Fate/Crusade Ops【軍人Fate】   作:はまっち

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 ほとんどの戦いの勝敗は、最初の一発が撃たれる前にすでに決まっている。――ナポレオン


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 がさり。生い茂る藪を踏み分け、金髪の少女は竹林へと足を踏み入れる。

 墨で塗りたくったような黒の詰襟が、とてつもなく邪魔くさく感じた。

 そこは春野市の北の端。三方を山に囲まれた春野市市街地において、芝刈りの老人くらいしか近寄らない。

 ある意味現代に残された秘境であった。

 

 あるのかないのかわからないような獣道を辿り、しげりに茂った竹の群を躱して奥へと進む。

 途中少女はふうと一息ついてちょうどよい笹の陰に立ち止まると、周囲の叢林を一瞥した。

 煩雑に様々な雑草が野放しに生い茂っているように見えて、その実は整然と手入れされている。侵入者を迷わせるような構造を人工的に作り出しているような、違和感。自然にできた竹林にしては、どこか意図というものを推し量れてしまうその林をただ眺め、どうしようもないわねといったふうに諸手を挙げた。

 

「こんな未開の地に住みたがるなんて、東洋人は変なことを考えるわね」

 

 小さくため息をついて再び歩き出した途端、笹の葉と葉の間からこぼれた木漏れ日が、彼女の漆黒の装束に当たって消えていく。ざわざわと笹同士がこすれて鳴り喚く音に微弱ながら魔力のようなものを感じ取り、少女はちっと舌打ちした。

 どこかで結界にひっかかったか。

 自然を使った結界魔術に心得はないが、風水だか陰陽術だかといういまだに体系化されてさえいない極東の魔術に似た魔力の流れを感じる。そう結論付けた少女は、楽しげに唇をゆがめた。

 

「まあ、そうこなくちゃね。腐っても魔術師の工房なんだから」

 

 竹と竹の間から、決して大きくはないサイズの茅葺屋根がちらりとその姿を覗かせる。

 そここそがこの竹林の最奥部であるだろうことは、何よりも容易に想像がついた。一歩足を踏み出し、そのブーツでぐじゅりと雑草を踏みにじる。

 また一歩。今度は砂利を足蹴に。さらに一歩。落ちた笹を蹴りつける。

 

 一歩一歩と目指す茅葺の屋根が見えてくるにしたがって、少女にはそれが庵であることが分かった。

 庵の縁側には老年の男が一人。静かに座禅を組んで座っている。周囲に敵の影はなく、警戒するような素振りもない。

 

「お邪魔するわ」

「――――何をしに来た。こんな山奥まで」

 

 何重にも張り巡らせた結界を越えてやってくるとは、ただの迷子というわけではないだろう。老人は酷い火傷の痕が残る右手に浮き出た三画の文様、令呪を左手で隠しながら平静を装って目の前の少女を見据える。

 彼女はふっと笑うと、整った愁眉を柔らかく曲げて口を開いた。

 

「私はアディ、魔術師よ。ねえ李老師、今日はあなたに――――」

「…………ランサー」

 

 アディと名乗ったの言葉尻をふさぐように、男は、李は静かに右手の令呪を掲げる。流れるように李の名前を呼んだ彼女に、一切の心も許してはいけない。そう誓う。

 その瞬間、ふっと空気がゆらめいて、青々と育った太い竹の杭が――竹槍がどんとアディと李の間に割って入った。

 

「そこな小娘、同志に何の用か」

 

 円錐形の編笠を被った農民。といった風体であろうか、どこかオリエンタリズムあふれる背格好の男、ランサーが、無防備そうに見える少女、アディをねめつける。復讐と憎悪に歪んだその瞳に、何も映ってはいないように見えた。

 おお怖い怖い。アディは諸手を掲げてお手上げだといった形に笑い、おどけて見せる。『人間(マスター)』と『救国の英雄(サーヴァント)』、まともに戦闘になるとすると、ひとたまりもなく捻り殺されてしまうだろう。

 いわんや、最強の白兵戦能力を持つ『槍兵(ランサー)』のサーヴァントならば。

 

「まあ、そんなことよりね李老師。今日はあなたに――――降伏勧告を伝えに来たの」

「降伏、だと?」

 

 緊張が途端に張り詰め、いやな沈黙が庵に降りる。

 李の、そしてランサーの殺意すら隠った視線がアディを射抜く。余裕綽々と言った体で胸をそらし、お返しとばかりに鼻で笑ってやる。

 静かな挑発に、ざわりと音を立てて笹がうめく。ランサーから瞬間的に放出された濃密な魔力が風となって、三者の間を渦巻いた。

 

 アディは堪えきれなくなったかのようにふっと顔をほころばすと、ひし形を装飾した様な文様の令呪を手の甲にちらつかせながら呆れた声で告げる。

 

「ええ。一つを除いて、貴方に勝機はないわ。諦めることね」

「――――戯言を!」

 

 瞬間、ランサーは吠えた。喉の奥から激怒の咆哮を絞り出して、手にした竹槍に指を這わせる。足の指にバネを閉じ込め、おもいきり少女に飛び掛かった。

 雷よりも早く、正確に。

 突き出された竹の槍はまっすぐにアディへと迫り――――虚空において唐突に止められた。

 

「……っ、サーヴァントか」

 

 よくやったわ、ライダー(・・・・)。苦々しくぽつりと口からこぼした李にかまうことなく、アディはそっと竹槍の穂先を、その場には何もないはずの虚空を撫でる。

 その刹那、虚空から圧倒的な魔力が吹きだし、竹林中の笹を鳴らすほどに吹きすさぶそれは風となって、黄金色の髪を揺らした。

 

 それじゃあ、もう一度言おうかしら。

 少女は、『騎兵(ライダー)』のマスターは老人を向き直ると、口角を薄く広げて笑う。まるでどこかの扇動者のように、大仰なしぐさで腕を広げながら。

 

「私はアドルファスフィール・フォン・アインツベルン。この戦争に勝ちたければ、私の軍門に下りなさい」

 

 ――――私は、“最強の”英霊を保持しているのだから


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