満月は人を狂わせるという。
まあ、真偽はどうあれ、満月の夜は自殺者が増えるとか、そんな話はまことしやかに囁かれているし、綺麗な月を見ているとおかしな気分になってくるのを否定することはできないだろう。
これは、そんな不吉な一夜の話だ。
・・・・・
「あーあ、出会っちまったか」
「あんた、俺以上に不吉だな・・・」
学ランの目つきの悪い青年と、そんな彼に相対して半眼になり、頭をかいている顔面刺青の青年。
殺人貴、七夜志貴と殺人鬼、零崎人識だ。
「いやホントにいい月夜だな・・・」
「死にそうな位な。」
分かってるじゃないか。と七夜はニヒャリと笑う。
「あんたもそうなんだろ?俺と同じ・・・こんな良くて悪い月の夜にジッとしてる事なんてできるわけもない・・・」
恍惚の光を両の瞳に浮かべながら七夜は薄く笑う。
「ったく・・・なんなんだあんたは・・・見たところそれなりに成熟してるらしいが、ホントどんなポエマーだよ・・・」
肩をすくめて同じく薄い笑いを浮かべた人識は両袖からナイフを取り出してそれを構える。
「ン、ま、それはそれだ」
「ああ、殺し合おう、鬼いさん」
いつの間にか七夜も右手に飛び出しナイフを握りしめている。
「面倒だし、無駄に心がざわつく夜に腹も立ってたところだ。いいぜ、殺して解して並べて揃えて晒してやんよ。」
・・・・・
「よう兄弟」
七夜が声をかけたのは彼と全く同じ容姿で心なしか目つきの軟らかい青年だ。違いと言えば先述した目つきの他は眼鏡しかない。
「おまえは・・・俺・・・?くっ!何の冗談だ!?」
「そう邪険にするなよ、同じ親父から生まれた俺同士じゃないか」
苦笑すると七夜は肩をすくめて同じ顔の青年・・・遠野志貴に向かって
「でも、ま、今日はやめとくよ。殺しは好きだが、一方的に殺られて死にようのない奴らの中へ放り込まれるのは御免なんでね」
肩が凝った。というように左肩に添えた掌をはじめとして、全身に傷を負った七夜に
「おいおい、どうした?まるで鬼と殺し合いでもしたみたいじゃないか?」
「否定はしないさ・・・あれは
「何だ・・・?やけに大人しいじゃないか?そりゃ、俺も平和に寝られるならそれはそれでいいけどさ」
「そうかい。それじゃあ次の夜まで消えるとするさ。」
ふらりと住宅街の闇へと消えていく七夜を見送った志貴は
「・・・じゃあ、その鬼に出くわさないうちに、早く帰って朝まで眠るとしますか」
と、夜の闇をもと来た方向へ帰って行った。
・・・・・
「いやあ、いい勝負だったなあ」
「決着はまだ付いていませんからね」
一軒のカレー屋から二つの人影が出てきた。
片方は針金細工のような細長いシルエットの男・・・零崎双識だ。
もう片方は高校生くらいの年格好の女性だ。名前は・・・言わずともよいだろう。
「じゃ、縁があったらまた大食い勝負をしようじゃないか、シエルちゃん!」
・・・どうせ双識がすぐに言うのだから。
シエルに手を振って送ると双識は後ろを振り向く。
「で、誰かな?そんなところから殺気をふりまいているのは・・・何だ、人識じゃないか。どうした?」
対する人識は体中の急所という急所に命に別状のない程度の傷を負っている。そんな状態で彼は憮然とした表情を浮かべていた。
「別に。どうもしねーよ。ねぐらを探してるときにバカみてーに強いナイフ使いの学生に出くわしたりなんかしてねーし、おかげで起きたら昼過ぎだったわけでもねえし、ただ見知った変態がにあわねえ背広着てカレー屋から出てきたから様子見てただけだ。」
「ふむ、よくわからんが、まあいいさ。とりあえず2000円やるから範囲内で好きなモン頼んで好きなモン食ってきなさい」
双識からランチ代をせびり、無造作にタクティカルベストから取り出した財布にしまいながら、ふと思い出したように人識はきく。
「なあ兄貴」
「何だ?」
「人外を殺すってどういう事だ?」
「・・・さあな、どうした?軋間にでも出くわしたか?」
「知らん。俺達より逸脱した殺人鬼を見ただけだ」
そうか。というと双識はふと背広の裾を見て、そこに付着した茶色い染みを見て
「参ったな・・・カレーはねちまった」
「知るか。いい気味だぜ」