは思っていた。

 

──あたしはみんなの姉として、ちゃんとやれてるのかな?

 

朧は妹達にどう思われているか不安だった。

でも流石にみんなに直接聞くなんて出来ない。

 

──どうしたら良いかな?

 

朧は悩んだ挙げ句、姉としての悩みは姉に聞こうと思い至る。

普段はあまり一緒にいる事は無いけど、それでも姉妹には違いない。

それにあの人達なら、きっと助けてくれるはずだ。

 

駆逐艦寮。

その朧達の四人部屋から少し離れた二人部屋。

そこが朧の姉の部屋。

今の時間ならここにいるはず。

 

──でも急に尋ねて迷惑じゃないかな?

 

今更ながら朧は不安になってきた。

でもここまで来て何もしないのも嫌だ。

少しだけ迷った後、朧は遠慮がちに扉を軽くノックしてみる。

 

『はあい!』

 

少し間延びした返事に続いて、扉が開かれる。

中からは特徴的なサイドテールを揺らして、朧の姉であるその人がヒョコリと顔を覗かせた。

その向こうには座ったままでこちらを伺うもう一人の姉の姿もある。

 

「どちら様ですか? あ、朧でしたか」

「あれ、朧じゃん。どしたの?」

 

特Ⅱ型駆逐艦綾波型一番艦 綾波。

同じく二番艦 敷波。

朧の二人の姉だ。

 

「綾波達に何かご用ですか?」

「あの、相談したい事が……」

「ふーん、朧があたし達に相談って何か珍しいね」

「では中でお話しましょうか。どうぞ入って下さい」

 

朧が尋ねて来た時、二人は内心結構驚いていた。

しかもその理由が悩みの相談と来ては、これまたかなりの衝撃だった。

朧はあまり人に頼る事が無い。

そして二人はそんな妹のことを、密かに心配していた。

だからいつも一人で頑張り過ぎてしまう妹が珍しく二人を頼ってくれた事は、二人にとって歓迎すべき事だった。

 

朧から相談される事は綾波と敷波にとってもちろんとても喜ばしい事だ。

けれどもその内容に二人は困ってしまう。

 

姉として妹に頼って欲しい。

妹にどう思われているのか気になる。

 

その気持ちは分からなくはない。

でも、普段から他の姉妹との関わりが少ない二人にとっては、どうすれば朧の悩みを解決出来るのかが分からなかった。

 

「うーん、それは難しいね」

「二人はどうしてるの?」

「あたし達? あたし達は別に、姉妹って感じでも無いしなぁ」

「そうですね。綾波もどちらが姉か妹かはあまり気にしてませんでした」

「いや綾波はもう少し気にしても良いと思うけど……」

「そうですか?」

 

二人にとって最も関わりの深い姉妹はお互いであり、さらに当人達はあまり姉妹だからと言った事にこだわらなかった。

朧の悩みを解決するのは難しそうだ。

 

「折角頼ってくれて悪いんだけど、あたし達じゃ力になれそうもないね」

「そうなんだ……」

「あ、それなら綾波達のお姉さんに聞いてみましょう!」

 

落ち込む朧に、綾波はそれならばと勢い良く提案する。

しかし朧にも敷波にもその姉にあたる艦娘に思い当たる節は無い。

 

「あたし達の姉? それって誰の事?」

「それは、会ってからのお楽しみです!」

 

そうして意気揚々と歩く綾波の後ろを、敷波と朧が続く。

 

やって来たのは食事処間宮。

夕食にはまだ早いこの時間は、主に甘味を楽しむ艦娘で賑わっている。

そろそろ演習から戻って来ているはずの件の人物も、ここにいるんじゃないかと綾波は考えていた。

綾波はくるりと辺りを見渡す。

 

「あ、やっぱりここでした!」

「あれ? 何か珍しい組み合わせ。どうしたの?」

「あたしらの姉って、そう言う意味かよ」

「そうです! 綾波達のお姉さん、吹雪です!」

「え、わたし? 姉って?」

 

特型駆逐艦吹雪型一番艦 吹雪。

吹雪型の一番艦でありながら特型駆逐艦の一番艦でもある吹雪は、その系統を組む綾波型にとってはある意味直径の姉であると言えなくもない。

普段は綾波から別の型として分かれているので、あまり気にする事は無いけれど。

 

「吹雪なら綾波達特型の長女ですし、そうじゃなくても吹雪型の長女なんですから、きっと朧の悩みも解決してくれます!」

「うーん、まあそうとも言えるかな?」

「お願い吹雪」

「ち、ちょっとちょっと、意味分かんないよ!? 先に説明してよ!」

 

勝手に話を進める綾波達に吹雪は混乱しているようだ。

慌てる吹雪に改めて朧は自身の悩みを説明する。

姉として妹達にどう思われているのか。

姉としての在り方を教えて欲しい。

しかしそれを聞いた吹雪は微妙な顔をしてしまった。

 

「う、うーん、それはわたしに聞かれても……」

「吹雪はみんなのお姉さんですから、大丈夫です」

「そーそー、吹雪に任せとけば大丈夫大丈夫」

「絶対適当に言ってるよね!?」

 

綾波と敷波は完全に吹雪に押し付けるつもりらしい。

しかしどうやら吹雪でも朧の悩みを解決する事は難しそうだ。

 

「やっぱり、吹雪でも難しい、かな?」

「ごめんね、朧ちゃん。そもそもわたしって別にみんなから姉として扱われて無いような……」

「そうなんですか?」

「驚きだなあ」

「いや、二人も別にわたしの事を姉だと思ってないでしょ!」

「まあ、吹雪だし」

「そうですね、吹雪ですし」

「ぐぬぬ。自分から言った事とはいえ、そこまでハッキリ言われると悔しい……!」

 

なんて少しふざけてみる。

しかしこれで手詰まりとなってしまった。

駆逐艦の中にも、もっと上の娘もいるけれど、このままでは同じ事の繰り返しになりそうだ。

かと言って他の艦種ではまた姉妹としての接し方も少し違うだろう。

でもどうにもならなくなったら、他艦種の人達にも聞いてみる必要があるかも知れない。

朧はそんな事を思っていた。

 

どうするべきかと四人で頭を悩ませていると、そこに一人の駆逐艦娘が通りかかる。

考え込んでいる朧達の姿に気づいた彼女は四人に声を掛ける。

 

「やあ、どうしたのかな? 何かあったのかい?」

「ああ、響。少し行き詰まっていて」

 

特Ⅲ型駆逐艦暁型二番艦 響。

雪のように白い髪を持つ彼女は、朧達四人にとっては妹にあたる艦娘である。

とは言え響はかなり大人びている。

響なら何か解決策を思いつくのではないかと相談してみる事にした。

 

「なるほど、朧は妹達にどう思われているか悩んでいるということか。それならうってつけの相手がいるよ。取りあえず行こうか」

 

それだけ言ってすたすたと歩いていってしまう響の後を、朧たちは慌てて追いかける。

マイペースに歩みを進める響に付いて行った先は、響達の部屋。

 

「えっと、ここって響の部屋だよね?」

「そうだね。さあ、遠慮せずにどうぞ」

 

相変わらずマイペースな響は先に部屋に入ってしまった。

仕方無く朧達もその後に続く。

 

「あら、響じゃない。戻ったのね」

「ただいま。お客さんを連れて来たよ」

「お帰りなさい響ちゃん。お客さん、なのですか?」

 

部屋の中にいたのは響の妹達。

暁型の三番艦である雷と四番艦の電である。

しかし響の目的はこの二人では無いようで、部屋の中を見回していた。

 

「暁はいないのかい?」

「暁なら司令官に呼ばれて執務室に行ったわよ」

「それはタイミングが悪かったな」

「暁ちゃんに何かご用なのです?」

 

どうやら響は暁に相談するつもりだったらしい。

 

「あ、あの響。もしかして暁に相談するつもりだったのかな?」

「そうだよ。それがどうかしたのかい?」

「いや、何と言うか……」

 

暁は少し子供っぽい性格で、どちらかと言えばその妹達の方がしっかりしている印象があった。

とても朧の悩みにうってつけの相談相手とは思えない。

しかしそんな朧の不安は、響にはお見通しのようだ。

 

「ふふ、大丈夫だよ。暁はああ見えて私達の長女だからね。きっと朧の悩みも解決してくれる。さて、じゃあ暁が戻って来るまで少し待ってようか」

 

どうやら響の様子では暁に相談するのは決定事項らしい。

朧達は釈然としないまま、響と共に暁を待つ事にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでみんなで暁を待ってたの? ……響が無理言ってごめんなさいね」

「暁、私は朧の為を思って……」

「はいはい、分かってるわ。別に響が悪いなんて言ってないじゃない」

「むぅ……」

「「おぉ……!」」

 

朧達は感動していた。

何となく今のは姉妹っぽいやり取りだ。

暁の事を少し誤解していたのかも知れない。

これなら期待出来るかな。

朧がそんな事を思っていると、暁はふと思い出したように雷を振り向いた。

 

「あ、そうだ雷、ちょっと頼みたい事があるんだけれど」

「はーい、任せてちょうだい!何でも頼ってくれて良いのよ?」

 

突然そんな事を言い出した暁に何事か託された雷は、部屋から出ていってしまった。

今のは一体何だったのだろう。

しかし暁は何事も無かったかのように話を続ける。

 

「それで? 結局朧の悩みって何なのかしら?」

「ああ、うん。……朧」

「うん、聞いてくれるかな?」

 

響に促され、朧は本日四度目となる説明を暁に行うのだった。

 

「なるほどね。その理屈だと暁はあなた達の妹になるのだけど、まあ良いわ。それで朧の悩みについてね。うーん、まあ朧の気持ちも分からなくはないわね。あなたの妹達って個性的だし、ちょっと何考えてるか分からないものね」

「あ、暁ちゃん!それは……」

「ごめんなさい吹雪。今、暁は朧と話しているのよ」

 

朧の悩みを聞いた暁の口から飛び出した言葉は、かなり辛辣なものだった。

しかし暁の様子に誰も反論出来ない。

響は少し眉をしかめているが口を出すつもりは無いらしい。

電も不安そうな顔をしているが口を結んでいる。

綾波と敷波は朧の様子を気遣っているようだ。

ならばと吹雪は暁を諌めようとしたが、暁の冷たい口調に押されて言葉が続かない。

そんなみんなを一瞥すると、暁は言葉を続ける。

 

「朧が不安になるのも無理ないわ。だってそうじゃないかしら?曙はいつも口が悪いし、漣はいつもふざけてる。潮だって、いつも引っ込み思案で自分の事なんて何も言わないし。だから朧も気にしない方が良いわよ」

「…………ない」

「あら、朧。何かしら?」

「そんな事ない!確かに曙はちょっと口調はキツいけど、本当はとても優しい娘。漣はふざけてるように見えてもちゃんとみんなの事を考えてる!潮だってやる時はやる強い娘だって知ってる!あたしが不安になったのは朧が頼りないから。だから、だからみんなの事悪く言わないで!」

「……言いたい事はそれだけかしら?」

 

暁と朧の視線がぶつかり合う。

周りはその行く末を見守るばかりだ。

暁は朧に冷ややかな視線を投げ、朧もそれに負けじと睨み返す。

そうして空気が限界に達しようとした瞬間、しかし突然暁の視線がふっと緩んだ。

 

「……あなたはちゃんと分かってるじゃない」

「え?」

 

暁は先ほどまでの辛辣な様子と打って変わって、穏やかに微笑んでいた。

 

「朧はちゃんとみんなの事を分かってる。それならみんなも朧の事をちゃんと分かってくれているんじゃないのかしら?それが姉妹って事でしょ?」

「で、でもそれは……。あたしはみんなみたいにあんまり自分を出さないし、みんながどう思っているかなんて……」

「そう、分かったわ。それなら、そのみんなに聞いてみましょう」

「それって、どういう……?」

「雷、お願い」

 

暁の言葉と共に部屋の扉が開く。

その先には、曙、漣、潮の三人が立っていた。

どうやら部屋の外で朧と暁の会話を聞いていたようだ。

 

「え? 何で? 何でみんながここにいるの?」

「雷が連れて来たのよ! 暁に頼まれてね!」

 

扉の陰から得意気な雷が飛び出して説明してくれる。

それでも朧の混乱は少しも収まりそうもない。

 

「あ、え? どうして? そんな……」

「……朧、悪かったわね。私達、あなたを追い詰めてたみたいね」

「朧が頑張ってるのは、漣達もちゃんと分かってるから」

「朧ちゃんは頼りになってるよ。だからわたし達ももっと朧ちゃんの気持ちを聞きたいな」

「あ……」

 

朧はみんなの言葉に自分の不安が消えていくのを感じた。

 

「あ、ありがとう。みんな、ありがとう……!」

「ふ、ふん。大体、ちゃんと言わない朧も悪いわよ!」

「さっすがぼのたん。ツンデレキタコレ」

「なぁ……!そんなんじゃないわよ!」

「曙ちゃん!……朧ちゃん、ごめんね?曙ちゃんもほんとは分かってるから。だからわたし達に何でも相談してね?」

「そ、そうよ。朧もこれからはちゃんと私達に相談しなさいよね!」

「そうそう。朧がいなきゃ始まんないっしょ!」

「うん、うん。ごめんね。ありがとう」

 

突然騒がしくなった空間に、それでも朧は心の底から安心していた。

集まっていたみんなも朧達の様子を見て一安心と言った様子だ。

しかしそんな和やかなムードを切り裂くように、部屋の主が声を上げた。

 

「はいはい、いつまでもここで騒いでないで。後は自分達の部屋に戻ってやりなさい」

 

パンパンと手を叩きながら退室を促す暁に押され、みんなはゾロゾロと帰ろうとしている。

しかし朧はその流れに逆らい暁の下へ向かう。

暁も朧に気づいたようだ。

 

「あら、朧。まだ何かあったかしら?」

「あの、暁にもお礼を言わなきゃと思って」

「暁は朧に酷い事を言ったのに?」

「わざとだったんでしょ、それくらい分かってるから。だから暁、本当にありがとう。あたしの方こそ暁に酷い事言ってごめんなさい」

「みんなの事を思っての言葉だったのでしょう?気にしてないわ」

「あたしもこれから暁みたいに頼りになる姉になれるように頑張るよ」

「ふふ、それなら頑張りなさい。暁が保証してあげるわ。朧ならきっとなれるわよ。一人前のレディにね」

 

そう言って二人は笑い合う。

朧はなんだか今まで自分が悩んでいた事なんて小さな事だと感じられた。

だからこれからは大丈夫。

 

──きっとあたしも、いつかは。

 

一人前のレディはちょっと恥ずかしいけど。

でもみんなに頼られる立派な姉にはなりたいな。

密かにそんな決意を固めた朧だった。


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