Fate/Crusade Ops【軍人Fate】 作:はまっち
――――失敗した。
夜の町並みに、荒く間隔の短い呼吸が吸い込まれていく。
片やゴム底のスニーカーがアスファルトを跳ねる音。片や軍靴のせわしなく舗装された道路を叩き続ける音。二つの音の群れはただひたすらに、その足を止めようとはしない。
雑踏と暗闇とを行ったりきたりしながら、できる限り直線の道路を避けるようにして逃亡を続けていた。
「畜生。なんでこんなことに!」
『時計塔』現代魔術科の魔術師、ヴェスパ・マンククーラムは、痛いほどに渇ききった喉を涸らして叫んだ。
その属性は火。起源は感応。魔術刻印はせいぜいが数えるほどしかなく、代を重ねるほどに強く、重くなっていく魔術師の界隈のなかでは弱小という他なかった。
しかもヨーロッパの
そうでなければ今現在、このように命からがら逃げ続けていない。
彼の時計塔での生活は、そりゃあもう、悲惨だった。
魔導書の閲覧許可が出ないのは当たり前。鉱物科の同年代の奴らが自慢げに高価な貴金属を用いた魔術を使い、天体の後輩どもは惜しげもなく占星の力を行使していく。おなじ肥だめのクズどもだと思っていた現代魔術科の学生でさえ、『長子』と『開位』の群ればかり。しかしヴェスパは、必死に自己を研鑽し続けた。
未開の原生林から己の身一つ努力一つのみで都市を開墾した、偉大なる先祖を夢に見ながら。
そんななか、現代魔術科の学部長、ドクター・ハートレスの失踪と共にすげかわったのは、いかにも魔術師ですよといった風な風体の若い男。
――――ロード・エルメロイ2世
ヴェスパは最終的に、彼と、彼に教えを請うた数多くの天才達を嫌った。
はるばるダバオからロンドンくんだりまで繰り出してきたというのに、ここもまた才能で決まる世界か。とうの昔に解っていた、気付いていたことだが、その再確認はヴェスパ・マンククーラムの19年にわたる人生において再起不能なまでの傷を負わせるに充分すぎるものだった。
「くそったれ、どこまで追いかけてきやがるんだ……っ! そう言うのは情熱的なコルディリェーラの乙女達にして欲しいもんだよ!」
少年の後方から爆音がとどろく。轟音を上げて爆走する軽自動車の姿をちらりと見て、ヴェスパは大通りを避けて路地へ。歓楽街特有の人ゴミから、客引きの女どもの間をすり抜けて更に先へ。どことなくフィリピン系の顔立ちがいくらか見えた気がしたが、看過することなく走りすぎていく。
聖杯戦争なる儀式の存在を知り、一縷の望みを掛けて日本へ飛んで、ここ。春野市に仮の住まいを構えた。春野市随一の歓楽街である小倉通りの、小さな小さなカプセルホテル。まあ慣れない準備に手間取ったとはいえ、さすがは先進国。百貨店に行けばなんだってあるという、マニラの都市部でもそうない環境下に驚き、手早く準備を進めていった。
そして首尾良く浮かび上がってきた令呪に喜び勇んで、鼻歌交じりのままに召喚の儀を行ったのがつい昨日の話。
問題は――何故か、こうなってしまった。何故にか、しくじってしまった。と言うことか。
ヴェスパは私財を投じて1枚の手紙を入手し、これを使って戦史に残る名将を召喚しようと試みた。狙うクラスは『
キャスターのサーヴァントはその名の通り、陣地の作成と魔道具の生成に特化したサーヴァント。かつての事例では、その名の通りの魔術師の他にも科学者や哲学者、派手は小説家ですらも該当するのだという。
陣地の作成に特化する。
それはつまり、防衛戦と籠城のスペシャリストにして、持久戦闘のプロフェッショナル。最も老獪にして安定した作戦指揮を取る英雄が召喚されるべきであるだろう。
英語とタガログ語以外読めないヴェスパが手紙に期待することが出来たのは、その書状の差出人と、その発見された場所だけだった。
なんでも持ち主の老人によると、1945年の3月に組織的抵抗を終えた太平洋戦争の激戦地、硫黄島から発見されたのだとか。お得意のバンザイ・チャージの結果生まれた日本軍の高官らしき遺体の懐に入っていたものなのだそうな。
――そう考えると呼ばれるであろう名将は、
「おい……キャスター! あいつをどうにか出来ないのか!」
「すまんな……今の吾輩はどうみても、まごうことなき敗軍の将のそれであるのだ…………」
逃げるヴェスパを、霊体化していない大男が追う。どたどたと軍靴の底を地面に打ち付けながら必死にヴェスパの後に続こうと走っているのはどこか愛嬌のある姿……のようにも見えないことはない。
なんとかぎりぎりの魔力と術式を魔方陣にぶち込むことによって魔方陣の寿命よりも先に。赤黒く光り輝いていた文字列の隙間から紫色の煙を吐き出しながらも、かろうじてサーヴァントを呼ぶことが出来た。
そうして出てきたサーヴァントが、このキャスターだ。
はあ。とため息をついたヴェスパはちらりと彼を、キャスターを見る。
令呪を得てから、マスターになってから発現した異常な力。サーヴァントとしてのパラメーター、資質を「視る」ことができるというこの力でもって――――網膜の奥に浮かび上がってきたキャスターの能力値に目を通す。
「……な?」
「…………ああ。なんだってこうなっちまったんだ」
どこか自慢げに確認を取ったキャスターを、ヴェスパはある種の恨めしさも内包した目で睨みつける。
何が悲しくて、全ステータスEのサーヴァントと一緒に逃げているのだろうか。
ため息のひとつでもついてやりたくなったが、キャスターの後ろから……路地の奥から聞こえてきたエンジンの唸りに現実へと引き戻される。
「……吾輩、なぜか記憶の混濁がみられるのだ…………真名もわからず、霊体化もまたできないのである…………」
「喋らなくて良いから脚を動かせ、キャスター!」
くそったれが、立ち止まる間もないのか! 路地裏で丸まっていた猫がとびあがり、ふしゃーと牙を見せつけながら毛を逆立てた。キャスターがなにかにぶつかったのか、後ろのほうでガラガラと物が倒れる音がする。エンジンのドルドルという唸りがすぐそこまで迫ってきている。様な気がした。
「くそったれ、ああ本当にくそったれだ! 故郷のココヤシが食べたい!」
ぶつぶつと毒づきながら、少年は走った。
追ってきているのは音から推察するに、『
次第に奥まっていく路地。ちっと舌打ちしたヴェスパは、魔術を行使するべく魔術回路を活性化させた。
「――――やるしかないのか」
たった3代だけの歴史がヴェスパに力を与える。魔術を行使すべく、スマホをワイシャツの胸ポケットから取り出す。
「マスター! 吾輩に指示を出せ!」
「
狭い路地。そそりたつ壁に背を向けた二つの人影の前に、白衣を着た男が堂々と歩みを進めてくる。
「……残念だねぇ、マスター君。鬼ごっこは終わりだよ…………さあ、その
にやにやと、弱いものをいたぶるような嗜虐的な笑み。猫背にまるまった背中で白衣をたなびかせて、丸いビン底のメガネをかけた無精髭の男は大仰に右手を広げる。
――キャスター、気をつけろ。
ヴェスパの網膜には、彼のステータスが見える。大まかに。ではあるが、全部が全部ランクEなんて悲惨な状態ではなかった。
つまり逆説的に言えば――――あの白衣の男は、サーヴァント。人知を超えた究極の英雄の一角に坐するものなのである。
キャスターはこくりとうなづき、軍服の懐から小さな拳銃を引き抜くとそれを正面に構える。アルミ製の小さな、手のひらサイズの拳銃。それがなぜか、やけに手に馴染んだ。
「僕としては、あんまり鹵獲品を使いたくはないんだけどさぁ。イワンどもの油は質が悪いし……でも、司令官殿が喧しいんだよ。分かってくれるかね?」
なにしろ燃費がとてつもなく悪いんだ。笑いながら、白衣の男は右足を前へとやった。砂の啼く嫌な音が路地に響き、キャスターの拳銃にまた少し力がこもる。
「おい……お前は『ライダー』か!?」
ああ、違う違う。必死さを滲ませたヴェスパの問いかけに、白衣の男はけろっとした様子で返す。――あんな野蛮人どもと一緒にしないでほしいよね。ふふっと笑んで、男はどこからともなくスパナを取り出し、握り締めた。
「戦争には、いつの時代だって『
【CLASS】キャスター
【性別】男
【身長・体重】?
【属性】悪・混沌
【ステータス】筋力E+ 耐久E 敏捷E- 魔力E- 幸運E 宝具E++
陣地作成:E- 魔術師として、自らに有利な陣地を作り上げる。ろくな陣地は作れない
道具作成:E 魔術的な道具を作成する技能。ろくな銃すら作れない
【保有スキル】
カリスマ:D- 軍団を率いる才能。ちょっとしたデモ隊程度なら率いれる
軍略:E- 多人数を動員した戦場における戦術的直感力。自らの対軍宝具行使時や相手の対軍宝具および対城宝具の対処時に有利な補正がかかる。とはいえこのランクでは誤差の範囲内
無辜の怪物:B 後世の人物によって過去が換えられる呪い。「オー! ジャパニーズ・バンザイ・チャージコワーいですネー!」
蔵知の司書:E+ 記憶の分散処理。しかし最近はボケがひどいのか真名すらも思い出せない
専科百般:E- 専門スキルの使い分け。戦術・学術・隠密術・暗殺術・詐術・話術・その他総数32種類に及ぶ専業スキルについて、E-ランク程度の習熟度を発揮できる。誤差みたいなもの