一ヶ月。それが、僕と魔剣たちが市街で木刀をぶつけあっていても、「またやってるのか」「マスターくん頑張れー!」「今日はウチの店に突っ込まされるんじゃねぇぞー?」なんていう、暖かい声が飛んでくるようになるまでに要した期間だ。それまでは、子供が喧嘩していると見なされて「親はどこだ!」とか、目の良い──と、言うよりは、目の効く人が「あれ魔剣じゃないか! 子供が襲われてるぞ! 勇者を呼べ!」なんていう叫びを上げていたりもしたが。
今では、ジャガーノートが商店街で人気者だったりする。僕とジャガーノートがそれぞれの武器を突き合わせれば、「ジャガノお姉ちゃん頑張れー!!」なんて、近所の子供の声が飛んでくるし、ロルリアンレットの命令でお使いに行けば、「なんだよ、ジャガーノートちゃんは一緒じゃねぇのか···。」なんて、店のおじさんにがっかりされる始末。ちなみに、一緒に行くと2割ぐらいまでなら値引きしてくれる。
で、魔剣たちがこの町に馴染んできたのに対して、僕の武器の扱いはというと、そこはまぁお察しの通り、全然駄目だった。魔剣たちと打ち合えば、三合もしない内に吹き飛ばされる。かといって、魔剣たちの足から逃げられるわけもなく、隠れたとしても、魔力供給の流れを追われてしまう。が、僕も全く成長していない訳ではない。いつだったか、こんなことがあった。
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木製の大剣を背負い、馴染みとなった道を駆ける。見慣れた顔から投げられる応援の言葉や客寄せに手を振って応えながら、それでも足は休めない。ハンデと称したスタートの遅延はおよそ15分。普通に走れば3~4キロは距離を開けられるけれど、こっちは重りを背負っているし、そもそも走ることに全力を使っちゃいけないんだ。それに、3キロ程度の距離なら──
「おー、今日はまたちょーっとだけタイムが縮まりましたねー。おめでとうございます、マスターさーん。」
──一瞬で詰められる。
「チートだろ···ッッ!!」
呟いて踵を返し、もと来た道を疾走する。勿論、ジャガーノートがそんなことを許す訳もなく、即座に間合いを詰めて木製の戦斧を振るってくる。
いつもなら、これを弾こうとして弾き切れずに吹き飛ばされるのだけど──今日の僕には、ある秘策があった。
その場で半回転し、木製の刃に身体を晒す。ガードは──しない。
「へぇー、そういうのも、
今は、にアクセントを置いた言い方で感心を示したジャガーノートは、振るった戦斧を反転させ、刃のついていない側で僕を殴打した。
──魔剣たちは、僕を殺さない。殺せば魔力供給が出来なくなって、存在できなくなるからだ。故に、刃のついていない戦斧でも、ジャガーノートの持つスピードとテクニックで振るえば、僕を両断できるということを踏まえた上で──死にに行く。そして、ただの木の棒での殴打とは言え凄まじい威力を持つそれに、こちらから手を伸ばし、押す。
何も押し返そうと言うのではない。作用と反作用を使い、吹き飛ばして貰おうという作戦だ。戦斧のもつ運動量をそのまま僕に移し、カタパルトのように射出──ぐきっ、と、そんな音がして、次いで、肘と肩に激痛が走った。
「あ···ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「あーあ、脱臼しちゃいましたねー。残念でしたねーマスターさん。発想は良いと思いますけどー、まさか、自分の身体にそれだけのスペックがあると思ってたんですかー? 救えないなー。」
痛みに悶えていると、批評を下しながらもジャガーノートが近寄ってきて、徐に僕の腕を持つと、「えいっ」なんて、可愛い掛け声と共に──意識が暗転した。
気付いた時には、ロルリアンレットに与えられた僕の部屋のベッドで寝ていたのだが、後から聞いた話だと、脱臼を嵌めたときの痛みで気絶したらしい。
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──うーん。思い出して見たものの、あんまり成長していないような? ···いやいやいや、そんなことないよね、うん。ジャガーノートの一閃にビビらなくなっただけ進歩だ。うん。そういうことにしておこう。
「マスター? 怖い?」
「え? あ、いや、大丈夫だよぎんいろ。怖くない。」
「そう。なら、いいの。」
ぎんいろが左に、ジャガーノートが右に、グラムが正面に立ち、僕を守護するかのように、それぞれの武器を顕現させている。睨む先には、起伏の激しい体をメイド服で覆った栗毛の美人さん。マリーさんが、いつも通りの微笑みを浮かべながらこちらを見ていた。
「では、よろしくお願いいたします。擬き様。」
「それ定着しちゃったのか···。」
丁寧に腰を折ったマリーさんに対して、一斉に魔剣たちが駆けて行く。二度目の模擬戦だが、僕が魔剣を使うのは奥の手だ。まずは普通に皆が戦い──あ、あれ?
なんで──みんな、
「では擬き様。どうぞ、奥の手をお使いください。」
「あっ、はい。」
いやいやいやいや、確かに一戦目の時点である程度化け物認定はしてたけど、してたけどね? さすがに、ねぇ?
「──おいで、グラム。」
倒れ伏していたグラムの身体が粒子と化して消えていく。対して、僕の右手には、空気中から粒子が集まるようにして、一振りの大剣が生まれつつあった。ロルリアンレット曰く、大気中のエーテルと体内の魔力を練り合わせた魔力結晶らしいのだが、詳しい事は理解出来なかった。
「マスター、良いわね?」
「うん──良いよ。僕の身体を、好きに使って。」
身体から自由意思が失われていく。感覚だけが残り、制御権をグラムに明け渡した今の状態は、「か、身体が勝手に!?」という奴か。一月の間に、「魔剣を使うどころか、武器を使うセンスが絶望的」とロルリアンレットに──どころか、魔剣たちにすら言われてしまったので、必死こいて考えた結果にたどり着いたのが、この方法。
魔剣たちが、僕の身体をラジコンのように操作し、魔剣を振るう方法だ。コレの練習をしていたとき、偶々通りかかったロルリアンレットに「そんなの、直ぐに身体が壊れるわよ。人間の身体が魔剣の動きに付いていける訳ないじゃない。」と言われたので、「じゃあ強化もしちゃえば良いんじゃない? できる?」「愚問ねマスター。···本当に良いのね?」みたいな過程を踏まえて完成した──身体の最適化。
「行くわよ、マスター。」
「おーけー、いいよグラム。」
ズバン!! と、防護魔法が無ければ床を砕いていたであろう踏み込みを初動として、一瞬で距離を詰め──意識が暗転した。
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気絶から覚めたあと、僕の部屋では反省会が開かれていた。
「だからマスターの身体を使うのは気が引けたのよ。私たちよりも弱いし下手なのは分かっていたことでしょう?」
「仕方ありませんよー。マスターさん。マスターさんはー、魔力の質に全力を注ぎ込んじゃった残念な人なんですからー。」
「···。」
「···ぐすっ。」
何も言わずに、ただ左手を握ってくれるぎんいろの優しさに脳が揺れ、涙腺が弛む。
「まぁ、そこまで悲観することでもないけれど、ね。」
「···なんで?」
涙声でグラムに問う。返ってきた答えは、至極当然のものだった。即ち。
「だって、私たちが直接戦えるんだもの。そっちの方が合理的じゃない。」
はい。その通りです···。と、言うか。なんで世の魔剣使いたちは自分で魔剣を振るうんだろうか。随分とアホなことをしているように思える。例えるなら、そう。ライフルを鈍器としてのみ扱い、マガジン内部の数十発の弾丸をただの重りとして使うような···。
「···。」
「···。」
「···。」
「···え、なに?」
三人が三人とも、「何言ってるんだこいつ」という顔で僕を見ている。いや、グラムだけが、「はぁ···。」という疲れたため息と、困ったような微笑を浮かべて、口を開いた。
「ロルリアンレットにでも聞きなさい。」
「うん。うん? ···うん。」
物凄く嫌な悪寒が背筋を撫でたのは、何故だろうか。
次回でマスターの異常性について。その次でイベント挟んで、次で魔剣使い編本編(予定)
予定は未定で不安定。