Fate/Crusade Ops【軍人Fate】   作:はまっち

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 一からすべて命令してほしいなら、海兵隊に行けばいい。――エリック・シュミット


Under heavy fire-03

止まれ(・・・)、バーサーカー』

 

 煌々と照り輝く月夜に、静謐な夜風に、いやに厳かな声が響き渡る。

 それが、決して少なくない量の。いや、令呪にも勝るとも劣らないレベルの魔力を乗せた宣告であるとヴェスパが知りえたのは、この世すべてを恨み、侵すような憎悪に満ちたノイズ交じりのうめき声を聞きつけてからであった。

 

(ああ)嗚呼噫噫(アアアア)ァァアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛――――ッッッ!!」

 

 悲痛そうな慟哭に、見開いた灼眼。興奮して大きく揺らぎ、また噴出され返される黒い靄の間から、墨のようなどす黒い色をした涎がだらだらと零れ落ち、今にもキャスターの心臓を抉らんと突き出していた右腕は何かの拘束を引きちぎるようにぶるぶると震えている。

 

「――――生きている……?」

 

 相対するキャスターのほうからも、不思議そうな声が、自然と喉元から漏れ出した。

 

 漆黒の銃剣に心臓を貫かれて霊核を破壊された物だとみていたにもかかわらず、その予想を超える結果が事実となって突きつけれる。

 

 己の黒い軍服をべたべたと触れて、腹以外の傷の有無を確認しているキャスターをふんと鼻で笑って、声の主は月明かりの下に姿を現した。 

 

 「私はコマンダー。諸君らのなかには――顔見知りはいないか。まあ、ただのコマンダーと呼び給え」

 「……コマン、ダー?」

 

 ああ。ヴェスパの問いかけに小さく唇を開けて微笑んだコマンダーは、その右手に赤黒く輝く二画の刺青のような文様を覆い隠すように白い手袋を嵌める。

 表情を多い隠すかのような真っ黒いサングラスと大きなコーンパイプの特徴的なサーヴァント、コマンダーは色のあせた夏用の軍服を着込んで、冷たい夜闇の中に屹立する。

 

「やあコマンダー。君は僕を知らないようだが、僕は君を知っているよ。あれは確か――シュトゥットガルトでのことだったか」

「別人ではないかな。君のようなマッドサイエンティストに心当たりは、一人くらいしかない」

 

 マッドサイエンティストとはひどい言い草だな。どこからか持ってきたと思しき錆びた鉄板の陰に隠れながらスパナを持った白衣の青年、エンジニアはせせら笑い、そのスパナを血にまみれたキャスターへと、ひいてはそのマスターであるヴェスパへと向けた。

 

「お前ら……司令官(コマンダー)技術者(エンジニア)のサーヴァント……だって?」

 

 聖杯戦争と呼ばれる儀式は、基本的には7騎のサーヴァントからしか成り立たないはず。腹立たしいほどに素晴らしい講師、ロード・エルメロイⅡ世からの受け売りにはなるが、基本的な情報は仕入れてきたと自負するヴェスパは、その記憶のページをめくる

 

 対魔力に優れたバランスの良い『剣士(セイバー)

 白兵戦闘に秀でた『槍兵(ランサー)

 遠距離からの狙撃に特化した『弓兵(アーチャー)

 この3クラスを基本にして絶対に不可侵な領域と定められ、どんな変則的なルールになろうともこの3クラスが変動したことはないのだという。

 次いで、変動する可能性のある4クラス。

 狂気を孕んだ暴走兵器『狂戦士(バーサーカー)

 高い機動力で敵を撹乱する『騎兵(ライダー)

 マスターに対して必殺の刃を振るう『暗殺者(アサシン)

 そして、陣地工作の先駆者。『魔術師(キャスター)』だ。

 

 極東のある都市において行われたとある聖杯戦争では、ライダーの代わりに 『撃墜王(ガンナー)』というクラスが追加されたこともあったとか。しかし、今回の聖杯戦争では、そのような兆候が見られない。

 

 すると、表れるのは7体のサーヴァントたちにプラスして『司令官(コマンダー)』、『技術者(エンジニア)』という特性の未知数なサーヴァントを追加された、9体の英霊達によるバトルロワイヤル。この構図のみだ。

 

 「…………お前たちは、一体何なんだ?」

 

 唾を嚥下して口に出した質問を、コマンダーは一瞥くれてやったのみで素っ気なく答える。

 

「さてね。私はこの戦争の駒に過ぎず、それ以外の何物でもないのでな。…………まあ強いて言えば、私とそこの彼、コマンダーとエンジニアはさしずめ、『聖杯戦争を戦争らしく足らしめるため』の、ピースに過ぎないということかな。

 詳しくは各々の参謀殿(マスター)と協議でもし給え」

 

 まあ、私の知った話ではないがね。コーンパイプを外して、ふうと一服。冷えた空気に乗って消えていく紫煙は、どこか儚げに見えた。

 コマンダーはそのままおもむろに視線を外すと、銃剣をキャスターの胸腔に今にも突き刺さんとする状態でぴたりと静止したバーサーカーに視線を送る。

 

 果たしてそこには――――怒りに体中を震わせ、絶叫する英霊の姿があった。

 

 「米兵――鬼畜、鬼畜米英ィィィイイイイイイ!!! (ああ)赦サレザル、赦サレルベキニ非ズッッ!! 一度ナラズ二度マデモ、貴様ラハ何時モ何時モ、悪逆非道ニシテ辣悪無比極マル方式ヲモッテシテ戦争目的ヲ果タサントス――――ッ!」

「喧しい男だ。日本の兵とはみんなこうなのかね?」

 

 そういいながらちらりとキャスターの方を見、再び目線を外す。

 まあ、知ったところでどうにもならんがね。それきり興味を失ったのか、コマンダーはパイプを改めて口にくわえて、その黒眼鏡(サングラス)に隠された眼をもってじっ――とキャスターを凝視した。

 

「――――何だ。吾輩に何の用だ」

 

 いや何も。コマンダーは肩をすくめると、右手を虚空に向かって振るう。すると今にも暴れださんとしていたバーサーカーへの不可視の拘束が外れ、あっけにとられたかのように呆然と夜空の向こう側を眺める黒い人型の靄だけが残った。

 そんなバーサーカーは静かに、陽炎のように揺らめいて消えていった。霊体化して脱出を試みられたのだろうか、まるで元から何も存在しなかったかのように、平然と亡霊のように消えていく。

 

 その姿をふむとうち頷いて見届けたコマンダーはコーンパイプの位置を直すと、大仰な仕草でまるで翼でも広げるかのように腕を広げる。

 

 「それでは諸君ら。今宵の戦はここまでとしようではないか、バーサーカーもそこなキャスターも、エンジニアといえどもこれ以上の戦闘行動は控えたいのではないかね?」

 

 ―それとも何か。継戦をお望みか。

 

 サングラスの向こうからちらりと覗き見えた鷹の目のような視線には何も言えず、ヴェスパとキャスターは彼が霊体化して消えていく光景を呆然と見るのみだった。


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