暴風が吹き荒れた。辺りの炎に酸素を送り込む──などという次元ではない。燃料となる瓦礫ごと、周囲の炎を吹き散らす暴風。それを巻き起こしたのは僕か、或いは「彼女」──僕の前に立つ、「魔剣グラム」か、それは定かではないが、とにかく僕たち二人を中心として、その破壊はもたらされた。体の構成要素をごっそりと失ったかのような喪失感に襲われながら、僕は確信を持ってグラムへと問い掛けた。
「上手くいったでしょ?」
ニヤッと笑おうとしたのだが、如何せん喪失感が大きすぎて表情筋を操作するのが億劫だ。立っているのが限界で、ここから全力疾走なんてしようモノならまず死ねる。内臓全部と筋肉の大部分を奪われたかのごとき疲労は、「魔剣グラム」という超級の魔剣に接続したが故の魔力消費によるものだろう。
「貴方──」
グラムが目を見開いている。その瞳に宿るのは、嬉しさと驚愕が半々といったところか。グラムはそのまま言葉を続けようと口を動かし──より大声に遮られた。
「いたぞ! 子供が襲われてる!!」
「なんだって!?」
声のした方を振り向けば、四人の男がこちらへ駆けてきていた。その身に纏う特徴的な制服は、僕たち子供の憧れ──E.D.E.N.のものだ。つまり、彼らは「勇者」であり、グラムを追ってきた、折りにきた、狩人。
だが、今やグラムは「暴走魔剣」ではない。彼らに戦う理由は無くなったのだ。知性なき魔物ならばまだしも、統括され、文武共に秀でた存在として尊敬される「勇者」が、彼女を襲うことはないだろう。
「君! 早くこっちへ!」
魔剣を実体化させながら、リーダーらしき男が鋭く声を発する。さっきの発言から考えるに、彼らは僕がグラムに襲われていると考えているらしい。まぁ無理もない。周りはズタボロ。瓦礫は吹き飛び、残るは僕とグラムだけ。「暴走魔剣」として追撃してきた以上、僕が彼女のマスターだとは思わないだろうし。
僕たちの周りを取り囲むように展開した勇者たちを見回し、リーダーの男に声を掛ける。
「待ってください。彼女はもう暴走していません。」
「···そうらしいね。だが、主のいない魔剣は討伐しなくちゃいけないんだ。」
道理の分からない子供に言い聞かせるような口調に苛立つが、彼我の年齢差を考えれば普通かと思い直す。
「僕は彼女のマスターです。魔剣使いかどうかは、魔剣使いなら分かりますよね? ···分かるんだよね?」
確か消防団の団長が言っていたような気がするが、うろ覚えなので小声でグラムに確認を取る。彼女は苦笑と微笑の中間くらいの表情を見せると、無言のまま頷いた。
「···確かに、君と
「だったら···。」
「だが!」
ふぅ、と、胸を撫で下ろした瞬間に、リーダーの男が厳しい声を上げた。くい、とグラムに背中を引かれて周りを見てみれば、先程よりも勇者達の包囲網が狭まっている。
「
銃を乱射したテロリストではなく、凶器である銃を裁判にかけるような狂気。だが、それは彼らの中で確固たる正当性を獲得していた。「これは復讐だ。だから俺達は
「ちょ、待って下さい!」
「らぁッ!!」
リーダーの男の反対側、ちょうど僕の真後ろにいた男が、烈迫の気合いと共に切り込んでくる。手にしているのはおそらく、Bランクの魔剣。人を一人殺すのには十分すぎる武器だ。西洋直剣の形をしたその魔剣は、E.D.E.N.の正式採用武器なのか、この場の勇者全員が持っていた。
まともに体の動かない僕を、一振りで3回は殺せる攻撃は、僕の真後ろ──男と僕の間に立っていた、一人の少女に防がれる。憎悪に染まるでもなく、殺意を漏らすでもなく、ただ冷ややかに、彼女は振り下ろされた刃を止めた。白くて細い、綺麗な左手の人差し指と中指の先で挟み込んで。
「私に正面から挑んだ度胸は褒めてあげるわ。だけど、それだけね。」
男とて、「魔剣」を一回の攻撃で制圧できるとは思っていなかったのだろう。すぐさま武器を引き戻そうとする。が、軽く挟み込まれただけの刃がどうしても戻らない。武器を手放す、という選択肢は、この場においてはあり得なかった。この場における最高戦力はどう考えても「魔剣」であり、それを手放すと言うことはつまり、戦場に手ぶらで乗り込むのと全く同じ行為だからだ。
「止めろ。」
リーダーの男に静止され、僅かに襲撃者の力が緩む。それを待っていたのか──いや、彼女であれば正面からねじ伏せることも容易だっただろうに、何故か動かなかった──グラムが動く。
「お別れしましょう?」
左手で直剣の刃を止めたまま、右手を貫手の形にし──射出した。いや、別に手首から分裂してロケット砲のように飛んだ訳ではない。普通に肩と肘の関節を動かして「撃ち出した」のだ。ただ、大気を鳴らすほどの速度で。
「待って!!」
ゴッッッ!! と、風を巻き起こしてグラムの腕が止まる。圧倒的な破壊が男の脳天を襲う事は無かったものの、吹き荒らされた暴風はそのまま男の気道を荒らし、昏倒させた。
「殺しちゃ駄目だ。まだ···彼らには対話の姿勢がある。」
そうですよね? と、リーダーの男を見遣ると、彼は落ち着いた様子で頷いた。
「理知的な、そして寛大な判断に感謝する。こちらとしては、どうしても魔剣を討伐する必要があることは理解しているか?」
「必要? 感情に押し流された結果の行動に、無理やり理由を付けるのは感心しないわね。」
「黙ってろ、兵器風情が!!」
「まぁ、待てって。」
激発した、僕達の右側に立つ男。それを諌めたのは左側の男だ。激情型と理性的なタイプを半々で構成した良いパーティ。
「お前の言う通り、俺達は感情で動いている。···感情だよ、感情。お前たち兵器にはない要素だから、分からないかもしれないが、
「あら、私たちにも感情はあるわよ? だけどバカな人間と違って、私たちは真に「感情」で動くの。貴方たちの「感傷」とは違ってね。そして何より、私たちは理性で制御出来るのよ。感情をね。だから無謀な賭けなんてしない。」
「無謀な賭けって言うのは···俺達が、お前たちに挑むって事のことか?」
反応は様々だった。すぅ、と目を細めたリーダーの男。感情を露にして何事か怒鳴る右側の男。そして今一つ表情を変えない左側の男。あと「この二人は何を言ってるんだろう」と、良く分からないで真面目な顔をしている僕。あと「お前たち」って言ったよね、今? 僕も脅威の一端として認識されてる? そりゃあ勇者の敵でグラムの味方だけれど──。
「えぇ、そうよ。私は「魔剣」。貴方たちの下げるBランク程度のゲテモノと一緒にされるのは屈辱だから名乗ってあげる。私の名前は『魔剣グラム』この世界で唯一の、完成された魔剣。」
「···完成されているなら、暴走なんてするな。」
左側にいた男がぼそりと呟き──動いた。腰に下げたBランクの西洋直剣型の魔剣を抜かず、背中に手を回す。数瞬の後に、その手は拳銃を握ってこちらを向いていた。
「こっちもBランクの魔剣なんだが──なぁ、魔剣グラムよ。お前は···
銃口の向きから射線を見切る、なんて芸当はできないけれど、そんな技術が要らない程に、男の狙いは明らかだった。
僕が回避運動を取るよりも、男の指が引き金を引く方が早い。銃弾の速度なんて知らないが、彼我の15メートル程度の空隙なぞ無いに等しい速度で駆けるだろう。頭で理解してしまったが故に、銃口から出る不可視の圧力が一層強くなった気がした。
ざりっ、と、圧力に負けて後退る。その瞬間に、男の指に力が加えられる。常識で考えれば、ここから僕が生き残る術はない。だが、忘れるなかれ。ここには、ある例外が、超常が存在する。
こちらは、ざりっ、なんていう擬音が当てはまるレベルではなかった。戦車砲の撃発音に近い爆音を鳴らし、グラムが翔ぶ。地面を局所的に陥没させる程の踏み込みを初動として、彼女は一直線に男へ駆けると、手始めに銃を持つ右手を
「待って」と静止する暇もない程の瞬殺。だが、そこで呆けてしまった
激情型だと思っていた右側の男が、短剣型の魔剣を持ってすぐ側に迫っていた。
「ふッ···!!」
余計な気合いもセリフもモーションも捨て、ただ「殺す」という目的に特化した動きで、彼は右手で保持した短剣を僕の鳩尾に突き立てる。激情型とは程遠い、計算で動くアサシンのごとき所作で。
「ぐッ!?」
「マスター!!」
肺の中の空気が一斉に抜けていく。息を吸おうとしても上手くいかず、ただ痛みで体を曲げることしか出来ない。そして、体が曲がれば、人体の確殺ポイントである首筋を相手へ差し出す格好になる。
「ッッッッ!!」
首筋を思いっきり
「何!?」
驚きの声を上げた男が、それでも訓練された動きで二撃目の用意に入り──停止する。その胸からは、ピンク色に拍動する心臓が、細く、綺麗な腕に掴まれて突き出ていた。
「この私が、二撃目までも許すと思ったのかしら?」
ぶしゃり、と、中身を地面に吐き出させるように心臓が握り潰され、男が崩れ落ちる。腕を引き抜いた彼女は、そのままリーダーの男に向き直る。
「···どういう事だ。」
「何がかしら?」
「何故、魔剣単体がそこまでの戦闘能力を持っている?」
あくまで落ち着いた様子で、リーダーの男が問う。僕には何がおかしいのか分からないけれど──彼女には分かるのだろうか。
「当然でしょう? 私は完璧な魔剣で、彼はその『マスター』だもの。」
────あぁ、何の話かは分からないが···今のは、嬉しいな。
「意味が分からん!」
···アンタも分かんないのかよ。
「それにお前! さっきのは何だ!?」
「さっきの?」
いきなり指を指されて困惑する。さっきのって言うと···あぁ、何故かは分からないけど、右側の男が短剣型魔剣への魔力供給を絶って、素殴りに変えてくれたんだよね。おかげで命拾いした。
「あり得ん!
「さぁ──お別れしましょう?」
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後に残ったのは、昏倒している男と僕、それにグラムの三人だけだった。グラムには聞きたい事が山ほどあるが、とりあえず今は──
「助けてくれてありがとう、グラム。これからよろしくね。」
「えぇ、マスター。おめでとう、貴方は本物の魔剣を手に入れたのよ。」
冷たい、と、何も知らない者ならそう形容するであろう、彼女に一番良く似合う、柔らかくも凛とした、どこか愉快げな微笑を湛えた彼女が言った。
次の瞬間だった。
キュガッッッッ!! と、滅びの極光が辺りを蹂躙した。
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