ご注文はうさぎですか? ~ココアと双子の弟~   作:燕尾

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ども、燕尾です。
31話目です





青山スランプマウンテン ~ときには悩むことも重要~

 

 

 

「いらっしゃいませ。二名様ですね。お好きな席へどうぞ」

 

週末。今日は本当はバーのシフトが入っているが、チノちゃんたちが遅れるとの連絡で彼女たちが帰ってくるまでヘルプで入ることになった。

 

「ただいま帰りました。コウナさん」

 

「お帰りチノちゃん――」

 

学校から帰ってきたチノちゃんを出迎えると、チノちゃんの後ろから一人の女性が顔をのぞかせる。

 

「と、青山さん? いらっしゃいませ」

 

「コウナくん、こんにちは」

 

ぺこりと一礼する青山さん。

 

「お好きな席へどうぞ、青山さん」

 

「コウナさん、違うんです。今日青山さんはお客さんとしてではなくて」

 

「お世話になりに来ました~」

 

間延びした声でそう言う青山さんに俺は頭にクエスチョンマークが浮かぶ。

 

「詳しい話は後でします。とりあえず青山さん、こちらに来てください」

 

「はい。ではコウナくん、また後で」

 

そう言ってチノちゃんと共に家の奥に引っ込んでいく。

それから十数分後、青山さんが出てくると俺は目を疑った。

 

「どうですか、コウナくん」

 

そう言いながらくるりと回り俺に感想を求めてくる青山さん。

 

「とても似合ってます、似合ってますけど……」

 

何でココアの制服を着ているんだ?

 

白のシャツにピンクのトップ、黒のスカートに胸元の大きな赤いリボン。間違いなくココアがいつも着ているものを青山さんはその身に纏っていた。

 

「この制服、少々キツイですね…」

 

そう言って胸元を抑える青山さん。

ココアより身長もプロポーションも高い青山さんにとってココアの制服はキツイのは当然だ。

 

だから強調されている胸元に目がいってしまうのは仕方がない――じゃなくて!

 

「青山さん、その制服は――」

 

「ごめん! また遅刻しちゃった!! 私の制服洗濯中だっけ!?」

 

教えようとしたその時、タイミングの悪いことにココアが顔を出して来た。

 

「お帰りなさいませ」

 

「――」

 

静かな微笑みを浮かべ出迎えてきた青山さんにココアはあんぐりと口を開けたまま固まる。

 

「ココアさんもここで(ラビットハウス)働いていたんですね」

 

「それ、私の制服…どうして青山さんが……ま、まさか……」

 

「違うから、とりあえず――」

 

わなわなと震えるココアに俺は落ち着くことを促すが、説明を聞く前にココアは崩れ落ちた。

 

「今度こそリストラだぁー!!」

 

「失職ですか? 実は私もなんです」

 

四つん這いで嘆くココアに暢気に同調する青山さん。なんかもう収拾するのが面倒くさくなってきたよ。

 

「青山さん、制服間違えてます!」

 

諦めかけたところで救いの女神(チノちゃん)がバーテンダーの制服を持ってきたことで何とかこの場を鎮められるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええっ!? 青山さん小説家やめちゃったの!?」

 

それからリゼも加えてシフトを皆と交代して改めて青山さんとチノちゃんに事情を尋ねると、どうやら青山さんはペンを置いたというのだ。

 

「就職先に困っていたようなので、とりあえずうちに来てもらいました。」

 

「すごくピッタリです。まるで天職のような……」

 

「本当にそれでいいのか?」

 

リゼは複雑そうに青山さんを見る。俺も同感だ。

ただ、何かしらの事情もあるのだろうし、なにより青山さん自身が決めたことだからそれに口出すことはできない。

ただそうなればそうなったらで問題があった。

 

「人数が増えてぎゅうぎゅうだね」

 

ココアの言う通り今この場にはチノちゃん、ココア、リゼ、青山さんの四人。普段たいして来ない喫茶店では明らかにオーバーフローだ。

だが、チノちゃん曰くそれは問題ないらしい。

 

「青山さんが入るのはバータイムなので今は見学してもらってるだけです」

 

「バータイムのお仕事ならコウくんが先輩さんになるんだよね?」

 

「まあ、仕事上はそうなるかな」

 

だからといって敬語を崩すわけでも青山さんへの態度を変えるわけでもない。

 

「よろしくお願いしますね、コウナくん。私にはどうか気を使わずに、拾ってきた動物のようなものと思ってください」

 

「わかりました。青山さん、お手」

 

「わん」

 

手を差し出すと青山さんは手を重ねる。

 

「いい子いい子」

 

「くーん」

 

優しく、ゆっくりと頭を撫でると気持ちよさそうに声を出す。

 

「やめんか!!」

 

そして俺はリゼに勢いよく叩かれる。

 

「青山さんも、こいつの冗談に乗らないでいい!」

 

咎めるリゼだが、青山さんはマイペースに微笑むだけだ。すると、

 

「――殺気!?」

 

言いようのない冷たい空気が俺の背中を刺す。

振り向くと、ココアがいつもの笑みを浮かべて俺を見つめていた。

 

「ココア、お姉ちゃん……?」

 

「コウくん、お手」

 

「え…えーっと……」

 

「お手」

 

「わん」

 

「コウくん? あまり悪戯しちゃ、めっ、だよ? いい?」

 

「はい…」

 

「はいじゃないよね?」

 

「……わん」

 

「うんうん、いいこいいこ」

 

ココアの抱きつきながらのなでなでを震えながら俺は受ける。

 

「コウナくんのなでなで気持ちよかったです。昔よくしてくれた人にそっくりでした」

 

「そんな人がいたんですね」

 

「はい。今どこで何をしているかわかりませんけど」

 

「まったく……」

 

自分のペースを崩さず思いを馳せる青山さんにリゼは疲れたように息を吐いた。

すると青山さんは何かを思い出したように手を叩いた。

 

「元気にしていると言えば、マスターは今何をしていらっしゃるんですか?」

 

「父ならバータイムまで休んでいますけど」

 

「あ、チノさんのお父様ではなくて――白いお髭のマスターは今何を? その…私ずっとお会いしたくて……」

 

「知らなかったんですか!?」

 

青山さんの言葉にチノちゃんを始め全員が驚いた。何のことかわからず青山さんはきょとんとしている。

 

「青山さんの言うおじいちゃんは、えっと…もうお墓の中なんです」

 

ココアが気まずそうに説明すると青山さんは不思議そうに首を傾げた。

 

「? でも、この前お声を聞きましたよ?」

 

そう言う青山さんに俺はチノちゃんの頭の上にいるティッピーを見る。するとティッピーは冷や汗を垂らしながら顔を逸らした。

 

迂闊過ぎますよマスター……多分以前リゼが演劇の役作りの意見を聞きに甘兎行って、その後勘違いしたココアとチノちゃんに付いて行ったときだな。青山さんがいることぐらい店内入ったら分かったでしょうに。

 

ちなみにそのときの俺は出かけていたので又聞きだが、想像はついた。

 

「こ、コウくん…どうしよう……青山さん、会いた過ぎて幻聴を聞いちゃってのるかも……!?」

 

「いや、そういうわけじゃないと思うけど」

 

ココアは俺の話を聞かずにチノちゃんの頭からティッピーを取り、青山さんに差し出した。

 

「代わりに、この白いお髭をもふもふして心を癒して下さい!」

 

「勝手に!?」

 

ココアの動きに反応できなかったチノちゃんは頭を抑えながら叫ぶ。

 

ティッピーは白いお髭じゃなくてただの白い毛玉なんだけどなぁ。

 

その毛玉を見つめる青山さんはどこか寂しそうな表情をしていた。聞いたことはないが、恐らく昔マスターにお世話になっていたのだろう。

そんな青山さんに気の利いた声をかけることはできなかった。慰めも、本当の事実も彼女のためにはならないから。

 

「…この子…気に入りました。特に目を隠しているところがとても共感できます」

 

「よく見たら毛が凄い!?」

 

「ちょいワルな感じが気に入っているみたいです」

 

ちょいワル気に入ってるって…このうさぎの中身はいい歳したお爺さんなんだけどなぁ。

俺はマスターのことがよく分からなくなり、ため息が出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで青山さん。どうして小説家をやめたんですか?」

 

「はい?」

 

ラビットハウスのバータイムの時間。仕事をあらかた教え終わった俺は青山さんに率直に尋ねた。

 

「初ヒット本を世に出してまだ間もないのに、いきなり執筆やめるなんて思いつきなんかじゃないでしょう」

 

「ウサギになったバリスタ」だけを出して筆を置くことを考えていたならありえなくは無いけど、調べれば青山さんは高校生のときから執筆活動している。

 

「ずっと続けてきて他の職にも着かないで小説家にまでなったのに、それを唐突にやめるというのは何かあったぐらいしか考えられないんですよ」

 

「あらあら。コウナくんはいい探偵になれますね」

 

青山さんはいつもの笑顔でそう言う。どうやら間違っていなかったようだ。

 

「実はその、恥ずかしい話なんですが…マスターにもらった愛用の万年筆をなくしてしまってから、さっぱり筆が乗らなくなってしまいまして」

 

「万年筆、いつなくしたんですか?」

 

「ココアさんと初めて会った日ですから大体二週間前ですね」

 

ココアが青山さんと出会ったのはチノちゃんと俺とココアの三人で初めて出かけたときの公園だと聞いている。

 

まあそれは置いておいて――

 

「うーん…二週間ですか……」

 

諦めるにはいささか早すぎるような気がしないでもない。

確かに手に馴染んだ物が無いと調子が狂うというのはわかる。青山さんの場合、マスターからもらった大切な万年筆を支えに書き続けていたというのだから尚更だと思う。だけど小説という作品を生み出すというのはとても時間が掛かること。

それなのにたったの二週間で全てを捨てるのか。

 

「私も書こうとは思ったのですけど、やはり他の万年筆では駄目でして」

 

「青山さんにとっての物書きは万年筆が全てだったんですか?」

 

「それは…」

 

「小説書くのやめるのに未練は無いんですか?」

 

「無いわけではないんですが……」

 

「だったら書いたほうが良いです。万年筆なくしてスランプになったからってなに諦めているんですか」

 

たとえ人気作家でも、続編を出したり新編を書き上げるのに数年かかるなんてざらな世界だ。

 

「根性論をかざすようですけど熱意があれば人は大半のことはなんだってできます。辞めたくないって思うなら辛くても頑張りましょうよ」

 

「……」

 

「気分転換とか構想を考えるとかでこういうことするのなら良いですけど、現実逃避でしちゃいけませんよ」

 

「コウナくん、少し落ち着きなさい。青山くんが呆けているよ」

 

コップを磨いているタカヒロさんに止められて俺はハッとする。

 

「っ、すみません青山さん! 俺、偉そうに……」

 

俺は土下座する勢いで頭を下げる。だけど青山さんは怒ることも無くむしろ穏やかな笑顔を浮かべていた。

 

「いいんです。コウナくんが私のことをちゃんと考えてくれたのが伝わりましたから」

 

「その、本当にすみません」

 

「いえ、コウナくんの言う通りです。そうですよね、簡単に諦めたらいけませんでした」

 

胸元に手を当てて何かを落とし込むように頷いてから、

 

「私、頑張ってみます」

 

青山さんは小さく決意するのだった。

 

 

 






いかがでしたでしょうか?
ではまた次回に



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