LuckyEは落とされない   作:杜甫kuresu

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――――ああ、俺は認めるべきなのかもしれない。
 俺の標語というのは「しみったれた、正しいふりをした中立主義者で在り続けること」だった。
 しかしとうとう、それは終わるかもしれない。

――――――いや、終わってたのかな。
 彼女の姿を見た時から、あの時からとっくに。



天体観測

「遅かったな、指揮官」

 

 気のせいか僅かにそわそわとしている彼女を視界で捉えられた辺りで、漸く俺の全力疾走は終わりを迎えたらしかった。

 息絶え絶えに空を眺めるが、確かに今日は絶好の天体観測日和であるようだった。

 

 彼女と一旦別れて、此処に来るのが遅れたのには理由があった。

――――何せ望遠鏡を探すのに手間取ったのだ。趣味としては最適なのだが、如何せん時間を取るし、最近の俺は余裕がなかった自覚が有った。

 自主的規制を行っていたと言おうか。こういう時に趣味なんて興じてみても、大体は魅力が見えなくなって嫌いになりがちだから。

 

 まあ何日も探さなかった物なんて当然のように置き場所を忘れていて、手間取ったというわけだ。

 忘れるというのは、何時になってもいい感覚ではないな。

 

「いや――――すまん」

 

 呼吸を整える。

 

「ま、待たせたな…………」

 

 恥ずかしい話、息切れは収まる気配がなかった。

 

 最近は運動不足だ。注意してくれる艦も居るのだが、特に今夜のサプライズには張り切りすぎたのか、尚更運動不足は悪化していたように思う。

 

――――割と本当にかっこ悪い俺だったが、彼女は特に気にするわけでもなく。

 いつも通り微笑んだ。

 

「構わないよ、ゆっくり歩いてきてくれても問題なかった」

 

 我ながら良い艦を持ったものだな、と感心する所だ。

 俺は自分より全然力のない上官に付き従って、笑って失敗を流してやれる自信がどうにもない。

 

――――人間嫌いも関係はしているだろうが、前世とやらの俺の意見も概ね同じだろう。

 

「お前は待ってるんだろ? じゃあ急ぐんだよ」

 

 取り敢えず、其れらしいカッコつけのような台詞と、胡散臭い笑顔で誤魔化してみようと試みる。

 

 別に虚栄心が強いとかではないし、それは嘘を言ったわけでもない。

――――ただ、昔から彼女の前ではどうにもカッコつけに走る良くない癖が有った。

 

 クソ親父が甲斐性なしだとうんざりするという経験上のものか、それとも違う理由なのかについては全く追求する気にならなかった。

 別に悪いことはしておるまい、ぐらいの図太い精神じゃないと此処ではやっていけないからな。

 

「相変わらず律儀な人だ。私は待たされても特に気にしないさ」

 

「俺が気にするんだよ。これだからグレイゴースト殿は駄目人間の気持ちが分からない、なんて言われるんだ」

 

 わざとらしく肩を竦めてみると

 

「それはすまなかったな」

 

 と彼女も何処と無く冗談っぽい色の声で返答した。

 

「じゃああなたの気持ちが分からない私は、あなたを無視して歩きだすとしよう」

 

「最低なやつだな」

 

 前言通りにスタスタと歩き出した彼女に、整いだした息を乱して小走りで追いついた。

 

――――何かいつもこんな感じの気がするな、と自嘲気味に內心笑った。

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

「ひええ、相変わらず整備もクソもねえ道だなあ」

 

 崩れた石レンガに躓きかけながら、文句ばかりを垂れ続けた。

――――というか。鎮守府内の領地で放置されてる時点で、整備されてないのは俺の責任とも言える。

 

 元々鎮守府が出来る前には、此処に大きな学校が有ったのだとか。小中高と続く形となるから、一つはたくましい生徒を作るために山中に建てよう――――なんて言い出したのは初代校長らしい。

 運動不足な現代っ子には良いムチだが、俺にはただ過激なSMクラブじみたイジメに類するムチにしか思えない。

 

 例えば寮舎はその内の高校の跡を流用したもので、実は此処の設備の設計及び配置というのは当時の其れを、もう少し軍らしく最適化しただけのものだったりする。

 まあ何せ住むのはうら若き乙女(と言うにはちょっと面子が百鬼夜行じみてるが)なわけで、それは俺の感覚的にも非常に都合が良くて合理的だった。

 

「はは、以前の指揮官はそれこそ天狗のようにひょいと登っていたぞ?」

 

 彼女が銀の尾を引くように難なく登っていきながら、俺に向かって振り返った。

 

「あの頃の俺が全盛期なんだよ」

 

 運動する機会は無いしな。一応俺は唯の人間だし、経年劣化で更に酷くなった道には対応しきれない。

 

――――其れに。あの頃は此処の視察について色々やったから地形がかなり詳細に頭に入っていて、ましてや此処に来たばかりの彼女と比べるなら、そりゃあひょいひょい登っているように見えるだろう。

 

 今の彼女のほうがよほど天狗じみている――――いや、それこそ()()()()()()()()()()()()

 とか言えばお洒落か? 気は利いてない、あの異名は本人が受け入れていても良いものではないからな。弄ってやるのも酷だ。

 

「いやマジでよく登ったよあの頃の俺」

 

 時々次の段差に手をかけるほどに高い段差が有ったりして、殆ど獣道を登ってるのと大差がない。

 

――――――一際高い段差に、とうとう俺の力の限界がやってくる。

 

「SA○UKEかよ」

 

 俺は体操選手でもなんでもねえっての。

 

 それも難なくスマートに登っていく銀色の彼女は相変わらず眩しい。眼に毒で、惹きつけられる。

 しかし何で俺が登れていないのに気づかないんだ?

 心ここにあらずって感じに見える。普段はそんな事するやつじゃないというか、むしろ少し周りを気にしすぎなくらいなんだが。

 

――――あ。気づいたらしい。

 

「――――ああ、すまない。置いていく所だった」

 

 急いでとんとん、と何処かの遊具に居るみたいに降りてきた彼女が、俺に手を差し伸べてくる。

 

――――高さおよそ1メートル70センチ上からの救援である。

 

「何か爺さんになったみたいだぞ、俺。なっさけねえ」

 

 彼女の手を取ると――――相変わらず暖かくて、何処か柔らかい。

 おっさんの手をご機嫌取りで握ってばかりの俺には、少々刺激が強すぎる。

 

――――いつも顔が直視できなかった。整った顔や、穏やかな表情にはどうにも俺はタジタジというやつで、顔を合わせにくかった。

 

「ちゃんと握っているんだ――――ぞっと!」

 

 突然ぐっと力を込められ、思い切り上に放り投げられる形で引き上げられる。

 

――――いや怖え! 

 景色が回ってるし、手を離したら死ぬぞこれ!?

 

「殺す気かよプライズちゃん!?」

 

「はは、死にはしないさ!」

 

 彼女は何が楽しいのか笑いながら俺をそのまま真っ逆さまに上に投げた。

 

――――――顔が死ぬ。

 

「俺がジェットコースターも苦手なの知ってるよな!?」

 

「そうだったか!?」

 

 遠くもない距離で、お互いに叫び合って対話する。

 

――――彼女を連れて行った時も、俺は高所恐怖症を遺憾なく発揮した覚えがある。

 スリル満点、みたいなアトラクションも実は苦手で――――――まあ。

 

(こっちが笑えばなんでも良いや)

 

 ぐらいに思っていたのを覚えているが――――――そりゃああの時も顔には出てたろうな。

 

「どっちも安全なスリルじゃないか!」

 

 そう叫んだ彼女が、重力落下で弾丸みたいになった俺の体を抱きとめる。

 

――――――うん。ちゃんとこうなるのは予想がつくんだけどさ。

 

「――――――な?」

 

 さながらビーズ○グ文庫のイケメンもかくや、という様な爽やかな笑顔で俺に問いかける。

 

「いや、怖い怖い。辞めて下さい」

 

 というかお姫様抱っこされる方が先で、しかも初めてって。

 

 もう色々収集つかねえよ。

 

「それはすまなかったな」

 

 レアな表情だが、続けて彼女はいたずらっぽく笑った。

 

 冗談にはなってないし、全くもって迷惑な話である。

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

「――――――漸くついたな」

 

 もう既に俺はゲンナリしていた。

 

――――――着いたのは廃校舎。確か、小学校だったか。

 寂れた時代も時代だからまだ校舎は木製だったりして、むしろどうやってこんな化石じみたものが残っているんだという様子だ。

 

「いや、楽しいな。こういう探検みたいなことはする機会がないからな」

 

 何が愉快なんだ。彼女は至極愉快愉快、といわんばかりに声を上げて大笑いする。

 

「いつの間にかスリリングに溺れてる娘が居て俺は悲しいねえ全くさあ!」

 

 拝啓クソ親父、子育ては難しいですねまる。

 

――――ほらほら、と彼女は俺の手を引いて校門をひょいと飛び越える。

 また投げられた。一応手は繋ぎっぱなしだが、にしたってコエエエエエ!

 

「やめなさいって!」

 

「面白くてつい――――な」

 

 ついじゃねえよ、何考えてるんだ。外傷で死ぬ前に心臓止まるわ。

 

――――無事着地。またお姫様抱っこで、とうにプライドというか最低限のラインの俺の気持ちはズッタズタであった。

 

「よくそんな器用に俺の精神をガリガリ削るな、おいこら」

 

「あなたには私も散々悩まされたからな、仕返しだ」

 

 はあ。

 

――――よく分からんが、因果応報なら仕方ないな。

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

「校舎内は至って綺麗なんだよなあ…………何か使えるかもしれん」

 

 大方割れてない窓を見ながら廊下の中央で言ってみたが、使う気はまるでなかった。

 

――――彼女も度々口に出すあの日の天体観測以来、変な感傷に浸って取り壊しはどうにかこうにか逃げてきている建物だったりするのだ。

 大体壊すのにだって金がいる。なんなら夏の肝試しにも使えるんだから、金を払って壊す意味が無いんだよな、実際問題。

 

「此処で感じる【モノの記憶】は、私がとても好きなものの一つなんだ」

 

 彼女がこちらに振り向いた。

 

――――どうにも、年月をある程度経た【モノの記憶】というものを断片的に見ることが出来るらしい。

 彼女というか、ある程度の練度を持った艦全てがそんな事を言っている。ぼんやりしてるかはっきりしてるか、感覚として理解しているか否かは有ったが大体

 

『言われてみれば其れは解る気がする』

 

 という旨の返答だった。

 一応研究は進めてみているが、これは何というか――――――理屈では一生説明できないものなのは何となく勘付いてきている。

 言ってしまえば『付喪神の認識』とか、そんなところだろう。元物質であるからこそ、そんな面白い芸当ができるのかもしれない。

 

【――――いやあ、何とも美しい世界を彼女達は知っているのだろうなあ】

 

 良いことだ。

 

――――――そして其れを『他人と初めて共有した』のは彼女だった。

 信頼の証と受け取っておくべきか? ちなみに記憶の鮮明さも、恐らく彼女が一番だと思う。

 

 まるで経験してきたように語るものだから、時々びっくりしてしまう。

 

「知ってるか、指揮官」

 

 彼女はまるで此処の生徒だったように、慣れた様子で掠れた点線の左側を歩いていく。

 

「此処では誰もが笑っていたんだぞ」

 

「喧嘩はしていたし、怒られもしていたし、時には憂き目には遭っていたが――――それでもあなたが見たがる物を、沢山此処は覚えているんだ」

 

 羨ましいこったね、と俺は本心から恨めしく笑う。

 

――――そんな世界なら、誰も不平等ではない。

 こういう閉鎖的な社会には、時偶そういう理想の世界が存在できるのは何となく感覚で理解できる。

 

「他にも沢山の場所でそういう物を視てきた――――――羨ましいだろう?」

 

 少年じみた屈託のない笑みで俺に問いかける。

――――――嗚呼。俺にはその笑い方が、もう出来ないな。

 

「全く羨ましいを通り越して、妬ましいね」

 

 多分、本当にそうなんだろうな。全く疎ましくて、妬ましくて、羨ましい。

 

――――――そうやって綺麗な世界を多く知ることの出来た彼女を、やっぱり羨ましいし、だけど心から祝福できる。

 

 誰もがそう在れるなら、俺はこんな人生に拘りはしないのだから。

 

「もっと妬むと良い。この記憶を尚鮮明に、私が遺してみせる」

 

「食べちまいたいねえ、いっそ記憶ごと」

 

 それは困るな、と彼女はまた笑った。

 

――――今日は何時になく、純粋に子供みたいに笑うものだな。少しだけ違和感があった。

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

「さて、漸く着いたな」

 

 彼女が呟いた。

 

 掛けられていた時計は午後二時を示す。当たり前なのだが、まるで出鱈目なのは間違いない。

――――夜風が珍しく寒くない。むしろ何かを歓迎しているみたいに、涼しい程度の良い風だった。

 

「何処かの誰かさんが散々扉を開けて回らなけりゃ、もっと早く着いたのになぁ?」

 

「そうか、それは悪かったかもしれない」

 

 嫌味混じりに言ってやるのだが、まるで気にせず飄々としている。

 だって全部の扉を開けて、中をゆっくり回っていくんだぜ? 俺は其処の記憶なんて無いんだから、正直ちょっとだけつまらないと思っちまうよな。

 

――――でもそれを気にしないんじゃなくて、そうかと思える辺り。

 やっぱり彼女は強いというか。何というかなあ。

 届かないよ、その感じには。

 

「だが良いじゃないか、廃校舎探検隊の喜ぶべき二回目の活動だぞ?」

 

 そんな名前つけたなあ。横顔だけで笑っている彼女を見て、昔を思い出す。

 また年を取った錯覚が酷くなる。やっぱり過去語りは一生しないと静かに誓った。

 

――――最初は俺が手を引いて段差を登って、何処と無く内心穏やかで無さ気な彼女を、無理矢理に校門をくぐらせた。

 こんなものが有ったんだと紹介しながら、そしてその日も午後二時を指している時計の在る――――――屋上に、これくらいにやってきた。

 

「今日の俺達は『廃校舎で天体観測し隊』だぞ? 忘れたのか?」

 

 言った覚えもないがな。

 

――――そうだったそうだったと笑われた。

 

「それじゃあ名前の通りの活動をしようか」

 

「そうだぜ、もう廃校舎探検隊は解散だ解散」

 

 生返事気味に答えながら望遠鏡を組み立てていく。

 

――――まずは三脚をつけるんだったか。

 三脚を組み立てながら、各地に散らばるネジを順々と締めていく。

 

「いやあ、やり方わっかんなくなってるな――――――」

 

 呟く刹那、

 

「ほら、そこのナットを締めなくては」

 

 そんな彼女の言葉が脳内に残響した。

 

――――普段なら考えられないほど、吐息のかかる距離で彼女が俺の組み立てていく様子を眺めている。

 動揺を隠せるわけもないが、隠して作業に没頭しようと躍起になる。

 

「いつの間に覚えたんだ?」

 

「買ったからな」

 

「え?」

 

 思わず振り向いた。

 

――――――彼女が買ったもので俺が知っているのは数少ないが、そんな高額な物に関しては把握しているつもりだった。

 深刻な親離れを見た気分だ。

 

「あなたのせいだぞ、星に魅入られたようだ」

 

「最高じゃねえか、存分にその惚ける感じに酔いしれるんだよ――――――今のうちに」

 

 俺みたいに、楽しめなくなる前にな。その部分の言葉だけ、伏せた。

 

――――――三脚と架台はくっつけた。

 次は望遠鏡自体を架台に取り付ける。

 

「えっとだな、次は筒受けに――――ここだ」

 

 差し込みながら、内心そのぴったりとした感覚に得意気になる。

 

――――螺子を回して固定していく。

 一通り終わっても、相変わらず心配症な俺はもう一通り確認する。

 

「完璧だぞ、ファインダーに移ろう」

 

「ばっか、そう油断して失敗するのが俺なの」

 

 まあ確かに不備はなかったけどもな?

 

――――――自分の作業の完璧さを信じれるのは、其れは其れで強さだよなあ。

 

 まあいいや。次、ファインダーだなっと――――ここはそんな苦戦するところもない。

 

「終わり終わり、順調順調」

 

「調子が良いな、隊長殿は」

 

 隊長は――――――本当に俺だろうか。

 

――――トレイなんてさっと取り付けて、ピントを合わせる。

 

――――――いや本当、俺は前を歩けない男だと思うのだ。

 いつも彼女が先陣を切って、割と大丈夫じゃないくらい傷をつけてきて、それに現状確認しながら、未知を下向きに眺めながら歩いて行く臆病者なんだと思う。

 俺だけでは何も出来ない。

 

 其れを忘れて傲っていたから、今日のように彼女が崩れそうになってしまうのだ。

 

「――――オッケー。隊長は一足先に試しに観測してみよう」

 

 抑揚のない口調で言ってしまっていたのに、自分でも気づかなかった。

 

――――倒れてからでは遅すぎる。其れは俺の人生がよく物語っているだろう。

 

 母親は弱音を吐けないままだったし、俺は何かを成すには何処と無く遅すぎる感じがするし、あのクソ親父が失踪するまで――――その研究馬鹿たる所以も顧みれなかった。

 

 失敗ばっかだ。そんな人生だから、出来るだけ先回りを心がけてきたつもりだったのだ。

 もう誰も時間に取り残さないように、俺の不注意で手から零れ落ちないように。

 

――――でもまた、そうなりそうだったんだ。同じ間違え方をしそうだった。

 やっぱり俺は馬鹿で、愚か者で、いつも一手遅いのだ。

 詰みの王手だからといって、其れを一手後に出しても意味がない。そういう将棋の当たり前のルールにすら思えない、世の中で最も単純すぎる「時間の」ルールを、俺は守れていない。

 

「見える見える。んじゃあ何見るよ? 夏の大三角から行っとくか?」

 

 心ここにあらず、は今度は俺の方だった。

 

 だがそういうのを誤魔化す手段だけは大量に用意できるようになったから、今回もきっとバレたりは――――――。

 

「指揮官――――――何を考えているんだ?」

 

 アレ? 誤魔化せなかった。

 

 おかしいな、何時もはこれで万事解決だろ。俺が勝手に苛まされて、でも結局環境は俺を放置して上手く回って、何も出来ないことに俺が勝手にまた苛まされて終わりだろ?

 

 何でコイツが、こんな辛そうな顔をしてるんだ?

 

「何言ってんだよ、俺は今メインディッシュから行くべきかとかそんな事をだな――――――」

 

「なら――――――そんな泣き方はしないさ」

 

 は、と俺は変な声が出た。確かに目元を触ると――――――恐らく涙らしき物が流れてきていた。

 

――――何でだ? 俺は今、何処で泣くべきだった? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 親が死んだ? いやいや、そんな奴いっぱいいる。

 

 無力感で一杯だ? いやいや、それだって皆少なからず思うだろ。

 

 また彼女が泣きそうだから? いやいや、其れは俺のせいなんじゃないのか?

 

――――――じゃあ俺が泣くのは、間違ってるだろ?

 

「わ、悪いな。何で泣いてんのか分から――――――」

 

 すぐに、彼女が俺を抱き寄せた。

 

――――――温かい。言葉が無くなってしまったようだ。

 母親にとても似た感触がして、あのクソ親父を尚更いつかぶっ飛ばしたくなって、其処で一緒に礼を言ってやりたくもなる。

 

「なあ、あなたが何を考えているかなんて私には分からないから――――――だからこそ、聞くぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたは、辛いんじゃないのか?」

 

 違う、違う。それはおかしい、笑い話にもならん。耳元から届いた震える声を否定する。

 

 何で俺が辛くなる必要がある?

 もっと不幸なやつは沢山いる。艦が最たる例で、だから俺は今足掻いてる。

 

――――俺は、俺はだな。

 何だったかな、もう分かんねえや。

 

「逃げるな、あなたは辛い。それで良い」

 

 はっきりと言い切られるのを、即座に否定する。

 

「いやだって、俺は辛い目になんて」

 

 そんな優しい言葉をかけないでくれ。

 

 せっかく誤魔化してきたハリボテがぶっ壊れちまう。

 

「遭ってるんだ、あなたはそう思っている」

 

「でも他に一杯――――――」

 

「違う! あなたがそう思うなら、それが真実じゃないのか!?」

 

 何になのかは分からないが、本日二回目。怒鳴られた。

 初めて、そんな言葉を投げかけられた。

 

――――だって俺はいっつも空回りしてる使いみちのないギアみたいなもんだ。

 一人で回っちゃ何も動かせないから、必死でパーツをかき集めて、何とかそれらしくなった何かを動かしているだけの無意味なパーツ。

 

 だから誰もそうは言わなかった。だって、そう思わないから。

 

――――だって。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 勝手にから回ってるパーツの何処に、涙頂戴できるんだよって話じゃないのか?

 

「いやでもよ、俺は恵まれてるだろ? 成りたいものになって、目指すものをちゃんと追えていて――――――まるで主人公にでもなったみたいだろう?」

 

 それこそ、二次創作の主人公みたいじゃねえか。最高の無双モノみたいな人生だろうに。

 

――――――違う、と彼女が俺の左肩を濡らしながら叫ぶ。

 

「認めろ! あなたは辛くて、でも頑張ってるんだ! それじゃ駄目か!?」

 

「―――――駄目だ! それは、それはだな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺が耐えられなくなる」

 

 だってそうだろ?

 

 不幸で、でも他人の為に頑張って、でも報われないって考えたら非常に不味いんだよ。

――――俺は今まで通りで居られない。

 

 耐えられない、そんなのしかかる現実からは逃げたくて仕方ない。嘘をついて、走って逃げ出したくて仕方なくなる。

 俺はお前みたいに強くないんだ。

 

「じゃあ辞めろ! 私はあなたが傷付いているのはもう見たくない!」

 

 じゃあ辞めろだと? そんなの今更、今更――――――でも、そうだな。

 

――――誰かが大事に思っている物を敢えて壊すのは何か、違う?

 多分違うよな、うん。

 

――――それじゃあ認めなきゃな。現実ってやつを。

 此処は、フィクションじゃねえ。

 目の前でコイツが泣いてる以上、俺は其れを()()()()()()()()()()()。それは間違いないな。

 

――――――――ぎりり。錆びたギアは、止まれなかったという事だろう。また人の為で、自分の事ながら馬鹿馬鹿しい。

 

「………………ゴメン。お前が辛いとは思わなかった」

 

 其処まで全力で泣くほどだとは、ちょいと予想外。

 涙脆いんだな、くらいで昼の時は流しちまった。

 

「だからあなたは馬鹿なんだ! 私がどれ程あなたが心配で堪らないのか分かっているのか――――!?」

 

「…………一生分からないだろうな」

 

 だって他人にはなれないから。

 

――――出来れば背負ってやりたいが、その哀しみはお前しか背負えない。

 だから俺達は誰も救えない。無力なんじゃなくて、力が有ってもそんなことは不可能なんだ。

 

「私はさっき認めたぞ? あなたの事が好きだ、大事だ、手放したくないし傷つけさせたくない!」

 

 それは驚いたな。ちょっとしたビッグバンが起きた気分がするぞ。

 男らしいにも程がある、俺はこんな当然のように人に好意を伝える人間には一生なれない自信がある。

 

 尚更、お前が眩しく見えてくる。

 

「あなたはどうだ? あなたが本当の意味で、これからずっとそんな地獄で――――――歩いていたいのか!?」

 

 んなもん、決まってるだろ。

 

――――俺は人間だ。

 エゴの塊で、

 利己的で、

 結局自分大好きで、

 人なんて自分を満たす道具でしか無くて、

 世界は全部自分の為に回ってほしいと願うことが在る―――――――愚かで立派なハリボテの王である霊長類様だ。

 

「嫌だな、そりゃあ逃げれるもんなら逃げる」

 

 もう良い、だからその肩を離してやる。

 

――――――だからあの日、少し不安だったんだよ。

 だってこの娘、こんな感じだから俺を本気で心配しちゃうだろ? なまじっか、それなりにだけど理解しちゃうだろ?

 

 そういう奴は出来るだけ遠ざけるべきだったんだなって、花火の後で思った。

 

 俺なんか、さっさと嫌いになってもらうべきだと静かに後悔もした。

 

――――そして今は、即決即断に欠く事に後悔している。

 ちゃっちゃか切っちまうんだった。

 

「大丈夫だよ、俺は崩れ落ちない」

 

「お前まで泣くこたぁ無い、馬鹿は馬鹿のまんまだ」

 

 お前が泣いたって、世界が怒ったって俺は変わらない。

 

――――馬鹿ってのはそういうもんだ。

 

「俺はさ、もうこの人生に大した意味なんか見出だせないからこういう酔狂なことしてんだよ」

 

 だって、二回目なんてつまらないぜ?

 

 子供と直に触れ合ったらその包み隠されてない悪性が頭に染み込んでくるし、親と喋っても何処か後ろめたくて温かい筈の愛情を歪んで受け取っちまう。

 周りから受けたどんな評価も「其れは俺じゃない」って捻くれていく。控えめに言ってクソなんだよ、この人生。

 

 やってらんないから、何か意味が欲しかった。今も欲しい。

 

「こういうやつは勝手にぶっ壊れるまで放置が吉だ。ただのイカレ野郎にまで、お前みたいな良いやつが本気になってたら――――――世の中の優しさってやつがいよいよ配分が不平等に過ぎるってもんだ」

 

 あぁうん。言葉を聞き入れてないだけなのは解る、彼女の言葉を聞き入れられていないのは俺が一番分かってる。

 

――――――何せ、初対面はゲームだからな? あっちじゃケッコンまでしちまった、もう目の前の彼女だってホログラムみたいに見えてる気がする。最低で、嫌になる。

 そんな理由で実感が持てないとか言ってる薄情な野郎に、優しい誰かは必要ない。

 

 一生苦しんどけ、そして泣きながら死ねばいいと俺は思う。だからそうするんだ。

 

「――――――――嫌だ」

 

 ポツリ、呟いて彼女が少しだけ動いた気がする。

 

「ん?」

 

「私は嫌だ」

 

 押し倒される。抵抗なんか、まるで出来ない。

 こんな時ばっかり、くっつけてきたパーツが役に立たなくて苛々してくる。

 

――――――無理矢理に奪われた唇から、頭が発火しそうになる。実は、二度の人生を合わせて初めてのキスだった。

 感触はもう思い出せない。

 

「お、おい何してるんだ!」

 

「あなたはもう他人の為でなければ止まらない」

 

 そ、其れは事実だが。多分そうなんだろうけど。

 

 だからって無理やりキスする必要はねえだろ。体を大事にしろって言うんだこの娘は。

 

「私は手段なんて選ばない、こんな体に価値なんか見出していないのだしな――――――あなたの為になら何だって捨ててやる」

 

 いや待て、待て、ネクタイを解き出すな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「辞めろって!」

 

 ぱしんと。初めて人の顔を本気で叩いた。

 

――――――何でだ?

 此処で適当に流されて、そのまま放置が案外一番俺が上手く立ち回れる人生だった可能性、高くないか?

 それで成り行きでこの娘の前でだけ立ち止まってやれば、それで誤魔化せなくても、分かり合えなくても歪なりにいい関係だったろ?

 

 多分、納得してくれるだろ? 俺はまだまだ苦しんでも許されるだろ?

 

――――――()()()()()()()()()()()()

 何で今俺、怒ったんだ?

 

「あ、ご、ごめん――――」

 

「やっとか」

 

 刹那、彼女がまたポロポロと泣き出した。

 

――――今日の彼女は、何だか情緒不安定だな。俺のせいなんだけど、それにしたってこう理由が不明瞭だとちょっと心配になる。

 

「――――――あなたは、どうして私の頬をぶった?」

 

「え、いやそりゃあ」

 

「私とでは嫌だったからか?」

 

 其れはない。幾ら俺が頭が馬鹿になってても男は男に違いないし、何より彼女の見目は俺の理想形だし、性格だって大好きって感じの部類だった覚えがある。

 それは今も変わりない。

 

 え、だから。

 

「――――――それが、あなたの望んだことだからだ。理屈じゃなくて、心からしたいことだったからだ」

 

「当たり前だろ、体は大事にしろってんなもん――――――」

 

 途中で言葉が止まった。

 

――――ああ、うん。言いたいことがやっとぼんやりと伝わってきた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今はコレだけやってやっと――――という風に見えるが。あなたはちゃんとしたいこと、したくないことが有るのだろう?」

 

「――――――――成る程。気づくのに時間かかったな、こんだけの話」

 

 馬鹿だな、俺ってやつは。

 

――――理屈じゃなくて、心からやりたいことは確かに別だった。

 今のが分かりやすいのだったらしい。

 

「あなたはあなたに誠実であるべきだ」

 

「それはあなたが作ったルールじゃない、作った外面じゃない――――――あなたは心からやりたいことに関してから、逃げ過ぎなんだ」

 

 そっか。確かに其れは、そうだったな。

 

――――――怒ってた理由が分かった。

 誠実に生きることってのに、真っ向から反してるからか。

 

「それで良いんだ、全てそうじゃなくていいから――――――1つぐらい、したいことをしても誰も責めない」

 

 彼女の涙混じりの笑顔に、思わず俺が抱き寄せた。

 

――――――いや、やっぱり温かくて柔らかいな。俺より怪力で、俺より強くて、俺を変えてくれた奴とはとても思えない華奢な体つきだ。

 

「今回の俺がしたいことはコレだ、キザだろ?」

 

「――――――――馬鹿だからな、仕方ない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくずっとそんな感じで、その内寝転がりながら星を見て、だんだん二人で馬鹿みたいに笑いだして―――――その日は帰ることになってしまった。

 

 彼女の大胆過ぎる告白に関しては保留。次の日とか辺りに、ちゃんとした返答をしたいと答えておいた。

 逃げないさ、もう逃げるのは辞めだ。それで傷付く人が居て、多分俺も辛いんだからな。

 

 ああ? 今回のオチ? 誰も考えて無さそうだよなあ、其れは。

 

――――だが俺は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

【やっぱりLuckyEは落とされない】

 

 未来永劫そうだ。俺が立ち向かっても歯が立たないなら、もうあの娘は世界最強で、ずっと俺が守ってやりたい、支えてやるべき理想の女性に違いない。

 

――――――と此処までを振り返って、今思うと。

 出会った時に助けられていたのは…………。

 

 

 

 

 

――――――どっちだろうな。

 どっちなんだ? アンタは、知ってるかい?




在るべき姿に自分を縛る彼
在りたい姿に自分を放つ彼女

交わりませんよ? 理解し合えませんよ?

今回何かが解決したりはしてません
ちょっと彼が我儘になる方法を覚えただけです

真逆同士が理解し合えるみたいな、そこまで俺は綺麗で優しい世界が書けません
それはそれですっごい綺麗で好きなんですけど、書けないものは書けないですね


――――――でも、だからこそ惹かれ合うものです
人間に限らず、世の中の何でもかんでもが「自分にないモノ」が大好きです

俺はそう思いますが、貴方はどう思います?

案外真逆で、理解し合えなかったりするかもしれませんね


面白くないけど、笑えます

そういう世界が最近は結構好きなんで、二次創作なりにそういうの込めて書きました



ご精読、感謝致します。
次も良ければ何処かのお話の、見飽きてたりするかもしれないあとがきで。
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