ご注文はうさぎですか? ~ココアと双子の弟~   作:燕尾

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どうも、燕尾です。
第七羽目です。





いざ、友達の家へ! ~和菓子の喫茶は名前がおかしい?~

 

 

 

パン作りでお世話になったお礼に、家の喫茶店に招待するわ――

看板メニューを作ったその日の最後、千夜が帰り際にそう言った。

今日はその言葉にあやかって、喫茶店である千夜の家にお邪魔することになった。

俺たちは千夜からもらった地図を頼りに歩いて向かっていた。

本当はココア、チノちゃん、リゼさんが行くはずだったのだが、

 

「えっ、俺もですか?」

 

聞き返す俺にタカヒロさんは頷いた。そう言ってくれるのはうれしいのだけど、

 

「一応シフトなんですけど、大丈夫なんですか?」

 

「一人でもまわせるから大丈夫さ。それに、もしチノたちが遅くなったときは危険だからね。男の子がいてくれると助かる」

 

「はぁ、わかりました……それじゃあ、お願いします」

 

「ああ、皆と楽しんでくると良い」

 

タカヒロさんの計らいで俺も一緒に行くことになったのだ。

ああ言っていたけど、やっぱり気を使われたのだろう。タカヒロさんには感謝しないと。

 

「どんなとこか楽しみだね!」

 

ココアは千夜の家がどういうところなのか考えながら楽しそうに話す。

 

「なんて名前のお店なんですか?」

 

「"甘兎(あまうさ)"って聞いてるけど」

 

甘兎庵(あまうさあん)――それが俺たちが聞いた店名だ。どことなく和菓子のイメージが想像できるような名前だった。

 

「甘兎とな!?」

 

その名前を聞いたティッピーが渋い声を上げる。

というかマスター、堂々と喋らないでくださいよ。ほら、リゼさんが怪しげな表情をしているじゃないですか。

 

「チノちゃん、知ってるの?」

 

完全にチノちゃんの腹話術だということを信じてやまないココアはティッピーではなくチノちゃんに問いかける。

 

「おじいちゃんの時代に張り合っていたと聞きます」

 

そっかー、とココアはそのまま納得しているが、リゼさんは不信感が拭えないのか、俺の肩をちょんちょん、と突いた。

 

「なあコウナ、チノは腹話術をしている思うか?」

 

「どうしたんですか、いきなりそんなこと言い出して?」

 

そんなわけがないことを知っている俺は惚ける。

 

「いや、いくらなんでもチノがおじいさんの声なんて出せないと思うんだよ」

 

なかなか鋭いリゼさん。

ここで全部教えてもいい気がするが、それは俺が決めることじゃない。それに、兎にマスターが宿っているなんて話を誰が信じるというのか。かえって混乱させるだけだ。

 

「まあ、声なんて頑張れば変えて出すことができますから」

 

「そうなのか?」

 

「ええ、例えば――」

 

俺は咳払いをして喉の調子を整える。そして、

 

「――こんな風に変えることもできますよ?」

 

リゼさんの顔が驚いたものに変わった。

 

「私の声!? い、いいたっい、どうやって……!?」

 

「それは秘密です♪」

 

「わっ! 私の声だ!!」

 

次にココアのような声を出す。

 

「元のコウナの声に戻してくれ! 似合いすぎて可愛くて気持ちが悪い!!」

 

「どういう罵倒の仕方なんですか……」

 

「私の声まで……!?」

 

最後にチノちゃんのような声を出してから俺はもう一度咳払いして一呼吸を置く。

 

「――ということで、あんまり気にしないほうが良いですよ。人はやろうと思えばなんだってできるので」

 

「なんだかコウナの凄さの一端を、垣間見たような気がするよ……わかってはいたが多彩な特技があるんだな」

 

リゼさんは感心していたというか、唖然としていた。まあ、いきなりこんなのを見せられたら無理もない。だけどそのおかげで、チノちゃんの腹話術の話にも信憑性が出ただろう。

 

「コウくん、今のどうやってやったの!? 私にも教えて!!」

 

「私も後学のために教えて欲しいです!」

 

何とか誤魔化せたと思っていると、話を聞いていたココアとチノちゃんが詰め寄ってきた。

 

「いや、これは喉を壊しかねないからやめておいたほうが良いよ?」

 

「お願い、コウくん! 私もやってみたいの!!」

 

「私の今後のためにもお願いします、コウナさん!」

 

「り、リゼさん、助けてください……」

 

やんわりと断っているのにそれでもと迫ってくるココアとチノちゃん。俺は困ったようにリゼさんに助けを求めた。だけど、

 

「ふむ……声を変えるのは潜入のときに使えるかもしれないな――コウナ! 私にも教えてくれ!!」

 

どこかで軍人スイッチが押されたのか、リゼさんまで目を輝かせて寄ってくる。

こうなったら、やることは一つ――

 

「さらばっ!!」

 

「ああ! 逃げた!」

 

「待ってください、コウナさん!」

 

「追いかけるぞ!」

 

こうして、甘兎まで俺たちは追いかけっこをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「着いたー」

 

「ここみたいですね」

 

追いかけっこもほどほどにしてから数分後、俺たちは目的地へとたどり着いた。

 

「看板だけやたらと渋い。おもしろい店だな」

 

「へぇ、昔になぞって右から読むのか。予想は当たってたかな?」

 

他の人の反応を見ると、ココアはジーッと看板を見つめていた。

 

「オレ、うさぎ、あまい…」

 

「甘兎庵な」

 

「俺じゃなくて(いおり)だよ」

 

今度勉強会だね。さすがに字は読めるようになろうよ。

 

「とりあえず入ろっか」

 

俺は扉を開く。

 

「「「「こんにちわー」」」」

 

「みんな、いらっしゃい」

 

出迎えてくれたのは和服姿の千夜。緑の浴衣にふりふりとしたエプロンを身に着けている。いかにもな和を意識した格好だった。

 

「千夜ちゃん、初めて会ったときもその格好だったね。店の制服だったんだ」

 

「あれはお仕事でお得意様にようかんを配った帰りだったの」

 

「そうだったんだ~。あのようかん、おいしくて三本いけちゃったよ~」

 

「三本丸ごと食ったのか!?」

 

「ココア、そんなに食べたら太るよ……」

 

俺の呆れた言葉にココアは頬を膨らませる。

 

「もう、コウくんってば! そんなデリカシーのないことを言っちゃいけません! それとココアお姉ちゃん!」

 

そんなこと言われても、ようかん三本丸ごとはいくらなんでも食べすぎだと思う。

 

「いやだけどコウナの言う通りだぞココア。いくら美味しいからといって食べすぎは体に悪い」

 

俺に同調してリゼさんもココアを諭す。こういうところで常識があるリゼさんは頼りになる。

 

「あっ! うさぎだ!」

 

「話を聞けよ!!」

 

しかし、そんなありがたい話もココアには何のその。小さなテーブルに座っている黒色のうさぎに目を向けていた。

 

「看板うさぎのあんこよ」

 

あんこ、という名前の頭に王冠を乗せた黒うさぎは俺たちの視線にはピクリとも反応せず、台に鎮座している。

 

「置物かと思ったよ。ぜんぜんピクリとも動かないし」

 

「あんこは余程のことがないと動かないのよね」

 

千夜がそう言った瞬間、あんこの目がちらりとチノちゃんのほうを見た。いや、正確にはチノちゃんの頭に乗っているティッピーだ。そして、

 

「ティッピー!?」

 

いきなりあんこがティッピーに飛びつく。

 

「おっと――」

 

突然のことでバランスを崩したチノちゃんを俺は後ろで抱きとめる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛――――!!!!」

 

ティッピーは声を上げながら迫ってくるあんこから逃げ回る。

 

「縄張り意識がはたらいたのか?」

 

「いえ…あれは一目ぼれしちゃったのね。恥ずかしがり屋くんだったのに、あれは本気ね」

 

手でハートマークを作る千夜。それより気になることがあった。それはココアも思っていたようで首を傾げる。

 

「あれ? ティッピーってオスだと思ってたよ」

 

「ティッピーはメスですよ――中身は違いますが……」

 

最後の一言、聞こえてるよチノちゃん。

 

「それより、大丈夫? チノちゃん」

 

「…はい、ありがとうございます、コウナさん」

 

俺より十センチ以上は背が低いチノちゃんが見上げるようにお礼を言ってくる。その姿は小動物を思わせるようだった。

 

――可愛い。

 

ココアが妹に憧れている理由が少しわかったような気がする。確かにこういう妹がいると良いなって思う。

 

「……コウナさん? あの、そろそろ放していただけると……」

 

恥ずかしさからか少し頬を染めているチノちゃん。正直、その瞳と表情は反則だった。

 

「……」

 

少しチノちゃんを堪能していると、後ろから変な威圧感が押し寄せてくる。

 

「コウくん?」

 

振り返れば、ものすごい笑顔のココアの顔がすぐそばにあった。

 

「こ、ココア、お姉ちゃん……?」

 

ココアの笑顔は、あの、怒っているときの、笑顔だ。

 

「いつまでチノちゃんをもふもふしているのかな?」

 

「いや、もふもふはしてないんだけど……受け止めただけだよ?」

 

「ふーん、そっか、コウくん。お姉ちゃんに口答えしちゃうんだ。私、そんな風にコウくんを育てたつもりないんだけどなぁ……」

 

ココアに育てられた覚えはない、と、つい言ってしまいそうになったけど、そんなこと言ったら俺の人生はゲームオーバーだ。

 

「とりあえず落ち着いて、ね? ほら、せっかく千夜のところに来てるんだから」

 

「……コウくん、今日の夜、たーっぷり、お話しようね♪」

 

俺は震えながら頷く。

なんだか最近、こんなことが多くなってきているような気がする。

 

「誰かワシを助けてくれぇ――――!!」

 

今はティッピーよりも、この後の自分のことを考えるので精一杯だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一悶着があった後、俺たちはようやく腰を落ち着けた。

俺とリゼさん、ココアとチノちゃんの組み合わせでテーブルを挟んでそれぞれ座る。

俺たちを案内した千夜はお盆に人数分の茶碗を乗せて持ってきた。

 

「私も抹茶でラテアートをやってみたの。ココアちゃんみたいな可愛い絵は描けないけど」

 

そう言って差し出されたのは近世日本のアーティストたちが描いたようなラテアートだった。

 

「北斎様に憧れていて…」

 

「浮世絵?」

 

予想外のことにココアも少し戸惑い気味だ。

 

「あと、俳句もたしなんでいて…」

 

「ココアちゃん、どうして今日は、おさげやきん…」

 

「風流だ!!」

 

「芭蕉様にも憧れていて」

 

風流といえるのか、これは?

千夜もココアもどこか感性がずれているような気がする。まあ、基準なんてないからなんともいえないけど。

 

「千夜、メニューは何があるんだ?」

 

「はい、お品書きよ」

 

千夜から手渡された品書きを早速開いてみてみる。だが、

 

「煌めく三宝珠、雪原の赤宝石、海に写る月と星々…なんだ、この漫画の必殺技みたいなメニューは…」

 

「必殺技というよりアイテムじゃないですかね、リゼさん」

 

「どっちでもいいですけど、これじゃよくわかりませんね」

 

戸惑っているリゼさんとチノちゃん。そんな中、ココアだけは目を輝かせてメニューを見ていた。

 

「わー抹茶パフェもいいし、クリームあんみつ白玉ぜんざいも捨てがたいなあ」

 

「わかるのか!?」

 

想像力が豊かなのか、ココアには通じていたようだ。各いう俺もある程度ならわかる気がする。

 

「わかりやすいものはあると思いますよ。雪原の赤宝石ならイチゴ大福とか、煌めく三宝珠や花の都三つ子の宝石だったら三色団子を使っているとか」

 

「まあ、言われてみればそうかもしれないが、そこまで理解できるのはお前たちだけだと思うぞ?」

 

少し想像を働かせたらわかると思うけど…もしかして、なんか俺もココアや千夜と一緒にされてる?

 

「じゃあ、私は黄金の鯱スペシャルで!!」

 

メニューを決めたココアが元気よく手を上げる。

 

「なんかよくわからないけど、この海に映る月と星々で」

 

「花の都三つ子の宝石で」

 

ココアに続いてリゼさん、チノちゃんも決めていく。

 

「コウナくんはどうするの?」

 

「うーん、じゃあ、シンプルに煌めく三宝珠で」

 

「わかったわ、じゃあちょっと待ってて」

 

注文を受けた千夜は厨房へと入っていく。

 

「和服ってお淑やかな感じがしていいねー」

 

千夜の後ろ姿を見てココアがそんなことを言い出す。

それにつられてリゼさんは真剣な眼差しで千夜を見ていた。

 

「着てみたいんですか?」

 

「い、いや! そんなことはっ…!!」

 

そんなリゼさんの気持ちを察したチノちゃんが問いかけると、リゼさんはわかりやすくうろたえる。

 

「大丈夫だよ、リゼちゃんならきっと似合うよ! かっこいいよ!」

 

「そっち!?」

 

おそらく賭博士の和装をココアはイメージしたんだろう。じゃないとかっこいいなんて言葉は出てこない。

でも、リゼさんの和服で賭博士か……確かに似合いそうだな。

そんな話などに花を咲かせること数分、千夜がお盆に甘味を乗せて戻ってきた。

 

「お待ちどうさま、リゼちゃんは海に写る月と星々ね」

 

「白玉栗ぜんざいだったのか」

 

「チノちゃんは花の都三つ子の宝石ね」

 

「あんみつにお団子がささってます!」

 

「ココアちゃんは黄金の鯱スペシャルね」

 

「わぁ、おいしそう!」

 

「鯱イコールたい焼きって、無理がないか?」

 

リゼさん、そこはなにも言わないでおきましょうよ。

 

「コウナくんは煌めく三宝珠ね」

 

「うん、予想通りの三色団子だね」

 

「あんこは栗ようかんね」

 

「あんこ、うさぎなのに栗ようかんを食べるのか!?」

 

俺が驚いていると、あんこの視線がココアのほうへと向く。

 

「どうしたんだろう?」

 

「こっちのを食べたいんでしょうか?」

 

するとココアが嬉しそうにパフェをスプーンで一すくいする。

 

「しょうがないなー、ちょっとだけだよ? そのかわり、あとでもふもふさせてね」

 

交換条件を提示したココアだったが、あんこはそんなココアのスプーンに目もくれず、本体に一直線に駆け出した。

 

パクパクパクパク――――!!

 

「本体まっしぐら!?」

 

「あらあら。あんこったら駄目じゃない」

 

千夜があんこを抱きかかえる。だけど、ココアの分が大分減ってしまった。

 

「ああ~私のパフェが……」

 

涙目のココア。なんだか少しいたたまれない気分になってしまう。

 

「しかたないな、このお団子食べなよ」

 

「えっ…? でも、それはコウくんの分…」

 

「いいよ、ココアが食べて」

 

「わ、私はお姉ちゃんだから! 弟の分を食べるなんてできないよ! お姉ちゃんだから!!」

 

俺は皿をココアのほうにやるけどココアは遠慮してなかなか手をつけようとしない。

なかなか強情なココア。しょうがないな、ここは――

 

「ほら、ココアお姉ちゃん、あーん」

 

「――っ!!」

 

俺は串を持ってココアの口元へと差し出す。だけどココアは顔をふいっ、と背けてしまう。

 

「本当にいらないの? 俺もココアお姉ちゃんのためにしてるんだけど…」

 

「う、うぅ…」

 

自分の矜持と誘惑が戦っている状態のココア。もうここまで来れば陥落は目前だ。

 

「弟の気持ちを汲んであげるのも、お姉ちゃんとして大切なことだと思うな」

 

「お姉ちゃんとして、大切…」

 

その言葉が、止めだった。

 

「うん、わかったよ! お姉ちゃんとして大切なんだもんね!」

 

「そうそう、それじゃあ、あーん」

 

「あーん……うん…おいしい! これおいしいね、コウくん!!」

 

「それはよかったね。ココアお姉ちゃん」

 

最初から素直になればよかったのに、なんて言葉はココアの幸せそうな顔を見て吹き飛ぶ。我ながら単純なもんだとは思うけど、それこそ仕方ないことだ。

 

「コウナ、お前よく臆面もなくそんなことできるな」

 

俺たちの様子を食べずに見ていたリゼさんが、顔を真っ赤にして言う。

気づけばリゼさんだけじゃなく、チノちゃんや千夜ですら、何故か顔を赤らめていた。

 

「コウナさん…大胆です…」

 

「これは…破壊力抜群ね」

 

三人の言っていることがよくわからない俺は首を傾げるばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

和菓子も食べ終わり、それぞれが話している中、チノちゃんがあんこにそーっと近寄って、手を伸ばしていた。

 

「触らないの?」

 

「チノはティッピー以外の動物が懐かないらしい」

 

「それはまた不思議ですね。チノちゃんに嫌いな匂いでもあるんですかね?」

 

「どうして匂いなの?」

 

「嗅覚が人より優れているからだよ。動物は匂いには敏感なんだ。もちろんそれだけじゃないけども」

 

その人の雰囲気を感じ取って懐こうとしない動物もいたりする。基本動物は感覚が鋭いのだ。

 

「……」

 

震えた手で、無言でちょん、とあんこの耳に触れるチノちゃん。

 

ぴくんっ――

 

「――ッ!?」

 

触れた瞬間小さく揺れた耳に驚くチノちゃん。そこまで恐る恐るしなくてもいいと思うけど、とりあえずここは見守る。

 

なでり、なでり――

 

恐る恐る背中を撫でて、

 

ぎゅっ――

 

大切なものを壊さないようなゆっくりとした動きで抱きしめて、

 

ポンッ――

 

ゆっくりとあんこを頭に乗せた。

 

「すごい、もうこんなに仲良く…!」

 

「頭に乗っけないと気がすまないのか…!?」

 

「恐らく頭に乗っけるのがチノちゃんのアイデンティティーなんですよ」

 

それでもチノちゃんがご満悦な表情を浮かべているから、細かいことはなんでも良いだろう。

 

「私たちの下宿先が千夜ちゃんの家だったら、ここでお手伝いさせてもらっていたんだろうなー」

 

ココアがありえたかもしれない未来を想像させる。

すると千夜がココアの手をとった。

 

「今からでも来てくれて良いのよ? 従業員は常時募集中だもの♪」

 

あれ? なんだか怪しい感じになってきたぞ?

 

「それいいな」

 

「同じ喫茶店だからすぐ慣れますね」

 

リゼさんやチノちゃんが千夜に同調する。ココアもそんな雰囲気を察して顔を歪めていく。

 

「じゃあ部屋を空けておくから、早速荷物をまとめて来てね♪」

 

「誰か止めてよぉ…そうだ、コウくん! コウくんだけは、私の味方だよね…?」

 

千夜の手を払い、俺に縋るココア。俺は安心させるような微笑をココアに向ける。

 

「大丈夫だよ、ココアお姉ちゃん」

 

「コウくん…!」

 

「同じクラスなんだから学校でも会えるよ」

 

「うわーん!」

 

しゃがみこんで泣き始めるココアの頭を撫でる。いじりがいのある姉だ。

 

「さて、オチもついた所でそろそろお暇しようか、あまり遅くなるとタカヒロさんも心配するだろうし」

 

そうだな、そうですね、と頷くリゼさんとチノちゃん。

 

「コウくん、この仕打ち、私は忘れないからね…」

 

だけど、ココアだけは俺を睨んでいた。

 

「みなさん、また来てくださいね」

 

笑顔の千夜に見送られて、俺たちは甘兎庵を後にする。

それからしばらく歩いた後、俺たちはあることに気づいた。

 

「あっ、チノちゃん頭! 乗ってるのティッピーじゃない!!」

 

「はっ!? 違和感がなかったので忘れてました!!」

 

急いで戻ったとき、恨めしそうな目を向けてくるティッピー(マスター)をなだめるのに苦労するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜――俺はココアに呼び出しを食らっていた。

ドアをノックすると、入りなさい、と何故か命令口調で応答するココア。

入ると、頬を膨らましたココアが正座していた。

 

「コウくん、ちょっとここに座りなさい」

 

今日のいろいろなことを引きずっているのか、少し怒り気味だ。おとなしく言うことを聞いて、ココアの指した場所に座る。

それから訪れるのは無言の時間。ココアの言葉をずっと待っているのだが、一向にココアは話そうとしない。

 

「えっと、ココ――」

 

「コウくん」

 

我慢できずに口を開こうとしたところでココアに遮られる。

 

「なに?」

 

そう返すもココアは無言のまま立って、俺に詰め寄ってくる。後ろが壁のせいで下がることもできず、かといって立つこともできず、俺はココアに見下ろされる。

すると、ココアはそのまま俺の脚の上にぽすん、と腰をおろした。

 

「えっと、ココア、お姉ちゃん?」

 

「……」

 

反応を求めても無言を貫くココア。

後ろからでもわかる、ココアの膨らんだほっぺ。そして、ぐいぐいと自分の背中を俺の体に押し付ける。すると丁度良い位置にココアの頭が目に入る。それだけで、俺は何をすれば良いのか悟った。

そして俺は優しく、ココアの頭に手を乗っけた。

 

「――っ」

 

「よしよし…」

 

そのままゆっくりと、優しく撫でてあげる。

 

「ココアお姉ちゃんと離れて暮らしても良いなんて本当に思ってないから、大丈夫。あれはみんなに合わせたただの冗談だよ」

 

「でも、私…凄く傷ついたよ」

 

「そっか…ごめんなさい、ココアお姉ちゃん」

 

「だめ、もっと撫でてくれないと許してあげないから」

 

「ふふ…はいはい……」

 

俺はココアの指示に従ってそのままなでなでを続ける。

 

「――♪」

 

俺から直接は見えないが、ふと鏡に映ったココアの満足そうな笑顔に俺は顔を綻ばせながらココアが眠るまでこのゆったりとした時間が続くのだった。

 

 

 

 

 







いかがでしたでしょうか?
リアルの事情と現在スランプにより、次の更新が遅れるかもしれないです。



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