どうも、燕尾です。
丸一ヶ月ぶりでした。
わらわら(笑い事じゃない)
「コウナくん、準備はいいかしら?」
「うん、大丈夫。遅れないようにしないと」
放課後。いつものように帰りの支度をしていると千夜が話しかけてきた。
今日は千夜が青山さんから映画のチケットを貰ったから、放課後に皆で映画を見に行く予定だ。
「だけど…」
俺はちらりと隣に視線をやる。そんな俺を見て千夜は苦笑いした。
「おーい、ココア。大丈夫か?」
「うん…大丈夫だよぉ……それと、ココアお姉ちゃんだよぅ……」
さっきからずっと舟をこいでいるココアの肩をゆすると途切れ途切れながらもいつも通りに反応した。
「ココアちゃん、眠たそうね」
「夕べ、チノちゃんに私の修行の成果を見せようと思って、コーヒーの銘柄当てクイズを…」
「飲みすぎてあまり眠れなかったのね」
「ううん、一睡もしてない…でも今まで起きてられたから夜までもつと思う」
カフェインってすごいね~、と暢気に言うココアに千夜はぎょっとした。
「ええっ! この後映画見に行くのよ!?」
「コーヒー飲めば何とかなるよ……」
「遅くまで何をしていたかと思ったら、そんなことしていたのか」
俺は早々に部屋に戻っていたのでココアがしていたことはまったく知らなかった。
ココアの目を覚まさせて帰り支度を済まし、玄関から出ると外は雨が降っていた。
「やだ、急に雨が……今日じゃない方がよかったかしら」
「ううん、せっかくみんな揃ってバイト休みなんだから」
「映画館は室内だし、問題ないよ」
それに俺はいつ突然の雨が降ってもいいように折り畳み傘と置き傘は用意している。
三人までなら大丈夫だろう――そう考えていたのだが、いきなりココアが雨の中を走り出した。
「小雨の中走るのも気持ちいいよ」
「そうね」
はしゃぐ様に駆け出すココアの後を追いかけるように千夜も走り出す。
俺は濡れるのが嫌だから持っている傘を差してココアたちの後を歩いた。
「誰が映画館に一番乗りするかなあ」
競争気分でテンションが上がり走るココア。しかし次の瞬間、ココアは足を躓かせ転んだ。その先の地面には水溜りがあり――
「へぶっ!?」
「ココアちゃん!?」
ココアは見事ずぶ濡れになった。
「……チノちゃんたちは大丈夫かな?」
「ごめんなさいココアちゃん! 楽しそうに走るから黙ってたけど私置き傘持ってるの!」
「いいよ千夜。俺はもう一つ持ってるから、これ使いなよ」
「あるなら最初から出してよコウくん!」
「言う前に走り出したのはココアお姉ちゃんでしょ?」
人のせいにされても困るよ。そう言うくらいならもう少し落ち着きを持って欲しいね。
俺たちが映画館に到着したときにはもう他の皆の姿があった。
「リゼちゃんシャロちゃんびしょ濡れだね!」
傘を差していた俺と千夜はよかったが、傘を差すことを途中で放棄して走り出したココアと傘を持っていなかったリゼとシャロがびしょ濡れだった。
「チノちゃんはあまり濡れなかったんだね?」
「はい、途中で合流したティッピーが傘を持ってきてくれたんです」
「器用だな!?」
リゼが驚くのもおかしくはない。ティッピーが傘持ってくるとなると頭の上に乗せるしかできないのだから。
そんな話をしているうちに降っていた雨は上がり、雨雲の隙間から光が差し込むようになっていた。
「見て! 雲の間から光が!!」
「キレイです!」
「これが映画だったらエンドロールが流れてもおかしくはないですね」
「今回の話はこれで終わりかな?」
「終わるの早い! まだ文字数――」
「振った俺から言うのもなんだけどメタ発言は駄目だよ、リゼ」
危ない危ない。強制終了せざるを得なかったよ、今。
「あの光の差し込み方は天使の階段って呼ばれてるのよ」
「すてきです……!」
千夜の豆知識に幻想を感じているチノちゃん。
天使の階段、か。俺たちが教えられたものとは随分差がある名前だ。
「私はおてんとさんの鼻水って教わったんだけど」
「……台無しです」
「……」
「それ言っちゃ駄目な奴だよ、ココアお姉ちゃん……」
せっかく綺麗な眼差しで見ていたチノちゃんやシャロの瞳が曇ってしまったじゃないか。
「まあ、正直俺も天使なのに階段って必要なのかって思ったけども」
「…姉弟揃って空気が読めないようだな」
呆れたリゼの視線が俺たちに突き刺さる。
「それはさて置いて――ほい、タオル。濡れたままだと風邪引くよ」
バッグから人数分のタオルを取り出して皆に渡していく。
「お前、その量のタオルどこに仕舞ってたんだ?」
「細かいことは気にしない気にしない。ほら――っ!?」
リゼにタオルを渡そうとしたとき、俺は気付いた。
びしょ濡れになった制服が肌に張り付き、透けて、薄っすらと下着の色が見えていることに。
慌てて逸らすも俺の周りにはびしょ濡れになっているココアやシャロが目に入り、二人もリゼと同じく、下着が薄っすらと見えていた。
いやいや落ち着け保登コウナ15歳。こういうことに気付いてろくな目に遭わなかったことがなかっただろうか、いやないだろう。
いつも変態扱いされてココアにお仕置きされていただろう。だが今回はそうはいかない。
幸い皆は服が透けていることには気付いていない。この後見る映画の内容に意識が行っている。
ならば今の俺がやるべきことはこのまま気付かないフリをして、何ごともなく過ごすことだ!!
「おいコウナ、いきなり止まってどうしたんだ?」
「いやいやなんでもないよ!?」
誤魔化すようにタオルを押し付け次に移る。
「何を焦ってるのよ、コウナ?」
「焦ってるって何のこと? 別に普通だよ普通」
「でも何か誤魔化そうとしているよね、コウくん」
「何を言ってるのさココアお姉ちゃん、服が透けて気まずいとかそんなことは全然思ってないから」
「そうなんだ、それならいいんだけ――ど?」
「「「「……」」」」
「………………………あ」
一瞬で凍りつく場。
「あ、あの! えっと! 今気付いたというか! だからタオルを押し付けたっていうか!」
皆の――主にリゼとシャロとココアの温度が下がっていくのがわかる。
怖い、めっちゃ怖い。何とかしなければ、俺の未来は確実なる死。
「そのえとえーっと……早く隠してくれると助かりま――へぶぐるぁ!?!?」
刹那、鳩尾と頭にものすごい衝撃を受けた俺は床に沈む。
「まったく、本当にコウナったら……」
「仕方ない奴だ」
怒りを抑えつつ少し恥らうような様子を見せるシャロとリゼ。
「コウくん」
そしてポンポンと煙が出ている俺の頭を撫でるココア。
何とか顔を上げるとココアは満面の笑みを浮かべていた。
「わかってるよね?」
「はい」
すみませんでした、と俺は深々と土下座する。
不可抗力だったのに、くそう。
実を言うと俺は映画館で映画を見るのは初めてだ。
大きなスクリーンに高音質の巨大スピーカー。見るもの全てが珍しいものだった。
とはいえそれに気を取られすぎてもよろしくはない。俺は映画に集中する。
上映しているのは青山さんの作品"うさぎになったバリスタ"だ。苦労して建てた喫茶店が経営難に陥って苦労していた老バリスタが「いっそうさぎになりてぇ」と愚痴っていたら、ある日本当にうさぎになってしまったところから物語が始まる。
隣を見ると、ココアは開始五分ぐらいで涙腺が崩壊していた。
ココアの隣にいるチノちゃんも少し涙ぐんでいる。だけど知られたくないのか、少し我慢していた。
そこからは経営難を救うために帰ってきた息子がジャズを披露して喫茶店を立て直したり
ライバルの甘味どころのお婆さんと争ったり
まるで本当に見てきたような内容の話で、臨場感や気持ちが伝わって面白い。
初めて映画館で見る映画はとても楽しめているような気がする。だが、
「すぅー…すぅー…」
チラリと見ればココアは寝ており、
「ふむふむ…この台詞はメニューに使えそうね」
千夜は一生懸命何かをメモって、
「静まれ、お腹~!」
シャロは空腹と戦って、まともに映画を見ていたのはチノちゃんとリゼぐらいだった。
ちなみにモデルになった元老バリスタである
モデルとはいえ泣き過ぎでしょ、マスター……
そして、上映後――
「後半寝てたんですか!? 凄く良かったのにみなさんと語り合えないじゃないですか!」
まともに映画を見ていなかったココアに怒るチノちゃん。
「でも小説は読んでたからっ、大丈夫だよ!?」
そう言い訳するココアにチノちゃんの怒りは収まらない。だが、責められているのはココアだけだけど、俺はその後ろで気まずそうな雰囲気を出している三人を見逃さなかった。
「で、リゼと千夜とシャロはちゃんと内容を覚えているのかい?」
「あ、ああ…小説の内容は」
「覚えてるから」
「大丈夫よ」
「だろうね…」
まったく、何のために映画館に来たんだかわからなくなってくる。
「ま、まあまあ! 覚えてるところは覚えてるよ! ほら、うさぎになったお爺ちゃん、かっこよかったよ?」
ココアの感想にティッピーが嬉しそうに照れる。モデルとなっただけに実際に褒められたような感覚になっているのだろう。
「私はライバルの甘味処のお婆さん! あの人の情熱には心打たれたわ――くだらないことで争ってたけど」
「どこかで聞いたような話ね」
ホットドッグにパクついているシャロがそう思うのは無理もないだろう。実物がすぐそばにいるのだから。
「でもジャズやって経営難を救ったバーテンダーの息子はもっとかっこよかったな」
「まるで父のようでした!」
うん、だってそれタカヒロさんだもん。
「ふがー! ふがー! ムキィー!!」
「おお!? 今日のティッピー、感情が豊かだね!」
「一番映画を楽しんでいたかもな」
自分よりほかの人物が褒められてムキになってチノちゃんの上で暴れるティッピー。
このうさぎ、中身はいい歳したお爺さんのはずなんだけどなぁ。
俺は苦笑いしながらティッピーを宥めるのだった。
――翌日
「心がバリスタなら、例えうさぎでもコーヒーを淹れられるんだ!」
ラビットハウスのバイトの最中、ココアがコーヒーサイフォンを眺めながら唐突に台詞を吐いた。
「あっ! それ昨日の映画の台詞だな?」
「えへへ、私も本格的にバリスタを目指そうかなって。それでリゼちゃんとコウくんはバーテンダーかソムリエになるの!」
えっ、俺の将来はバーテンダーかソムリエのどちらかに決定なの?
「すぐ映画に影響されて…」
チノちゃんの言う通り、本当にココアはなんでもすぐに影響を受けて将来の夢を増やしてしまう。
今ココアが目指しているものはパン屋と国際弁護士に加えてバリスタも増えた。
選択肢が増えるのは悪くはないが、増え続けるのはあまりよくないと思う。
「大人になっても、この四人一緒にここで働けたら素敵だよね?」
そう言うココアにチノちゃんはそうなった未来を想像していた。
それに対して俺は少し苦い顔をする。そんな俺の表情をココアは理解していなかった。
「パン屋さんと弁護士はもういいのか?」
「あ、最近小説家も良いなって思い始めてるんだ」
まだ増やす気かココア。業界も職種もぜんぜん違う仕事なのにそんなに増やしてもいざ進路決めるときに悩むだけだよ。
それにそんなこと言ったら――
「……」
ちらりとチノちゃんを見ると彼女の目が死んでいた。
その日の夜――
「……」
チノちゃんは幾つかのコーヒーを乗せたトレンチを乱暴にココアの目の前に置く。
「どうして怒ってるの……?」
眠そうにしているココアはちょっと辛そうだった。だがそんなココアにチノちゃんは言う。
「本気でバリスタ目指すなら、コーヒーの味の違いくらい当ててみせてください!」
「ふえぇ……」
「……頑張れ、ココア」
俺は少し様子を見て自分の部屋に退散する。
ココアはちょっと怒ったチノちゃんによるコーヒー銘柄当て試験を実施され、次の日また寝不足になるのだった。
いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に