「擬き。お前は···異常よ。」
それが、僕がロルリアンレットから得た答えだった。他の魔剣使い──否、他の人類において例のない、異常個体。それが僕、らしい。魔剣を魔剣のまま運用し、その力を引き出すことが出来る存在というのは、竜王でも魔王でもあり得ない。ロルリアンレットはそれを前提として、色々と教えてくれた。図書館の長机に向かい合って腰掛け、講義を聞く。
「擬き。お前のやっているコトはね、世界の書き換えに等しいことなの。」
「世界の···?」
「そう。そもそも、魔剣使いが魔剣を複数本持ったとき、それらを同時に顕現させるなんて芸当は出来ないわ。それに、魔剣を魔剣のまま運用すると言うのもあり得ない。···いい? 魔剣がその本来の力を多少なりとも顕現させられるのは、マスターの手中にある時だけなの。普段そこらを歩いている魔剣少女は、見せかけだけの張りぼてでしかない。それをお前は、魔剣を魔剣少女として顕現させている。」
──僕が魔剣を持ったところで弱かったのも、そのせいか? そもそも魔剣たちが全力を出せていないから? いや、待て、落ち着け。頭の中がぐちゃぐちゃだ。
「いや、マリーさんに瞬殺されるような僕だよ? それが異常? 誰も試してないだけで、実はみんな出来るかも知れないじゃないか。」
「何度でも言うわ。お前は異常。この私が、興味と恐怖を同時に抱く程度には異常よ。世界を書き換えるような真似をしておきながら、『みんな出来るかも』ですって? ふざけないで。」
「世界を書き換えるって、どういう···?」
「魔剣を同時に運用する方法は、理論的には存在するの。」
「···!」
ほら見ろ。やっぱりあるじゃないか。
そう言おうとして、ロルリアンレットの言葉に遮られた。
「擬き。お前は、魔剣使いが等しく持つ、"剣の領域"というモノを知っているかしら?」
──この前渡された本に書いてあったよ。魔剣使いが、普段使わない魔剣を仕舞っておく、心の内側、意識と無意識の狭間にあるという非物質的空隙。空気中のエーテルと体内魔力がちょうど1:1で混じり合って構成されているという。
「お前のやっているコトを理論的に説明すれば、それの拡張。自分の内側にしか無い筈のソレを、外側にまで広げているの。それは世界を思い通りに書き換えるよりも上位の偉業であり、異業よ。なんせ、自分では理解できないモノを投影しているんだもの。」
「僕は──」
「自分の異常性が理解できたかしら? ちなみに、貴方のソレは、"剣の領域"ならぬ"剣王領域"として、一時期熱心に研究されていたモノよ。人体実験に至る以前に、理論組み立てで破綻してしまったお粗末なモノだけれどね。」
「破綻?」
破綻なんてしていない。だって、現に僕は──
「だからこそ、異常なのよ。」
「···。」
下唇を噛み締める。どういう事だ。僕が、異常? 僕は、ただ武器を振るう才能がないだけの魔剣使いで、ただの──
「それに、良い機会だから言っておくけれど、何の訓練も受けていない子供が、魔剣グラムなんていう特級の魔剣を使役している時点で、何かしらの才能を持っている事は確実よ。」
「···使役じゃない。」
「···?」
今の議論からすればどうでもいい所だが、僕としては譲れない一線だった。
「使役してるんじゃない。確かに僕は彼女たちのマスターだけど、僕は彼女たちより上位の存在だなんて思っていない。彼女たちの事を、僕より下だとか、僕の奴隷だとか、そんな風に思ったことはない。もし···もしもロルリアンレットが、"魔剣は人間より下位の存在だ"と言うのなら···。」
「言うのなら、何だ、魔剣使い擬き。」
すぅ、と、ロルリアンレットの目が細まる。その手には魔導書は握られていないが、ただ魔力を凝縮して撃ち出すだけで、僕の頭ぐらい吹き飛ばせるだろう。
「···怒る。」
ぶん殴る。ぐらいの事を言いたかったのだが、うん。ビビりました。だってしょうがないじゃない···。
「···く、ふふふ。」
「···。」
クスクスと暫くの間笑い続けていたロルリアンレットだったが、笑いが収まると、そこに怒りは残っておらず、ただ穏やかな微笑だけが浮かんでいた。
「えぇ、そうね。使役と言ったことは訂正して謝罪するわ。」
「──お話は終わったかしら?」
「うわぁ!?」
本棚の陰から滑るように姿を現したのは、グラムとジャガーノート。ぎんいろに至っては、僕の隣まで来て座り込んでいた。
「い、いつから···?」
「割りと初めから聞いていたのだけれど──」
と、グラムの姿が掻き消える。その姿を探し始めるより先に暴風に襲われ、何事かと風の来た方向を見れば、ロルリアンレットの鼻先で止まった刃と、それを止めるマリーさん、それに下手人であるグラムが、それぞれ無表情と、微笑と、憎悪の滲む表情を晒していた。
「よくもまぁ、何度も何度も私のマスターを侮辱してくれたわね、ロルリアンレット。」
「魔剣グラムか。存外マスター思いなのね。」
ニコニコとした笑顔を崩さぬマリーさんが無言なのが凄く怖い。
「ちょ···グラム!?」
「でも、貴女とて気付いているでしょう? あいつの異常性に。」
「···!!」
そうだ。そもそも、僕が他とは違うって事を教えてくれたのは──。
「ロルリアンレット。貴女は間違っている。」
「···ぎんいろ?」
「マスターは···異常なんじゃなくて、特別なの。これが、魔剣使いの、人類の頂点。」
「魔剣を運用するのに最も適した魂。マスターさんには、それが宿っているんですよ。その魂、その素質。異常と言うよりは、そうですねー。」
「特別なのよ、私のマスターは。それに──マスター。貴方がその才能を、その特別さを、その
ぎんいろとジャガーノートに擁護されてなお、僕の心には小さな棘が刺さっていた。だって、ロルリアンレットほどの知識と力を持つ者が"異常"と称するような素質、あった所で、自分自身が怖いだけだ。だが、グラムの一言は、響いた。そうだ。この異能がなかったら、あのときグラムと繋がることも、ここでこうしていることも無かった。
「マスター。」
貴方の異常性を、歓迎するわ。と、愉快そうな微笑で言った彼女につられて笑う。ぎんいろも、ジャガーノートも、皆が笑っていた。
「それはそれとして、擬き。テストの時間よ。」
この一言が聞こえるまでの短い間だったが。
▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼
「お前がお前自身の異常──特異性を理解した所で、今度はお前の限界を見せて貰うわ。」
「限界?」
「えぇ、そうよ。お前の、お前の魔剣の、限界。」
ロルリアンレットは、いつか持っていた赤い魔導書を持ってくると、そのままその本を僕に突き付けた。
「この実験には、私が立ち会うわ。いいえ···私が、この私自らが、実験してあげるわ。」
「···はい?」
つまり何か。僕は今から、ロルリアンレットと戦うと、そういうことか?
「安心なさい、殺しはしないわ。貴方は大切な──本当に大切な、貴重な、サンプルケースだもの。」
「サンプルケース、ねぇ···。人権をください···。」
「マスター。」
「ん、おいで···ぎんいろ。」
両手に水銀のウエディンググローブを纏い、グラムとジャガーノートを従えて席を立つ。一番小回りが効き、負担の少ないぎんいろを直援に、グラムとジャガーノートが前衛を張る。"鬼ごっこ"にぎんいろが参戦したとき、グラムとジャガーノートが前衛でぎんいろが遊撃だったことから思い付いた布陣だ。ロルリアンレットは、ただ一冊の魔導書を携えて席を立ち、10メートルほどの間隔を空けて対峙する。
「あの魔導書···魔剣じゃない。」
「でも、あの魔導書よね? 初めて会った時にビームを撃っていたのは。」
「そうだと思うんだけど···でも、魔剣じゃないのは確実だよ。」
「くく···正解よ、擬き。流石ね。」
ロルリアンレットは、己の持つ魔導書が魔剣ではなく、ただの記録媒体である、と。そう告げた。かつて受けた魔剣の攻撃を記録し、再現する能力を持つ、魔剣ならざる魔剣。いわば魔剣の再現器であると。そう言った。
では、真性の魔剣を三人も擁するこちらが圧勝するのか、圧勝はしないまでも、優位なのか。そう質問されれば、僕は即座に首を横に振るだろう。彼女の真骨頂は直接戦闘力ではないにしろ、その戦闘力が脅威でないということは断じてない。
故に、対マリーさん時以上の警戒を必要とする。
「お先にどうぞ、魔剣使い擬き。」
「擬き擬きと···私のマスターを侮辱しないで頂けるかしら、魔剣擬き使い!!」
「私も多少不快ですからねー。私のマスターさんを貶されるのはー。」
怒りを剥き出しに、視線を鋭く。あるいは、なんの気負いも無いように、ただいつも通りに。二つの殺意がロルリアンレットへ殺到する。グラムが首を、ジャガーノートが胴体を、挟み込むように繰り出された連携は、僕なら死ぬし、並の兵士でも死ぬ。と、言うか、そこらの英雄なら抵抗すらできないだろう。だが、僕達が相対しているのは、魔界屈指の強者、『司書王』ロルリアンレットだ。対英雄程度の攻撃は、首と胴体から僅かに離れた所に生成された魔導バリアで防がれる。
「あれ魔導バリアだよね···魔導バリアで0ダメージに押さえ込むとか、僕よりよっぽど異常だよね···。」
魔導バリアとは、魔剣も魔物も人間も、あらゆる魔力をもつ物体が意識の有無に関わらず常に生成している、体を覆う膜のようなものだ。物理攻撃に耐性を持ち、運動エネルギーを減衰させる効果を持つという。コレの強度は魔力の質と量で決まり、竜王クラスともなれば、破城槌すら片手で止められるらしいが、その強度は当然のごとく、意識的に作り出した防御障壁には劣る。ロルリアンレットは、その常時展開されている魔導バリアで以て、特級の魔剣二人の攻撃を防いでのけた。
「化け物だね···。」
「マスターも···人のこと言えない···。」
「ぐさっ。」
なんてバカ話をぎんいろとしている間に、攻守は逆転しつつあった。ロルリアンレットが魔導書を翳すたび、二人の周りに魔方陣が生成され、崩壊の極光が撃ち出されている。当たれば瀕死は確実なその攻撃をいなす為、グラムとジャガーノートは、互いの背中を合わせて互いを守っていた。
「燃える展開だね···行くよ、ぎんいろ。」
「え?」
「え?」
「え?」
「え?」
ロルリアンレットの方に突撃しようとすると、ロルリアンレットを含む全員が動きを止めて困惑の声を上げた。何故に?
「マスター!!」
「マスターさんッ!!」
「マスター···!!」
「チッ···マリーを呼んでくるから、動かすんじゃないわよ!! 取り敢えず止血だけは試しておきなさい!!」
「皆、どうしたの?」そう言おうとして、言えなかった。息が吸えない。体を垂直に保てない。上体が異常に軽く感じるのに、重心が高くなっていて、バランスが悪い。ゆっくりと、バランスに気を使いながら体を見るが、そのまま倒れこんでしまう。身体は、無かった。胸に、と言うよりは胴体に大穴が空き、80パーセントを欠損している。ボタボタと流れる筈の血液は、焼き付けられたように一滴も溢れていないが──いや、血液を送り出す心臓までも無くしていては、血も出ないのかもしれない。医学の心得はないので分からないが、確実なのは──死ぬということだ。
最悪だ。ここで死ねば、魔剣たちはその存在を保てず消えるか、或いは、暴走するか──。駄目だ。グラムにはもう二度と、ジャガーノートとぎんいろには一度だって、あんな表情をしてほしくない。何より、僕の魔剣が他の誰かに討伐されるなんて、そんなのは嫌すぎる。
嫌すぎるけど──死ぬよね、これは。口腔内に溢れてきた血液を吐き出──せず、口からだらだらと垂れ流しながら、遺言でも考える。そうだな──僕の遺産は、慈善団体に寄付してください、とか? いや、遺産なんてないや。うーん、僕の魔剣たちは討伐しないでください。とか? 普通に無理だな。って言うか、遺言を思い付いても口に出せないじゃん。
「──ははっ。」
笑いが漏れた。なんだよ、もう何も出来ずに、ただ魔剣たちを残して──笑いが漏れた? 肺も横隔膜も無いっていうのにか?
首を動かして体を見ると、いつか見た青い炎が噴き上がり、傷口を埋めていた。そのまま見つめていると、ほんの数十秒で炎が消え、剥き出しの胸板だけが残った。傷口はおろか、傷痕すら残さず完治していた。そうだ、僕には、
「えぇ···?」
「全く···急に飛び込んで来ないで。びっくりするじゃない。」
「そうですよー、って言うかー、ブレイズの扱い上手ですねー、マスターさーん。」
「マスター、次に飛び込む時は、飛び込む前に言って欲しい···。」
「ご、ごめんグラム、ぎんいろ。ありがとう、ジャガーノート。」
ブレイズ。魔剣を顕現させこの世界に止めておくために供給し、魔剣たちに固有の"必殺技"であるブレイズドライブの燃料にもなる、高効率でエネルギー化できる魔力形態。魔剣使いなら扱えて当然のソレは、どういう訳か僕の身体とすこぶる相性が良いらしい。ブレイズは、神経や血管を導管とする。その神経や血管が傷付いた時、本人の意思に関わらず再成するほどに。この前背中を撃ち抜かれたとき、即座に再成出来たのはこれのおかげだ。
「あぁ、もう治ってるのね。はい、これ。」
「ロルリアンレット。ありがとう。」
ロルリアンレットが持ってきてくれたのは、袋に詰められた魔石サファイアだ。ブレイズと同じ青い色のこの魔力結晶は、ブレイズへの変換効率が他のどの魔石より優れているという。片手で砕けるほどの脆い結晶を握り締めて砕き、溢れ出る魔力を吸収していく。
「もう一戦、行けるわね?」
「おーけー。大丈夫···。」
仕切り直してもう一戦。どうせなら、こっそり練習していた秘策をお見せしようじゃないか。
「ジャガーノート! ぎんいろ!」
「あぁ、アレ、やっちゃうんですねー?」
「分かった···マスターに従う。」
グラムを持ち──上げることは僕の腕力では無理なので、最適化を行ってから持ち上げる。ジャガーノートとぎんいろが、初戦でグラムとジャガーノートが行ったような交差連携を繰り出し、また弾かれる。
「ジャガーノート!」
「はいはい、分かってますよー。これが良いんですよねー?」
BLAZEDRIVE:ディヴァインフロート
『破壊によって救いを与える』という特性を持つ戦斧が、絶対の防御を誇っていたロルリアンレットの魔導バリアを粉砕する。驚きを目だけに浮かべたロルリアンレットは、その口に獰猛な笑みを浮かべ、防御障壁を作り出し──ジャガーノートを吹き飛ばす。が、それだけでは終わらない。
「今のは驚いたぞ、擬き。だが──」
「そうかい。なら、天丼だッッ!! ぎんいろ!!」
「了解、マスター。」
BLAZEDRIVE:
「二回連続だと!?」
今度はセリフでも驚きを示したロルリアンレットは、身体全体をドーム状の防御障壁で覆ってガードした。余波で本棚に掛けられた防御魔法が何枚か割れ、本が散乱する。それを見たロルリアンレットの目が細まり──ぞくり、と、背筋が凍った。
「おい、魔剣使い擬きよ···お前···。」
「···。」
本当はグラムも含めたブレイズドライブ三連コンボの筈だったのだが──予定変更。コンボ最終段階は──!!
「ごめんなさいっっ!!」
土下座だ。
そろそろダンまちの方も更新すべきかな···。まだいいかな···。