Fate/Crusade Ops【軍人Fate】 作:はまっち
ざり。黄土色の細かな砂が、革製の半長靴に踏みしめられる。一定の周期を持ってゆったりと、しかしリズミカルに鳴く小石と砂の群れは、静謐な洞窟の中で消えていった。
「……しかし、まさか駐屯地の地下にこんな空間があったなんて」
ざり。黒い闇が一言、ポツリとこぼす。若い戸惑いを抱えた男の声に、先導する老年の男は、皺だらけの声帯からしゃがれきったかすれ声をもって答える。
「この駐屯地のなかでも知る人は、少ない。あの魔術協会ですら近年、この地下壕を発見したのだから」
じゃりっ。先を行く老人が、その濃紺色の礼服を揺らして立ち止まった。その肩には金糸で編まれた3つの桜に三本の棒。いやにぴんと伸びた背中に、これまで培ってきた歴史の重みと経験の豊富さを感じさせる。
「――ここが、この春野駐屯地一番の霊地だ」
老人が立ち止まったのは、土と砂で築かれた小部屋だった。老人の持つカンテラから漏れた橙色の光が、どこか怪しい輝きになってその小部屋を照らし出した。
壁一面にといわず、床以外の全てに描かれた赤い幾何学的な紋様が、血液を活発に送り出し続ける心臓のようにどくりどくりと脈動する。
そんな異様な空間で老人は、いかにも普通のことであるように口を開いた。
「触媒は」
「……はい。きちんと、ここに」
呆然としたように我を喪っていた一瞬の空隙から立ち直った男は、老人に掛けられた言葉に応じて背負っていたドットの細かい迷彩柄の背嚢を壕の砂地に下ろした。
沖縄かそこら辺の地下司令部壕に似ているな。心の中で呟いて、背嚢から輸血用の血液パックやペンキ塗りの筆を取り出す。
そして彼はおもむろに砂の地面に膝をつき、血液をしたたらせた筆を取った。
ざりり。粘性を持った液体が砂と刷毛の間に浸透する。巻き込まれた砂と砂とが、耳に障る嫌な音を立てて鳴いた。
大きな円を描き終わると、その周囲に文字と文字の羅列を。黒魔術の一つと言われても疑うべくもないほどの緻密さで、その魔方陣を描いていく。
俗に戦闘服と呼ばれる迷彩柄の被服が砂で汚れるのもかまわないのだろうか。男はただ一心に陣を描き続けた。
「猪又二曹」
「はい」
幾分か経った後、唐突に名を呼ばれた若い男が、自衛隊特有の張りのある返答を返す。
老人は冷ややかな、なにも写していないような瞳を二曹に向けると、皺だらけの唇を開いた。
「今回君が召還するものには、"狂化"を付与せよ」
「……狂化、でありますか。一等陸佐殿」
そうだ。一佐の命令に、二曹は幾何学模様――陣を描いていた手を止めて彼を睨み付ける。
狂化。必然的に『
「この聖杯戦争において、バーサーカーの英霊を喚ぶ。魔術刻印の少ない君にとって、それが最も戦力になるだろう」
それに、この英霊はまさに狂戦士だからな。一佐は足下におかれた背嚢に手をつっこみ、その中から古い和紙で包まれた二つの包みを取り上げると、痙攣する唇の筋肉を抑えながらにやりと微笑んだ。
「ほら、君が喚ぶ英霊だ」
受け取り給え。老人は白い手袋を外すと、真っ黒い入れ墨だらけの右手で一つの包みを手に取り、丁度魔方陣を描きおえた猪又二曹に手渡す。
包みを手に取った瞬間、猪又二曹の肉体。左の肩に描かれた小さな入れ墨――魔術刻印がじくりと痛む。
一佐の右腕に描かれた魔術刻印に比べて何倍も小さなその権能が、猪又二曹の立場の弱さを如実に現しているような気がした。
「……それでは」
悔しさに唇を噛み締めて、古い和紙で丁重に包まれた小包みをとく。
ぱさり、かさりと紙同士が擦れ合う音が地下室の中に響き、直ぐに消えてなくなった。
「どうだ、猪又二曹」
どこか得意げな一佐に、全ての和紙を剥がし終わったその手の中に残ったものを唖然とした表情で凝視する二曹。
その手に乗った掌よりも少し大きなサイズの銃剣を確認し、瞬きを数度。
――なるほど。静かに頷いた彼は、つい先ほど完成したばかりの血染めの魔方陣の中心に一振りの銃剣を安置すると、現代に残された『奇蹟』を実行するべく息を大きく吸い、告げた。
「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公――――」