魔鍵都市ユグドラシル。都市のすぐ近くに魔鍵ユグドラシルと呼ばれる超大型のダンジョンを構えることから、その街はそう呼ばれ、栄えていた。今や魔界最大の都市であるユグドラシルだが、意外にもその都市近郊の治安は悪い。ユグドラシルから何かの間違いで魔物が出てきたり、ユグドラシルが放つ魔力の影響で、もともとは温厚で弱かった魔物が狂暴で強力になったり。或いは、魔剣の密売人や殺し屋といった、人間の悪党が跋扈していたり。
そんな訳で、都市近郊の見回りというのは、魔剣使いの義務となっていた。普通の武器しか持たない衛士や、普通の武器よりは強いものの魔剣には及ばない"洗礼武器"を扱う教会勢力は、もっぱら都市内部の治安維持装置だ。
「えーっと、はいはい。」
掲示板に貼ってあった紙は、今は僕の手中にある。見回りのルートが書いてあるからだ。この道に従って行くと──おぉっと、遺跡の横を通るのか。冥獣とかいませんように···。
『前時代の遺物が、この時代に出てくるとは思えないけれど。』
『マスターさん、意外と都市伝説とか信じるタイプなんですねー。』
別にいいじゃないか···。
冥獣というのは、よく前時代の遺跡から遺骸が出土する謎の生物だ。武器の特徴と生体的な特徴を併せ持つソレは、以前に生きた個体が出土した事があったそうだが──結果、勇者を一個中隊レベルで失い、発掘していた考古学研究家とトレジャーハンターたちも肉片となって発見されたという。トレジャーハンターたちの持つ銃火器、発破用の爆弾、更には勇者たちのBランク級模造魔剣ですら、冥獣には効果が無かったらしい。
が、出土したのが、冥獣にとっては運悪く、人類にとっては幸いなことに、元魔王の治める土地だったという。憐れ冥獣は数時間で消滅したらしい。
『笑い話みたいな言い方だけれど···その数時間の間に都市が何個も沈んでいるのよ?』
「そうでしたね···。」
ちなみに、全部世界図書館にあった本に載っていた。
「ま、流石に冥獣が出てくるとか、そんなコトはないでしょ。ないない。ある訳がない。」
『どうですかねー。私のマスターさんは、不運ですからねー。』
「そんなことないと思うけどね?」
と、そんな話をしているうちに遺跡に着く。ここが折り返し地点だから···帰ってご飯食べて、もう一回ギルドに行けば丁度良いぐらいかな? いや、先にギルドに行かなきゃダメか。正午にも掲示板を確認しなきゃだし。
「異常なし···かな?」
『? マスター。目的地はまだ先よ?』
「え? でも折り返し地点の遺跡ってこれだよね?」
『マスターさん、地図も読めないんですかー? 救えないなー。』
え?
『マスター···この遺跡は、観光用の、整備済みのもの···。』
『目的地の遺跡は、もっと北、です···。』
んん? 北···って、上だよね?
「はぁ···目的地はここよ、マスター。私たちは今···ここね。」
耐えきれなくなったのか、実体化したグラムが横から地図を指す。現在地と目的地の差を縮尺に照らすと···あと2キロはあったでござる。
「私たちが未整備の遺跡の前で実体化しない訳がないでしょう? 冥獣はともかく、魔物が出てこないとも限らないのだし。」
「そ、そっか····。」
言われてみればそうか。もう終わったと思ったのになぁ···。まぁでも、あと2キロぐらいなら何とかなるでしょ。
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結論から言って、なんとかならなかった。
周り──12時から6時方向をカエル型の魔物が。6時から12時方向を武装した人間に囲まれている。カエルたちはやたら色とりどりで、人間の方も統一されていない、ただ武装しただけという感じだ。まぁ、要するに、僕vs盗賊vs魔物という構図だ。いや、構図で見れば完全に僕vs盗賊&魔物なのだが、まさか魔物が盗賊の味方をする訳がないだろう。──盗賊が金目の物を奪い、残った人間を魔物が食うというwin-winの関係を築いているかもしれないが。
「ウオオオオオオオ!!」
「GYAAAAA!!」
「イヤアアアめっちゃ協力してるうぅぅぅ!?」
カエル型の魔物が一斉に跳躍し、襲いかかってくる。
盗賊たちが武器を構えて突進してくる。
全方向からの一斉攻撃。回避は不可能。──なのだが、流石に遅くないですかね? マリーさんの蹴撃に比べてあまりに遅く、鋭さがない。ロルリアンレットの砲撃に比べてあまりに粗く、密度が薄い。あの辺とか隙間あるし──あそこも抜けられるな。いや、そんなの必要ないけど。
「みんな、任せた。」
「えぇ。行くわよ、オルタ。」
「は、はい、お姉ちゃん。」
「私たちの出番も残しておいてくださいねー?」
「殲滅は任せる···私は、マスターを守るから。」
「あ、ずるい。」と、誰かがぎんいろに言って──人間の内臓と血液と、魔物の内臓と体液と、そして両者が保有する魔力が撒き散らされた。
「戦闘時間が2秒も無かったのに、ここまで周りが汚れるってどうなの···。」
僕の周りに円を描くように血の海が広がっている。魔物と人間に等しく流れていたブレイズが流れ出し、僕の体に吸収されていく。溢れた臓物を避けるように血の海を渡り、魔物と盗賊のドロップアイテムを探る。
「マスターさん、意外とこういうグロテスクなのー、大丈夫なんですねー。」
「いや、普通に気持ち悪いよ? 他人の臓器とかもう無理。キモチワルイ。」
イベントらしいイベントはこれだけだった。
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「盗賊団に遭遇!? 大丈夫だったの?」
ギルドで報告をしていると、まぁ当然のように驚かれたが···あの盗賊団、魔剣すら持ってなかったし、雑魚ですよ雑魚。グラムたちに掛かればどうという事もありませんね。
『僕に掛かれば、と言わない辺りがマスターよねぇ···。』
ちょっとよくわかんない。
「あの盗賊団、武器こそ普通の武器なんですが···新入りの人ばかり狙うんですよ。新入りの人って、殺人に対する嫌悪や禁忌から太刀筋が鈍ってしまって、それで···。擬きくんは、大丈夫?」
「え? あぁ···大丈夫ですよ。」
「今回のことは相手が全面的に悪いんだから、あまり気負わないで。」
人殺しに対する嫌悪感は、モモさんに心配されるほど抱いていなかった。と、いうか、そもそも人殺しという実感がない。魔剣たちが殺したからとか、そういう事ではなく、そもそも、
「大丈夫ですよ。大丈夫···。」
「正午からのお仕事はないから、今日はもう休んで。ご飯──は、食べる気にならないかもだけど、でも食べないと体調を崩すから、無理やりにでも。」
「大丈夫ですってば。」
じゃあ。と、別れを告げて部屋に戻る。ベッドに倒れ込むと、枕がいつもより高くて、なんだか柔らかかった。
「グラムだけ出てきたら、他の子が怒るんじゃない?」
「じゃんけんで勝ったのよ。文句は言わせないわ。」
『ま、仕方ないですねー。』
グラムの太ももに頭を預け、顔を覗き込まれる気恥ずかしさから目を閉じる。まだお昼ご飯も食べてないけど──お昼寝でもしようか。
「ねぇ、グラム。──僕は異常かな。人間は、人間を殺しちゃいけないのかな?」
「あら、マスター。人間が人間を殺すために作り出した、私たちの存在を否定するの?」
「···ごめん。そうだよね。僕は──君のマスターだ。人間を殺す、魔物を殺す、何かを壊すために、君を使う者だ。でも──殺人は禁忌なんだろう?」
「マスター。殺人が禁忌なんじゃないわ。殺人を禁忌とする法を犯すことが禁忌なのよ。」
「どこかで聞いたセリフだね──なら、「どうして法は殺人を禁忌とするのか」という質問はやめておくよ。」
笑いを漏らして──眠りに落ちた。
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まぁ、数時間も眠らずに、空腹のせいで起き出したのだが。
世界図書館だし西尾維新ぐらい置いてる。主はそう信じてる。