「なあ指揮官、ちょっと良いか」
突然に白い耳をぴこぴこと動かしながら加賀が彼に尋ねる。
――――没頭していた書類作業を一通り終えたのか、ペンを置きながら提督が目を抑えて返事をする。指の隙間から侵略してくる太陽光線と、彼の虹彩が戦争を始めた。
「どうしたの、加賀さん」
「さん付けはやめろ、何というか――――むず痒いからな」
加賀がぱっと目を逸らしながら弱々しく呟く。珍しいな、と能天気に提督は彼女を改めて眺める。
白髪に白い着物、交じる青がアクセントになっている出で立ちはどことなく冷たい印象を与えるのだが、実の所はバトルジャンキーと来る。
一応は書類上で性格は知っていたが、彼もひと目見た時はまさかこんな戦闘狂だとは思っても見なかっただろう。
見た目だけだと非常に落ち着いているのだ、というか実際戦闘以外ならそうなのだが、残念ながらここは鎮守府だ。
そしてここの艦の例に漏れない派手な服装。胸元が大きく開いていたり、スカートが短かったりとさすがに提督でも目のやり場に困るという事案が多発している。ある意味自信があるということなのだろうか、本人はあまり意識している様子は無いが。
「まあまあ、俺はこっちの方が何というかしっくり来るからさ」
ふらふらと手を降ってマイペースそうに笑う彼に、加賀は眉を顰めて少し不満そうな顔をする。
そっちがしっくり来ても、こちらはそうでもないのだ。とでも言いたげである。
「それでどうしたの? 珍しいね、作業中はいっつも俺に気を遣って喋りかけたりしないのに」
「ち、違う。書類と向き合っているお前の顔は見苦しいからな、違うことについて考えているだけだ」
加賀が必死で取り繕う。提督は全く動じる様子はない。
――――こんな事ばかり言う割には意外と気を使う性格、というのはさすがに提督も察している。喋り方で誤解はされるが、取り組むということ全般に関してシビアなだけで、第一印象より人柄そのものは柔らかい人物だ。
普段の言動のせいで、初めての秘書艦になってもらった時に
『委託に出かけた子たちが帰ってきたな。軽食を少し用意するから、先に行ってくれ』
と言い放った時は彼も目を剥いたものだが、相方について考えだした辺りで――――まあコメントは控えるが、フォローに慣れてしまったのだろう。
なら有り得なくもないか――――そんな風に提督も考えるようになった。
「ははは、そんな感じの方が嬉しいな。別に気楽に秘書艦はやっていいしね、俺も会話は息抜きになるし」
秘書艦はもっぱらローテーションになっている。エンタープライズが本来は常任だったのだが、あまりにも完璧にこなすので逆に息抜きが必要なのではと心配になる、という結論が出たからである。
彼自身、エンタープライズに気を遣っていたのは嘘ではない。
だが、それ以上に色々な艦と一対一で会話する機会を設けようという思惑も少なからず有った。この方式になってからは実際、艦個人との会話も少し増えている傾向にある。
加賀が咳払いをして誤魔化す。
「こほん――――それで、お前とグレ…………エンタープライズの事だ」
グレイゴースト、と呼ぶのを避けるのは加賀なりの拘りだという。これからは肩を並べて共に戦う、ならば正式な名前で呼ぶべきだ、それが認めたものへの云々カンヌン。
――――要はこれを機にちゃんと名前を呼びたかったのだろう。そういう律儀さは提督は買っているつもりだ。
確かにタイミングを見失うとこういう事例は起きがちだが、それにしたって言い方がちょっと遠回し過ぎる。彼女の不器用さ――――に関しては、提督も少し困っている。
「俺とエンタープライズ? どういうことかな」
「とぼけるな、馴れ初めについて聞いている」
彼は決してとぼけていたのではない。あまり自分には見所が無いと思っている性格ゆえに、まさか自分まで話題に登るとは本気で思っていないのだ。
これ以上適当に喋ると彼女が怒ると思ったのか、提督は顔を引き締めなおす。
「うーん? 面白い話が欲しいんだろうけど…………」
提督は思案を始める。
実際この二人は結構ドラマチックな
エンタープライズも
『あの人が嫌だと言うなら、私も言えないな』
と笑って誤魔化すばかりで、まるで教える気がない。
彼は過去語りが嫌いというのもそうだったが、何より戦いの更に一番激しかった頃の話は尚更したくなかった。
平和な世の中なら、平和な話題を持ってくれば良いのだ。
「あぁ~、そうだね。加賀さんがあの娘と喋りやすくなるように弄るネタなら提供しようか?」
「いやそういうのを求めているのではない」
「デスヨネー」
求めていないことはない。だがタイミングは今ではないと、加賀は内心呟いた。
加賀は茶を淹れ始める。どうやらコレ以降の会話は休憩に入ると判断したらしい。
「あ、でもなでもな? 最初はもっとしおらしかったんだぞ、それこそ君達を沈めた記憶が何か引っかかってたみたいでさ~」
軽口でも叩くように話す提督に対して、加賀は不機嫌な顔になる。
「明らかなシリアスをさも面白い話題かのように話すべきではないぞ」
御尤もな意見だ。此処はそんな重い話をする世界ではない。
「まあそういう見方もあるけど、笑い飛ばせるようになったのはあの娘も一緒だ。一周回ってこういうこと一緒に笑えるぐらいで丁度いいと俺は思うよ?」
妙にすぱっと斬るような言い草に加賀は言葉を淀ませてしまう。
「む、それに異論は無いが。トラウマなんてさして良いものでも無いからな」
茶を置いて、手を組んで考え込みながら耳をピコピコと動かす。
提督はあの耳をなんとか触りたいのだが、くすぐったいらしく触らせてもらえた事はかなり少ないのだとか。
一度触った時は殆ど不意打ちだった。新型の艦載機の設計を見せてやると、小さい紙を一緒に見るふりをしていきなり触ったのだ。何となく手口に覚えが有るというなら恐らくト○とジ○リーだろう。
ちなみに非常に怒られた。加賀が涙目だったのはそれきりだとか。
真面目に考え込む加賀が予想から外れてしまっていたのか、提督は少し無理に話を転換する。
「というか加賀さんもっと柔らかい喋り方すれば良いのに。可愛いのに絶対に損してるって」
へらへらと笑って提督がからかう。思い出したように茶を啜って相変わらず美味しい、と妙な絶賛をする。
珍しく加賀が顔を少し紅潮させて目を逸らす。
「私はそういう艦ではない。お前の言う通り、俗にいうバトルジャンキーという奴だ」
それは否定できん、提督は内心で頷いてしまう。
――――いつの間にか書類を纏められている。加賀はいつものことなのだが意識させない仕事というのはそれはそれで才能だ、提督は誇らしそうに笑う。
「でも口で言うより優しいし、真面目だ。本当の性格通りに見てもらえたほうが楽だよ?」
「何が狙いだ」
「ナンパ?」
「ノープランと同義だな」
彼に海戦以外にプランが有ったことは殆ど無い。今のナンパ発言も絶賛ノープランである。
加賀は提督のプラン、という言葉が何か引っかかったようだ。
「そうだ…………プランだ。指揮官、次の作戦は大規模な航空戦だと宣ったな?」
突然に目を細めた加賀の冷たい雰囲気に提督は足が一瞬だけ震える。
「あ、はい。言いました言いました」
「お前が断続的な発艦では制空権が不安になると言っていたからな――――案がある」
いつも通りの獲物を狩るような目つきで笑う加賀に、提督は怯えているような安心するような妙な心持ちになる。
今の彼女が本性なのか、それとも普段の彼女が本性なのかはよくわからないが、輝いているのは良い事だとのことだ。
「と言っても構造は簡単だ。主力を三部隊に分けて――――そうだな。指揮官、織田信長の三段撃ちは知っているか?」
「勿論だ、天下布武のあの人だろ――――」
そうして彼女と提督の二人きりの作戦会議が始まった。彼女が秘書艦になると、半ば恒例行事となっていることだ。
彼女が兵法にも通じているのは彼にとっても有り難いことなのだが、其れ以上に加賀の眼が輝いている方が彼は嬉しそうにも見えなくはない。
「何処でこういう作戦とか思いつくんだ? 才能の源泉を知りたいなあ」
夕方時。長い二人きりの作戦会議が終わった時に、彼が唐突に尋ねる。
加賀は唸って考え込む。思い当たるフシが無いらしい。
「源泉と言われても――――暇だとこういう事ばかり考えるからな、嗜好の問題じゃないのか」
バトルジャンキーの見本のような回答に、提督は頭を掻いて困り笑いをする。
だが嘘を言ったわけでもないのが問題で、これ以上に真理をついた答えを彼女は思いつきそうになかったのだ。
「やっぱりバトルジャンキーであることは否めないよな…………」
――――ちなみに彼女の考えた機動部隊を三部隊に分ける三段撃ちの応用のことは、後に『三段式航空理論』と言われる理論に繋がることになるのだが、まあそれは全く関係のない話である。
本人曰く
「数がいるから出来る戦法だ。『あの時』には思いつきもしない――――言ってしまえばゴリ押しという奴だ、どちらかと言えば『アチラ』側の発想だが悪くも無いだろう?」
とのことである。
なんか加賀さんは口程厳しくない人ってイメージ有る。何か相方がアレだから(発艦の音)気苦労の多い繊細な性格になっちゃってるような感じ。
強化する度に何か兵法思いつくらしいので「戦術の鬼才」という二次ネタを扱っていますが実際別の世界の加賀さんも兵法には困って無さそうな匂いするし案外公式設定かもしれん。
何回ボイス聞いても優しい人の気がしてならないんだよなあ…………好感度上がっていくときのボイスとかが素の性格の気がする―――――しない?
その内わかりますが赤城さんは完全なギャグ枠です。そういうはっちゃけてる時のあの人が私は好き。
これは余談ですけど、作者は基本的に無軌道なのでサブタイとかあとがきが狂っててもスルーして閲覧するのをお勧めします。特にこの小説だと私のテンションおかしいです。