第12話
「クビよ。」
と、そう言い放ったロルリアンレットは、とてもとても愉しそうに、僕の反応を観察していた。僕はと言えば、いきなりクビ宣言をされたところで、思い当たる事が多すぎて一体どれが引き金だったのかと考察していた。まぁ、順当に行けば"魔剣グラム=オルタ"の件だろう。···いや、そうか? 暴走魔剣をほぼ無傷で鎮圧したんだぞ? しかも討伐じゃなくて仲間にして。やっぱりこれは褒められるべきだろうしコレじゃないか。じゃあ訓練をサボっていたことか? いや、ロルリアンレットの性格を鑑みるに、コレに対する処罰は、対人戦闘訓練と称したロルリアンレットかマリーさんによる蹂躙だろう。
「···なんで?」
分からないなら聞けば良い。ロルリアンレットが横に居るなら特にそうだ。コレもここ数ヶ月、世界図書館で暮らして学んだことだ。
「あら、存外に慌てないのね。つまらないわ。···クビというのは訂正。正確には無期限の出張よ。」
「左遷···ってこと?」
「安心なさい。そうじゃないわ。"奴"に言われてね···。」
「誰に? って言うか、なんて言われたの?」
はぁ、と、ため息を吐いたロルリアンレットは、ここではない何処かを睨むように虚空に視線を投げた。数秒ほどそうしていると、ジャガーノートにくいくいと袖を引かれて呼ばれた。
「マスターさん、左遷先とかー、勤務条件を聞いておいた方が良いんじゃないですかー?」
「そうだね···ねぇロルリアンレット──」
「──飯なし宿あり休日の緊急呼び出しあり。ただし平日でもなにもない場合もあるわ。」
なんだ、その不安な勤務体制。しかも食い気味に言われたし···なんかヤバい職場だったりしない?
「所属は世界図書館なのだから、そこまで扱き使われたりはしないでしょう。」
「ヤバいってことに関する反論が無かったぞ? ん?」
「まぁ、とにかく!」
話を切り上げに掛かったぞ? 間違いなくヤバい職場だ。一体どこのブラック企業に飛ばされるんだ···?
「次の貴方の勤務先は、ここよ。」
「地図? ···いや違うわ住所しか書いてないじゃんこれ。」
オリエンテーリングでもしろって言うのか···? ──いや、大丈夫だ。この住所は、ロルリアンレットのお使いで行ったことがあるぞ? ここは確か···
「魔界ギルド···。僕に、魔剣使いとして働けと?」
「えぇ、そうよ。」
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「わぁいやったぁ遂に魔剣使いデビューだイエェェェェェイ!!」と、そんなテンションにはならなかった。確かに多少高揚はしたが、心中を埋めるのは心配と疑問だった。まず心配だが、これは僕の先行きについて。新しい職場が魔界ギルドなら、そこまで劣悪な労働環境ではなかろうが──魔剣使いの年間死傷者数を忘れた訳ではない。むしろ、労働環境よりも労働内容が過酷なのだ。魔物と戦い、暴走魔剣を鎮圧し、最悪の場合は天界との戦争に駆り出される。
そして疑問だが、それは新たに僕の魔剣となった一人の魔剣少女にあった。
「ねぇマスター! あれ買って! うわぁ! あっちも美味しそう!!」
「はぁ···。」
ため息を吐いたのは、僕か、僕の横で右手を占領しているグラムか。ちなみにオルタはグラムの右手を遠慮がちに掴んでいたりして···うん、尊い。もう尊死するレベル。──話が逸れたが、僕たちの数メートル先を先行し、目ぼしい物を見つける度に目を輝かせ、やたらと俊敏に店の前に移動する魔剣少女。武器種も属性もランクも攻撃力も防御性能も特殊能力も、何一つ分からないという。ロルリアンレットから「この子を連れて行きなさい。"奴"に頼まれてね。」と言われて紹介された時は何かの冗談かと思った。本人も記憶喪失らしく、魔剣であるということ以外は全く分からない。その上、僕と繋がって魔剣少女の状態でも全力が出せるようになったと言うのに、記憶がないせいなのか、ただの非力な少女のままだった。
「リディ! ちょっと待って、速すぎるよ!」
「もう、遅いよマスター!!」
ただ、名前を尋ねたときに「私? 私の名前はリディ!! よろしくね、マスター!!」と答えたことから、名前だけは覚えていたか、或いはロルリアンレットか、彼女の言う"奴"かに名付けられたのだろう。
「はぐれても面倒だし、行きましょう、マスター。」
グラムに手を引かれ、少しだけ歩調を早める。小柄なリディにはすぐに追い付いた。のだが。
「ねぇマスター。魔界ギルドは向こうだよ?」
「知ってるよ。ご丁寧にどうもありがとう、リディ。」
もと来た方向を指したリディの頬をむにむにと引っ張る。誰かさんが美味しそうなモノに釣られてしまうから、目的地をスルーしちゃったんだよ。
「むぅ、離してよマスター。こういうの、セクハラって言うんだよ?」
「せくはら? なにそれ。自殺?」
「マスター、ハラキリは「せっぷく」って読むんだよ···。「セツハラ」じゃないよ···。」
「嘘だろ···。って、良いから戻るよ。時間の指定は無かったけど···夕方は魔剣使いが沢山居るから、お昼のうちに済ませておきたいし。」
歩いて来た道を戻る、リディは一度見たモノには興味がないのか、さっきは熱心に見ていた商品には目もくれなかった。
「すいませーん、ロルリアンレットの使いですー。」
開け放たれていた扉から中に入る。防犯対策なんて、魔剣使いが常に数人は待機している魔界ギルドには必要ないから──と言うのもあるが、『何者の依頼であろうと拒まない』という意思表示らしい。
「あれ、擬きくん? 久し振りだね、どうしたの?」
「お? 擬きの坊主じゃねぇか、どうしたよ?」
「司書王陛下からの依頼か、擬き?」
定着してるんだよねぇ、もどき。ロルリアンレットがそう呼んでるんだから、有象無象は従うべき、という判断なのか、ただ呼びやすいからなのか。聞いてみようとも思わない。慣れたし。僕はただ、すこぶる不快そうにしているグラムの左手を握っていればいい。人質万歳だ。
「あ、いえ、今日は──。」
ロルリアンレットに渡された封書を、奥にいる受付嬢に渡す。赤毛の綺麗なお姉さまだが、ギルド長に次ぐ強者らしい。新参の魔剣使いが強引なナンパをして死にかける事が何度かあったそうな···僕は手を出さないでおこう。触らぬ美人に祟りなしってね。
「拝見しますね。えっと···おぉ、ホントに?」
「何がです?」
中身は僕も知らない。ここで働くって事が書いてあるんだと思ってたけど···ロルリアンレットがそんな安直なことをするか? しまった、やらかした。予め内容を確認しておけば──!! 今度は何をやらされる? また魔剣と鬼ごっこか? 不死身耐久レースか? ブレイズ早食い競争か?
「ここで魔剣使いとして働いてくれるの?」
「いや、最悪、『魔剣使いvs魔剣使い擬き、死んでも終わらない究極決戦!』 なんて状況に──はい?」
「えっと、もう一回言うわよ? ここ魔界ギルドで、魔剣使いとして働いてくれるのよね?」
ほら、と、差し出された手紙には、確かにそんなことだけが書かれている。···心配して損したでござる。
「ね、擬きくん。さっきの魔剣使いvs魔剣使い擬き~って、なに?」
「あ、いえ、なんでもないです···。」
悪戯っぽく目を輝かせた受付のお姉さまに頭を下げ、契約書類の類いを受け取り、書き込み用のテーブルに案内される。名前、年齢、性別、と書き込んでいくと、横にどっかりと座り込んでくる人影があった。
がっちりと鍛え込まれた筋肉をさらに厳つい鎧で覆い、背中にバスターソードを二本背負ったアインズ様スタイルの男性。以前に一緒に仕事をこなした時から仲良くなった魔剣使いの一人だ。クローズフェイスの鎧の下にも、筋肉と鎧に見合う厳つい髭面が隠れているが、名前はメイガスという魔術師っぽいものだったりする。──どうでもいいか。
「なぁ擬きの坊主、ここで働くんだって?」
「聞いてたんですか···。」
「聞こえたんだよ、モモさんは澄んだ声してるからな。」
モモさんというのは、さっきの受付のお姉さまだ。
「で、何です? って言うかこの書類個人情報の塊なんですから、こっち来ないでくださいよ。」
「まぁそう言うなよ。お前に取って置きの情報をプレゼントしてやる。」
「とっておき?」
僕の目が途端に訝しいものになったことだろう。ロルリアンレットの使いで任務に出て一緒になったときにコレを言われて得た情報は『モモさんにはクランベリーさんというお姉さんがいるらしい。』ということだ。思わず「だから何だよ!」と叫びそうになった。魔物にバレないように潜伏していたというのに···。危うく初任務で死ぬところだった。
「魔剣と仲良くなってイチャイチャする方法──」
「詳しく聞きましょう。」
食いついた。食い気味に食いついた。魔剣たちから「うわぁ···。」という視線を感じない事もないが、今はそれより情報を優先する!!
「──は、俺も分からん。」
「おーけー。死に晒せ。期待させた罰は重いぞ。」
羽根ペンを
「お前、ホントにセンスねぇよな···おっと、別に貶した訳じゃねぇぞ。」
グラムが殺気立つのを感じたのか、ジャガーノートの笑みが獰猛なそれになったのを感じたか。ぎんいろは今一つ感情が読めないし、オルタはグラム至上主義だからなぁ···。ちょっとだけ寂しい。
「で、真面目な話だ。取って置きの情報をやる。」
「今度はなんです? モモさんのスリーサイズならもう知ってますけど?」
「暴走魔剣の──おい、なんで知ってるんだよ。」
「嘘に決まってるじゃないですか。」
「てめぇ。」
「お返しですよ。で、暴走魔剣がなんです?」
羽根ペンを置き、真剣に聞く体勢になる。契約書類の空白はまだ半分ほど残っていたが、それよりも暴走魔剣の情報の方が大事だった。
「近々暴走魔剣の討伐がある。想定難易度はH。お前にも強力してほしい。」
「ハード、ですか。良いですよ。相手の武器種や属性は分かってるんですか?」
と、情報を引き出そうとした瞬間だった。こぉん! という高く反響した音と共に、メイガスの鎧のこめかみに羽根ペンが突き立った。焦った悲鳴を上げて兜を脱いだメイガスの頭に負傷がないのは、下手人の技巧によるものだろう。
「魔剣使いメイガス。契約書類書き込み中は過度に接近しないでください。それと、討伐対象の情報を未熟な魔剣使いに教えることは禁止されています。」
「···ウッス。」
怖い。モモさん超怖い。羽根ペンが鋼の鎧を貫通するとかどういう投げ方だよ。鉄甲作用かな?
「擬きくん。なるべく早く、書き上げて貰える?」
「分かりました。」
何者なんだよ、あの人。ロルリアンレットとは違うベクトルの怖さがあるね。
で、えーっと、前職···司書補佐? 雑用? 、資格···魔剣使いの素質もどき? 、経歴···経歴? 何か特別なことがあった訳でもないし、スルーでいいか。
「出来ました。」
「うん···うん? えーっと···いくつか手直しさせて貰っていいかな?」
「あ、はい。」
「こっちでやっておくから、荷物をギルド指定の宿の方に持って行っておいて? 食事は、各自自由だから。他に聞きたい事はある?」
スリーサイズ。と即答したらどうなるだろうか。まず間違いなくブレイズが発動する(隠喩)。
「えーっと、僕に与えられた任務とかって、どうやったら分かりますか?」
「あそこの掲示板に、個人任務と一斉任務が貼ってあるわ。今日は初日だから、貴方の欄はないけれど···明日の朝には出来上がって、任務も貼ってあると思うわ。毎朝8時と正午に確認すること。いい?」
「分かりました。えっと、じゃあ僕は一斉任務に行けば良いんですか?」
「一斉任務の参加条件次第だけど···今日のは必要ランクが高いと思うわよ?」
言われて、休憩スペースで寛いでいる魔剣達を見る。Sランク3名。グラム曰く『私より強い』1名。ランク的には十分なのでは?
「あぁ、そうじゃなくて···部屋にマニュアルがあるから、詳しくはそれを読めば分かるけど···ギルドが魔剣使いにつけるランクのことなの。魔剣の強度じゃなくて、出撃回数や成果で決まるから、しばらくは見回りのような、簡単だけど重要なお仕事をこなしてランクを上げるといいわ。」
「···分かりました。」
「めんどくさいとか思わないの。」
何故バレたし。まぁいいや、そろそろ夕方だから、魔剣使いたちが帰ってきて受付も忙しくなるだろうし、部屋に行ってみよう。
「後は、部屋のマニュアルを読んでみます。ありがとうございました。」
「部屋の代金はギルドが払ってあるから···はい、この書類をフロントで渡せば、鍵を貰えるわ。」
「ありがとうございました。また来ますね。」
当たり前だけど。貰った書類には宿屋の住所も書かれて──あ、二個隣か。近いな。
「みんな、部屋に──あれ?」
「どうしたんですか、マスターさん。ファフニールがー、バルムンクを喰らったような顔をしていますよー?」
「死んでるんだよなぁ···いや、そうじゃなくて。リディは?」
「え?」
「あ···。」
「えー?」
「···いない。」
おいおいおいおい、どうするんだよ!? とにかく一旦外に出てみよう。横が酒場みたいだし、良いにおいに釣られていった可能性も──。
と、外に出た瞬間だった。
「いらっしゃいませー! マスター!」
と、聞き覚えのある声で客引きをされた。