どうも、燕尾です。
第37羽目です
「あの、コウナさん」
「ん。どうしたのチノちゃん?」
ある日のこと、ラビットハウスのシフトに入っていた俺のところに紙と鉛筆をもったチノちゃんがやってきた。
「その……お願いがあるんですけど、今度時間あるとき私に美術を教えてくれませんか?」
「美術…学校の課題か何かかな? 俺も人に教えられるほど上手くはないけど」
「それでも、お願いしたいです。今度写生大会があるんですが、私絵が下手っぴで……」
こんな感じで、と練習で書いたものを差し出されて確認した俺はああ、と口には出さないけど内心納得する。
以前チノちゃんのラテアートを見たとき、中世の画家を彷彿とさせるような絵だった。今渡された用紙に描かれているものも同じようなタッチだ。
「わかった。授業の復習になるかもしれないけど、基礎的なことを教えながらやっていこうか」
「もしかしたらマヤさんとメグさんも一緒になるかもしれないですけど、大丈夫でしょうか?」
「問題ないよ。一緒に見てあげるから」
それからそんなに日が経たないうちに、その日がやってきた。
「コウナさん、今日はよろしくお願いします」
「よろしくお願いします、コウお兄さん」
「よろしくなー」
ラビットハウスにやってきたマヤとメグも一緒にみんなで写生大会の練習を始める。
「了解。それじゃあまずは描くものを決めようか」
そういうと、三人は鉛筆を描く候補にそれぞれ向ける。
「んーどれにしようかな」
「……ねぇ、これって何の意味があるの?」
「知らないでやっていたのか」
悩んでいる中、その動作の意味を知らずにやっていたマヤにリゼが苦笑いする。
「それは今からお前を描くぞっていう宣戦布告――なんてな」
「じゃあティッピーに宣戦布告!」
「信じた!?」
「リゼ、嘘教えないでよ」
「冗談のつもりだったんだ!!」
なんだかんだで嘘でもすぐ信じ込んじゃう子たちなんだから。
「私、ティッピーを描いてみたい!」
「んー、動物とかより無機物の方が最初のうちはいいんだけど、まあやってみようか」
――そわそわ、そわそわ
「癖っ毛とか大丈夫か?」
デッサンのモデルとして選ばれたティッピーが自分の毛並みを気にしてそわそわし始める。
「いつもと全く変わりません」
気にするだけ無駄たと思うけど、チノちゃんが向ける鏡でくまなく自分の姿をチェックするマスター。
「じゃあみんな、それぞれティッピー描いてみようか」
ただし、と俺は付け加える。
「写生大会の練習ってことだから今回は自分の個性を出さずにモデルをしっかり見てそのままを描くことを意識してね」
「えーっ、それじゃあつまんないよ!」
「いま写生の意味を言ったばかりなんだけど?」
自分の描きたいようにやるのは誰でもできる。今回の目的は個性じゃなくて正確性なのだが、マヤはそれを理解していないようだった。
それでも各々ティッピーを描き始める。
「……綿あめにしかならない」
「シンプルなほど難しいんですね」
「第二形態とかないの?」
ティッピーの姿はシンプルだが、動物なので毛のタッチなど写生のモデルとしては難しい部類なのだ。
「ティッピー、進化できる?」
ココアが期待のまなざしで問いかける。
――ティッピー ティッピー ティッピー ティッピー
なんか翼と尻尾が生えた姿が想像できたが、そんな進化ができるわけもなく、ひとまず三人の絵が完成した。
「……うん、とりあえずメグは第一段階合格」
「「ええっ!?」」
「ほんとですかっ!?」
「何でメグだけ合格なのさ!?」
俺の評定にマヤが文句を言うも、写生の意味を知っている人間ならだれでもそういうだろう。
「マヤ、正面からティッピーを見てこんな出っ歯がある? それと漫画の猫みたいな三本だけの髭だってないし、こんなウィンクなんてしてないでしょ」
「うっ…だってそっちの方が面白いじゃん!」
「だから写生だって言ってるでしょうが。チノちゃんも、普段のティッピーがこんな細長い白目をむいて過ごしているのかい? それに今ティッピーを見てこんなまとまったくせ毛みたいなのある?」
「……違います」
メグはいいとして、チノちゃんとマヤは前途多難だ。
「そこまで言うなら、コウ兄お手本見せてよ!」
「そうだ、リゼちゃんの絵も見てみたいな。ラテアート上手だし!」
「メグを見習ってくれたらいいんだけど、まあとりあえず方向性は見せた方がいいか」
「美術はあまり好きじゃないんだけど…」
ココアに無茶ぶられたリゼと俺は用紙と鉛筆を持って、ティッピーを描いていく。
「――こ、こんな感じかな?」
「――はい。完成」
『おおー……!』
描いた絵をみんなに見せると感嘆の声が上がった。
「な、なんて繊細な毛先のティッピー! コウナさんも忠実にティッピーを再現されてます!!」
「いうだけのことはある…! 二人ともコツ教えて!」
「私にも教えてほしいなー!」
「い、いや…そういうのはちょっと……」
「うわー…リゼ、やっぱり絵上手いね」
「いやいや、コウナがそれを言うのか…? もはや写真みたいじゃないか」
年下三人組にせがまれていると、奥ではココアがぐずっていた。
「そのぐらいで年上ぶってんじゃないよー!」
「お前が描けって言ったんだろ!?」
「その言い草は
「お姉ちゃんに向かって何てこと言うのっ!?」
ほんとのことだよ。全く。
「マヤのこれは、ギャグ漫画か…?」
「かわいいでしょ?」
「チノちゃんのはキュビズムを感じるよ!」
「うっ…!」
改めてリゼとココアにも三人が描いた絵を見てもらう。
「……」
ココアとリゼの反応にメグは自分の絵を見比べて眉をひそめた。
「自分の絵が普通だって思ってる?」
「えっ!? そ、その……はい」
「それでいいんだよ。普通の絵っていうことは基礎がしっかりしているってことだから。そこからどうやって個性を出していくかはまた別の話だからね」
「コウお兄さん…」
「それにさっきも言ったけど今回は写生大会でしょ? であれば忠実に描くことが求められるからね。そう考えたとき一番評価されるのはメグの絵だよ」
「そうですよメグさん。私はメグさんの絵の方が好きです」
チノちゃんは個性が突出しすぎているからなぁ。正反対という奴だ。
「えへへ。お互いちょびっとだけ交換できたらいいのにね」
「普通は何でも受け入れられるんだよ。フリーダム!」
「そっか~、普通ってすごいんだね――世界中が普通で満ちてたらいいのになぁ」
「普通なのに世界レベル!?」
そうなったらそうなったで大変な世の中だけど、特に何も言わないでおく。
それから一休憩入れて、今度は別のものをモチーフにして三人に練習を促した。
今度は無機物としてティーポットとリンゴ、マグカップを教材として描いてもらっている。
「……やっぱりへたっぴです」
描いたはいいものの、自分の出来に納得がいっていかないチノちゃん。
「――チノさんは個性という立派な色を持っていますよ」
「青山さん」
そんなチノちゃんに声をかけたのは青山さんだった。
「もっと堂々と見せてください。せっかくいい物を持ってらっしゃるんですから」
青山さんの言葉に、チノちゃんは一瞬呆けていたが、
「あの…青山先生と呼ばせてください」
「え? はい、呼ばれ慣れていますから」
小説家はみんな先生って呼ばれるからなぁ。ちょっと会話がかみ合っていないのが面白かった。
「――青山さんを見てお姉ちゃんらしいことを思いついたよ」
チノちゃんたちの様子をカウンターから見ていたココアが何かひらめいたようだ。
「妹たちの才能をほめて伸ばせばいいんだ!」
というわけで行ってくる! と休憩用のアイスコーヒーをもってチノちゃんたちのところへ向かっていくココア。
まあココアの言っていたことは青山さんがチノちゃんに話していたことそのままなのだが、とりあえず様子をリゼと見守る。
「頑張ってる皆にアイスコーヒーのサービスだよー!」
「ありがと~」
「気が利くね!」
「今日は少しだけしっかりしてますね。ココアさん」
「! わーい、やったぁ!!」
「…逆だろ」
「嬉しさで本来の目的をすぐ忘れるのも、ココアだからこそだよ」
「コウくん、コウくん! チノちゃんたちに褒められたよー!」
「そうだね、しっかりしてたからね。偉いよココアお姉ちゃん」
「わーい!」
「……お前が甘やかしているからこんなんじゃないのか?」
リゼの呆れたまなざしを無視しながら、俺はココアをよしよししてあげるのだった。
「今日描いた絵をお店に飾ってみたよ!」
「せっかくみんなが描いたからね」
三人が描いた絵を額縁に入れて、カウンター横の壁にかけた。
「うふふ。みんなの頑張りのぬくもりに包まれているみたいだね」
「期間限定ですよ」
「飾られるならもっとまじめに描けばよかったよー!」
「ちょっと恥ずかしいな~」
飾られる自分の絵を眺めて恥ずかしがるメグとマヤ。しかし――
「一番恥ずかしいのは…シャロだろ」
「それは間違いないねぇ」
「「「お店描くの難しかったからー」」」
構造物を描くのが難しかったからと描き始めたシャロの絵に俺とリゼは何とも言えない顔をする。
「とりあえずシャロに送っておくかー」
「鬼だな。お前……」
飾ってみた、と写メを送るとすぐに返信が返ってきた。
『通報した――じゃなくて、すぐに取り下げてよっ!!』
顔を赤くして起こっているシャロが容易に想像できて、俺は少し笑いながら、却下とだけ返すのだった。
夜のバータイムにて――
「ほう…昼間の絵を飾っておるのか」
カウンター横を眺めながらマスターが呟く。
「ええ。さすがに期間限定ですけど、チノちゃんやその友達が頑張って描きましたから」
「まあ、たまにはこういうのもいいじゃろう」
「本当にそう思ってます?」
問いかけると、マスターはよくよく絵を眺めて、
「いや、よくないな」
最初は本当に思っていただろうけど、最終的にそう判断するマスターに俺も絵を眺めながら苦笑いするしかなかった。
いかがでしたでしょうか?
また次回にお会いしましょう
ではでは~