剣統べる魔王の物語   作:征嵐

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第16話

 魔鍵都市ユグドラシルの近郊、麦畑の合間を走る街路の上に、超常の存在が犇めいていた。暴走魔剣マビノギオンと、それを狩る魔剣たち。魔剣グラムと、魔剣グラム=オルタ、ジャガーノートに、ぎんいろ。図書館で雑用をしていた頃からの四人に新参の二人、雪月花とカラドボルグを加えた、現状最強で最適の戦力。水属性のマビノギオンに相性の悪いレヴァンテインは"剣の領域"でお留守番だ。

 

 魔界ギルドに与えられた任務は『暴走魔剣マビノギオンの討伐』。攻略難度はEasy(最低)。ギルドに入ったばかりの僕に相応しい難易度であるが、所有する魔剣の強さを見れば役者不足とも言える。現に今、グラムとオルタの連携攻撃で、マビノギオンの魔法によって張られていた防御壁が完全に破壊された。

 

 「いいぞ、そのまま畳み掛けよう!! ぎんいろ、移動阻害。ジャガーノート、体勢を戻させないで! 雪月花、カラドボルグを守って! カラドボルグ、止めを!!」

 

 

 BLAZEDRIVE:剣王カレドヴルフの凱旋

 

 

 かつて大陸を抉り取った魔剣の一撃を受け、マビノギオンの存在感が霧消する。魔核の存在しない記憶の残滓が、もはや形を保てなくなったのだ。

 

 「この程度、私たちが出るまでも無かったわね。」

 「う、うん。そうだね···。」

 

 不完全燃焼っぽい"魔剣"二人に苦笑しつつ、全員を『剣の領域』に戻す。

 

 「ま、何事もなく終わって良かったじゃん。誰も被弾してないし、帰ってそのままご飯にしよう。」

 

 魔鍵都市ユグドラシルから伸びる街路上で戦っていたから、そろそろ日没だが迷う危険性はない。暗くなっても、道沿いに行けば魔鍵都市の灯りが見えてくるだろう。都市に入ってしまえば、店の灯りが煌々と出迎えてくれる。···別に暗闇が怖い訳じゃないのよ? そんなことを考えながら歩き出し──

 

 「主様? 都市は反対側ですよ?」

 「···ありがと。」

 

 進行方向を反転した。

 

 

 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼

 

 

 暫く歩いていると、すっかり日が沈み、闇に呑まれた進路上に、不意に灯りが見えた。松明や蝋燭のようにゆらゆらとしたその赤い炎を知覚した瞬間だった。『都市はまだ遠いし、なんか揺れてるから、旅人か何かかな?』なんて考えが浮かぶより早く、本能が叫んだ。 "退け" "逃げろ" "避けろ" "躱せ" ──!!

 

 僕を守るため顕現しようと魔力を吸い始めた魔剣達への魔力供給を強制停止し、道の脇、足首ほどしか水を湛えていない用水路へと身を投げる。刹那、辺りが昼のように照らされ──また、闇に戻った。

 

 「···うわぁ。」

 

 直立した僕の肩ほどの深さがある用水路の縁から顔を出せば、凄まじい熱気と共に、溶解した路面が目に入った。とりあえず反対側、麦畑の側に寄っておく。

 

 「水属性とは思えない惨状ですねー。」

 

 顔を引き攣らせながら、声だけは呑気に言う。彼女の手を借りて用水路から上がると、豊かに実った麦の中に身を伏せる。次々と魔剣たちが顕現し、先程のものとは比べ物にならないくらい濃密な魔力を纏う『マビノギオン』に向かっていく。

 

 「魔核があるか···。」

 

 それはグラムと、あるいはオルタと同じ、()()()()()()()だけで周囲を壊す、哀しい存在。

 

 

 

 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼

 

 

 全身鎧を脱ぎ捨て、自らの相棒にして命綱である二本のバスターソード型魔剣も持たず、魔剣使いメイガスは走っていた。──否。全身鎧を破壊され、バスターソードを一撃の下に圧し折られ、弱者メイガスは敗走していた。いつも通り開けっ放しの扉をくぐり、魔界ギルドのエントランスで声を張り上げる──のは、折れた肋骨が許さない。仕方なく、片方が使い物にならなくなった足を動かして受付へ向かう。途中で気づいて駆け寄ってきた常駐魔剣使いに肩を借り、受付カウンターから焦ったように出てきたモモさんに近付いていく。

 

 「魔剣使いメイガス? 一体何があったんですか?」

 「救援を···頼む。場所はユグドラシル近郊の麦畑地帯、想定難度は···。」

 

 メイガスは、そこで力尽きて失神した。敵が何者かも、どの程度の脅威なのかも伝えないまま。──だが、問題はない。満身創痍で逃げ帰ってくるのはメイガスで12人目だ。それぞれが切れ切れの情報を持ち帰ってきてくれたし、連れ帰ってきた死体から推察できることもある。

 

 「モモさん、これは···。」

 

 常駐ということもあり、何度も異常事態に遭遇してきた魔剣使いが恐怖を露に情報を統合する。それは赤髪の受付嬢も同じ結論だった。

 

 「えぇ。暴走魔剣の本体ですね···。想定難度はオリジン級···。至急、救援の手配をします。E.D.E.N.と···念のため、司書王陛下にも連絡を!!」

 「司書王陛下に救援を依頼するんですか?」

 

 慌ただしく動き出したギルド職員たちの一人が問う。Easy級、Normal級、Hard級、Technical級、Lunatic級、そしてAbyss級とある難度の中で、例外的に存在する難度の一つ、Origin級。暴走魔剣の本体、魔核をもつ個体にのみ付けられる難度で、通常の難度に照らせばTechnical級からLunatic級に相当する。つまり、ランク30以上の魔剣使いによるレイドが必要だということだ。だが、司書王ロルリアンレットという規格外の存在から見れば、雑魚に等しいだろう。その超常に救援を依頼するのかという問いに関する答えは。

 

 「いいえ。違うわ。」

 

 彼女は魔界ギルドを利用する。だが、彼女の立ち位置はあくまで民間人。魔界ギルドという公的機関が頼るべきではないし、そもそも頼った場合にどんな対価を要求されるか分からない。では、なぜ彼女に連絡を入れるのかと言えば。

 

 「当該エリアには、彼女から預かった子がいます。その旨を伝えてください。」

 

 彼女から預かった子を危険に晒しているのだから、魔剣使いとしてギルドに送られてきたのだから双方想定済みとはいえ連絡するのが当然。あわよくば、彼を助けに来てくれないかという打算も込みで、だが。

 

 「わ、分かりました!!」

 

 無事を祈るのもそれなりに、意識を切り替える。まずは救援部隊の編成と、負傷者の処置だ。

 

 

 ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼ ▲ ▼

 

 

 「痛ゥッッッ!!」

 

 質量を持った光が通過し、右腕が。次いで心臓が穿たれ──蒼い焔と共に再生する。

 

 「あー、痛っっっったいなぁ。もう。」

 

 反撃は、不可能。暴走魔剣を殴ったり蹴ったりしたところで、意味はない。

 

 『何をしているのマスター!! 早く私を顕現させて!!』

 「だめ。」

 

 グラムの怒声に短く返し、目前のマビノギオンを見据える。血液にも似た赤い魔力を迸らせながら、不思議そうに小首を傾げ──咄嗟に飛び退いた僕の脚を、また質量を持った光が貫いた。

 

 「あ、ああああああ!!」

 

 激痛に悶え──意識が暗転し、蒼い焔と共に視界が戻る。今度は頭を撃ち抜かれたらしい。

 

 『マスター!!』

 『マスターさんッ!!』

 『マイマスター、私達を!!』

 

 ジャガーノートとレヴァンテインも加わった、自分の内部から聞こえてくる怒声を完全に無視する。他の魔剣たちも叫びそうなものだが、それは無理だろう。だって、()()()()()()()()()()()()。マビノギオンは、戦闘開始直後に、この中で最高ランクの魔剣であるオルタを、あろうことか一撃でねじ伏せた。HPを全損させ、魔核そのものの耐久値であるLP減少が始まった。つまり、魔核が徐々に崩壊し始めたのを見た僕は、敵を前にして放心してしまい、そして、オルタを剣の領域に引き込んだ時には、もうグラムとジャガーノートしか残っていなかった。もともと顕現していなかったレヴァンテインと、放心状態の僕を地面に伏せさせたグラム、そして、運良く最後まで残っていたジャガーノート。この三人まで破損する訳にはいかないので、僕が一人で立ち回っている。

 

 「流石に救援ぐらい来るよね···?」

 

 Easy級の任務に出て、ここまで帰るのが遅くなれば、流石に誰か訝しむだろう。トラブったのは明白だし、捜索か救援が来るのを待てばいい。万が一、応戦能力を重視した救援ではなく、捜索能力に特化した捜索部隊が来たら···仲良く死のうじゃないか。

 

 いや、駄目だ。僕が死ねば、僕の中で昏倒している魔剣たちは誰が治す? いや、そんなレベルじゃない。僕が死ねば、魔剣たちは須く全員が存在出来なくなる。そんな事は認められない。だから、こうして痛みに悶えながらも、直ぐにブレイズが身体を治してしまう即死を避けているんだ。だが、即死を避けて時間を稼ぐとは言っても、そんな差異は誤差でしかない。ブレイズが尽きるのも時間の問題だし、そろそろ本当に死ぬかもしれない。

 

 「死にたく···ッ!!」

 

 死にたくないなぁ。なんて呟く暇もない。マビノギオンの方も、穿とうと裂こうと焼こうと死なない僕を脅威と判じたらしく、攻撃力上昇や行動速度上昇のバフを掛け、本気モードになっている。足を止めれば穿たれる。

 

 『マスター!!』

 

 グラムが悲痛な叫びを上げる。が、構ってもいられない。答える暇もない連撃に、成す術もなく蒸発し──また、再生する。

 

 まだだ。こんな状態で、残り三人になってしまった魔剣たちを顕現させようと、無駄に傷付けるだけで、なんの意味もない。もっと、ここぞという時に顕現させないと──。

 

 意識を研ぎ澄ませる。殺到する光。触れた片端から蒸発し、痛みを伝える身体を意識の外へ。活路を見つけろ。ブレイズの残量から言って、死ねるのはあと数回だけ。地形と、相手の位置と、相手の行動。この場にある全ての情報を咀嚼し、飲み込め。考えろ。考えろ。考えろ。考えろ考えろ考えろ──。

 

 「···。」

 

 無理。無理だ。僕一人で出来る事には限界がある。ここまで粘るのが限界なんだ。でも死ぬのは困る。さて、じゃあどうするか。

 

 「魔核を変成。みんな、全力で。」

 

 勝手に口を衝いて出た言葉の意味を解すより速く、三人の魔剣が顕現する。魔剣グラムと、ジャガーノート。それにレヴァンテイン。

 

 「極状態、解放許可。剣王領域、拡張。」

 

 自分でも意識していない台詞が口から流れ、周囲がまるで自分の体内であるかのような錯覚に囚われる。意識と無意識の狭間、『剣の領域』の世界への投影。

 

 そして、獰猛に笑うグラムと、呆れ返った様子のジャガーノートと、こちらに心配そうな表情を向けるレヴァンテインから、今の僕のどこにこんな魔力があるのかと思うほどに強烈な魔力が溢れ出す。

 

 「──おい、大丈夫か!!」

 

 遠くに救援部隊の声を聞きながら、姿を変え、本質を強化した魔剣たちに命令を下す。

 

 「魔核は残して。それだけでいい。」

 「えぇ、いいわ。」

 「魔核だけで、いいんですねー?」

 「イエス、マイマスター!!」

 

 三者三様の返事を返し、マビノギオンへと突っ込んでいく。オルタをすら一撃で破壊せしめた、質量をもつ光線を、彼女たちは事も無げに武器で反らし、流し、弾く。刹那と言って差し支えない時間で接近した彼女たちが、思い思いの攻撃を繰り出す。袈裟斬り、逆袈裟、横一文字、十字、刺突、殴打。フェイントや崩しのない、怒りに任せた攻撃が、マビノギオンの仮初めの身体を削っていく。

 

 満身創痍と言う言葉が負けるほどに傷を創ったマビノギオンが、その身に纏う魔力を弱めたときだった。

 

 「マスター!!」

 

 以前と違う白いドレスを着たグラムが叫ぶ。言われずとも──

 

 「分かってる!!」

 

 全力でマビノギオンの下まで走り、腕を伸ばす。指先が彼女の胸に触れた瞬間に、残る全ての魔力を注ぐ勢いで──いや、それだと僕が死ぬから、僅かにセーブして魔力を流す。

 

 「魔核と接続···落ち着け、マビノギオン!!」

 

 マビノギオンの動力源である残留魔力を僕の魔力で塗り潰す。魔核とパスを繋げ、マビノギオンを僕のものにすると同時に、これ以上暴走しないように剣の領域へ。

 

 戦闘終了だ。

 

 「あー···無理。」

 

 ぶっ倒れるより速く、グラムに抱き止められる。このまま寝たいが、失神するより先に言っておかなければならないことがある。

 

 「リディに、皆にエメラルドを使うように言っておいて。···あと、そのドレス似合ってるよ。凄く···綺麗···ぐぅ。」

 

 意識が暗転した。

 

 

 

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