何故か、最後のエンディングに心残りがあり、その上綾瀬が報われないと思ってしまい、その結果こんな作品が出たわけです。
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「みんな、お待たせ。」
そう言って、私たちが座るテーブルに集が座り、みんなは彼を笑顔で迎えた。
「それじゃっ、今年も―」
集が席に着き今日のパーティの参加者が全員そろったと同時に、席に座るみんなが颯太くんの号令と共に手に持ったグラスを持ち上げ、今回のバースデーパーティを開催した。
「「「乾杯!」」」
「いやぁ、相変わらずカッコいいなぁ、その義手は。」
「颯太!無神経すぎるだろ!」
テーブルを平手で叩いて颯太くんに向かって怒鳴っている谷尋くんに対して、集は優しく笑顔で颯太くんをかばった。
「大丈夫だよ、これくらい。怒らないであげて、谷尋。」
「まぁ、お前がそういうならいいけど…」
そう言って、怒りが収まったと思われていた谷尋くんだが、直ぐに私の横から怒りがまた顔をだした。
「いやでも、本当にすごいよなぁ、この右腕!」
そういって颯太くんはちらっと谷尋くんに視線を向け、案の定彼のお怒りになっている顔を拝めて口を押え笑っていた。当然それに対して谷尋くんの怒りが倍増したのはお約束、彼を止めるのには苦労したもんよ。
「そういえば綾瀬、教員試験の勉強はどう?捗ってる?」
「っふぇ?あ、うん。まぁ、少し難しいけど頑張んないとね。」
いきなり声をかけられて動揺してしまい、恥ずかしい恰好を見せてしまったと、私はテーブルの下に赤くなった顔を隠して、「冷静に!」と自分に言い聞かせるが残念ながら、そんな言葉が私に届くことはなかった。
「そうか、それなら良かった。頑張ってね、綾瀬。」
「そ、そうだね。うん、期待されたからには頑張らないと。」
「でも綾姉、この前の練習テストの結果、悲惨だったでしょ?」
「もう、ツグミっ!何でそれ言っちゃうの?!」
私も谷尋くん同様、テーブルを叩いてツグミに怒りを放つが、ツグミは表情一つ変えずに私を見て笑っていた。鬼め、後で見てなさい!
「もう、二人とも。喧嘩はやめて。」
右隣に座る集が私とツグミの喧嘩を止めるため、手を伸ばして止めようとするが、私たちの怒りなど一瞬にして掻き消えた。
「冷たっ!」
そう咄嗟に口にした集の座る方を見てみると、彼は私たちを止めるために伸ばした手で、自分のグラスを倒していた。当然中の液体はグラスから零れ落ち、やがて集の膝へと落ちていった。
「あぁ、もしかして僕、零しちゃった?」
「……ごめん、私が悪かったっわ。今拭くから待ってて。」
罪悪感を覚えた私はすぐさまテーブルの上に置いたハンカチで彼の膝に零れたワインを吸い取った。
「ご、ごめん、集。」
私同様、ツグミも後から集に誤り自分の席に座った。
沈黙が流れる。場の空気を崩してしまった私からすればこの状況はもっとも嫌な状況だった。どうにか立て直さなければと思った最中(さなか)、さっきまでかのんちゃんと楽しく会話していた颯太くんが口を開いた。
「…あ、あ、そうだ。なぁなぁ、かのんちゃん、かのんちゃんって誰かと付き合ってるとかある?」
「……え?私?え、私は…」
と、あからさまに「私は…谷尋くんが…」みたいな顔をして、首を右に傾けるが、それを知ってなお颯太くんの好奇心が止まることは無かった。
「無いのならさ、俺と付き合ってみない?」
「颯太くん、酔ってるでしょ。」
「ぐへへ、そんなことないよ~へぇ。」
うん、かのんちゃんのいう通り、何処からどう見ても颯太くんは自分が酔っていた。いや、そういう演技を見せていた。正直こんな状況下じゃなければ本当に颯太くんが演技をしていると気付くことは無かったと思う。
「じゃぁ、綾瀬さん。彼氏とかいます?いなかったら俺と。」
「え?私?!わ、私はいないけど…」
「でした―」
「ダメよ!」
救ったというよりも、乱入してきたのは紛れもなくツグミだった。何故か怒った顔で颯太くんを見ている。え?何処にそこまであんたを怒らせる要素があったわけ?
「綾姉は彼氏とイチャイチャしている暇はないの。さっきも言ったでしょ綾姉。もうすぐ教員試験なんだから、時間あるときは勉強!」
何、ツグミ?お母さんにジョブチェンジしたわけ?何故だろう、物凄い母性を感じる…
「でしたら、ツグミさん。俺と―」
「無理。いやだ、私はもっと大人っぽくて優しい男の人がいいの。」
「最後まで言う前に振られちゃったね、颯太。」
「っふ、まぁ颯太はこの程度だろう。」
「なんだって?!谷尋、もう一回言ってみろ!」
また始まった。颯太くんと谷尋くんの第二ラウンド。間に挟まれてる私と集の事を考えてほしいのだけれど…こちらに気を遣う余裕はなさそうね。
まぁ、なんやかんや騒がしいけれども、思い出になるような日を私たちは満喫した。
「お、もうこんな時間か。俺もう帰らないと。明日朝に予定入ってて。」
「もう十二時を越してる!私も帰らないと。」
「お、おいっ。お前らぁはぁ、何処にいくんだぁ?」
ダメだ、みんな帰るって言ってるそばから酔ってる。演技じゃないことはハッキリしているからこそ逆に厄介だ。
「おいおい、マジかよ。ああもう!こいつは俺が負ぶっていくから、他のみんなは先に帰ってください。」
「それじゃお言葉に甘えて、私と綾姉は先に帰らせてもらうわ。」
そういって私の手を引っ張るツグミに、私は一つの嘘をついた。
「ごめん、今から少し寄りたいところあるから、先に帰ってて。」
「そう?だったら私も付き合うけど…」
「ダメよ、こんな時間に私の都合で誰かを待たせるわけにはいかないでしょ?だから、先に帰ってて。私の事は心配いらないから。」
「まぁ、そこまで綾姉が言うのなら…わかった、私は先に帰ってるわ。それじゃ、私はこれで。今日は本当に楽しかった。みんなまた会おうね~。」
「それじゃ、私も。」
「よいしょっと。重いなこいつ。それじゃ俺らも失礼します。」
「出発しんこうー!!」
「こらっ!店の中で騒ぐな!」
ツグミも、かのんちゃんも、颯太くんを負ぶった谷尋くんも、私たちを残してみんな帰ってしまった。
「それじゃ、僕らも帰ろうか、綾瀬。」
「うん、そうだね。」
私たちも、そういって彼らの後を追った。
「少し散歩しない?」
帰り道の沈黙の中、私は彼にそう告げた。
「そうだね、そうしよっか。」
川の流れる夜の道に、私たちを照らす月明りはいつも以上に光を放っていた。
「最近どう?目の方は?回復の兆しがあるって医者は言ったんだよね。」
「うん、まぁそういったけどさ、治っていく気配がないんだよ。いつまで経っても何も見えない。僕の視界は黒いままだよ。」
「だ、大丈夫よ。いつか必ず治るわよ。」
「だといいんだけどね。」
機械仕掛けの右腕を持ち上げて頬らへんを指でこすりつけながら、集はいつもの笑顔を浮かべた。どんなに集が変わっても、この笑顔だけは昔から何一つ変わっていなかった。
「あれから結構時間が経ったけど、いのりは僕のこと覚えているかな?」
いのりという名前に反応してしまう。
数年前に集の代わりに姿を消して、それ以来二度と私たちの前に現れないという事で、死亡したと仮定されてる。
だが集は、いのりはきっと何処かで生きていると、そうずっと信じ込んでいる。自分の目の前で消えたと証言したにも関わらず、彼は事実から目を背けて、現実を受け入れなかった。
「ねぇ、集?」
「ん?どうしたの、綾瀬。」
私の前を歩き、私に背中を見せている集に、私は全てを口にした。
「いつになったら、私の事を見てくれるの?」
集の足が止まり、前に進んでいた彼の動きが止まる。ゆっくりと振り向いて、私を見ていた。その光を失った赤い目で。
「…え、えーと、それは、どういう?」
「私はね、私はずっと待ってた。最初あなたに会った時は頼りないなとか、私にとっては子供にしか見えなかった。でも、徐々に集が別人に見えてきたの。大人っぽくなっていって、強くなっていって、逞しくなっていって、頼り甲斐がある人になって。」
そうだ、集は大人になっていった。私が背中を預けられるくらいに、変わっていった。
「そして私は何度もあんたに助けてもらった。何度も、何度も。だから私はあなたの横で、あなたを、集を助けてあげたかった。でも、集が頼るのは、助けを求めるのは私じゃなかった。いつも隣で集を助けてあげていたのは、いのりだった。私が望む席には、いつも彼女の姿があった。」
私は続ける。息が切れようと、何をされようと、私は続ける。最後まで、私の全てを言い切るまで。
「ねぇ、何で?!何で私じゃなくていのりなの?!私じゃダメだった?ねぇ、私のどこがダメだったの?!」
「え、え?!ちょっと待って、綾瀬って、涯の事が好きだったんじゃなかったの?!」
「それはあんたの勘違いでしょ!」
「あ、ごめん。」
「そうよ、最初は涯の事を尊敬して彼の背中を追って戦っていたわ。でも、エクソダスの後に涯と会って私は頼る相手を、背中を追っていく相手を失ったの。でも、私の背中を守ってくれたのは、いつも私と共に戦ってくれたのは集だった。でも、私だけなの?私だけ、集に背中を寄せ合って頼り合って戦ったと思っていたのは私だけなの?!」
「違うよ、綾瀬!綾瀬の援護は本当に助かったよ!」
「じゃぁ!じゃぁ私の何がダメだったの?!いのりにはあって、私には無かったものって何なの?!」
「いのりにはあって、綾瀬にはないもの…」
「ねぇ、何があった?私たちの間には何があるの?!」
「でも、いのりは、いのりは…」
「いのりいのりって!そうやって何であんたはいつもいのりに頼るの?!もう、もう、いのりは、いのりはいないんだよ!あんたも知ってるでしょ!集が一番知ってるでしょ!あの子は、集を庇って消えてった。そう言ったのは集、あなたでしょ!現実を見てよ!受け入れてよ!目を背けない―」
「分かってるよ!!!」
夜の道に、夜の街に、彼の大声が響き渡った。横で流れる川は音に反応し揺れを見せ、周囲の空気は一瞬にして色を変える。
「分かっているよ、いのりが死んだことくらい!僕だって分かっているさ!僕が助けられなかった、いや僕が、涯と同じように、僕が殺したんだ!僕を庇って、いのりは、消えたんだ。分かってるよ、しってるよそれくらい。僕だって、知ってるよ。」
「だったら、」
「綾瀬は分かるでしょ。自分が頼りにしていた、拠り所にしていた場所が失われた時の気持ちは。」
そうだ、あの第二次ロスト・クリスマスの時から、私は自分の足を失った。エンドレイヴを失って、戦う術と自由を失った。でも、集が私に、それを取り戻してくれた。私に力を取り戻してくれた。私を、不自由から解放してくれた。
「分かるよ、十分に分かるよ。だからさ、そういう時は、辛いときは、私に頼ってよ。ね?他人に頼ってよ。私があんたに頼ったように、あんたも私を頼ってよ。」
地面に倒れて、顔を両手で塞いで泣いている集に近付いて、私はそっと彼の頭に手を乗っける。そしてゆっくりと、彼に身を寄せて、集を抱きしめた。集の涙がシャツに染み渡り、肌に冷たい感触を残す。
そして、私は気付いた。
集だけではなく、私も、私も、涙を流し、お互いに痛んだ傷をいやし合っているのだという事に。
それから私たちは少しの間、涙が消えるまで、悲しみが消えるまで、抱き合ったまま泣いた。
「じゃぁ、頼ってみてもいい?綾瀬。」
そう、私の耳元で、小刻みに震えている集が、私に囁いた。
「うん、私を、頼って。」
「はぁ?!」
教員試験が終わり、それの結果が出た。あれから物凄く勉強に集中して、当然のように私は試験に合格して資格を手に入れた。
その直後、私は全てをツグミに明かした。
「あ、あ、綾姉が、集と付き合ってる?!ウソでしょ、嘘だと言って!」
「嘘じゃないけど…言ってなかったの、綾瀬。」
「言えるわけないでしょ、だって言ったら「何イチャイチャしてんのよ!そんな時間あったら勉強しなさい!」って怒られそうだもん。」
「だよねー。」
「あ、あ、綾姉!!!」
目を鋭く光らせたツグミはこちらを向いて牙をむき出しにしたまま、私たちの方に全力で飛びかかってきた。
「やばっ!集!逃げるわよ!」
「え、ちょ、綾瀬!いきなり手を引っ張らないで!」
「いいから私の車椅子押して!そして私のいうことを聞いて!そこ、右に曲がって、次に…そこ!左!」
「待てー!綾姉!」
いつの間にか、私は彼と共にこんな時間を過ごしていたんだろう?きっとずっと前から、だったはずだ。単に、私が鈍感で、それに気づかなかっただけで、最初から、ずっと前から、私の姿は、車椅子に座る私の姿は、彼の目に、ずっと映っていたんだ。