Fate/Crusade Ops【軍人Fate】 作:はまっち
女は気がつくと、ガラクタの中にいた。
ねっとりとした蜜の中にいるような脳みその中で分かったのは、ガラクタの山に押しつぶされていると言うよりは、ガラクタの海にたゆたっている感覚。
女はおもむろに、右腕を動かすよう脳髄を通して神経に命じる。
しかし遅々として電流が流れていかないのが、嫌に克明なヴィジョンをもって気付けてしまった。
その鉛を付けたように重い右腕はゆったりと泥をかき分け、丁度顔のまえを漂っていた空き缶を明後日の方向にはじき飛ばすと止まる。
――なるほど。どんな状態なのかが、目を開かずとも分かった。
黒い泥の中にふよふよと浮いているような、異様な感覚。右を見ずともそこに壊れた三輪車が上下していることを悟り、左をみずとも山積みの椅子が転がっていることが、なんとなく察することが出来た。
――ああ、夢か
女は、はあ。と大きくため息をつく。こんな事が起こるのは、明晰夢しかあり得ない。
そうと分かれば、慣れたものだ。静かに呼吸を落ち着け、女はイメージを膨らませる。
身体の中に巣くう虫を、思い切り捻り殺してやるイメージ。自分が三尸になって、身体の外へ外へと抜け出そうとするイメージ。ハリガネムシがカマキリの腹を食い破って水へと逃れるイメージ…………寄生虫に関連したイメージしか湧かないのが乙女心に突き刺さるが、そのおかげか魔術回路が開くのが早まった。気がした。
じんわりと脚が痺れていくような、壊死していた組織に久しぶりに血流が流れ始めたような違和感。言うならば血液を、久方ぶりに魔術回路という器官に流すのだ。これぐらいの鈍痛は想定の中である。
魔力が体中に行き渡り、女はその文言を口に出す。
――――
「
とても聞き慣れた誰かの声を継起に、女は、エイナ・ヴァイナモ・ロムはバネ仕掛けの人形よりも早く、上体を引き起こした。
背中はぐっしょりと汗で塗れ、胸は荒く上下する。典型的な悪夢のあと。だ。
「…………久しぶりね。あんな夢見るなんて」
ばさりと髪をかき分けると、星のような銀色が視界の端をぱらぱらと舞う。
祖国、フィンランドの雪原よりも白い髪の毛は、この極東の小さな街で行われる聖杯戦争に邪魔なものだと知っていても、これを切る気にはならなかった。
うーんと背伸びをしてベッドから飛び降りると、顔を洗うよりも先に冷蔵庫へ。
近くにあった銀色のスプーンを手に取って、その蓋を開けた。
「――――さて、どれをのもうかな」
冷蔵庫の一面に敷き詰められた市販のヨーグルト。その傍らには栄養剤。一種の狂気すら感じるほどに、一つの商標マークが微笑みを返してくる。
私の魔術はこれがないと始まらない気がするのよね。小さく独りごちて、手頃な栄養剤とヨーグルトを引っ掴み、スプーンでもって即座に胃の中へと流し込んでいった。
「……よし。『この子』にも頑張って貰わなくちゃね」
エイナはそっと下腹部を、入れ墨のように黒く彫られた文様を優しくなで回すようにさすり、ぱんっと大きく音を立てて自らの頬を引っぱたいた。
そうして、ふう。心を落ち着けて、これまで踏み荒らしてきた床に目を落とす。
「…………儀式の途中に眠くなっちゃうなんて、私の悪い癖ね」
そこには、黒く変色した血液で描かれた魔方陣が広がっていた。
その中央に鎮座する一発の変形した銃弾を手に取ると、エイナは
「狙うは『
この日のために、遠い極東で行われる聖杯戦争のためになんども復習した英霊の経歴を、脳内でぱらぱらと捲る。
百人に聞いて、何人が最強の英雄だと答えるだろうか。それほどの実力を持つ英雄を、エイナは呼べる。
だから、聖杯を手に入れるためには容赦なんてしない。彼女はそう誓い、右の手の甲に宿った三画の入れ墨、『令呪』をしげしげと眺めると銃弾を元の場所に安置した。
――――すう。大きく息を吸い込んで、魔術回路を励起させる。
寄生虫が身体から這い出してくるような、吐き気を催す想像と共に魔力が体中を循環していくのが分かった
「――――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。祖には我が大師マキリ・ゾォルケン。
降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
ぐりと、腸がねじれたような激痛が襲う。刻印が暴れ出したのか。悲鳴を噛み殺し、痛みに耐えてエイナは詠唱を続ける。
「
繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」
途端、じくりとヘソのあたりがうずいた気がした。
「――――告げる。
汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
血で描かれた魔法陣をなぞるようにして、赤黒い光が漏れ出る。勢いよく放出される魔力によって銀色の髪がはためき、これを大きく散らした。
「……誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」
ひときわ大きく、刻印がのたうち回る。唐突な刺激に彼女は目を見開き、舌を突き出して声にならない悲鳴を上げる。
げぼりとどす黒く濁った血を吐く。煌々と輝いていた赤黒い魔方陣が、どこかへと消えていくように薄くなっていく。
まだいける。エイナは力を振り絞り、最後の一説を唱え上げた。
「…………汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
荒れ狂う嵐のような魔力の大風と光の中で、血を吐くような、まるで悲痛さを感じるほどの絶叫が部屋の中に拡散して、塗りたくられていく。
不意に、光と風の存在が消え去った。今さっきまでの現象全てが嘘のように、部屋の中が静まり返る。
「…………やっ、た?」
エイナはおそるおそる、目を開いた。目の前にいるであろう存在は、正真正銘の英雄である。その確信が、なぜか胸の中で高鳴った。
「問おう」
目の前の魔方陣の中央に直立した白い人影が、醜く歪みきった顎を開く。氷のように冷たく、地を這ってくるようなバリトンの声色にも怯まず、エイナは毅然として男の装いを観察した。
そこ全貌はフードに隠れて見えにくいが、おそらく彫りの深い西洋系の顔に、短い髪。そして、特徴的な醜く歪みきった下顎。
服装で言うと、白だった。白ずくめのポンチョ。雪のような白の軍服。その背中に背負われた小銃だけが色を主張しているようだ。
女性に凝視されていることに気がついた男は、どこまでも不敵な笑みと共に尋ねる。
「貴様が俺の上官か?」