Another Trainer   作:りんごうさぎ

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週1ペースは難しい(悟り)


8.はんぶんこの恩返し

 背後からみゅーの声。素朴な疑問がつい口をついて出てしまったという感じの声だ。

 

 迂闊だった……今のはウソをついた部類に入るのか。ここまで細心の注意を払っていたのに! ギリギリ引っかかってしまったか。

 

「困ってないやて? どういうことや?」

「レインさん、もしかして困ったフリだったとか?」

「……際限なく値段を吊り上げられそうだったので少々誇張しただけです」

「みゅうぅぅ」

 

 後ろを振り返る勇気はないが、今の声は『誇張なんかじゃあねぇ、はっきりとウソの匂いを嗅ぎつけたぜ! 承太郎!』って感じの声色だった。機嫌を損ねたな。ちょっと旗色が悪い。

 

「そうか……そうよ、わかったわ! ようやく何がおかしいのかわかった! この利益の2倍を分け前で固定するっていうのがそもそも罠なのよ! この状態ならいくら私達の分け前を増やしてもあんたは痛くもかゆくもないと思っているに違いない! なぜならどれだけ利益が増えても儲けが増えるのはあんただけ! 私達は働き損だわ!」

「あれ、ほんまやん!! じゃあこやつはもっと儲かるとふんでるわけか?」

「もしかして10倍とか? いやもっと?」

 

 チッ! 余計なことに気づきやがって! これじゃ情報戦でウソを絡める作戦はもう通用しない。別の切り口で落とすか。

 

「はぁ……そんなもの俺だってわかりゃしないよ。やってみなきゃ誰もわからないだろ?」

「だったら分け前は割合で決めましょう! いいわよね?」

「もちろん。ただその場合は2:8でお願いします」

「はぁ!? あんたが8割ってこと!? 多過ぎよっ! 多めに言っておいてゴネ得とか考えてないでしょうね!?」

 

 大げさに驚かれるがこれでいい。別にこっちもこの条件を本気で吞ませたいわけじゃない。厳しい条件を見せておいて最終的にはなんとか歩合での分配を回避するのが狙いだ。

 

「いいえ。これは常識的な提案です。こういう時一番手取りが多くなるのは普通お金を出す人間です。一番リスクが大きいですからね」

「リスクって……それは私達だって」

「いいえ、あなた方にはありません。現実的に、売り上げがこれ以上さがることはない。潤沢な資金を使えるわけですし。となれば十分儲からなかったとき損をするのはこちらだけ。なのでこちらからも条件があります」

「条件?」

 

 甘え過ぎなんだよお前らは。本来事業拡大にリスクはつきもの。これ以上を望むのであれば君らにも相応のリスクを背負ってもらわないとね。自分らだけ高みの見物なんてことは絶対にさせない。

 

「資金提供は全額負担といいましたが、この分配の仕方であれば何割かはそちらで負担してもらいます」

「えっ!? それじゃあなたの意味が!」

「アイデアだけでお金をとってもいいぐらい自信があるんだけどね。まぁ負担は2割ぐらいでいいし、当然利子もゼロ。普通に借金するよりお得でしょ? ただ、使う金額は1万2万なんてもんじゃない。何百万、何千万という単位になる。そうなれば万が一利益が横ばいだったとしても、借金は返せず店を畳むしかなくなるでしょうね」

「店が、なくなる!?」

「ちょっと待ちぃな! そんなん認められへんで!」

「そうですよ! レインさん話が違います!」

「話を変えたのはそっちでしょう? ねぇ?」

「……」

 

 チアキの方をみながらお前のせいだぞという視線を送る。今彼女の肩には凄まじいプレッシャーがかかっているはず。自分のせいで大切なサン・トウカがなくなるかもしれない。それを一度意識してしまえば恐ろしくて手足が震えるのも仕方のないことだろう。……あぁ、かわいそうに。

 

「チハルさん、言いましたよね。こちらの提示した条件、あれは最大限の誠意です。絶対にお店に損をさせない形で、ノーリスクで利益だけ増やしてあげようというこちらの善意なのです。ですがチアキさんはそれを拒んだ。であればあなた方にもそれ相応のリスクを負ってもらうことになる。もしさらに分け前の増加を要求するのであれば、その分前貸しする資金の負担も増やしてください」

「そんなっ!」

「分け前が半分なら借金も半分。1000万借りれば500万。よろしいですか?」

「500……万……!!」

 

 もはや眩暈すら感じる金額のはずだ。どうする? わざと数字は誇張しておおげさに言ったが、この様子ではそれに気づくこともできないだろう。

 

 さぁ、悩め悩め! わざわざ苦労して茨の道を進むことはない。俺はしっかりと楽な道のりも示してあげている。心が弱気に流れれば……飛びつくのも時間の問題だ。

 

「レインさん! やっぱり最初の条件のままにするのはダメでしょうか? 分け前も最初に決めたように現在の利益の2倍で構いません」

「ハル姉!!」

 

 おっと! そっちから来たか。思わず口元を緩めてしまいそうになるがなんとかポーカーフェイスを貫いた。

 

 チハルはちらりと末っ子の方を一瞥してから重々しく口を開いた。

 

「チアキ、みんなを危険な目に合わせることはできないわ。絶対にそんな冒険はできないの。でも最初の条件なら確実に利益倍増が見込める。これだけでも上出来じゃない」

「それは……そうだけど」

 

 ここで貧乏性が祟ったな。2倍でもこいつらにとっては破格。満足できる数字なんだ。一度地獄を覗いてみた後ならなおさらそれで満足するだろう。

 

 一時はかなり劣勢になったが、結局2倍で抑えられたし言うことなし。完璧だ。今回はあの末っ子、あれが4姉妹の弱点になってしまった。チハルさんはさっきから心配そうな表情であの末っ子を見ている。あの子を路頭に迷わすことなんて姉としてできるわけがない。チアキもおそらく同じ気持ちのはずだ。

 

「すぐに決断できなければ考える時間をとってもいい。どうします?」

「……少し考えさせてください」

 

 時間を与えたのも理由がある。じっくり悩めば悩むほど、結局人というのは安全な道をとりたがる。これは2択に見えるが実は最初から1択なんだ。チアキは頭こそいいがそれだけだ。覚悟がない。度胸がない。信念がない。だから負けるんだよ。

 

 4姉妹は相談のため外に出て畑のほうに行った。ヒマだしみゅーと遊んでやるか。

 

「あれ? いない……」

 

 さっきまで一緒にいたみゅーがなぜかいない。いつもくっついてくるがいなくなる時は突然フラッと消えてしまうことが多い。

 

 あいつはホウエンにきてからは夜になるといつもどこかに行方をくらませている。ただの子供なら危険だが、みゅーに限っては誘拐することも不可能なので黙って好きなようにさせている。

 

 なのでいなくなるのはいつものことだし、サーチすればすぐ見つかるだろうが……今は放っておくか。

 

 どれほど時間が経っただろうか。チアキ達はかなり悩んでいたがようやく俺の元に戻ってきた。さて、どうするんだ?

 

「あの、条件なんだけど、2:8でいいから資金の負担をなしにはできない?」

「はぁ……どうやら話を聞いていなかったようだ」

「……」

「なんのリスクも代償も支払わず、ただ対価だけを得ようだなんて……強欲なんじゃないの?」

 

 この発言には呆れてしまった。強欲だからじゃない。

 

 2:8で歩合を選んだということは利益が10倍以上になると判断したことになる。それ以下なら利益の2倍確保の方が良くなるからだ。つまりこれは大成功を収めるとあいつらは判断したわけだ。ならば多少の借金など問題にはならない。

 

 なのに資金の負担を気にしているということは、こいつらは無用なリスクを恐れていることになる。破産することなど99%ないと考えているのに、それを恐れている!

 

 この根性なし共め! 腑抜け腰抜け臆病者! と罵ってやりたい気分だ。咄嗟に喉元まで出かかった言葉を飲み込み、上手く悟られないように内容をごまかしたが、吐き気がするほどの愚か者だ。なまじ途中の判断までは正しいだけになおさら愚かしい。

 

 成功することが確信できたのなら、その時点でどこまで分け前を増やして良いか尋ねるべきなのだ。半々にでもできれば万々歳。借金などすぐに返せる。自分の考えを信じることができないのなら、それは宝の持ち腐れだ。何の意味もない。

 

 ここで一度俺が根性を叩き直した方がいいだろうか。大事なところで二の足を踏まれては今後に差し障る。ついでにもっと絞りとってやろうか……勉強料だと思えばこれも安いだろう。

 

「ダメか。……やっぱりそうよね」

「そうやって後からなんやかんやで条件を変えるのは決定後はなしにしてくれよ。キリがないからな。なんでもかんでも要求すれば叶えてくれると思って甘えてんじゃねぇの?」

「そんなことは……」

 

 チアキはしまったという表情。俺が急に機嫌が悪くなったのを感じたのだろう。事態の悪化に顔面蒼白だ。

 

「レイン! もうやめて!」

 

 この声は……みゅー? いきなりどうしたんだ?

 

「みゅーか? お前どこいってたんだ?」

 

 いきなりみゅーちゃん登場。話し合いの最中にこんなにはっきりと割り込むなんて珍しい。基本的に見守る姿勢は崩さないのに。本当にどうしたんだ?

 

「レイン、今弱い者いじめするときの顔になってるよ。それにすごく怒ってる。ちょっと怖いよ。これじゃこの人達逃げちゃうの」

 

 ビクッと肩が動いたのは俺の方だ。そうだ、今はあくまで俺は交渉させてもらう立場。何をしていたんだ! あんまり追い詰めすぎると全てパーになる。少し冷静さを欠いていた。

 

「大丈夫、もう落ち着いたよ」

「本当みたいね。ねぇレイン、どうしてさっきからずっと意地悪なことばっかりするの? その人達困ってるよ。その子なんて今にも泣いちゃいそう」

「意地悪じゃないよ。お仕事の話をしてるだけ。みゅーちゃんには難しいでしょ」

「わかるよ。今のレインとその子の顔をみれば誰でもわかるの」

 

 チラッとチアキの顔を見るとたしかに今にも泣きそうだ。よく考えればこの子はまだ子供。自分とは違う。そんな年端もいかない子に重責を背負わせて厳しい決断を迫ったのは俺だ。罪悪感が芽生え始める。この流れ、デジャブか? 懺悔タイムか?

 

「情けは必要ないよ。ビジネスだからな」

 

 バカな考えを振り払い冷徹な判断を下す。しかしみゅーには通じない。

 

「情けは不要でも、義理を通さないのはおかしいでしょ?」

「義理?」

 

 みゅーの口から難しめの単語が出てきて少し戸惑った。変なところで語彙力のある子だ。

 

「レイン、今日オレンをもらったよね。お礼言った?」

「うっ……」

「恩のある人に対して仇で返すなんて、みゅーの知ってるレインじゃない。あなたは誰?」

 

 まさかの誰呼ばわり。そこまで言う?

 

「確かに親切にはされた。だから俺もこのお店を盛り立てようと思ってこうやって話し合いをしているわけだけど」

「それは自分のためでしょ。都合のいいことばっかり言うんだから……自分のことばっかり考えてるのに恩返しなんかできっこないの」

「お互いにとって有益な話だ。その2つは相反するものではない」

「両立なんてできないよ。だってレインはこの人達の取り分を減らそうとしてたでしょ?」

「それはこの人達が選んだことだ」

「違うよ。レインが選ばせたの」

 

 みゅー……お前どこまでこの話を理解していたんだ? 最後にみゅーが放った一言、このたった一言の中にこれまでの全てが詰まっている。

 

 信じられない。口喧嘩で負けた記憶なんてほとんどないのに。まさか木の実を1つもらったというそれだけのことで言い負かされるなんて。

 

 ……ありえない

 

 この子、まさか俺よりも賢い? どうもこれは分が悪いな。

 

「……どうすればいい?」

 

 それは事実上の投了。降参の合図だ。

 

「みゅ? そんな簡単なこともわかんないの? みんなで手に入れたものなんだから“はんぶんこ”すればいいの」

「はんぶん!? 5割か!?」

「みゅーーっ!! レインッ!! さっきもみゅーが“はんぶんこ”してあげたでしょ! あの時あんなに喜んでくれてたのに、どうして自分は同じことをしてあげられないの! おかしいよ!」

「それは……まぁたしかに嬉しかったけどさ。じゃあ資金の負担は?」

「全部レインが出すって自分で言ったでしょ! 後から変えちゃダメ!」

「えええぇぇ!?」

 

 なんで俺に対してだけやたらと厳しいんだよ! あっちも条件変えとるやん! ねぇ!? そこはいいの!?

 

「レイン、わかった?」

「ぐぎぎ……でもさすがに5割は多い。せめて4割……」

「はぁ~~。レインってホントにバカね」

「……どうして?」

 

 みゅーは芝居がかった仕草で大げさにため息をついてみせた。相手を話に乗せるのが上手いね。理由を訊いたらダメなのはわかっているけど俺はすでに諦めの境地だった。

 

「レイン、どうしてみんな1つのものを分ける時、必ず“はんぶんこ”にするのか、わかる?」

「理由? 同じになるように分けただけだろ?」

「そうね。量の多い少ないじゃないの。一緒になることに意味があるんだよ」

「一緒?」

「平等なら、争いは起きない」

「!!」

 

 憂いを残すその瞳を見て、俺は全てを悟った。つまりみゅーはこう伝えたかったのだ。平等でなければ真の信頼は得られないと。

 

 平等でなければどこかで不満が残り、争いが起きる。だからお互いに信頼しあうためには平等であることが必要不可欠なんだ。みゅーは偏りを残すことで信頼に亀裂が生じ、争いが生まれることを憂いていたんだ。

 

 俺はみゅーに救われた。みゅーは救世主だったのだ!

 

「わかった。決めたよ。チハルさん、分け前は“はんぶんこ”にしよう。もちろん資金は全て俺が持つ。その他必要なサポートも惜しみなくしよう。この条件でいい?」

「えぇ、それはありがたいですけど、本当によろしいのですか? あの、その子は……」

 

 みゅーは4姉妹を守るようにその4人に背を向けて俺に対峙している。みゅーの瞳が見えない4人はみゅーの言葉の真意をくみ取れなかったようだ。まだ事態を飲み込めず、突然俺が前言を翻したことに戸惑っている。

 

「みゅーが何か?」

「いえ……」

 

 どことなく心配そうな表情。何を案じているのだろうか。

 

「本当にいいの? 私、あなたを、その、怒らせちゃったと思うんだけど……」

「ん? あぁ、怒ったのは別に条件についてとかじゃない。お前が思ってるのとは別件だから。これからは腹を割って話ができそうだし、その辺もおいおい話すかもね」

 

 商談はまとまった。予定じゃ儲けは9割以上のはずだったがだいぶ減った。だけど案外みゅーの言うとおりにした方が結局プラスになる可能性もあるかもしれない。売り上げそのものが飛躍的にあがれば分け前のダウンなんて関係ない。やっぱりこれで良かったんだ。

 

「みゅふふ。レイン嬉しそうね」

「そうだな。それと……今度はちゃんとお礼を言わないとね。みゅー、教えてくれてありがとう」

「みゅふふ。みゅーも言わなきゃ。レインありがとう」

「え? それは何のお礼? ロメのみ?」

「んー、ないしょ」

 

 みゅーも嬉しそうだな。“ひみつ”じゃなくて“ないしょ”か……。

 

「みゅーちゃん……」

「あ、チフユちゃん」

 

 チフユがひょっこり出てきてみゅーのもとへ来た。あの子がみゅーに話しかけるなんて珍しい組み合わせだな。どうしたんだ?

 

「お姉ちゃん達のこと助けてくれてありがとう」

「いいよ。きのみの恩返しだから」

「え? みゅー、お前いつもと違うと思ったらその子に頼まれて?」

「あ……違う! これは……みゅーちゃんは悪くなくて、だから……」

 

 ピシィィィッッ!!

 

 そのとき部屋の空気が張りつめたのを感じた。俺が末っ子のチフユの方を見た瞬間、その視線を遮るようにお姉さん3人が間に入った。

 

「いや、これはチフユにも悪気はないとおもうんや」

「悪いのは全部私で……」

「レインさん! 妹は見逃してください!」

 

 え? なにその反応?

 

「自業自得なの……」

「そういやみゅー、お前いないと思ったらあの子と一緒にいたんだな。あの子と仲悪そうだから心配してたけど、仲直りしたのか?」

 

 4姉妹のよくわからない反応は置いておき、みゅーにチフユについて尋ねると満天の笑顔でそれに答えてくれた。

 

「うん。あの子そんなに悪い子じゃなかったの」

「これからはあんまり人間相手に喰わず嫌いするなよ。人間も食べ物と一緒だ」

「みゅ~~いじわるっ!」

 

 口を尖らせるみゅーを思いっきり抱きしめてからチハルさんに向き直り、右手を差し出した。

 

「改めてよろしく」

「……取り越し苦労だったようですね。こちらこそよろしくお願いします。あなたのこと、少しわかった気がいたします」

 

 取り越し苦労?と疑問は残るがとりあえずチハルさんと握手を交わした。これでようやく4姉妹と俺達は分かり合うことができた気がした。

 




1章終了!

みゅーの夜遊び先を書くか2章を進めるか悩んでましたが
2章を先にします

同時並行で進める書き方は自分には難しいと気付きました()
ブルーごめんね


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