▼前々から書きたかったネタでつらつら。前提としてこの話(https://novel.syosetu.org/85876/1.html)と繋がってたり。艦種は定めてません。伊/号かも知れないし呂/号かも知れないし
鍛刀場で顕現したとき。真っ先に感じたのは潮の匂いだった。それがなぜか、ひどく懐かしかった。
「お。やっと来たんだ」
「えぇと、兼さんはいますか」
「いるよ。でも今は遠征中だから先に主に挨拶しよっか」
自身の前に立っていたのは小柄な少年だった。背中に身の丈に合わない大きな刀を背負っている。この見てくれで大太刀男士なのだろうか――少年は蛍丸と名乗った。彼は自身を連れて鍛刀場を出る。
縁側から広がる庭。同じ刀剣男士だろう少年たちが戯れているのが遠目に見える。しかしその中でも鼻孔に匂いが漂ってくる。先導しようとする蛍丸に思わず尋ねる。
「あの。この本丸、海に近いのかな」
「あぁ。みんないうんだよね」
我が意を得たり。そういうように蛍丸はいった。
「実際、近いよ。でもそういうってことは、潮の匂いがわかるんでしょ」
「うん」
「水槽があるんだよ」
いいながらも歩は淀まない。そして自身の鼻にはどんどん潮の匂いが濃くなっていくのがわかる。
「水槽」
「そう。でっかいのがね」
いって、蛍丸が立ち止まったのはその障子の前だった。
「主。新入りだよ」
躊躇いなく開く。自身はそれに付き従った。
そして目を瞠った。
『あぁ。やっと来てくれたんだ』
逆さまの顔。巫女服の袖と袴が棚引いている。タブレットを手にした女性が、浮いていた。
壁一面の水槽の中で。
蛍丸は平然と部屋の中に入った。木の板の縁側から石造りの床になる。殺風景な部屋の中、水槽の青だけが鮮やかだ。足元には放送機器のような機械がある。それが水槽と外を繋ぐマイクの役目を果たしているとはのちに知ったことだ。歩み寄って水槽の壁に手を触れると、蛍丸は自身を振り返って示した。
「そう。堀川国広。脇差男士だよ」
『ごめんね堀川くん。和泉守は今遠征中なんだ』
水槽から響いてくる声に、自身は「さっき聞きました」と肯くしかできなかった。
潜水艦娘と呼ばれる人間の子孫。ここの審神者は先祖返りだと蛍丸はいう。食堂の片隅。きつねうどんを啜りながら蛍丸は説明してくれた。
「100年くらい前まで、海のお化けと戦ってたんだって」
「あぁ、ちょっと聞き覚えがあるような……たしか深海棲艦、とやらだっけ」
「そう。対抗するために紆余曲折を経て生み出されたのが艦娘……って呼ばれる人間兵器」
割り箸を示す。蛍丸は淡々と答える。
「駆逐艦、重巡洋艦、戦艦――装備を外せばただの人間の女の子たちだったらしいけど、その中でも特殊な体に血統を重ねて改造されたのが潜水艦娘」
「潜水艦……」
言葉の意味を頭の中の辞書から引き出す。潜水艦とはたしか、水の上に浮かぶ普通の船と異なり、水の中に沈んで潜行するのが通常の船ではなかっただろうか。蛍丸の説明では船の特徴を持った「娘」――というからには女性だろう――ならば、潜水艦娘とは。
「いつも水の中にいるのが普通。それに特化して戦える。その分、地上に出る時間は極端に制限される。それが潜水艦娘っていう血統だったんだって。それも100年前に終戦してからは普通の人間として野に下ったらしいけど」
「さっき先祖返りっていってたよね」
「そう。偶に生まれるんだって。主みたいなのが。聞いた話だと先祖の記憶も持って」
蛍丸の箸先が油揚げを掬う。食らいついて咀嚼した。飲み込んでから蛍丸は続ける。
「妊娠中は羊水の中にいるからわかんない。生まれてからはじめてわかるんだって。水の中にいないと衰弱してしまう体。かつての政府の都合で生み出された血統だから、今でも政府が生涯保護してくれる」
「でも、それって」
「生涯繋がれるのと同義だけどね」
堀川の言葉を蛍丸は掬う。顔を曇らせる堀川に「うどん伸びるよ」と忠告してから蛍丸はいった。
「どっちにしろ先祖返りを起こして生まれた以上、水の中でしか過ごせない。ならできるだけ負担の軽い方がいい――って、主がいってたよ」
「……どう見ても10代だったけど、主さんは親御さんとは」
「聞いたことないよ。でも親元で水槽暮らしっていうのは難しいんじゃないかな。それも今は審神者の適性が見出されてこうして本丸暮らしをしてる訳だし」
「……」
「で、ここまで説明したけど、何か質問はある」
ぴしゃり。器に箸が置かれる。見ると蛍丸のうどんは空になっていた。いつの間に食べ尽くしたのだろう。場違いにそう思いながらも堀川は口にした。彼のうどんはまだ大分残っている。
「……主さんと、また改めてお話ししたいんだけど」
「それはこれからたくさんできるよ。好きなときに話しに行けばいいよ」
蛍丸はお冷やを飲んだ。盆に、水の輪が残っている。
水底を泳ぐ。ひんやりとした水流。昼間だから海底でも明るい。そこで、何かを見た。黒ずんだ、細長い塊だ。
「主さん」
『――堀川くん。どうしたの』
障子が開く音がした。水槽越しに声を掛けられ、背を向けていた体を反転させる。薄暗い。いつの間にか日が暮れていたようだ。底に沈むタブレットを拾いながら笑う。
『“兼さん”にはもう会えた?』
「はい、さっき。久し振りで凄く嬉しかったです」
『……それで、どうしたのかな』
水槽越しの堀川は、答えながらもなにかを口籠もっている。この様子を、自身は何度か見た。
近侍は蛍丸に一任している。奇態の自身について説明をしてもらうようにも頼んでいる。彼から自身について説明を受けた刀剣は、1部はこうなる。慣れたものだ。だから自身は尋ねたのだ。答え方はそれぞれだったから、彼はなんというのだろうと想像しながら。
堀川は、顔を上げた。
「改めて、これからよろしく。そう伝えたくて」
『……うん。そう。こちらこそよろしくね』
いって、自身は堀川の左手を見る。彼自身の本体が握られていた。
それに、ほんの薄ら。見覚えがあった。
自分のものではない、遙か昔の記憶。血統に潜んだそれ。海の水底で見た黒ずんだ細長い塊。あれに似ている気がした。
(同じとは、限らないけど)
だから自身は堀川を待っていたのだ。もしたとえ同じだとしても違うとしても。自身が主となったら大切にしよう。そう、決めていた。
だから水槽越しに、自身は微笑んだ。なるべく、穏やかに。
海の底にて
了