――――外を眺めると、今日は雪だった。ゆらりゆらりと落ちていく白い雪は、何処か幻想的でいつもの光景とはまるで違うもののように思えた。
季節というのはやはり良い物だ、同じ景色が色々な表情を見せてくれる。色彩豊かで、とても眩しい。
――――対象的に、部屋は不思議な物ばかりで飾られている。テキサスの酒場と、クリスマス直前の一般家庭を混ぜて割ったような、奇妙な雰囲気は暖かさよりも歪さが目立っている。
そんな部屋で、ただ二人。ぽつりと机に向かい合う男女が居るということになる。
「さて――――じゃあ、ラスボスは俺が務める」
「…………あなたの事だから、そんなオチだと思っていたよ」
分からない話でもないよ、私だってそうしたくなる。
――――
やはりどんなイベントも、参加してこそ楽しみを覚えるもので、それは勿論彼も理解している。だからこそイベントには主催者ではなく、参加者として介入してくるのが彼の基本スタンスだった。
だから土台からしておかしかった。彼は、自分が楽しくないことはしない。そして柄でもないことは、尚更したがらない。
『相変わらず黒幕になるのが好きね、さすがド畜生よ』
「そう俺を罵倒するな、照れるだろ」
偶に思うのだが、彼は本当に詰られるのが趣味なんだろうか? 甚だ疑問だ。
「なあ、指揮官。あなたは詰られると嬉しいのか?」
「当たり前だ、
あなた達の業界とやらが恐ろしくて仕方ないな。
――――それはともかく。足を組み直しながら彼を見て、状況について考え直す。
冷静に見て、彼はトランプを何処かにしまっている。そして握っているのは――――一枚のチップだ。これはつまり。
「コイントスで勝負、とか言い出さないと思いたいが」
「おっ、出来る女は分かっちゃうもんなんだな~」
見たくないものも見えてしまうとは此の事だ。私の呆れ顔に彼は口角を釣り上げる。
「大体、此処に来てトランプを使わないなんてルール違反――――いや」
言葉が止まってしまう。フッドのルール説明について必死で記憶を探るが――――無い。どんな文においても、彼女は
――――此方の様子に思考を察したのか、ご名答。と彼は指を鳴らす。
「そういうこと。じゃんけんでゲーム形式の決定権自体は決まる。それは明記してもらったが、その内容――――ゲーム形式自体には、実は全く触れてないんだわ」
如何にも屁理屈とブーイングの飛びそうな理論では有るが、主催者は他ならぬ彼で、犠牲者も彼となる大会だ。
彼がそう言ってしまっては、誰も口を挟む余地は無い。
『何というか――――アンタ。そんな屁理屈をその歳で言ってて、恥ずかしくないのかしら?』
「全く思わねえなぁ!? 俺がルールだギャハハハ!」
本来は唯の暴君の理不尽な暴論でしか無いが、今回ばかりは本当に彼がルールだった。
――――空気が凍ったのを申し訳なく思ったのか、彼は咳払いをして話を戻す。笑い方が酷いな、それだけで芸の一つまで来ているぞ。
「まあ、じゃんけんするか。エンタープライズが勝てば、トランプで勝負もあり得るぞ?」
そう言って彼は手を降って構える。
「結果なんて分かってる癖に、意地悪な人だ――――」
ぽん。言うまでもなく、負けた。
「んじゃあ、コイントスだ。獅子の方を表、山羊を裏と考えて勝負する」
シンプルな説明だ。まあ、内容もシンプルである以上は当然なのかもしれないが。
「但し――――賭ける面については
「良いか?」
つまり、事前に決めることは出来ないということか。
――――だから、必ず彼は開始と同時に何らかの策を講じるということ。それを明言しているようなものだ。
彼にしては杜撰な計画だ、裏があると見て用心するべきか。
こちらの疑念を読み取っているのか、彼の顔は薄い笑い顔のまま変わる様子がない。
「分かった。チップが手から離れている間にのみ賭けられるということだな?」
「そういう事」
わかってるねえ、なんて言って彼はウインクをしてくる。相変わらず陽気なフリをするのが好きな人だ。
――――深呼吸をして、大仰に構えて、指揮官がチップを親指に乗せる。
「んじゃ、ノーリミットで100枚な――――――行くぞ?」
「ああ」
答えた後に、急に今の状況が馬鹿馬鹿しくなってくる。
――――これで、勝敗が決まるわけか。何とも呆気なくて、何とも高揚する場面だろう。
今までの運以上に心をぶつけてきた勝負は終わって、本当に純粋な運に立ち返る。それは何処と無く酔狂では有るが、同時に――――賭け事として、理想だ。
酔狂は、賭博の根源なのだから。
「それじゃ――――よっと」
だが、そんな情緒は知ったことではない。
――――限界まで意識を詰める。
回転速度、回転ごとに移ろう重心、僅かに吹いている自然風、湿気、着地してからの跳躍回数予想――――全ての要素をただ、この一つの解答の為に集約する。
「なあ、エンタープライズ」
フェアに勝負? 出来ないな、勝てるならば――――正々堂々、全力で行くのが私の唯一の決まり事だ。
ただの予測なら、それは反則でもなんでもないだろう?
――――計算完了。裏だ。
後は宣言するだけ。
「決めた、う――――」
「好きだ」
「――――なっ…………!?」
な、何だ急に。まずどういう意味だ、タイミングも最悪だぞ。男性として恥ずかしくはないのか彼は。
知らない間に顔が熱くなる。
――――というかそれはライクか? ラブなのか? 指定が曖昧過ぎる。分からない、全く意図がわからない。
というか何故私?
大体どっちにしろ、私にだって心の準備というものがだな――――
「はい、終わり。俺の勝ちな」
終わった。ニヤケ顔の彼の言うとおり、確かにチップは、机の上に裏向きで置いてあった。
――――してやられた、のか? 今ので、本当に?
止まっていた吐息が漏れるように吐き出て来る。
「卑怯だぞ!?」
「おっと、俺が喋っちゃいけないルールとか有りましたっけ?」
いや、そんな事は誰も言ってないが。そういう問題ではなく。
「そっちだって艦の能力全開は良くないぜ、俺に分が悪すぎ」
「お互い様だろう!?」
そっちも相当な荒業を使ったと思うのだが。
「いやー、あたふたするエンタープライズは可愛いな~――――フッドさん、カメラに収めてます?」
「はい、バッチリと」
おい、待て。待ってくれ。
――――まさか、嵌められたのか?
「よし、明日もこれで飯が旨いな!」
「待って、待ってくれ指揮官。取引をしよう、な? 言い値で買うから」
思わず身を乗り出して彼に交渉を申し込んでみるが、彼はにやにやと笑いっぱなしでまるでまともに対応する気配がない。
「そんなの受け付けんよ、俺は? 大体――――皆もう一回みたいだろ!」
彼が観客席に向かって問いかけると――――待ってくれ。全員こっちから顔を逸らすんじゃない。誰か一人ぐらい私に何か言ってくれ、慰めでも構わないから。
――――いや、もうこの際それは諦めていい。良くないけど良い。
「というか、景品は――――」
「ああ、俺は別に意地悪じゃないよ」
私の質問が予想外だったのか、彼は目を見開いた後に困ったような顔を作る。
「だから俺の俺自身への命令は『準優勝者のお願いを一つ聞いてやる』だ。これで矛盾なし、万事解決だろ?」
そうか。二次被害まで出ていては本当に目も当てられない惨状になるところだった。
ほっと改めて息をつくと、彼はわざとらしく肩を竦める。
「ま、エンタープライズに賭け事教えたの他ならぬ俺だし? 師匠に勝てるなんて思わねえこったな」
そのまま手を上げて彼は笑った。それは事実だが、やり口が汚いぞ。本当に汚い。
――――――というか
「じゃ、じゃあ今のは――――冗談か?」
「んな訳無いだろ? 俺はエンタープライズの事は好きだよ、本当に」
「…………ふう。そうか、それなら良かった――――――もしあなたに嫌われていたらどうしようかと思ったじゃないか…………」
嫌われているなら――――――ちょっと、寂しいからな。
「アッ、待って尊すぎコロサレルコロサレタ――――ッ!」
突然目の前から彼が消えて、バタンと頭を強く地面に打つ音が響く。
――――何かおかしな事を言ったのだろうか?
『えぇ~バカップル二人組。見せつけるのを辞めなさい、問答無用で撃つわよ』
ユージンがスピーカー越しに何処か威圧感の有る警告を発令してくる。
「これは殺人事件よ瑞鶴、早くお姉ちゃんと一緒にエンタープライズを萌え殺し事件の犯人として書類送検しましょう!」
「翔鶴姉!?」
周りまで一緒にざわついている。
「何かおかしい事を言ったか?」
「だから天然たらしと言われるんだ」
加賀が溜息を付いてそんなことを言う。
「私はそんな呼ばれ方をしていたのか!?」
『ほら、もうオチもつきそうにないからカメラ止めなさいよ』
「で、プレゼントを考えて欲しいと?」
そうだ、とエンタープライズが肯く。
――――彼女の部屋は殺風景というか、スッキリとしていて彼は落ち着かない。
秘匿性が高い、とか尤もらしい理由で連れ込まれたのだが。それで彼女の願い事と言うのは――――
「『サンタクロースがしたい』って…………いや、個人の趣味をとやかく言うのはおかしい話だが、変わってるんだな」
普通は貰う側になりたくね、と提督は言葉を口の中に収める。
――――エンタープライズは察しが悪い彼に呆れているのか、バツの悪い顔になる。
「あなただって、私にくれるじゃないか」
「え? えぇ~、何の話かなぁ…………俺全然ワカンナイナー」
あからさまに下手くそなとぼけ方に溜息を付いた。
――――彼はサンタクロースを名乗ってプレゼントを窓から投げ込むテロ行為を行った事があった。
その為だけに窓から窓を渡ったりと中々リスキーな行為を繰り返したのも有名な話で、
『指揮官は戦闘より遊びの方が命懸け』
というイメージが根付く主な原因だった。
追求するのも不毛と感じてきたのか、彼女はあまり其処には触れないままに本題に戻す。
「まあともかく。プレゼントのチョイスはあなたが適任だと思ってな、手伝ってもらいたいんだ」
彼は此処に所属する艦の趣味嗜好を隅々まで把握している唯一の人物だ。変態みたいだが、普通に把握しているだけで悪用とかはしていない。
「別にいいけどもさ、他にも手伝ってもいいぞ? 衣装とかさ」
彼の提案に彼女は首を振る。
「そこまでは求める気はないさ、私の個人的な――――」
「よし、じゃあ衣装の種類について俺の見解を話そうじゃないか!」
「待て、話をちゃんと聞いていたのか!?」
エンタープライズが目を丸くして彼に強めの語調で言うが、彼は平然として言い放つ。
「聞いてたわけだが、遠慮するのは悪癖だ。もっと他人を頼れよな」
そのまま彼女を無視してスラスラと説明を始める。
勝者でありながら、勝ち取っているのに遠慮するという態度が気に食わないらしい。
それに彼も多少は頼られたいのだ。親離れというのも良いことにしても、やはり物寂しい所は少なからずある。
「まずは真っ当な真っ赤なサンタクロースだ。コイツは鉄板だが、鉄板過ぎて何というか――――」
もう止まらないか、と彼女は彼の説明に耳を傾け始めた。
――――確かに人を頼らない癖というのは彼女は身に付き切っていて、頼って良い所も頼らない事にも若干の自覚は有る。
それに、彼自身がやりたいというなら彼女から止める理由も無い。
――――作戦会議は、昼休みが終わるまで粛々と進んでいった。
「よし、『トナカイマスター』ゲットだぜ!」
彼は昼下がり、エルドリッジも行ってしまった執務室で小さくガッツポーズをした。グリッドレイにカメラを渡して写真をとらせたのは、大体殆ど、彼女の楽しそうな写真を手にするためだった。
別にストーカー趣味なのではなく、本当にお節介なのだ。本当に楽しそうなのかかなり心配していた。
――――其処にはいつも以上に楽しそうにプレゼントを渡している写真や、名前を呼ばれて呆れながらに訂正を入れる彼女の写真が幾つも握られていた。
「うん、楽しそうじゃないか」
何時もより何処か柔らかく彼は笑う。
――――――しかしそこの扉は突然に開かれた。本日二度目の其れにまた彼はビクリと身を震わせる。
サンディエゴの悪夢を思い出したらしい。
「おわっ!? 誰だ馬鹿野郎今の俺はひっそり鑑賞タイムなんだぞ――――――ってプライズちゃん?」
「ははは。「プライズちゃん」じゃなくて「サンタクロース」だと言っただろう?」
はいはい、と言いながら彼は厚着姿の彼女を見つめる。歩く度に長い銀髪が尾を引いていて、その姿は灰色の流星のように見えた。
――――普段の格好では寒そうだな、と彼は思っていたのでその暖かそうな格好には実際以上の安心感を覚えた。
椅子を回しながら彼女を見ている内に、ゆっくりと彼女がこちらに歩いてきているのに気づく。
「まだ何かあるのか?」
へらへらとした顔つきを崩さないまま彼女に問う。
「何かあるのか、じゃないさ。『小野君』、実は――――もう一つ、プレゼントが有ってな」
彼女は一際大きな箱を、机にどんと置く。これが目的だった、とでも言わんばかりに不敵な笑みを浮かべている。
重い物という雰囲気ではないが、今まで彼女が渡してきたものより目に見えて大きな其れは、異例という意味で奇妙な空気を放った。
「これは指揮官ではなく、『小野君』に私からのプレゼントだ」
――――彼は苦笑いをしながらプレゼント越しに彼女を見つめる。
「――――――コイツァ予想外ですな」
エンタープライズ――――「サンタクロース」は目配せをして、言外に「開いてみろ」と合図する。
――――彼は立ち上がって、その包装を紐解いていく。
「にしてもデッカイなコレ。何入れてんだよ?」
「開けてからのお楽しみという奴だ」
そうかい、と彼は子供みたいに彼女に笑いかけながら包装を解き終える。
――――開くと、其処に在るのは大量の紙。正確には、手紙だろうか。
彼は一枚を手にとって読んでみる。
『指揮官、いつもお疲れ様。そしてメリークリスマス!
――――ってやっぱ書くこと思いつかないや。あはは…………。
しょうがないから「テンプラ何時でも作ってあげる券」添えとくから勘弁して!』
右下に瑞鶴と書いてある。
――――もしや、と彼は彼女の顔を見て尋ねる。鋼鉄の瞳が、少しだけ輝く。
「全部?」
「全部だぞ、良いプレゼントになったかな?」
彼女は何時もとは違う、年頃の少女のような悪戯っぽい笑顔で答える。
少しだけ、彼はその表情に視線を右往左往させてしまう。
彼はいつもプレゼントを受け取らない。誰もがくれるものだから受け取りきれないというのも有ったが、彼は自分が受け取る側になるということ自体に抵抗があった。
受け取る権利がないと思っているフシが有ると言えば近いだろうか。
精々エンタ――――――「サンタクロース」がこうやって無理に渡すぐらいでなくては、全くと言っていい程受け取らないだろう。
誕生日だって、彼は彼女が無理にとでも言わない限りは受け取らないのだから。
そう思い立って始めたのがコレだった。準備は彼女一人でやっていただけあって結構時間がかかっていて、何だかんだと全員と喋った。
そしてこの手紙を書いてもらって、此処に総ての艦からの手紙が在る。
これなら何とか一つのプレゼントで、そして誰からの思いも詰まっているものになるはずだ。そう信じ続けながら彼女は何日もかけて少しずつ、少しずつ揃えてきたのだ。
――――――そんなこと、知ってか知らずなのか。
急にしんみりとなってしまったようで、帽子を深く被って紙を手に取っていく。
「…………有難う」
丁寧に言った彼の顔を彼女はあまり見つめようとはしなかった。
ただいつも以上に穏やかな表情で彼の全体を見つめた後
「良い夜を」
こう優しく答えて、見ているどころか、そのままあっけらかんと去っていった。
――――――しばらくして、一番下に彼女からの手紙が有った。
『メリークリスマス。これが届いているということは、「サンタクロース」があなたの元にはやって来たようだな。
実は彼女のプレゼントは更にもう一つ有って、恐らくこれをあなたは昼方に受け取ったはずなのだが――――聖夜の六時半。
食堂に来ると良い。あなたが敢えて抜いていた自分の席を、彼女が勝手に用意してしまったらしい。
丁度いい機会だ、偶には息を抜くと良い。
皆、あなたを待っているはずだ。』
右下にはEnterprise、と整ったようで、しかし何処か丸みを帯びた字で書かれていた。
――――行くしか無いな。彼は呟いた。
「なあ、グリッドレイ」
食堂で彼を待つ途中、通りすがった彼女に声を掛けた。
「何ですか、エンタープライズさん」
「指揮官の写真、一枚何ドルだ?」
笑って尋ね返される。
「何ドルが良いですか?」
「言い値で買おう」
今日は気分がいいからな、言葉通り言い値で買ってしまいそうだ。
気づけば私の頬は緩みっぱなしだった。
――――窓越しに外を眺めると、今日も雪だった。ゆらりゆらりと落ちていく白い雪は、何処か幻想的でいつもの光景とはまるで違うもののように思えた。
反射する光も、積もっていく白い絨毯のような其れも、新鮮でやはり美しい。
季節というのはやはり良い物だ、同じ景色が色々な表情を見せてくれる。色彩豊かで、とても眩しい。
――――こんな美しい雪の日にぐらい。彼も強がることはないだろうに。
呟きそうになった直後に、食堂の扉が威勢良く開く。
今夜は、良い夜になりそうだ。
「よく来たな、指揮官」
「それはそうと、主役だからと遅れて登場するものじゃないぞ?」