ネギ&千雨アフター   作:◯岳◯

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最初はヒロインのターン


1話:day after tomorrow

2011年、春の季節が舞い踊る麻帆良学園。嫌味なほどに青い空の下で大学四年生(22歳)の長谷川千雨はある建物のバルコニーの上でぼんやりとしていた。背後から聞こえる元3-Aのクラスメイト喧騒をBGMにしながら、眼下に見える満開の桜を漠然と眺めながら。

 

「明後日に同窓会、か……はええよ、おい」

 

というか、ちょこちょこ会ってるだろ。千雨はツッコんだ。

 

だが、開催は確定となった。連絡を取った結果、最も忙しい委員長こと雪広あやかと那波千鶴まで、出席可能だという回答があったからだ。それを聞いた千雨は「決まりかな」と呟きながら、ポケットから紙の箱とライターを取り出した。

 

「おっ、煙草か? 1本くれよ」

 

「煙草じゃねーよオッサン」

 

千雨は苦笑しながら続けた。

 

「見た目と仕組みはタバコだけど、中身()は魔法の香草だ」

 

最近になって魔法世界から輸入した香草だと答えながら、気配もなく現れた顔見知りに千雨は香草の葉巻を渡した。

 

それを受け取った巨躯かつ褐色の大男―――ジャック・ラカン は指を擦るだけで火を点けた。無色の煙が漂う中で、千雨は何ともなしに言った。

 

「久しぶりだなオッサン。決戦での活躍はバッチリ聞かせてもらったぜ。相変わらずのデタラメっぷりで」

 

「そんなに褒めるなよ。……千雨嬢ちゃんも成長したな。背だけじゃなく色々と――」

 

「いきなりセクハラすんな訴えんぞ変態オヤジ!」

 

千雨はいつかの明日菜の時と同じように、胸に触れんと伸びてきたラカンの指を寸前で回避すると、半眼で睨みつけた。ほんと変わってねーな、と呟きながら。

 

ラカンは視線を気にもせず不敵な顔のまま受け止めた。そして「久しぶりと言えば」と後ろに居るネギと笑いあっていたナギを見た。

 

「2年前の決戦じゃ、嬢ちゃんの姿は見えなかったけどな。なんだ、地球に居残って勉強に宿題か?」

 

「そんなもんだ。つーか私をアンタ達みたいなデタラメーズと一緒にすんなよ。こちとら貧弱で運動不足な、か弱いただの一般女子大生なんだから」

 

宇宙大決戦とかガラじゃないし、現場に出た所で踏み潰されて死ぬ未来しか見えない。心底嫌そうな顔で千雨は呟くと、細い煙を吐いた。ラカンは豪快に煙を吐きながら笑った。

 

「天下のISSDA(国際太陽系開発機構)の特別顧問がただの、って事はねーだろ……それとも、あれか」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()の仕事があったのか、と。ラカンは眼前に見える世界樹と、その隣にある建設中の軌道エレベーターを見ながら告げた。

 

「俺としたことが、ちっと驚かされたぜ。まーチサメ嬢ちゃんらしいっちゃらしいけどな?」

 

「……なにがだよ。らしくねーよ、まったくもって私らしくねえ。そんな大役ななんざ似合わねえ、端っこでイーッ、って言ってるモブで良かったんだ」

 

千雨は心底嫌そうな顔で、いつもより多くの煙を吸い込んだ。

 

「でも、嬢ちゃんはそうする道を選んだ―――坊主のためか?」

 

「そうじゃない、私のためだ。あの時とは違ってな」

 

千雨は細く、長く煙を吐きながら答えた。

 

最初は安全を確保するためだったと、眼鏡を押し上げながら。

 

そして、思い出していた。

 

卒業式の翌日、麻帆良学園の学園長である近衛近右衛門に呼び出された日のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学園長室の中、セキュリティがガチガチに固められた一室。その中で千雨は正面に居る近右衛門に向かって呆然と呟いた。

 

「それは……どういう意味ですか」

 

「……申し訳がない、としか言えん」

 

もう一度繰り返すが、と渋い顔をしながら近右衛門は嗄れた声で告げた。

 

「長谷川千雨くん。君は将来、命を狙われる可能性がある―――魔法世界における総督府での1件が、漏れてしまったようなのじゃ」

 

千雨はその情報を聞いて訝しんだ後、顔を歪めた。ネギと宮崎のどか、朝倉和美と4人でゲーデル総督と対峙した時のことを示していると分かったからだ。

 

オスティアの総督府の特別室の中だった。意図的に情報を隠していたゲーデルから共闘を求められ、色々と会話と拳が交わされた後に、ネギは明確に拒絶した時のことだ。

 

ネギ・スプリングフィールドが遂に後戻り不能地点(ポイント・オブ・ノーリターン)を越えた時のことであるため、千雨ははっきりと覚えていた。

 

「あの変態眼鏡総督が先生……いや、元先生にやり込められておしまい、ってだけでしょう? 私は特に何をした覚えも―――」

 

そこで、千雨は思い出した。交渉が決裂した後のことを。

 

アーティファクトを使って総督幻灯室にハッキングを仕掛け、セキュリティをオールカットしたことを。ゲーデルが用意した幻想空間を強引に解除したことを。

 

「あれは……いや、犯罪かもしれません。ですが、緊急避難だったでしょう? なんで、私なんかが………ねら、われる………」

 

千雨は自分で答えながら、気づいた。

 

―――メガロメセンブリアで見た、圧倒される高層建築物の群れ。

 

―――SF映画で見るような、近未来的な街中。

 

―――地球より文明が進んでいると、問わずとも確信できるような。

 

「……そういう、事ですか」

 

千雨は歯が軋む音が漏れないよう、自分の口元を手で抑えながら、答えを告げた。

 

地球(こちら)より遥かに進んだあっち(魔法世界)のセキュリティを……それだけじゃない、総督府っていういかにも超重要な機密が集まってるっぽい場所のハッキングを短時間で成功させた、から」

 

「………隠すのに意味はないから正直に答えるが、その通りじゃ。自分で気づけるほどに敏いのであれば、その理由も分かるじゃろう」

 

「っ!」

 

千雨は、顔を完全に青ざめさせていた。今は2004年、パソコンもかなり普及して来ている。その性能が認められ、様々な所にコンピューターやネットワークの技術が活用されてきているのだ。インターネットの普及は終わったが、むしろこれからが発展の時期だと言っても過言ではない。

 

だが、所詮は再発展の過渡期でしかない。こちらの電子技術が魔法世界には到底及ばないレベルであることは、千雨にも分かっていた。蓄積されてきた年月の違いも、想像できた。当然、今の地球で問題視されているウイルスやハッカーへの対策も、相当な時間と費用をかけて練り上げられたものだろうことも。

 

それを、自分は打ち破った。

 

ならば、地球ではどうなのか。銀行だけではない、オスティア総督府のように国の機密を奪えるような存在が居れば。

 

「っ、でも! あれは私の力だけじゃない、力の王笏(アーティファクト)と超の未来技術があったからこそで、私なんか……っ!」

 

「……超鈴音の存在は、秘匿する。それが、関東魔法協会の総意じゃ」

 

「な………どっ、どういう事だよ!」

 

千雨は驚きつつも、頭の一部で納得する自分が居るのに気づいていた。魔法という存在と同じぐらいに、未来の技術というのは世界にとってのイレギュラーに成り得るもの。自分が魔法に深く関わるようになった事件を、協力者が居たとはいえ一個人があれだけの規模のテロを起こせたことを思えば、公開されるべきではないという方針は納得できるものだからだ。

 

―――だが、それは。

 

「……未来の技術だと言い訳できなくなる……だから“長谷川千雨はアーティファクトがあれば、どんなクラッキングをも成功させられる”って思われるのか」

 

「もちろん、わし達は君がそんな真似をするような人物ではないと信じておる。だが、君を知らない人物は違う」

 

そう思う者が出る可能性がある、ということが問題になる。近右衛門の言葉を聞いた千雨は、目の前にあるテーブルを勢い良く拳で叩き付けながら、立ち上がった。

 

「ふっざけんなよ! なにを他人事のように言ってんだよ! 元はと言えばアンタ達が…、アンタ達のせいで………っ!」

 

千雨は目尻に涙を浮かばせながら、近右衛門を睨みつけながら罵倒しようとした所で、口を閉ざした。

 

「……いえ、すみません」

 

続けて下さい、と千雨は椅子に座った。近右衛門は痛ましい様子でそれを見ると、促された通りに続きを話した。

 

「そう、悲観するような話だけではない。この街に居れば、君が害されることはない。元よりこの学園都市に不貞を働かんとする者は居た。その外敵よりこの都市に住まう人々を守るのが、ワシ達の役目であり使命じゃ」

 

「つまりはいつも通り、って訳ですか………でも、それだけじゃないですよね」

 

わざわざ呼び寄せた、というからにはその理由がある。大人は暇じゃない、時間を使うのには意味があるからこそ。それを知っている千雨の言葉に、近右衛門は軽く目を見開いた。

 

「千雨くんの言う通り、いくつか理由はある。何も報せないままでは、君が都市の外部に赴く際に危険が及ぶからの。次に……その能力についてじゃ」

 

「……言われなくても、悪用はしませんよ」

 

「それは分かっておる。しかし、悪用ではなく―――その能力を良い方向に活かしてみないか、という話じゃ」

 

「は?」

 

「ネギ君が今も積極的に動き回っているのは、君も知っているじゃろ?」

 

「……はい。何度か、先生本人から話を聞かされたこともありますので」

 

魔法世界が崩壊する原因は、火星の魔力不足にある。ならば魔力の源である生命を火星に満ち溢れさせてしまえばいいというのが、ネギ・スプリングフィールドが出した、魔法世界の12億人を救う唯一の解決策。

 

Blue Mars計画(プロジェクト・ブルーマーズ)の名前で動き始めていることは、千雨も知っていた。

 

「それで……質問じゃが、千雨君は無謀な試みだと思うかの?」

 

「……スケールが大きすぎてピンと来ませんが、大丈夫だと思います」

 

「ほっ? それは、どうしてかの」

 

「先生は“男子一生の仕事”と言いました……それに、協力する味方も大勢います」

 

千雨は思った通りのことを告げた。

 

ネギ・スプリングフィールドはいついかなる時も、最終的には勝利を収めてきた。その溢れる才能に胡座をかかず、血の滲むような努力を重ねるだけでなく、仲間と一緒に困難に立ち向かい、その度にどんな強固で高い壁だろうと打ち破ってきた。

 

今までよりも、遥かに困難な壁になるかもしれない。でも先生ならばどうにかするだろう、という奇妙な確信を千雨は持っていたからだった。

 

「……ふむ。ワシも、そう信じている―――じゃが、それを良くないと思う者が居れば、どうかの? 例えばじゃが、敵なる者が居るとしての話じゃ」

 

「敵の視点から、ですか……つまり、どうやって先生を止めるか、っていう質問ですか?」

 

「いかにも」

 

千雨は近右衛門の言葉を聞いて、考え込んだ。

 

(ネギが敵……厄介ってレベルじゃねえ。天賦の才、諦めない精神性、有能な味方、強固な絆………真正面から戦っても割に合わねえ、よな)

 

戦った所で、勝機は薄い。ならば、と考えた所で千雨は漫画やネット小説を思い出しながら、ぽつりと呟いた。

 

「戦術で無理なら、戦略で………いや、違う。戦ったら負けちまう、なら……」

 

戦いのリングに上がられれば負けるのだ。ならばどうすべきかと千雨は考えた挙句に、ハッした表情になった。

 

「リングに上がらせる前に、決着を付ける……盤外戦術じゃない、その前に白黒を付けるような」

 

「……本当に察しが良いのう。そして、外からは攻略が困難な守りであれば?」

 

「内部の混乱を煽る。つまりは、先生の本拠地である麻帆良学園を狙う………っ」

 

破壊不可能な概念結界に覆われていた神楽坂明日奈を助けた時と同じように、中に訴えかけて、中から破壊させる。麻帆良学園の全てが、ネギの味方ではない。そんな空想は有り得ないことを、千雨は知っていた。

 

そして、ようやく気づいた。自分の能力を活用する方法に関して。

 

「内部に干渉するためには、戦闘員じゃない、諜報員を直接送り込む必要がある―――つまり、情報戦になる」

 

諜報員の暗躍を防ぐためには、学園都市自体の防諜能力が必要になる。都市のセキュリティを高めるのが、急務とも言えた。

 

「……餅は餅屋。壊す方に詳しいのなら守る方にも詳しいだろう、ですか」

 

「それだけではない。何よりも裏切られる心配がない優秀な人材、という点が最も重要なのじゃよ」

 

セキュリティを司る人間に用意周到に裏切られれば、その時点で何もかもが詰むからだ。言外に近右衛門は語り、千雨は鼻で笑って答えた。

 

「裏切られない? ……まだ分からないですよ。私が欲に負ける可能性が無いって、なんで言い切れるんですか」

 

「ほっほっほ。ま、それだけは言い切れるぞい。君は我欲に負けても、ネギ君を裏切ることはできんじゃろうしな」

 

近右衛門の信頼を裏付ける回答を聞き、千雨は言葉に詰まった。先生を裏切ることができるか、と自分に問いかけるまでもなく答えが分かっていたからだ。

 

(……ネギ先生のためにもなる、か。もし私が断れば、どうなっちまうんだ?)

 

千雨は考えてみた。諜報員の工作により、戦う以前に敗北を叩き付けられてしまったネギの姿を。これからの戦いは政治的な面が大きいという。本人から相談を受けていた千雨は受けた話の全てを理解できずとも、その一部を覚え、隠れて勉強をすることで理解できるように努力を重ねていた。

 

(付け焼き刃の知識だが……政治の分野じゃあ、情報戦は特に大事で重要になる、んだよな)

 

各国が諜報機関を持っているのはそのためだと、千雨は聞いたことがあった。内部工作うんぬんで、というのは映画の世界だが、何度も見たことがあった。

 

これからの展開など、その情報を抜かれることで他国に先んじられる事になってしまえば。それだけではない、スキャンダルをでっち上げられればどうか。千雨はそうなってしまった後の―――全てが“終わって”しまった後のネギがどうなるのかを、想像してしまった。

 

(……先生も、自分が不老なのはわかっている筈だ。その上で男子一生と言った戦いが、できなくされた先生は……)

 

千雨は両の掌を強く握りしめた。闇の魔法の暴走により、黒い獣になってしまった―――それでも身体は年齢詐称薬を使う前の、11歳の小さいネギが―――暴れることなく虚空に向かって吠えているような、そんな光景を想像してしまったからだ。

 

何もない。何もできない。不老不死になっても、と挑んだのに、何も掴むことができずに終わる。

 

千雨は、顔を上げた。

 

 

「……分かりました、とは言えません。今は、ですが」

 

「ひょっ? どういうことかの」

 

「能力は……確かにあるかもしれませんが、判断力が足りない。それ以前に、知識が足りない」

 

単純に組み上げる、壊す能力はあるが、それを扱う自分自身が未熟過ぎる。千雨はだからこそ、それを鍛える機会を与えてくれ、と訴えかけた。

 

「防諜に関しても………詳しくは知りませんが、一人でやるもんじゃない、と思ってます。そういった意味でも、私は現場とか、判断する基準とか、そういったものを知る必要があると思うんです」

 

「……ふむ、分かった。急ぎ、手配しよう」

 

「次に、私の正体は可能な限り伏せて下さい。もちろん、先生にもです。表向きは守られている生徒、として扱ってくれれば」

 

「狙われる機会は減らしたい、という事かの。ネギ君に報せないのは何故か、聞いてもいいじゃろうか」

 

「―――今でさえ殺人的なスケジュールでしんどい思いしている子供に、変な心配かけたくないだけです」

 

千雨は少しぶっきらぼうな口調で答えながら、近右衛門を睨みつけた。

 

「あとは、細かい話になりますけど」

 

雇用条件、給料の話。今の防諜体制がどうなっているのか、どういった学園都市結界が組まれているのか。テロ事件の際に触れた覚えはあるが、全てを把握している訳ではないし、ネットワークに関しても魔法世界における特殊な技術があるかどうかが分かる教材があれば、それも用意して欲しいと千雨は次々に思い当たる事を告げていった。

 

それらが終わった後、一息をついた千雨に近右衛門は尋ねた。

 

「こう言ってはなんじゃが、最後までやりきるという、本気が見えるの。先程とはまるで違うように見えるんじゃが、どういった心変わりかの?」

 

「別に……私にも責任があるって、それだけです」

 

「ふむ、クラッキングの事かの?」

 

「……いいえ。闇の魔法のことです」

 

千雨はネギがラカンの元で、闇の魔法を習得すると決めた時の状況を説明した。自分が最後の一押しをしたことも。

 

「もし、先生が戦う前に負けたら………戦うことさえ許されなくなったら、不老不死のガキだけが残される。生きて、成長して、あんな時もあったんだな、って言えなくなっちまいそうな」

 

死ぬことさえ許されなくなった悠久の時の中を、無為に過ごす羽目になるかもしれない。負けた所で、そうならない可能性もある。再び立ち上がる可能性も。だが、事態に対する時は有限だ。間に合わなければ多くが死に、そこからまた戦争が起きる。

 

そんな可能性が見えてしまったら、と。千雨は語り、眼鏡を外しながら近右衛門に告げた。

 

「先生は、あの時に選んだ。今も選び続けてるんだ……なら、私だけが選ばないってことはできない」

 

傍観者のまま、ネギの活動を遠くから眺めていることの方が。世界的な事業であるテラフォーミング計画に関わらず、時々会うことになるだろうネギの話を聞くだけで、あとは普通の高校生として、女子大生として、会社員として居る方が当たり前で普通の、現実的な選択だ。

 

でも、と千雨は言葉を続けた。

 

「責任は取ります―――英雄の息子だかなんだか知らねーが、ガキ一人に重荷背負わせて送り出した、あんたらのような無責任な大人になりたくないからな」

 

「ほっ―――言うわい。だが、正鵠を射ておる」

 

「大上段からすぎんてムカつくんだよ、狸じじい。……あんたの話に乗らざるをえないあたりも、最高にムカつくぜ」

 

千雨は全てではないが、今までの話の流れから、こう決着が付くように誘導されている自分に気づいていた。

 

ネギの事もだ。ネギとクラスメートから赴任、京都で起きた話を聞くと、英雄の息子として成長させ、旅立たせるまでは既定路線だったとしか思えない。

 

全ては、世界樹の下に居たナギのために。結果的には正しかったのかもしれないが、11歳の子供に背負わせるようなものではないと、千雨は更に苛立ちをつのらせていた。

 

その苛立ちの対象は、自分をいいように使おうとする大人だけではない、自分に対してもだ。反発する事はできるが、勝つこともできない現状に関しても、怒りを覚えていた。

 

「ふむ、自分に説明もなく蚊帳の外にしようとするネギ君に対しても、かの?」

 

「心を読むんじゃねえよ。見た目の通り妖怪か、このフ○ーザ様第三形態が」

 

「ワシ宇宙人になっとるよ!?」

 

「おかしくねえだろ。あれだ、地球人らしいデリカシーがないから孫にもトンカチ食らうんだろ?」

 

木乃香の話はわりとクリティカルだったのか、近右衛門は盛大に凹み始めた。千雨はそれを見ながら、へっと鼻で笑った。

 

「あとは、葉加瀬にも話を通しといてくれ。マシンを新調するにも、未来技術のアドバンテージは活かすべきだし」

 

「ふむ、手配しておこう。というか、最初と態度が違いすぎるのじゃが」

 

「……これが私だよ。癇に障るようなら、排除する事を推奨するぜ?」

 

千雨は眼鏡をかけ直すと、苛立ち混じりに答えた。

 

「それで……他に言いたい事とかは?」

 

「ふむ……言いたいことはないが、尋ねたいことはあるの。ネギ君の話じゃが」

 

「覗き見が趣味かよ、ストーカーじじい」

 

「君もそこに加わるんじゃが……いや、話が逸れた。それで、どうして自分の気持ちを誤魔化したのか、聞いてもいいかの?」

 

卒業式の日、ネギから告白を受けたのに振った理由は。尋ねられた千雨は舌打ちをしながら答えた。

 

―――相応しくないからだ、と。

 

「先生は、いい男になる。こんな変な女が足を引っ張るべきじゃねえだろ、どう考えても、誰が見てもそう思うぜ、きっと」

 

「ふむ……つまりネギ君のために、かの」

 

「ああ。それに、これからが忙しいって時に、色恋沙汰にうつつを抜かしてる場合じゃねえし……」

 

千雨は最後まで言わずに椅子から立ち上がった。

 

「それじゃあ、失礼します……学園長」

 

「うむ。おって連絡をするので、よろしく頼むぞい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……最後まで、全部くそじじいの思惑通りだったんだよなぁ、アレ」

 

当時の事を振り返った後、千雨は遠い目をしながら呟いた。それでも、恨み言は吐かない。今の自分なら同じ方法を取るだろうと考えているからだ。

 

指導者は感情で動いて良い時もあるが、悪い時の方が圧倒的に多いと、実地で学ばされてきたから分かる理屈だった。

 

あの時、近右衛門は自分の不安を煽り、救いの手を差し伸べるかのようにみせて試したのだ。もしも提案を即座に受け取り、自分の力不足を認識していないようであれば、どうだったか。

 

(いや、救いがないのは、それでも私の力を利用するしか無かった、っていう点だな)

 

聞けば、超の事件でも茶々丸からのクラッキングに対し、学園側は対抗することさえも出来なかったそうだ。

 

力の王笏というアーティファクトがあったとはいえ、最終的には茶々丸の防壁を抜いた長谷川千雨という人材を、学園側は必要としていた。千雨はそれだけは否定できない、客観的事実であったように思えた。具体的には、着任からこれまでの仕事量とか。

 

「で、それからずっと坊主に悟られないようにしながら裏方勤めか」

 

「……途中で放り出す訳にもいかねーからな」

 

千雨は答えながらも、放り出して良かったんじゃないかな、とも思っていた。具体的には、遠くに見える軌道エレベーターが原因だった。

 

(テロ対策に、って魔法世界の技術を使うのが決定してから……忙しさが5倍になったんだよな)

 

テロを未然に防ぐために、最善な方法は何か。それは計画か、準備段階で潰すことだ。だが魔法というものがテロを起こす側の選択肢に入ってくると、起きる前に阻止するのが極めて難しくなってくる。

 

爆弾であれば、爆薬の手配から専門技術を持つ人間の動員、運搬といった様々な手間がかかる。この中で一つでも情報の網に引っかかれば、防ぐことができるのだ。

 

一方で、魔法は違う。極端な話を言えば、犯罪歴ゼロのそれなりの魔法使いを呼び寄せるだけで、計画は完遂できたも当然になるからだ。

 

観光と告げて普通に入り込み、詠唱して魔法を放つ。それだけで何千億か、果ては何兆まで行きかねない価値を持つ建造物が破壊されることになってしまう。

 

それを防ぐために、魔法の力を防御に活用できないか、という案が出たのだ。

 

(と、いうよりもそれしか無かったんだよな。世界樹もあるし……それに、ここには魔法世界とのゲートもある)

 

流通の拠点としては、この上ない。警備体制も、麻帆良学園の防備のために整えられているため、それを下地に出来た。地脈を利用するという意味でも、世界樹があるこの都市は一級の候補に上がっていたのだ。土地問題も、関東魔法協会の所有だから解決できる。

 

日本は治安も良いため、通常の爆弾も防ぎやすい。島国であり、極秘裏に大きな爆発物を持ち込み難い、というのも利点となっていた。

 

「で、ようやく落ち着いたのが最近で………そろそろ引退すっかなーとか考えてる」

 

「年寄り臭いが、あっちのバカ(ナギ)がほざくように疲れちまったから隠居か?」

 

「……相変わらず見てねーようで、人を見てんなオッサン」

 

千雨はジト目で睨みつけた。まったくもって図星だったからだ。

 

発端は、2年前の決戦。そう、麻帆良が保有する戦力が全てナギ=ヨルダとの決戦に向けて宇宙に飛び立った時のことだ。

 

軌道エレベーター建設の開始は、規格外の力を持つヨルダ=バオトを討伐するまでは、という結論でまとまっていた。どんなに強固なセキュリティでも外から飛び込んでくる核爆弾を防げないからだ。使われる各種部材も、ヨルダクラスの魔法に耐えられるような構造にはなっていなかった。費用対効果から見ても無駄があるとして、討伐後にGOがかけられるよ予定だった。

 

―――つまり、どう考えてもテロリストにとっての、絶好の好機である。

 

千雨は、それを防ぐために残ったのだ。結果的に、ここぞとばかりに仕掛けてきた敵を全て排除することには成功した。だがその代わりとして、長谷川千雨=防諜の要である、という機密がバレてしまった。

 

「それ以前にも、色々と防いできちまったからな……」

 

「後悔をしているようには見えねえけどな」

 

「だから心を読むんじゃねえよ、サトリの能力でも持ってんのかオッサン」

 

図星だけどよ、と千雨は口を尖らせながら小声で呟いた。

 

雪広財閥から派遣された教師役、優秀も極まる教えを泣きながらも習得し、全力を尽くした結果だった。

 

―――新人時代の、年上の部下からの風当たり。

 

―――続く危難の時、それでもと少ない手札で乗り切るしかなかった。

 

―――内部に潜んでいた裏切り者を説得できたのも大きかった。

 

―――時には3-Aのクラスメイトの力も借りて、地球、魔法世界問わずの大国の諜報員による工作活動を防ぎ続けた日々。

 

長瀬には足を向けて寝られないし、心停止したらしい自分を抱えて病院に駆け込んだエヴァンジェリンの顔は見ものだったらしいと、千雨は乾いた声で笑った。止めようとはしなかった。全てを語るには長編アニメ1本は必要なぐらい、波乱万丈でも濃密な7年間を過ごしてきた証拠でもあったからだ。

 

(裏じゃなくて、表もな………あのガキも何だかんだと頼りやがるし)

 

表の仕事として、千雨はネギの秘書である茶々丸を通じて、情報の提供・管理も行っていた。傍受の心配がなく、即応が効くとネギに知られてからは、何回も協力を求められたことがあった。ネギ・スプリングフィールドは天才だが、やはり11歳に過ぎないという部分もある。そして、インターネットは知識の宝庫だ。求める情報を即座に検索してピックアップし、茶々丸に送り届ける、というのは千雨の日課になっていた。

 

防諜のための調査に、勉強の日々。裏を知るという事は、表にも詳しくなるということ。そして、ネギからの依頼や相談でISSDAの活動や、それを邪魔する勢力、障害に詳しくなった千雨はいつの間にか相談役から特別顧問にされていた。

 

(断ろうにも、なあ………子犬のような眼で言ってくるなよ、バカネギ)

 

疲れた、という顔で千雨がため息をつき。直後に携帯電話の着信音に気づくと、手早く取り出した。

 

「っと、またかよ」

 

「どうした、嬢ちゃん」

 

「ボケロボからの―――ああ、おう、オッケーみたいだな……ああ、もう済んだ」

 

同窓会の幹事を任されたらしい茶々丸の要請に、千雨はすぐに答えた。具体的にはエヴァが好きだったらしい魔法世界の料理の手配などだ。

 

「おう、こりゃあ―――どうやったんだ?」

 

「……この7年でちょーっと、な。色々と出来たくもない伝手が出来ちまって」

 

魔法世界側の工作員を麻帆良学園侵入の瀬戸際で食い止めた、同じく魔法世界出身者の傭兵だ。感謝の証として千雨は学園長秘蔵の酒をせしめて、振る舞ったことがあった。狸爺は悲しむし、協力してくれた傭兵に感謝されるし、一石二鳥だったと千雨は満足そうに頷いた。

 

「その傭兵の知り合いが、レシピ持ってたらしくてな。材料の手配は済んでるから、後で四葉の奴にレシピ見せて、作ってもらおうかと」

 

交換条件として、最近入手した魔法世界特有の料理のレシピを提供できる。さっき承認は得た、と千雨は何でもないように答えた。

 

その様子を見たラカンは、もったいねえなあと言った。

 

「引きこもるにはやり手すぎねえか、チサメ嬢ちゃん。坊主は泣くぜ、間違いねえ」

 

「……もう切った張ったはごめんなんだ。私が居なくても麻帆良は回る、この2年でそうなるようにしたしな……って、なんか」

 

ふと、千雨は先程から少しづつラカンに抱いていた違和感が、一つの形になる音を聞いたような気がした。

 

動向を察知し、推測を重ねて結論の精度を上げていく作業はこの5年で特に磨き上げられた技術だ。その経験値を元に、千雨はラカンが何をしようとしているのか、朧げながらにも気づいた。

 

(大人しい、っていうか慎重過ぎるのか。いや、このチート持ちのオッサンがか? 今なら分かるけど、演技力もすげえこのバグキャラをそうまでさせる要因は―――)

 

千雨は、そこで原因に気づき。

 

その口元を喜悦に歪ませながら、言った。

 

「私、ずっと前から思ってたんだよな」

 

「ほう……唐突過ぎるんだが、なにをだ?」

 

「統計は概ねの所で正しい。年月をかけて練られてきた理論は、ほぼだけど正しい」

 

そして()()()()()()()()()()()()

 

千雨が唇だけで告げ、ラカンはそれを読み取った。同時に、その口元が千雨と同じく喜びに歪んだ。

 

 

「それで、なんでだ?」

 

 

“振り”に気づけた切っ掛けは、とラカンは言外に尋ねた。千雨はそんな事か、と眼鏡を押し上げながら答えた。

 

 

「決まってるだろ―――私があいつらとは違う、ひねくれ者だからだよ」

 

 

神様なんて、信じねえ。

 

 

笑うナギの姿を見ながら告げた千雨の、その瞳の奥を覗き込んだラカンは、無言で千雨の頭をくしゃりと撫でた。

 

 

「―――で、準備も仕掛けるタイミングも既に決まってそうだがな、嬢ちゃん?」

 

 

「―――同窓会の後でよろしくだ、チート親父」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

★★ おまけ・回想シーン、千雨退室後の学園長室にて ★★

 

 

「それじゃあ、失礼します……学園長」

 

「うむ。追って連絡をするので、よろしく頼むぞい」

 

近右衛門の言葉を受けた千雨は軽く礼をすると、振り返ることなく部屋を去っていった。

 

それを見送った後、近右衛門は自分の白い顎髭を触りながら、隣の部屋に居る者の来室を待った。

 

そうして20秒後に現れた者達に対し、近右衛門は面白そうな顔をしながら尋ねた。

 

「掘り出し物だと思うんじゃが―――どう見るかの、十四朗」

 

「お前さんよりは信用できると思うぜ、近衛の」

 

かつては那波重工にその人あり、と言われた那波十四朗―――那波千鶴の祖父である―――は、近右衛門に率直な感想を叩き付けた。

 

「若えし感情で動きすぎる部分があるが、年考えりゃ大したもんだ。通すべき筋ってもんが分かってる。責任って言葉もな……耳、痛かったんじゃねえか?」

 

「耳だけじゃなく心臓も痛かったぞい。こりゃあもう引退の時期かのう」

 

「心にもないことを言うんじゃないわい、このくそじじいが」

 

「お互い様じゃろ……しかし、ジャック・ラカンが気に入っているとは聞いていたが、納得できる話じゃの」

 

近右衛門は義理の息子である詠春から、酒の席で聞き出したことがあった。ラカンの趣向の話だ。

 

自ら選択し、その結果から目を逸らさずに自分で責任を持とうと思うものを好ましいと思うのだと。それを聞いた十四朗は頷きながらも、疑問を口にした。

 

「しかし、特殊な家庭事情でもあったのか? 責任っちゅーもんが分かる年齢じゃないだろうに」

 

雪広財閥の娘であるあやかや、那波重工の娘である千鶴でもないのに、人の機微に鋭く、頭の回転が早い。そして千雨があやかと千鶴には無いものさえ持っていることに、近右衛門と十四朗は気づいていた。

 

それは、諦めるということ。引き際を見極めるには重要な、しかし若い内には分からないであろうことを、千雨は経験し、学んでいる事を二人は確信していた。

 

十四朗はその言動から―――近右衛門は、長谷川千雨という少女の身辺調査結果から。

 

「……十四朗、すまんが雪広の倅に頼んでくれんか。最も優秀な教師役を、費用は惜しまんとな」

 

「分かった。それだけの価値はあろうな」

 

それだけじゃないのだろうが、と十四朗は長い付き合いから察していたが、口には出さなかった。近右衛門はすまん、と一言だけを告げると、チラリと千雨が去っていった扉を見た。

 

(……“僅かな勇気が本当の魔法”か。そういう意味では、わしはいつまでたっても半端者じゃわい)

 

魔法を上手く扱えた所で、届かないものがある。強いだけでは、救えないものがある。近右衛門は自嘲しながら、そういった意味では千雨君の方が立派な魔法使いじゃわい、と苦笑を重ねた。

 

そして“見ていないようで誰よりも人を見ている”と、ネギが言っていた千雨の人物評を近右衛門は思い出していた。学園祭の時に、名前は言えないが、ある人を泣かせてしまった時に気づかされたのだと。

 

ゲーデル総督と対峙した後に暴走した時に聞いた言葉もだ、とネギは語った。

 

“どれだけ懊悩と孤独の夜を越えたのか知らねえけど、こうじゃねえだろ”と。悪魔に村を焼き払われ、大切な人が石にされ、死にそうな所を父に助けてもらった夜。父の背中を見送りながらも、“心の内に芽生えたものは犯人たちへの復讐とか、そんなくだらねえものじゃねえだろう”という言葉は、驚きと共に喜びに満ちて、ずっと心に残っていると、嬉しそうにネギが語っていた。

 

少ない情報から相手の内面を察し、思いやれる。子供だからじゃない、自分を見てくれているんだ、とネギが語っていた様子を、近右衛門は嬉しさと悔恨と共に覚えていた。

 

(……本人は、自信があるようは見えん。勇気を振るい戦うようなタイプでもないじゃろう―――だが、誰かを想い、誰かのためなら僅かでも勇気を振り絞れる)

 

その根源にあるものこそが、と。

 

近右衛門は言おうとした所で、ため息をついた。

 

 

「………学園結界の機能を全て知られた後が、怖いのう」

 

 

申し訳のなさと後悔の念が複雑に混じった呟きが、学園長室の空気を響かせた。

 

 

 

 

 

 

 




●今回書きたかったこと

・千雨の立ち位置(クラッキングやべえ→協力しない?と勧誘→疲れたから引きこもりへ)

・千雨の八部衆マジすげえ(原作準拠)

・ぬらりひょんは狸爺(褒め言葉)

●書くために原作読み返して気づいたこと

・委員長とまき絵の助けがあったとはいえ、茶々丸の防壁抜いた千雨って……この時、未来技術持ってないんですよね。それで茶々丸と互角とか

・31巻でラカンが消えた時の千雨が泣きながら言った「ヘンタイ“親父”」という言葉に何か含まれているような気がした。

・千雨はラカンみたいな父親が欲しかったんじゃなかろうかと。23巻で言う所の家でも傍観者とかちょっと普通じゃないですし

●おまけその2

・後日、学園長は助走をつけて殴られたそうな

・頭を撫でられた千雨は「積みゲー消化するためだよ」と照れ隠しに言ったそうな
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