「んっ、んー………」
気持ちのいい朝だ。日差しが私の目を刺激し、ほどより目覚めを呼び覚ましてくれる。大きく背伸びをし、隣をちらっと見る。どうやら、まだ奏さんは寝ているようだ。
「ふふっ」
奏さんの寝顔を見ていると微笑みが絶えなかった。憧れの人とこんなに近い距離で過ごすことが出来るこの嬉しさに私は胸が踊っていた。奏さんの前に座り、私は指で奏さんの頬をなぞってみる。男の子なのに柔らかいその頬に私は少しだけ羨ましく思っていた。
するとその途端、奏さんの目が開いた。
「んあ………?」
「!ご、ごめんなさい……」
「んぅー?何が………?」
まだ眠りから目覚めていないからか、奏さんの言葉は曖昧だった。私は顔を赤くして両手で隠す。
「い、いいえ!なんでもありません……」
「そっか……」
奏さんは立ち上がり、近くの沢まで歩いていった。今日中に絶対に紅魔館に戻って、妹様を助ける。それは昨日、奏さんが発した揺るぎない信念だ。そうだ、レミリアお嬢様以外にも、私の大切な人はいる。この短い命でどれくらいの愛が貰えるかで、私は死に際の感情も変わってくるんだ。自分で両頬をバチンと叩く。
「よし……」
「お待たせ、咲夜さん」
奏さんが姿を現した。さっきのような寝ぼけた顔ではなく、しっかりと覚悟を持った強い意志を抱いた顔をしていた。
「では、行きましょうか」
「あぁ、その前にここの巨人たちとはあまり会いたくないな。飛んでいこう。きっと近くに村か何かがあるはずだ」
「はい」
奏さんが先導して空へと飛び上がる。朝だから当たり前だが、空気が澄んでいて、とても心地がよかった。まるで私たちを歓迎してくれているかのように。風もなく、とても飛びやすかった。そのまま数キロ飛んでいると
「!……咲夜さん!」
奏さんが前方に指を指す。私はその方向に目線を向け、それを探す。
「あ、村だ……」
「一度降りよう」
「ええ」
少しだけスピードを上げ、素早くその村まで飛んでいく。村の前で着地し、遠慮がちにその村に入る。そして奏さんは見つけた村人に近寄り声をかけた。
「ごめんなさい。ちょっと話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「ん、あぁ、君、村の人じゃないね。いいよ、僕でよければいくらだって話してあげる」
メガネをした小柄な男性が優しく対応をしてくれ、私は心底ほっとした。家へと招かれ、私達はお茶を啜りながら紅魔館の事を話す。するとその男性から、思いもよらない一言を聞いた。
「そういえば、小鈴さんがその近くに住んでいたとか言っていたような………」
「こ、小鈴?!」
私は勢いよく立ち上がり、その男に問う。それに少しだけ男は身じろぎをする。
「あ、あぁ、本居小鈴さんだ。ここまで避難してきたとか……」
「避難………?……ありがとう。話が聞けて良かったよ」
奏さんも急ぎめに小鈴を探し始めた。まさか、こんな所で知り合いがいたとは思わなかった。数分探していると、見覚えのあるシルエットがいた。
「小鈴!」
「?はい」
「良かった、知り合いがいて……」
「か、奏さんに咲夜さん!こんな所で会うとは思いませんでした!どうかしましたか?」
「その前に、教えてくれ小鈴。避難してきたってどういう事だ?」
「簡単な話です。紅魔館組が暴走して、人間は強制的に遠くに避難させられてる。ここもまだ近場なので、近いうちにここも避難するでしょう」
「今は、妖怪達が止めてるってこと?」
「そういう事です。それでも大苦戦しています。紅魔館組にあそこまで力があるなんて誰も予想していなかったですし、あの霊夢さんも大怪我を負ってしまいました」
「あ、あの霊夢が……」
「紅魔館までどれくらいだ?!」
「飛んで約二時間後です。全力で行けばそれより早く着くでしょう」
二時間……なかなか遠いと思っていたが、思ったよりも近場だったみたいだ。何故だろうか………私はここに飛ばされる前から少しだけ違和感を感じていた。咲さんの力だったら、私達を次元の狭間に追いやることだって出来た。それなのにこんな近場に転移させたのだろうか…………
「小鈴、どの方向だ?」
「ここから南南西、まっすぐ進めば着きます」
「ありがとう!奏さん、行きましょう」
「わかってる!」
私と奏さんは同時に飛び立ち、全力で紅魔館へと向かっていった。すると森から少しだけ見覚えのある場所まで行くことが出来た。
「咲夜さん!あれ!」
「!!」
紅魔館の方から黒煙が上がっており、どう見たって戦場としか思えないほど空気を殺伐としていた。妖力も尋常じゃないほど強まっており、少しだけ怯んでしまった。人里を通り過ぎ、紅魔館まで一気に行った。約一時間で着いた。
「着いた………!」
地面に足をつき、ただひたすらに走っていった。私は妹様の名を大声で叫び、探す。
「妹様ー!」
「フラーン!」
もちろん応答はない。それよりも、辺りがやけに静かだ。しかし荒らされた形跡をもあるし、崩れ落ちている場所もある。どれも10分も経っていないようだ。
「油断はするなよ……」
「ええ……」
時空真を握りながら、奏さんから忠告を受ける。
「!奏さん、危ない!」
「?!」
私は奏さんに抱きつき、サイドに思い切り飛ぶ。するとさっきまでいた所に一本のレーザーが通り過ぎ、先の方で爆発した。
「あれぇー?奏と咲夜ー!」
「……妹様…」
私と奏さんは同時に妹様の顔を見る。目は赤く染まり、妖力も桁外れに多かった。
これが完全狂気化というやつだ。誰かを殺すまで収まらないとんでもないもの。恐らく、霊夢もこれに負けたのだろう……
くそ、お嬢様と咲さんを探したいのにタイミングが悪い………
いや、私が贖罪をする唯一のチャンスではないのか?妹様を倒し、救えなかった者を救う。逃げないで戦う。これは自分への試練だ。
そうだ、私はもう逃げないって決めたんだ。
「奏さん、ここは私にお任せを、お嬢様と咲さんを探してきてください。恐らく、紅魔館内にいるはずです」
「で、でも」
「私なら大丈夫です。もう逃げないって決めたから」
一瞬だけ躊躇った奏さんだが、それはすぐに男らしい笑顔に変わり、こう放った。
「任せるよ、咲夜さん!信じてるからな!」
「はい!」
信じてる。その言葉がどれほど励みになったかは知らない。でも、私の心の底から力が湧いてくるのが分かった。ナイフを取り出し、体勢を低くする。
「咲夜が相手してくれるの?ちゃんと楽しませてねぇー!」
狂乱的な妹様が絶叫気味に叫んだ。私は前とは違い、少しだけ余裕がもてた。
「はい、必ずや、あなたを楽しませて見せます。妹様」
私はナイフをぎゅっと握り、前に負けた悔しさを晴らすため、私のことを愛してくれる奏さんのために……私のナイフが空高くへと舞い上がっていった。