12/17 16:41 「結婚届」という致命的なミスを「婚姻届」に修正。酷すぎる。
「今日は二人共忙しいですね、演習が一杯だ」
彼はひらひらと書類をめくりながら加賀に向かって呟いた。
――――昼下がりの深刻な直射日光に彼は内心呻きながら作業をしていた。
普段なら此処まで普通に作業をするのはちょっと奇妙なのだが、今日の秘書艦は赤城だった。
「指揮官様、此処の書類にサインが有りませんよ――――」
「ありがとうござい…………」
そう言って彼女が紙を彼の前に出すが――――少しだけペンを走らせかけて、提督は即座に突っぱねる。
「ってこれ婚姻届じゃねえか!? 油断も隙もありゃしねえな!」
失礼しました、と悪びれもせずにニコニコと赤城が正しい書類を出して整理に戻る。
――――こういう感じなので、彼が真面目にやるしか無いのだ。あまり適当にやっていると、隙を突かれて気づけば結婚していた――――――なんてなれば、もう全く冗談になっていない。
「相変わらず凄まじい攻防戦だな、おもし――――大変そうだ」
「もう面白いって言っても俺は責めもしねえよ! 俺も他人事なら大笑いしてるからなこんなの!?」
ただ、当事者となると全く笑えないのもまた事実だった。
――――赤城がひょっこりと提督のもとに戻ってくる。
「指揮官様。私達を使って下さるのは勿論嬉しいこと、なのですが――――あまり私達が機会を奪っては、後続の艦が経験を積めないかと」
至極真っ当な指摘に提督は唸る。
大体はこんな感じでちゃんと仕事をしてくれるから、偶に挟む質の悪い悪ふざけが際立つのだ。
「まあ、それもそうですね。忠告痛み入ります」
彼は演習に関する申請書のみを別口で纏める。メンバーを書き直すことにしたらしい。
「いえいえ。聞き入れてくださり、恐悦至極にございますわ」
礼をした後、赤城は手に持っていた資料を凄まじい勢いで眺め始める。
――――いつもは積み上げられていた【書類の摩天楼】も、30階建てから20階建てくらいまでランクダウンしていた。
赤城は油断も隙もないのは事実だが、実際有能なのも間違いない。
「指揮官様? 僭越ながら艤装の状況についてチェックをかけましたが、前衛――――特に重巡洋艦の主砲の調整要請が嵩んでいるように見受けられましたが、如何が致しましょうか?」
赤城は参考程度に、とあまり笑えない量の紙束を彼に差し出す。
――――パラパラとめくってみるが、殆どが重巡洋艦のものなのは事実だった。
「まずったなあ、最近艦載機ばっかり触ってたからこっちがおざなりだったのか――――?」
「新型の主砲を使ってる艦も多いはずだし、そっちの整備に今日は集中しましょう」
「了解致しました」
赤城は答えてすぐに部屋を後にする。工廠で今日の動向についてすり合わせをしに行くのだろう。
――――その様子をただゆっくりと眺めていた加賀が
「姉様も、この調子なら本来の智慧を活かせているのだがな…………」
と何とも嘆かわしそうに溜息をつく。
――――さすがにそれを言ってやるのはと思ったのだろうか、指揮官は声だけはいつもどおりに加賀を宥める。
「まあまあ。秘書艦の時はちゃんと働いてくれてるってだけで有り難いよ、後は巫山戯なければね――――」
「だろう?」
常に全力を出せる事はありえない、という提督の持論からそこは大目に見ようとは思っていたが、それにしたって中々に疲れるのだ。
必要な時に実力を発揮できるのなら構わないとは考えているが、それにしたって彼の心労が止まらないわけである。
「というか、真面目な姉様はお前の好みなんじゃないか?」
「ぶっちゃけそうだよ」
「正直だが、良いことなのだろうが――――正直すぎて少し引いたぞ」
ありがとうございます、と提督は拝み奉り申し上げた。相変わらずの豚根性である。
――――恋は盲目なんて言葉があるが、赤城の場合は恋で全盲である。全然笑えないが、そういう感じだった。
「ああ、そうだったな」
加賀が突然に用事を思い出したのか、早口に喋り始める。
「指揮官、委託に出かけた子達がもうすぐ帰ってくるのだが――――」
提督は全くのノーモーションで話を察したように素早く切り返す。
「良いよ。今日は瑞鶴居たね、そういえば」
「時間は有るし、出迎えは好きにしてあげてくれ。きっと瑞鶴も喜ぶよ」
加賀は返事をする前に扉から出ていった。
――――彼女もあれでシスコンの疑惑が有る。
世の中外見じゃまるで測れないな、なんて如何にもな事を考えながら提督は笑って書類に向かい合う。
改めて詳細についてざっくりと目を通すが、尚更問題は重巡の主砲に集まっているのがよく見通せる。
「危なかった――――もし赤城さんに教えてもらってなければ」
どうなった、だろうか。恐らく戦場で、誰かの余分な負傷――――時には死で帰ってくるのかもしれない。
――――それはまっぴらごめんだった。彼女達がただ傷つくだけでも心を痛めるような男が、自分が原因で彼女達を傷つけるようなことになればしばらく気に病んでしまうことだろう。
「見つけてもらえてホント助かったなあ…………」
溜息が漏れた。後でちゃんとした礼が必要だな、と考えつつも書類作業に戻る。
「赤城、只今戻りました――――――あらあら」
ゆっくりと彼女が扉を開くと、目の前には職務に取り組む彼――――ではなく。
――――寝ぼけて書類を持ちっぱなしの彼が居た。体が半分ずり落ちていて、今にも椅子から落ちんばかりだ。
仕方ない、と言った風に微笑んで提督を椅子に座り直させてやる。
「はぁ…………寝顔もお美しい――――♥」
彼女はおかしな感想をさも美術品を見たかのように――――は、何が美しいんだよ意味が分からない。口開けて寝てるぞこの男。
嘆息するほどの美なんて欠片も感じられないのだが?
――――しかし、じっと見ていると彼女の脳裏には、彼の深夜に連なる作業風景が思い浮かべられた。
(慣れない深夜作業ばかりなされて、疲れが溜まらない筈がありませんわ)
その様子を克明に思い出すほどに彼が心配で、
――――本来、彼は定時に帰るような男で、仕事は残さない。ましてや今が忙しいという訳でもないのだ。
彼が今、深夜作業を強いられるのは彼の個人的な仕事に過ぎない。
彼女が事情に思いを馳せている内に――――唐突に悪魔が囁いた。
今の彼は、全くの無防備なのだ。
「少しぐらいなら――――」
彼女も認識はしていなかった。飛び込んだ思いがけないチャンスに胸が高鳴るのを押さえきれない。
――――例え微塵も靡く気配がないとは言えど。既成事実さえあれば考えが変わる可能性、それは大いにある。
さあ、始めよう。そんな誰かの囁きとともに彼女が顔を近づけた矢先――――
「指揮官、五航戦の子が菓子を――――――姉様?」
加賀はタイミング悪く、突然に扉を勢い良く開けて入ってこようとした。
「姉様、見損ないました」
静かな動作でバタンと扉が閉じられる。その動作はまるで逆再生のようで、コンマ数秒で行われた。
「誤解よ、ちょっと襲おう――――と、「思っただけ」。だけなのだから、これは未遂で、冤罪で、立件不可な事案なのよ?」
「思ってしまったのでしょう? 正直な姉様、ワタシハスキデスヨ」
如何にもな棒読みが扉越しに響く。彼女の力を持ってしても扉はビクともしないし、加賀の賛辞はあからさまに心がこもっていない。
――――やがて、何か心中で一段落がついたのか。加賀が溜息を付いて話を始める。
「多くは言いませんから正々堂々と、私と約束していただきましたね?」
赤城は誤魔化す。
「――――――そんな口約束なんて」
「しましたね?」
加賀のややドスの利いた声に、赤城は耳ごとしゅんと項垂れる。その様子を録画してエンタープライズと提督辺りに売りつければ、軽い闇市が開ける法外な相場になることだろう。
加賀はあくまで理路整然と説教をする。
「駄目なものは駄目、これは道理です。納得なんて関係なく、今許される行為から最適解を探して下さい」
「いつだって我々を作り出した人類は、その制限下だからこそ進化してきた訳ですので」
ぐさ。
それはそうである。
足りないからこそ工夫をし、求めるからこそ進歩する。それは人間の最大の特色であり、一番の強みだ。
――――加賀もとうにまともな説得をする気はないようだった。倫理を守ってもらうには最早手段は選べない。
どこかの倫理君に比べてえらく赤城の基準は何もかもがゆるゆるだ。
「其れに――――そんな方法で指揮官を手にした所で、それはエンタープライズに負けたことと変わりませんよ?」
「指揮官も不本意ですし、まるで不利益だとは思いませんか?」
ぐさぐさ。
全くもって正論である。
――――そして加賀がエンタープライズを引き合いに出した。これは彼女自身、上手く誘導するのに最適だと敢えて選んだ自分を評価した。
赤城はエンタープライズには、かなり複雑な関係から相当な私怨を抱いている。
彼女に負けているなんて言われれば、さぞ屈辱的な響きを孕んでいることだろう。
「ですから、姉様自身の為にもお辞め下さい」
「それに、私はそういう姉様は嫌いです」
止めにぶすり。というか死んでる相手を滅多刺し。まさにシリアルキラーの所業である。
もうしばらくはしないだろう、これで妹に嫌われるのは堪える性格なのは加賀がよく知っている。
一度本気で縋りつかれた時はさすがの加賀も焦った。冗談で嫌いだなんだと言ってみただけなのに、思ったより彼女をヘコませてしまったのだ。
――――ゆっくりと扉が開かれて、加賀はボソリと赤城の耳元で呟く。
「まあ、一度の間違いを責めることはしませんが、次はしないで下さいね?」
普段より少し穏やか目に言うと、落として上げられた感覚がする。赤城の精神はようやく安定を得た。
――――そして、彼も目覚める。
「ん――――お、加賀さん。おかえりなさい~」
目を擦りながら、何処と無くぽやぽやとした様子で手を振る。まだ寝ぼけ眼と言った様子だ。
――――加賀はそれと同時に彼女の横を通り過ぎて、机の前で表情をまるで崩すこと無く菓子の包を顔まで引き上げる。
「何をサボってるんだ、全く――――五航戦の子から菓子だそうだ。中身は至って普通の『びたーちょこ』らしいぞ」
其れを見て提督は目を僅かに輝かせる。糖分の不足は言うまでもなく彼自身が一番理解していた。
だが甘いだけというのも彼は素直に楽しめない性分だから、瑞鶴の土産は非常に的確だった。
――――しかし赤城は、少しだけその包を苦々しく見つめる。加賀に、というよりはその包自体に何か思うところがあるような様子だ。
「欲しいな~…………あれ? 赤城さん、どうしたんですか?」
提督もその様子に勘付いたのか、不思議そうに目を開きながら赤城に尋ねる。
「い、いえ。何もございませんわ」
ぎこちなく笑って答えた赤城だが、やはり包をチラチラと見ている。
――――それを見て見ぬフリをしながら、加賀は提督を無機質に見つめたままに話を続ける。
「――――よし、後数十分を真面目に取り組んだならこれを食べるとしよう」
「まあ、勿論サボったならばこれは私一人で――――――」
言い終えるまでもなく、提督はペンを握った。
「全身全霊で取り組ませていだきます! ほら、赤城さんも手伝って下さいよ!」
急に呼ばれたのに驚いたのか、おっかなびっくりといった動作で提督に駆け寄っていく。
「は、はい! 具体的にはどうすれば良いですか?」
提督は逡巡し、普段からは想像もつかない速い回答をする。
「それじゃあまずはこれ! 部署ごとで――――――」
「ふむ、よく頑張ったな。偶には本気を出さなければ最高出力は落ちていく――――気をつけることだ」
そう言って加賀はチョコを口に放り込む。一応努力していた事自体は評価しているという事を暗示しているのか、机の上には加賀が淹れたらしい三つの茶が置かれていた。
――――しかし提督は机に突っ伏したまま返事をする。
「気遣い痛みいる、だがチョコで釣るのはただ卑怯なり…………」
「兵法に卑怯も外道も有るものか。今此処には一番良い結果が有る、これを作る事それ自体が真の兵法だ」
兵法を語っているが物で釣っているだけである。何とも滑稽な絵面だ。
しかし言葉そのものにはある種、変化球じみた所はあるが正当性は存在している。無感動かつ平坦な物言いをされると、提督も少し言葉に詰まってしまう。
――――彼が机に置かれたチョコを一つ手に取るなり、包装をちらりと見た後赤城を見つめる。
「食べないんですか?」
それに僅かながら体をビクリと赤城は震わせる。
「い、いえお気になさらず。指揮官様の方が糖分は不足しているでしょうし――――――」
赤城が何処と無く逃げたそうな口調で話を進めていくが、彼は容赦なく話を切る。
「そういう問題じゃないですね。手伝ってくれたんですから、見合ってないなりの報酬だと思って下さい」
彼はチョコを赤城の前に突き出す。
――――少し硬くなっていた顔を緩ませる。
「それに――――――もらってもらえないと、俺がなんか申し訳ないんで」
彼女は先程の愚行に後悔した。自分の発想が如何に間違いだらけだったかを思い知った。
「俺のものじゃないんですけど、これで感謝の気持ちにしてるつもりなんですよ」
その偽物じみた笑いが、赤城を彼に執着させた一番の原因だろうか。
――――それは演出でしか無い。作り物ではないが、それが本物であるわけではない。
彼は本当の自分についてはまるで語らない。
いつも陽気で、サボり魔で、悩みなんてすぐに蹴飛ばせて、人を巻き込んで楽しむことだけが生き甲斐のような――――そんな『理想の自分』であることに終始する。
どうしようもなく、そのメッキの剥がれた隙間が美しい――――そう彼女に思わせた。
飾り気のない優しさを見せる一瞬だけが、信じられないほどに心を惹きつけた。
「――――――どうしました?」
彼のもう一言で、彼女は思考の飛躍から引き戻される。
――――加賀は知ってか知らずか、赤城にあくまで下手から具申する。
「姉様、こういう時は受け取らなければ逆に失礼かと」
「――――ええ、そうですね」
そう言って赤城はチョコを受け取って、丁寧に包を剥がす。
――――何となく、これが彼の全てに見えた。
隠し事ばかり。そして其れは、恐らく紐解くのが自分ではなかった。
自分に紐解けるのは、精々この包ぐらいのものだ。そんな風に悲しむこともなく、淡々と事実を受け入れ直す。
口に放り込む。
(苦い…………)
甘さは僅かで、苦味ばかりが広がっていく。堪らず悶そうになるが、耐える。
苦いものは苦手だった。
――――しかし、加賀が言った通り。受け取らないのは失礼だった。
メッキの優しさだろうが、労働への対価であろうが。受け取らないことだけは嫌だった、それが偽物だと分かったとしても――――拒否をすることで、彼は少しだけ悲しむから。
メッキを剥がすのは自分の仕事なんかではない、適任が居る――――
彼がボソリと申し訳なさそうに
「…………苦いの、ニガテですか?」
顔を覗き込んで尋ねかけてくる。
――――そんな顔をされてははいとも言えない。
「い、いえそんなことは…………」
「ああ――いや、絶対ニガテですよね。何かスミマセン」
本当に申し訳無さそうな顔で謝る彼をよそに、妹である加賀の方は面白くて堪らんと言わんばかりに湧き上がってくる笑いを堪えている。
「ま、まさか姉様が苦いものが苦手とは…………ふふふ」
姉譲りの魔女のような笑いが溢れるが、彼は気にせず諌める。
「ほら、加賀さんも笑わない。誰だって好き嫌いなんて有るだろ」
それはそうだな、と加賀はスイッチを切ったように表情を消した。
――――美味しいとはとても言えなかったが、赤城は溶ける最後まで味わい切った。
「それで、今夜も執務室でしょうか?」
赤城の問いに、提督は頷く。
「はい。『あの計画』、さっさと進めてしまわないと時間が――――ねえ?」
提督は一束の書類を投げながら答える。彼がちらりと見た日付は――――7月10日。
――――其処に書かれているのはやはり爆薬増量の申請書。だがどうにも通常の艦載機の其れとは違う表記がなされている。
「全く――――健康は結構だが、夜更かしばかりするものではないんじゃないのか?」
加賀が諌めるのに提督は困ったように笑う。
「あはは、まあ出来る限り気をつけるかね…………」
さて、手綱を握っているのは誰なのでしょーか!?
普段はコメディ調なので詳しく書いてないですけど、赤城さんの頭の中はこんな感じです。だからゲームと比べるとかなり改善されてるといいますか。
有能なのはグラブルのヴィーラとかで染み付いた「ヤンデレ=真理を見つけたもの」イメージからです。何かネジが外れてるからこそ凡人より速く辿り着けてるのかな、と偶に思います。
別に手パン錬金できる真理の話じゃないですよ。
来週から入るドシリアスの為に後半をちょい重めにしました。赤城スキーの皆様すいません、彼女はサブヒロインです。それは絶対に変わりません。
提督の話とかエンタープライズの捏造過去とか書きますけど果たして需要はあるのか――――と思いつつ、結局迷うのが愚かだと思って投稿予定にシュゥゥゥゥゥゥゥトしてあります。
事務報告ですが、投稿間隔1週間の法則はサヨナラします。この変則投稿も大いに関係していますよ、勿論ね。
だってラブコメシリアルパート、クリスマス特別編も有るんだよ?むしろどうやって1週間投稿で年末までに終わらせるんすか!?
クリスマスはクリスマスに合わせて投稿が私のポリシーですし1クールの終わりは年末ってそれアニメ界隈じゃ常識じゃないですかー。
という訳でめちゃくちゃ畳み掛けていきます。皆、頑張って追いかけて(他力本願)。