LuckyEは落とされない   作:杜甫kuresu

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ある日彼女はこう尋ねた。争いのない日は来るのだろうか、と。


e1:Day without the fight

「そうか、瑞鶴は日々邁進しているんだな」

 

「ええ、『グレイゴーストに絶対勝つ』が口癖なんですよ? 本当に」

 

 その様子を思い出したのか、翔鶴は心の底から楽しそうに小さく笑った。

 

 エンタープライズもその様子を聞いて安心したように頬を緩ませる。何だかんだと理由は数あれど、努力すること自体は悪いことではないから、そういう方面に向かってくれたなら彼女にとってはとても嬉しい話だった。

 

 二人は通路を歩きながら話を続ける。

 

「私ばかりに拘ることも無いのだが、まあ言っても聞かないだろうな…………」

 

 エンタープライズは帽子をかぶり直しながら、参ったなと笑みを崩さずに呟く。

 

「ごめんね? 瑞鶴が諦めてくれたら良いんだけど――――」

 

 少し申し訳なさそうに翔鶴が見ると、エンタープライズは問題ない、とはっきりとした口調で答える。

 

「それが一番だが、目標が有るのは悪いことじゃない。私で務まる役目なら、精々付き合ってやるさ」

 

 その口調は何処か嬉しそうにも見える。

 

 エンタープライズ――――いや、敢えて”グレイゴースト”と呼称しよう。グレイゴーストは結果として、少なくない艦に悪夢の具現として認識されている側面が有る。

 其れを彼女は甘んじて受ける。行為の結果を被るのは当然の帰結であり、嫌悪されることが結果として相手を此処に繋ぎ止めている場合が有るのも理解しているからだ。

 

――――だが、だからこそ瑞鶴のような存在は彼女にとって少し歪んだものながら、確かな救いとなる。自らをただ憎悪の対象とするのではなく、超えるべき何かと重ね合わせる。

 そんな前向きな彼女の姿はエンタープライズにとっても思う所のあるもので、きっとそれは大事なことだった。

 

「いや、言い方が違うな。瑞鶴を見ていると、私が壊してきた現実を洗い流されているような、許されているような気分になるんだろう――――――一人で勝手に、な」

 

 彼女の眼が幾何学模様に揺れる。翔鶴は彼女がまるで鎖に繋がれているようにも見えた。

 

「エンタープライズ、あなたは――――」

 

「ところで、瑞鶴が裁縫をこっそりやっていると聞いたが?」

 

 ふっと。まるで音でも伴わんばかりにエンタープライズの表情が突然にいつも通りの其れに戻った。

 

――――ならば触れまい。翔鶴はその強引な話題転換に笑いながら付き合ってやる。

 

「そうよ? エンタープライズの耳にまで届くなんて、やっぱり瑞鶴にはこっそり――――っていうのは出来ないわね。ふふふ♪」

 

 翔鶴が言ったように、瑞鶴は隠し事が下手だ。

 

 実際ハロウィンでも素性の隠蔽に大幅な難が有った(二人が付き合っていたというスタンス故の杜撰さもあるが)。一応エンタープライズには訓練はバレないようにやっているつもりらしいが、それも普通にバレている。

 

 そういう詰めの甘さも、何となくエンタープライズが甘くなる理由なのかもしれない。

 

「そうだな――――ホーネットといい、どうも私の周りの年下というのは何処か抜けている」

 

 確かにホーネットも抜けている。具体的には序盤の海域で負けてしまうような感じで抜けている。

 

「それは良いですけど、どうして急にそんなことを?」

 

 翔鶴が尋ねる。

 

――――少し答えあぐねるようにエンタープライズは目線が泳いでいたが、その内意を決したように息を吐いてゆっくりと喋りだす。

 

「いや、教えてやろうかと思ってな…………指揮官にも言われたんだ、教えてみて欲しいと」

 

 これも丁度ハロウィンのことだ。

 

 これを機に彼女が裁縫ができるという噂が風に乗って広がっていき、最終的には提督の耳にまでやってきた。

 提督がそんなことを言ったのには理由があるのだが、それは今は置いておこう。

 

「そうなの? 指揮官の考えていることは時々分かりませんね…………」

 

 翔鶴はうんうんと首を傾げて唸る。エンタープライズは彼女の素の言動に妙な感覚を覚えて目を逸らしてしまう。

 

――――これってもしかして、恋――

 

(それは違うだろう。ただ少し彼女が子供っぽくてびっくりしただけだ)

 

 あ、そうですか。すいません。

 

「…………まあ、意図は言われたら納得するよ」

 

「そう、ですか。盲点という事でしょうか…………」

 

 まあそんな所だ、笑いながらエンタープライズは更に歩いて行く。

 

 

 

 

 

「というわけだ。裁縫を一から、となると難しいからな」

 

 彼女の極めて穏やかな提案に、刺々しい返答が返ってくる。

 

「要らないわよ、翔鶴姉ならともかく『グレイゴースト』からなんて!」

 

 扉を開けて早々、瑞鶴は吠えるチワワのような様相でエンタープライズに言い放った。

 

「拘りを持つのは大事だが、超えるべきものから盗める技術も有ると思わないか?」

 

 エンタープライズの至極真っ当な指摘に瑞鶴が呻くような、変な声を出す。

 

「…………し、知らない。ともかくよ」

 

「そもそも何処から聞いたのかは知らないけど、まずそんなのは事実無根で――――」

 

――――それにエンタープライズはわざとらしく鼻をすすりながら帽子を深くかぶり直す。

 

「…………そうか。瑞鶴と話せるいい機会だったんだがな」

 

「ちょ、そんな落ち込まなくても」

 

 瑞鶴が焦るようにあたふたとする。

 

 言い方がキツイ割にヘコまれるとそれはそれで駄目なのだ。なら最初から言い方を変えろよ、と思わなくもないが。

 

「いや良いんだ。瑞鶴が私の事を苦手なのは知っているからな…………」

 

 わざと歯噛みとかする。彼女はこれで意外と演技が上手い――――というより、瑞鶴がすぐ騙されるというか。

 

――――最初は黙りこくっているエンタープライズを流し見ているだけだったが、段々と居た堪れなくなったのか、瑞鶴はやけくそ気味に部屋に連れ込む。

 

「――――――もう、分かったって! 好きにしなさいよ、全く!」

 

「そうか。言質はもらったぞ?」

 

 今までの下りが演技だったと言わんばかりに、平然とした様子でニヤリとする。

 

「良かったわね、エンタープライズ」

 

 けろっとした様子で引っ張られるままに部屋に入っていくエンタープライズを見ながら瑞鶴は唖然とする。

 

「図ったな!?」

 

「さあ、何のことだかさっぱりだよ」

 

 エンタープライズは何時になく得意気に瑞鶴に微笑んだ。

 

 

◆◆◆◆ ◆◆◆◆ ◆◆◆◆

 

 

「なあ、兄貴」

 

「兄貴はやめてよ、指揮官」

 

 兄貴、改めて呼ぶ。提督のあまりのしつこさにクリーブランドも諦めてしまった。

 

「趣味ってさ、有るかい?」

 

 突然に提督が尋ねる。クリーブランドはその要領を得ない質問に首を傾げる。

 

「な、何だ? 藪から棒に」

 

 というよりかは、すぐに困惑した。提督は無軌道な発言自体は多い人物では有るのだが、それにしたって秘書艦に、それも作業中にいきなり趣味を聞くようなプレイボーイ趣味はないはずなのだ。

 

――――しかし答えないのも何か変だ。クリーブランドは適当に答える。

 

「――――特に思いつかないな。敢えて言うなら妹の世話は好きだぞ」

 

「おいおい、それは趣味じゃないぞ。それが趣味なら翔鶴が瑞鶴で遊ぶのも趣味じゃ――――――それは趣味だな」

 

 そうだ。それは趣味だぞ提督。

 

――――そうだなあ、と提督は何かを考え込む。

 

「兄貴含め、艦っていうのは本当に趣味がない」

 

 思い詰めた様子でもなく、統計を述べていくように淡々と提督は語る。

 

「趣味がないのは問題ないんだぞ? 別にそこに拘る必要はないが――――」

 

「――――そうだな、兄貴も裁縫なんてどうだ? 今なら丁度いい逸材が居てだな」

 

「どうせエンタープライズだろ?」

 

「何故バレたし」

 

 いつも彼女の話をしているのでバレるのも当然のことである。

 

「私は兄貴って呼ばれるけど――――」

 

 クリーブランドは少し不服そうな顔をする。

――――何せ本人は嫌がっているのだ、確かに男気が有ると思われても仕方ない所はある。

 

「何というか、指揮官はアレだぞ?」

 

「どれだよ」

 

 追求する提督に言いごもる。さすがにこれは言って良いものか、と彼――――違った、彼女も迷っているようだった。

 

 しかし提督の明らかな消化不良のような表情に仕事に支障が出るとでも判断したのだろう、意を決して彼女は告げた。

 

「何というか、エンタープライズのパパだな」

 

「言い方が俺の年だとヤバイんだが!?」

 

 その発想になる提督が不味いだけという事を彼はいまいち理解していない。

 

「だ、大体俺とあの娘とほぼ同い年だぞ? 関係性おかしくないか?」

 

 提督は眉を顰めながら何処か切羽詰まった様子でオーバーアクション気味に弁明する。

 

「そうなんだけどさ、まず『あの娘』って呼び方からして」

 

 クリーブランドが先を言い切る前に提督はサラサラとペンを書類に走らせる。

 

「あぁ~忙しい忙しい! ちょっと飲み物淹れてくれないか!?」

 

 わざとらしく額を拭って狂乱気味にクリーブランドに飲み物を淹れさせようとする。もちろんその額には夏だと言うのに汗など流れてはいない。働いてなかったのだから当然だ。

 

「…………まあ指揮官が違うって言うなら私は無理に何も言わないけどさ?」

 

「ともかくだ。もっと人生を楽しみなさいってことだよ!」

 

 投げ気味に結論だけ話して提督は本当に書類仕事に戻ってしまう。

 

 ため息を付いて彼女がボソリと呟く。

 

「この言い方も何かお父さんというか…………」

 

 ま、いっか。彼女が追求を諦めて茶を淹れ始める。

 

 

 

――――さてさて、この問題はしばらく棚上げ状態となるのだが。

 こんなことで悩めるの今なら彼はこう答えるだろう。

 

『争いは無くならんが、止まない雨も無いし。明けない夜も無い。過ぎない嵐も無いんだから、終わりが在るには違いない』




問いの答えは今此処にあり、ってね。


英語が入るタイトルは実質続き物の一種となっているのでよろしくお願いします。他の話と比較するとかなり重い時もあるかも。
翔鶴とエンタープライズは個人的に素で話す仲だと嬉しい。最大のライバルだからこそ遠慮がないって関係何か良くないです?

でも何か改めて見ると夫婦感も有る。エンタープライズがイケメン過ぎるのが大体悪い。
――――っていうかこの流れだと瑞鶴は娘ということに…………(発艦の音)。


次回はやっと『ヤツ』が来ます。やっぱ本質的なネタキャラは必要ですよね。
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