第1話 序章
火の色は愉しかった。そう綴った奴がいるらしい。そうだろう。炎は何も考えない。炎は何も悲しまない。炎は何も恐れない。
──では「彼女」は? 炎の、殺戮の元凶である、「彼女」は?
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「なぁ、いいだろ? 行こうぜ!」
「止めとこうよ、そろそろ日没だし···。」
「じゃないと肝試しにならないだろ!」
「···まぁ、そうか。」
なんのことはない、子供同士の会話。田舎と呼ぶには都会寄りで、都会と呼ぶには田舎臭い、どこにでもあるような魔界の村。そこに住む僕と友人は、肝試しと称して、近所の森の奥にある遺跡まで行くことになった。
「···よぉっし! 俺の勝ちだな!」
先に森を抜けていたらしい友人が、遺跡の入り口の前で勝ち誇った笑みを浮かべてVサインを向けていた。···これじゃあ体力勝負じゃないか。体格で劣る僕が圧倒的に不利だ。
「はぁ···疲れた。もう帰ろう。君の勝ちでいいから。」
呼吸を整えた僕はそう主張した。
「あぁ、そうだな。腹も減っ、た、し···?」
いきなり呆然と空を見上げて硬直してしまった友人に怪訝な顔を向けて、その視線を辿っていく。──空が、赤く燃えていた。まぁ、道理だろう。そもそも肝試しと銘打って出掛けて来た以上、日没に遭うのは明白だ。
「ほら、日が沈むぞ。早く帰らないと、叱られ──」
「アホか、お前は!!」
唐突な罵倒に面食らう。強引ではあるが理不尽ではない友人の怒声を聞くのは、久し振りのことだった。
「あっちは東だ!! 日はどっちに沈む!? あっちには何がある!?」
「あ、そっか。太陽は西に沈むから···」
夕焼けは西に出来るんだ、と。僕はそんな事を考え──思い出した。あの空の色は、夕焼けなんかじゃない。戦場や準戦場、山火事にも馴染みのある魔界の村では見慣れた──炎の色だ。そして、その方角にあるのは···
──ぞくり、と、背筋が凍った。森の木々をの合間を縫って吹いてくる熱風に煽られ、髪を、服を靡かせて尚、背筋も手足も、凍り付いたように冷えきって動かない。あっちには、僕達の村がある。
「行くぞ!!」
友人に手を引かれ、森を抜けて走っていく。大丈夫。大丈夫だ。火事くらい、村の消防団が消し止めてくれる。消防団の団長はCランクの水属性魔剣を持っているし、絶対に大丈夫だ。そんな考えを巡らせながら、友人に手を引かれて足を動かす。行きは一瞬にも近い時間で駆け抜けた森までの道のりは、今は黄泉路にも等しい長さで横たわっていた。
「ッ!!」
ぴたり、と、急制動をかけた友人につられて足を止める。家が、店が、木々が、人が、村を構成するあらゆる要素が燃えていた。人の焼ける臭いに混じって、木の燃える臭いが漂ってくるような、そんな地獄の中に「彼女」はいた。
「暴走魔剣?」
ぎちり、と、鍛えていない僕の腕を折りそうな力で握った友人が呟いた。魔界に暮らす者なら誰でも知っている。幼少期に必ず親から「絶対に近づいてはならない」と教わる、具現化した死。
村の中心にある十字路に、「彼女」は立っていた。白いドレスと黒い羽を揺らし、自分の尻尾を弄びながら、悲しげな表情を整い過ぎるほどに整った顔に浮かべて、ただこちらを見つめていた。村の全てを包む炎は、まるでそこが聖域であるかのように、彼女の周囲だけは犯していなかった。
「あぁ···!!」
恐れの声を漏らした「友人」は、まるで僕を差し出すかのように前に押し出し、踵を返して逃げていった。僕はその勢いのままに、そして自分の意思で、「彼女」の方へ踏み出した。
ざく、と、「何か」を踏み砕いて歩を進める。
周りでは本格的に建物の倒壊が始まり、今まで僕の過ごしてきた家もまた、燃える瓦礫と化していった。
ぐちゃり、と、未だ水分の飛びきっていない「何か」を踏み潰──せず、転び、「水分」で服や体を汚しながら、何かに憑かれたように歩を進める。汚れの水分は炎が飛ばしてくれる。乾いてパリパリになるのは不快だが、今はそんなことはどうだっていい。
遂に「聖域」にまで辿り着くと、「彼女」の方から口を開いた。
「貴方、この村の人間?」
「···。」
──困った。全く声が出ない。喉をやられたのではなく、ただ「彼女」の前に立っているというだけで、その涼しい声を聞いただけで、僕はバカみたいに口をパクパクすることしかできなくなっていた。
なんとか首を縦に振ると、「彼女」の表情が悲しげに歪んだ。──違う、と。そう思った。この表情は、彼女には似合わない。と、出会って数分と経っていない、本来ならば憎悪に駆られて襲い掛かるか、即座に逃亡するべき相手に向かって。
「そう。この村の人間を殺したのは私よ。···私が憎い?」
「···。」
駄目だ、全く声が出てくれない。そんなことはない、と、叫びたかった。君の意思でやった事ではないと分かっている、と、理解を示したかった。自分でもどうしてそう思ったのか分からないけれど、僕にはそう確信があった。この村が滅んだのは、ただの余波だと。ただ漏れ出た魔力だけで、壊滅したのだと。そう思った。僕に反旗を翻した口の操作は諦め、今度は首を横に振った。
「怯えなくてもいいわ。貴方には復讐する権利がある。私は抵抗しないと誓うわ。──もう、こんなのは嫌だもの。」
ほら、と。村の誰かが持ち出したであろう槍を渡される。
「こ、こん···なの、って?」
最悪だ。やっと口が動いたと思ったら、間違いなく彼女を傷付けるであろう言葉が出てくる。自分で自分の首を締めてやりたい。「彼女」は、その顔にはっきりと悲しみの表情を浮かべながらも、口を開いた。
「私は『魔剣グラム』。完成された、完全な『魔剣』なの。···完璧で、完成されすぎているが故に、誰にも扱えなかった。」
誰にも扱えない剣。それを扱えるのは『英雄』足る者だけだろう。当然、そういう代物には「我こそは」という自惚れ屋が集まってくる。ただの「無資格者」ならばまだ構わない。ただ拒絶すれば済む話だ。だが、その無能の中に、「魔剣を振るう資格はないが、魔核を起動するのには十分な魔力を持つ」者がいたら? 結果──英雄を選定する剣として持て囃されていた彼女は暴走し、暴走魔剣として討伐対象にされた。
やっぱり、彼女は何も悪くないじゃないか。僕は槍を投げ捨てた。くるくると回転しながら瓦礫の中に消えていく槍を目で追っていた「彼女」は、困ったような苦笑を浮かべた。···これも違う。彼女に合うのはもっと別な──
「村の人間が嫌いだったの?」
「僕の『友達』が僕を見捨てて逃げるのを見たでしょ? その程度の繋がりだよ。」
「···そう。」
槍の落ちた辺りから視線を切った彼女は、こちらに視線を戻した。
「まぁいいわ。貴方が殺さなくても、どうせすぐに追っ手が来るでしょうし。」
「あ···。」
暴走した魔剣を討伐する、勇者と魔剣使い。彼女の言う「追っ手」だろう。──嫌だ。そう思った。彼女が殺される? そんなのは。
「駄目だ。」
「え?」
彼女の表情が面食らったものに変わる。この表情もいいが、まだ違う。
「駄目だ。そんなのは!!」
ようやく仕える主を思い出した口は、内心をそのまま叫びに変換した。
「君が討伐される理由って何だよ! 暴走したことか? そんなのおかしいよ! 君は悪くないだろう、揃いも揃って無能ばかりが君に挑んだからだろう!? なんで、なんで君が責められなくちゃいけないんだ!?」
「···仕方ないのよ。マスターのいない魔剣は、遅かれ早かれ討伐され──」
「なら、僕が君のマスターになる!」
「彼女」の顔が、初めて不快げに染まり、明確な殺意をその澄んだ瞳に宿した。「ふざけるな。まだこの悲しみを続けさせるつもりか。」と、問われている気がした。
──決意があった。魔剣を使おうなんて思わない。ただ彼女に「彼女らしい」表情をしてほしいと、そんな小さい願いすら叶えられないのなら、魔王だろうと神だろうと、世界だろうと、壊してやる、と。
──覚悟があった。彼女の為になら、いや、魔剣の為になら、なんだってしてやると。
──そして、疑問があった。この想いは、この激情は、一体どこから来たのだろうと。何故、自分はこうも「目の前の彼女」だけでなく、まだ見たこともない「魔剣」に対して熱くなれるのか、と。どうして、親を、友達を殺されて尚、友達に見捨てられて尚、何も感じないのか、と。
「あまり巫山戯たコトを言うと、殺すわよ?」
「ふざけてなんていない。僕は、絶対に君を殺したりしないし、このまま勇者にくれてやったりもしない。」
「···はぁ、なら、やってみればいいわ。死を覚悟して、ね。」
「あぁ、やってみせる。──領域拡張、魔核接続、存在核制定。
その時に、どうしてそんな起動式が出てきたのかは分からない。でも、何故か、僕には分かった。
「
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