どもども~おひさしぶりです
燕尾です。
「もうすぐ父の日だねー」
「今年は何を贈りましょう……」
梅雨入り前のある日、ラビットハウスでバイトをしているとココアとチノちゃんがふとそんな話をしていた。
「父の日か…たしか外国のある女性が男手一つで育ててくれた父を讃えて牧師に頼んで父の誕生月に礼拝したのが始まりらしいね」
「へぇ~そうなんだ!」
「初めて知りました」
「母の日は父の日が出来る前にあったらしい。その女性が、母の日のように父に感謝する日を――ってね、それ知ったとき、俺は少し驚いたよ」
どちらも自分の両親なのに母親だけにしかそういう日がなかっただなんて、少し父親が不憫だと思った。
「そういわれたらそうだね。私、一ヶ月違うのは感謝する子供が大変だからだと思ってたよ」
「母の日しかなかったのはやはり産んだからなんでしょうか?」
「そうなんじゃないかな、自分のお腹を痛めて産んでくれた母親に感謝をって印象があったのかもね」
でも、やっぱり父親と母親の愛の結晶が子供だ。なら両方に感謝するのが普通だと思うが、当時の考えはよく分からないからなんともいえない。
「ココアお姉ちゃんは父の日どうするんだ? 父さんに何か贈る?」
「贈り物は難しいから電話しようと思ってるよ。コウくんはどうするの?」
「俺は贈るつもりだよ。母の日もそうしたし」
そうなの? というココアに俺は頷く。
母の日のときは、俺は母さんに手紙とともにミトンを贈った。向こうも喜んでくれたようで、今では毎日そのミトンを使ってパン屋を営んでいると返事の手紙に書いてあった。
「それじゃあ、もう贈るものは決まってるの?」
「うん。一応はね」
「ねね、なに贈るの? お姉ちゃんにも教えて!」
「そこは内緒」
「ええー! いいでしょ、教えてよー!!」
「あーもう、引っ付かない! バイト中でしょ!!」
そうココアを引き剥がそうとしているとき、勢いよく、扉が開かれた。
「明日から私は、短期で他店でもバイトすることにした!」
声高らかに宣言して現れたのはリゼだった。
「シフト少し変えてもらったからよろしく」
「了解ー。頑張ってね、リゼ」
ああ、と頷くリゼ。だが、そんなリゼをココアとチノちゃんは身を寄せ合いながらおびえるように見つめた。
「リゼちゃんが軍人から企業スパイに!」
「スパイなんて頼んでませんよ…」
「軍人じゃないし、スパイでもない…」
「というかなんでコウくんは普通に受け入れてるの!? リゼちゃんが他店に取られちゃうんだよ!?」
「取られるわけじゃないよ、短期で働くんだからちょっとした掛け持ちでしょ」
それにそうする理由も分かっている。というかいま話題に上がっていたことだし。
「父の日に何か贈るんだよね、リゼ?」
「ああ、その通りだ。父の日にヴィンテージワインを贈ろうと思ってな」
「それに女子高生がそんなお高いものを!?」
「また、随分な高価なものを贈ろうとしてるね?」
「いや、実はな。親父のコレクションのワインを一本台無しにしてしまったんだ」
あらら、それは親父さんもがっかりしてしまっただろう。ヴィンテージのワインは手に入れるのに苦労するからね。
「だから罪滅ぼしも兼ねて、な」
「なるほど、それで短期バイトを始めるんだ」
「それにしても普段バイトでミスしないリゼちゃんがワインを台無しにするなんて珍しいね?」
そうココアが言うとリゼは何かに怯えるように震えていた。
「いや、その…昨日、黒い悪魔が出たから思わず手近な鈍器で…」
「ワイルドすぎるよ」
いや、そういうココアも黒の悪魔が出たらいろいろなものを巻き込んで容赦なく退治するでしょ。
まあ食べ物を扱っている以上、ご来店されたらすぐ退店させないといけないのは鉄則なのだが、女性陣がやると後片付けも大変になるのだ。
「でも、よく昨日の今日でバイト見つかったね?」
面接とか、向こうのシフトとかの兼ね合いとか、すぐに決まることではないと思うのだが。
「ああ、千夜の甘兎庵とシャロのフルール・ド・ラパンで働かせてもらうことになったんだ」
「なるほど。二人に話を通してもらったのか」
甘兎庵は千夜の家だし、フルールではオープニングスタッフのシャロがいるから、こんなに早く決まったのだろう。それならちょうどいいタイミングだ。
「なら、明日からよろしくね。リゼ」
「ん? どういうことだ?」
「俺も明日から甘兎とフルールでバイトするんだ」
「え゛っ!?」
「そうなんですか!?」
俺の言葉にココアが固まり、チノちゃんが身を乗り出した。
「うん。俺もちょっとお金が必要でね。リゼと同じく短期間で甘兎とフルールでバイトすることにしたんだ」
「コウくん、お姉ちゃん何も聞いてないよ!?」
うん、だって話していないもの。なぜなら、
「駄目ー! 絶対ダメェ――!!」
こうなることが分かっていたからだ。ココアは俺の目の前でバツ印を作って通せんぼする。
「どうして! もう私には飽きちゃったの!?」
「なんで恋人みたいな台詞を言うのさ」
「コウナさん、うちの店じゃ物足りなかったんですか……?」
「そうじゃないよチノちゃん。バイトはラビットハウスを中心にシフトを組んでるし。ここのバイトが休みのときにほかのところに働きに出るだけだよ」
シフトの関係上どうしても休まないといけないときがある。そのときにほかのところでバイトさせてもらうというだけだ。
「うぅ…コウくん、コウく~ん……」
「ああ、もう。少しの間だけだって! ずっとじゃないんだからそんな情けない声を出さない!」
涙目になっているココアを放って、俺は洗い物を進めるのだった。
次の日、俺は千夜から手渡された和風の制服に袖を通す。
「コウナくん、制服着れたかしら――?」
扉の向こうで聞いてくる声に俺が大丈夫と答えると、引き戸が開けられて千夜が入ってくる。
「こんな感じで大丈夫だよな?」
確認をとる俺の周りをぐるりと見て、千夜は頷いた。
「コウナくん、よく似合っているわ」
「それはどうも、リゼのほうは準備できたの?」
「ええ。リゼちゃんのツッコミは一流よ」
「……一体何の準備をしていたんだとつっこむのはやめておくよ」
あら残念、と笑いながら千夜は急に俺へと手を伸ばす。
「えっ、ちょっ……」
「動かないで。ちょっと制服が重なっているわ」
戸惑っている俺を余所に千夜は折れていた襟を正してくれた。
「これで大丈夫――コウナくん、今日からお願いね。それじゃあ私はリゼちゃん呼んでくる間は接客をお願い。注文は厨房にいるお祖母ちゃんに渡してね」
「わかった。こちらこそよろしく、千夜」
そう言って俺はフロアへと出る。すると、早速一組のお客さんが来た。
「いらっしゃいませ、甘兎庵へようこそ」
そして俺は袴姿で入ってきたお客さんに一礼する。
「席にご案内します。こちらへどうぞ」
「あら、新人さんですか?」
おっとりとした声で問いかけてくる薄いブロンドヘアーの女性。
「短期間のアルバイトです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、抹茶と煌めく三宝珠をお願いします」
まさか、千夜が考えたメニューを理解できる人がいるとは。
「……かしこまりました、少々お待ちください」
一瞬気を取られた俺は直ぐに気持ちを切り替える。
厨房にいる千夜の祖母にオーダーを伝えてから再びフロアに戻ると、千夜とリゼが来ていた。
「こ、コウナ!? どうしてお前がここにいる!?」
「どうしてもなにも俺も甘兎で働くって言ったでしょ。しかもここまで一緒に来たじゃん」
「それはそうだけど!」
「ふふ…リゼちゃんったら、気持ちの準備ができていないのよ」
「ん、なんの?」
「駄目よ、それはコウナくんが気付かなきゃ」
「その、どうだ……?」
クルリと回るリゼ。そこから導き出される答えはただ一つ。
「いつもより多く回っておりますね?」
「違うっ! 大道芸をしている訳じゃない! それで回るのは傘だろう!?」
「正確かつ丁寧なツッコミ……千夜の言う通りだね」
「なんの話だ!? そうじゃなくてっ――」
「冗談が過ぎたね。うん、よく似合ってるよリゼ。雰囲気が変わって美人になったと思う」
「~~~~っ!!!!」
「リゼちゃんったら顔が真っ赤。それにしてもコウナくん、ココアちゃんが聞いたら発狂しそうな言葉がポンポンとよく出てくるわね?」
別に普通に褒めただけだと言うのに、女の子って本当に分からないな。それにココアが発狂するって、どういうことだろうか。
「はっ!?」
「どうしましたココアさん?」
「なんかいま、コウくんが女の子をたらしている気配がした!!」
「そうですか、仕事に集中してください」
「コウくん、帰ったらじっくり話を聞かせてもらうからね……」
「ココアさん、仕事してください」
「――っ!?!?」
今すごい悪寒が走ったぞ。なんかこの後酷い目に遭いそうな、そんな感じの寒気が…
「どうした、コウナ?」
「いや、なんでもないよ」
俺は平然を装ったが、内心、嫌な予感が止まらない。
そして、その予感は外れることはなかった。
リゼと千夜と問題なくバイトをこなし、ラビットハウスへと戻ると――
「コウくん!! 今日のことを洗いざらい吐いてもらうからね!」
ココアが剣幕な表情で迫ってきて、今日甘兎庵で何があったのか全部話すまで寝かせてくれなかった。
それから数日後、ラビットハウス――
「やだぁ~!! コウくん行っちゃやぁ~!!」
ココアは俺の背に抱きついて、行かせまいと必死に引きとどめていた。
「だー、もう! 抱きつくなって!!」
ふにふにとした柔らかいものがオレの理性を壊しちゃうから!
「どうして!? どうしてお姉ちゃんに黙って他のところに行こうとするの!?」
「掛け持ちしてるからだよ! 別にラビットハウスやめたりしてるわけじゃないでしょうが! あくまでここのシフトが休みの時に他でアルバイトしてるだけ!!」
俺は力づくでココアを引っぺがし、頭を押さえる。
抱きつこうとするココアは必死に両手をわたわた動かすが、腕の長さは俺の方が長いので、届くことはない。
「こう゛ぐ~ん!!」
「ココアしつこい! 帰りも遅くならないし、良い子にしてバイトしなさいっ!!」
なんだか、聞き分けのない幼児を叱っている気分だ。
「うぅ……」
それでもちょっと強く言い過ぎたか、ココアは明らかにしょんぼりとしていた。
「ごめんなさぁい……」
今にも泣き出しそうな、深い悲しみに暮れているココア。
「……はぁ」
そんな我が義姉を見てバツが悪くなった俺は深くため息を吐く。
そしてココアに目線を合わせて両手を広げた。
「ほらココア、おいで」
「っ、うんっ!」
ココアはさっきよりも強く抱きついてきた。
「まったく本当に、これじゃあお姉ちゃんって見られないのも仕方ないんじゃないのか?」
「うう~、だってぇ……」
呆れている俺にさりげなくすりすりと頭をこすり付けるココア。
「ココアはお姉ちゃんなのに、甘えん坊だな~?」
「そ、そんなことないもん。これはただ…そう、これはいってらっしゃいのハグだよ!」
俺の言葉に我慢ならなかったのか、ココアは厳しい言い訳をする。
「それならもう放してくれないか?」
「や! あともう少し!!」
結局甘えん坊なのは変わりなかった。本当はこの姉の甘え癖はどうにかしないといけないのだが、
「えへへ……」
嬉しそうにしているココアを見ていたらそんな気も失せてしまうのだった。
いかがでしたでしょうか?
ココアお姉ちゃんのような姉が欲しかった燕尾がお送りしました。