Fate/Crusade Ops【軍人Fate】   作:はまっち

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 全ての人間は、己の心の中に獣を秘めている――フリードリヒ2世


Under heavy fire-02

 「大変ね」

 「ああ、大変だな」

 

 春野市の丁度中心部――春野市市役所の庁舎、その屋上に2つの人影が、嫌に明るい月に照らされていた。

 

 どこか超然的な、憐憫すら混ざり合ったその視線の先には、春野市一の不夜城。灯りの落ちない街と名高い小倉通りがある。

 その歓楽街の一角――不自然なほどに暗く、人気のなくなった路地裏に、人知を越えた英霊達が集っていることを、街行く酔漢たちは誰も気付かない。

 

「あの人避けは……エンジニアのマスターかしら?」

「……上官殿は、この伍長風情にどんな戦略性を望んでいるのやら」

 

白い軍服の男は飄々と肩をすくめ、女もまた話を変える。

 

 「キャスターにバーサーカー、それとエンジニア……服装を見るに誰も彼も第二次世界大戦の人物とは、まさに英雄の大陳列展ね。そうは思わない? アサシン」

 

 自殺を防止する為。その成果が現れたのか、設置されてから錆が浮くまで風雨にさらされてきた金網がガシャリと鳴く。金網に寄りかかった女、エイナは目の前の男に尋ねた。

 男は、アサシンは月明かりを受けて白く耀くフードの奥から冷たい目を覗かせ、ぽつりと独り言つ。

 

 「ふん……下らんな、実に下らない」

 

 何? エイナは向き直ると、じっとアサシンの双眸を見据える。

 彼らはマスターとサーヴァントと呼ばれる主従にもかかわらず、アサシンは不遜な口調でその理由を述べた。

 

 「俺にかかれば、奴らなど早々に射殺できる。と言うことだ」

 

 「あら、大層な言い草ね。最強の狙撃兵(アサシン)

 

 茶化すようにした言葉尻をアサシンは静かに受け止めて、続ける。

 その手にした木製の銃床の重みを感じつつ。ぽつぽつと言霊を織り込むように。

 

 「戦場において、恐るべきは狙撃兵のみ――だが、敵兵の雰囲気はしない。つまるところ、この俺の独壇場と言うことだ」

 

 試しに一人、撃ち殺してやろうか? 

 

 月夜に狙撃兵は一人、ほくそ笑んだ。

 

 

 

「■■■■■■■■■■――――ッ!!」

 

 重厚にして濃密なノイズの奔流が、キャスターを。そしてヴェスパを抑え、締め上げる。

 息苦しさすら感じられるほどの威圧。こいつに歯向かったら死ぬな。という、どこからともなくわいた直感。魔術師たるもの、死をいつだって覚悟しているつもりだった。

 だけどまさか――――その脅威そのものが、こちらへと稲妻よりも早く突っ込んでくるとは。少年はほんの一瞬たりとも、思わなかった。

 

 銃剣が迫る。真っ直ぐに、純粋な殺意と技量のみを持って命を刈り取りに来る。

 令呪を使う暇も、魔術を行使する暇も、逃げる隙間ですらなにもない。

 

 「止めろ――――っ!」

 

 キャスターが動く。

 

 地面をできる限りの膂力で蹴りつけ、黒く不気味に光る銃剣の、その凶悪な切っ先の前に立ちふさがるように割って入った。

 

「ぐっ…………」

 

 刹那、鈍く冷たい衝撃。脇腹からせり上がってきた血液が、この傷の深さを表している。キャスターにはそんな気がした。

 

 「……嗚呼嗚呼、中将閣下。如何サレマァシシシタ?」

 

 自身の犯した行動を直視していないのか、黒い靄の向こう側から爛々と輝く灼眼が不思議そうな声色と共に投げかけられた。

 キャスターは、じわりと滲む血液に軍服の袖を汚しながら小銃の銃身を引っ掴むと、ゆっくりと肉体から引き抜いていく。

 

「…………吾輩は、君のことを知らない。だが1つだけ、たった1つだけ判ったことがある」

 

 吐き捨てた呼気と共に、濃い血液が咽を陵辱する。

激痛と鉄の味が舌を震わせ、言葉にならない荒い息を幾度か溢した後、口を開いた。

 

「君は、吾輩の敵であり――――吾輩は君の敵だ」

 

 キャスターは告げる。銃剣を脇腹に突き刺したまま硬直した亡霊を見据え、その身体を思い切り蹴り飛ばした。

 

 「敵――嗚於、中将閣下ァアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!

 ナンタルコトダ、米兵ニ絆サレマァシシシタカ。嗚呼恨ムベキハ鬼畜米英、我々大日本帝国ノ軍人ヲ無力化セシムガ為ニコウモ悪辣ニシテ非情ナルナルナルナルナルルルルルッッッ!」

 

 否定。

 キャスターの軍靴によって押し飛ばされ、その場にたたらを踏んだ後、壊れた機械のように怨嗟を吐き出し続け、英霊は絶叫する。

 びりびりと蠕動するガラス片に、空気に、その人智を並外れた膂力を推し量ることが出来た。

 

 「嗚於結構! 小官ハ独リ、山中ニテ自活セン! タトイ中将閣下ノ指揮ノ下ニナクトモ、小官ハ、小官ハ、小官ハ小官ハ小官ハ小官ハ小官ハ小官ハ小官ハ小官ハ――――生キネバ、ナラナイ」

 

 ゾッとするほどの低く、無感情な声がバーサーカーの咽頭から発される。

 

 そのまま流れるような動作で懐から銃剣を引き抜くと、それを真っ直ぐに構えてキャスターへと疾駆する。

 その切っ先の正面にあるのは、飾緒も勲章もない、黒い無地の将校用礼装。その左胸――――

 

 凶刃がキャスターの心臓へと届く刹那、どこからともなく声が響いたのを、ヴェスパは聞き届けた。

 

止まれ(・・・)、バーサーカー』


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