お久しぶりです
季節が廻り、俺たちが木組みと石畳の街に来てから一年が経とうとしている。
今までいた三年生の先輩方の卒業式も終わって新生活の準備をしている中、春休みという新しい年度へと変わるための準備期間中に一通の手紙が届いた。
宛名は保登ココアとコウナ。届け先はここから離れた街のパン屋から――つまり実家からだ。
定期的に手紙のやり取りはしていたけど、今回の内容はその定期報告ではなかった。
「こうくん、それ家からの手紙?」
内容を確認している後ろからココアが顔を出してきた。
肯定すると興味深そうにのぞき込む。
「どうしたんだろう? いつもの定期連絡じゃないよね?」
「それは中身を読めばなんで送ってきたかわかる――ほら」
なになに、と手紙を読み始めるココア。
そして手紙の内容を見たココアは身体を硬直させた。
ギギギ、と壊れたロボットのように顔を向けたココアは顔を真っ青にして手紙を指さす。
「こ、ここ…こここここここ……?」
「急に鶏になってどうしたの? 夕方に鶏は鳴かないよ?」
「違うよ! これってもしかしてもしかしなくてもだよね!?」
「こっちにも関わるようなことでウソは書かないでしょ。動揺しすぎて何言っているのかわからないよ」
断言するとココアは口をあんぐりとさせて、
「た、大変だぁー!!!」
「さて、バーのバイトの準備をしないと」
大きくそう叫んで慌てふためくココアをしり目に、俺は夜のバーのバイトに向けて準備をするのだった。
――次の日
「ん、んー……ふわあああ…」
カーテンの隙間から入り込んだ日の光で目を覚ました俺は身体を伸ばす。
時計を見ると時刻は10時手前。バーのバイトがあった翌日は大体この時間ぐらいに起きるようになっていた。
ベッドから降り、洗面所で顔を洗ってさっぱりしてから遅めの朝ご飯を食べるためにリビングへと向かう。
「ん…これ朝ご飯だよな……?」
ラップにくるまった皿の中を見た俺は首を傾げる。
皿に盛りつけられた料理は明らかに焦げていたのだ。
ラビットハウスに下宿してから基本朝ご飯は俺が作っているのだが、バーのバイトがある時は気を利かせてくれてチノちゃんが作ってくれている。そして俺もチノちゃんも料理はできるのでこんな失敗はほぼしない。ということは――
「ココアが作ったのか」
こういう失敗の仕方をするのはココアしかいない。
ココアの料理の腕前はパン作りに特化しており、普通の料理はどちらかというと苦手な部類だ。全くできないわけじゃないけど、失敗することはよくある。
しょうがないな、というように息を吐く。
「いただきます」
手を合わせココアが作った朝食を口にする。うん、苦い。
これを全部食べるのはなかなか辛いものがあるけど食材も無駄にはできないし、理由はどうであれココアが作ってくれたのだ。残すことは考えていない。
黙々と食べ進めていると、急にリビングのドアが開かれた。
「――コウナさん!」
「――あっ! コウナ起きたか!?」
「チノちゃん、リゼ、おはよう――もぐもぐ」
「おはよう――じゃなくて何暢気にご飯食べてるっ!? ココアが大変なんだよ!!」
「コウナさん、よくその焦げたやつ食べられますね……」
慌てるリゼと呆れたチノちゃんの言葉に俺は口の中に入っているものを飲み込んでから、二人に向き直る。
「ココアは放っておいていいよ」
「いやいや、いつもと全く様子が違うんだよ! 開店前から動きが機敏だし、ティッピーの撫で方も機敏だし、見せ始まった後の客の招き方も機敏だし! 」
「最後のそれ、もはや違う店になってない? お客さんを前に遊んでるの?」
「そのお客さんが青山さんでしたから何とかなりましたけど、さすがにそれからは止めました」
「それに、前髪の分け方がいつもと逆だし、チノにぬいぐるみを持たせて迫らせても全然もふろうとしないし! むしろ『まじめに仕事しなきゃ駄目だよっ!』なんて言ってくる始末だぞ!?」
「すごく悔しかったです。何故かはわかりませんが」
だから店の中でなに遊んでるのさ。いやリゼの焦りもチノちゃんの悔しさも、そしてココアの変わりぶりの原因はわかっているんだけどさ。
「とりあえず店内に戻ろう。たぶんそろそろ逆上せる頃だろうから」
二人を連れてホールに戻ると、予想通りテーブルの間に頭から湯気を出して倒れているココアを見つけた。
「おい、ココアしっかりしろー!?」
「どうしてこんなになるまで気を張ってたんですか!?」
体を抱き上げるとココアは息絶え絶えに告げる。
「明後日…お姉ちゃんが来るんだよ……ガクッ」
「「それとどういう関係がっ!?」」
再び気を失うように瞳を閉じるココアだが、事情を知らないチノちゃんとリゼの混乱はさらに深まってしまう。
「とりあえず氷嚢作ってくるよ。説明はあとでするから悪いけど二人ともココアを安静にさせてあげて」
「――はい。これ乗せて頭少し冷やしなよ」
「ありがとう、コウくん」
氷嚢を額に載せて少し落ち着いたココアの表情は先ほどとは変わり柔らかくなっていた。
それとは逆に俺は少し呆れたような表情を浮かべて、ココアに苦言を呈す。
「まったく。姉さんが来る直前にしっかりしようとしたって、付け焼刃ででしょうに」
「うぅ…だって……」
「コウナの口ぶりからすると明後日来る姉にしっかりしたところを見せようとしていたのか?」
「ココアさんとコウナさんのお姉さんは、厳しい人なんですか?」
「安心して! すごく優しいよ」
ココアの言う通り明後日来る予定の姉は普通に優しい人だ。まあちょっとした癖はあるが、それも個性といえる範囲内だ。
「おにいちゃんも二人いるんだけど、躾けて従えてる姿がかっこいいんだー」
「調教師か」
「調教…私これ以上何かされるんでしょうか……?」
どうして勘違いするような言葉選びをするかな。チノちゃんが体を震わせて怯えちゃったじゃん。
「言葉の綾だよ。別に躾けるって言ったって姉として面倒見ていたっていうだけだし。だからチノちゃんそんなに怯えなくても大丈夫だよ」
「コウナから見た姉はどんな感じなんだ?」
安心させるようにチノちゃんを撫でてあげていると、リゼからそんな質問が飛んできた。
「二人に分かりやすく言うと、雰囲気はココアだけどしっかり者で面倒見のいい姉だね」
まー、ある面ではココアと同じようなとんでもないポンコツになるけど。
「コウくん、それだと私はしっかり者じゃないみたいだよ…」
「姉さんよりやらかしていたのは確かでしょ? というか兄さんと同じくココアも躾けられてた方じゃない」
「それはそうだけど……」
それでも釈然としないという様子のココア。
「気持ちはわからなくはないけど、俺が言葉にしたのはあくまでリゼとチノちゃんに姉さんがどんな人がを伝えるためだよ。ココアだってしっかりしているところは普通にあるんだからそんな顔しない」
「うん…」
よしよししてあげるとココアは気持ちよさそうに目を細める。
しかし次の瞬間、ココアは俺の手首をつかんでギリッと力を込めた。
恐る恐る顔を見ると、前髪の隙間から見える瞳が怪しく光っていた。
「――でもコウくん、私がしっかりしているなら呼び方が違うよね?」
確認口調なのに威圧的な笑みを浮かべて見つめてくるココアに諭していたはずの俺はすぐに白旗を振る。
「ごめんなさい。ココアお姉ちゃん」
「よろしい♪」
「……なんか保登家のヒエラルキーが分かったような気がするな」
「ですね」
やめて。その時その時でパワーバランスが変わるんだから。だからそんな目で俺を見ないで。
いかがでしたでしょうか
ではまた次回に