Fate/Crusade Ops【軍人Fate】   作:はまっち
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 面白いから軍備を続ける者はいない。恐ろしいから軍備を続けるのだ。――チャーチル


Incoming

「――――エンジニアとキャスターが交戦した」
「ついに戦端が開かれた。ということですか、一佐殿」

 春野市のはずれ。鋼鉄のフェンスと鉄条網に囲われた巨大な敷地の中で、迷彩服の男は口を開いた。老獪にして理知的な光を相貌にたたえて、老人はこくりと小さく首肯する。

「ああ。やっと戦争らしくなってきた。ということかな」

 陸上自衛隊、春野駐屯地。

『国家権力』に守られた“城”の中で老将は、一等陸佐は静かに腕を組む。
 簡素を尽くしたような白いペンキ塗りの壁に、いかにも固そうな布団。一佐の前には真っ白なパイプ机が横たわっており、自衛隊という暴力装置の神髄を見せられたような気がした。
 無論、簡素とはいえいくつかの私物持ち込みは許可されている。そのため猪又二曹はスマホや現金、多少の娯楽用具などの外にも魔術に使うボルトやナットをこっそりと持ってきている。

 だが二曹の常日頃から暮らしている隊舎と同じようならば殺風景極まりないはずの、およそ20畳程度の個室の隅に小さな山が出来上がるほどの私物がいくつかというレベルではない数の私物が持ち込まれている。
 誰のものかわからないしゃれこうべ、ろうそくと燭台、生贄の爬虫類がぐったりと横たわったかごなど、まるで黒魔術か何かに使うような魔導具たち――そのすべてがこの老人のものであることを。魔術協会とのコネを生かして取り寄せてものだということを、「駐屯地司令付総務陸曹」につい先日任命された二曹は知っていた。

 長机の上に鎮座した燭台が、消灯後の暗闇をほんの少しだけ温かみを湛えたオレンジ色で切り開く。
 壁にかかったアナログ時計の長針はほとんどぴったりと天を指し示しており、それを自覚したとたんに夜闇の深さが増した。ような気がした。

「……これでこの聖杯戦争において、『剣士(セイバー)』と『槍兵(ランサー)』、『弓兵(アーチャー)』が確認できないだけとなりました。丁度三騎士とは、何とも皮肉なものです」
 おや。はたと眉をひそめ、一佐は怪訝そうな瞳を二曹に向ける。
「アインツベルンの『騎兵(ライダー)』はいいとして…………『暗殺者(アサシン)』は一体だれが?」
「外来の魔術師によって召喚されたようです。……御三家的に、マキリの一門だと思われます」

 この聖杯戦争のベースになったとされる冬木市の聖杯戦争は、令呪が優先的に分配される血筋がいくつかあった。
 冬木の大地主で、大きな霊地を提供した『管理者(セカンドオーナー)』遠坂家。英霊を聖杯へと呼び寄せ、実体化させる技術を提供したアインツベルン家。そして、英霊を意のままに操る絶対的な繋がり、『令呪』を考案、作成したマキリ家。彼らを『御三家』と呼び、外来のマスターたちからすれば蛇蝎のごとく嫌われ、狙われる存在となる。
 本来の聖杯戦争とはこの三つの血族が主賓となって執り行われる大願成就の儀式のことである。のこりの4騎分のマスターなど、土足で聖杯を奪いに来るところからしても客人ですらない。むしろ盗人なようなものだ。

「……慣例通りならば、召喚されるサーヴァントのクラスに多少の差異さえあれども総じて7騎であるはずだが…………」
『それがあり得ないのは、私を呼んだ時にわかっていることだろう?』

 老将の正面で、長机の向こう側で空気が揺らぐ。
 慣れないものならばその断片に触れるだけで卒倒してしまいそうなほどの濃密な魔力が、人智を超えた力の奔流が渦巻く。

白い半そでの軍服に礼服を羽織った独特の着流し。だがしかし、その階級は星がいくつあるともわからない。召喚者の一佐からしても、彼の存在は異質であった。

「ああ……そうだったな。『司令官(コマンダー)』」

 ぽつりとつぶやいた一佐の視界に、有無を言わさず男のステータスが映り込む。
 幸運が他よりも若干高いのみでまだまだ低い。日本で最もといっていいほどの有名な英雄でもこれか。肩を落とした一佐にかまうことなく、コマンダーと呼ばれたサーヴァントは口を開いた。

「アサシン、ライダー、今回明らかになったキャスター。それにそこの君……イノマタ軍曹のバーサーカーと、エンジニア。それとあとコマンダーである私を含めて、君たちには全部で6騎が明らかとなっている。…………それに、三騎士は何があろうとも変更されることがないという事例を当てはめてみたまえ」

 皆まで言わせるなよ。コマンダーは興味が尽きたように顔をそむけると、長机の上から一本のコーンパイプを手に取ると、ふうと紫煙を吐き出した。

「まあ、なんで『技術者(エンジニア)』と(コマンダー)が召喚されているのか。だの、各々のマスター、サーヴァントの特性は何なのか。だのなんだのという些事は参謀に任せる」

 白い将官用の軍服を着流したコマンダーは、一佐の肩をぽんとひとつ叩いて、用は終わりとばかりに背を向けた。
 ほりの深い西洋人の顔立ちに黒いサングラスをかけたその印象的な姿。銜えたコーンパイプからくゆらせられたその煙には、生粋の日本人である猪又二曹といえどもどこか憧憬の念すら抱きそうになって――

「コマンダー。あまり日本の将兵を魅了しないでいただきたい」

 おお、悪いな。コマンダーは悪びれもなくひらひらと手を振り、すうっと煙に消えるように霊体化していく。
 そのとたんに二曹の脳髄から夢を見ているような心地のよさが消滅し、一佐の皺だらけの眼窩の奥から覗く細く冷たい視線だけが残った。

「…………二曹。君はもう少し、魔術師としての心構えを持ったほうがいいぞ」

 一佐に呆れたようにたしなめられる。二曹は申し訳ないと頭を下げる。実際、欧米の高名な魔術師から株分けしてもらって70年もたっていない弱小の魔術師なのだから、しようがない。

 ――――丁度その時だ。

 その多大な魔力消費を理由に霊体化していたはずのバーサーカーから、激痛を伴うほど強烈な魔力供給を要されたのは。