Another Trainer   作:りんごうさぎ

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8.近づく距離 聞こえる鼓動

「お願いシショー、わたしも一緒に連れて行って!」

「いきなり何言ってんだお前!? 俺に弟子入りだと!? なんでそうなるんだっ。その言い方もやめろって」

 

 びっくりし過ぎてテンパっていた。俺に満面の笑みでこんなこと言う時点でどっかおかしい。即逃げるべきだった。しかし逃げる前に肩をがっちりロックされて逃げられなくされた。逃げる相手にそこつかむのがこの地方では流行っているのか。

 

「さっきのバトル見て、わたしのセンサーがビビッときたの。あなたすごい人だわ! わたしものすごく感動しているの! あんなバトル見たことないし、もっと知りたい! 相性最悪、レベルは格上なのに笑みさえ浮かべて、踊るようにポケモンは動いて気づいたら勝っている。ああ、素敵だわ。ジムじゃダメなの。あなたについていきたい! だからお願い、いえ、お願いしますシショー! わたしを弟子にしてください」

 

 こいつ、眼が本気だ。下手に見学なんかさせるんじゃなかった。というかそんなにすごいと思う要素あったか? 補助技特性使い回して苦しいセコイ戦い方、と言われてもおかしくないと思うが。基本避けてばっかりだったし。

 

 もちろん戦い方を褒められて悪い気はしないが、くっついてくるとなれば話は別だ。俺は持っている知識を簡単に他人に見せびらかす気はない。となれば近くに人を置くことはありえない。百害あって一利なし、だ。

 

「強い奴なら他にもいる。そんなにすごい人に教えてほしいならチャンピオンとかに頼みに行けばいい」

「そんな人のところに行けるわけがないじゃない! それにわたしはわかるの。レインはチャンピオンよりも強くなるわ。レッド達みたいにすぐに駆け上がっていく。ファン心理ってやつなのかもしれないけど、とにかくわたしはレインがよくて、レインじゃないとわたしは一生このままで終わっちゃう! それに、あなたは強いだけじゃない。ものすごく惹かれるというか、わたしのことをバカにしないでダイヤの原石だって言ってくれたし、レインならきっと……」

 

 顔を赤くしてくねくねするな! そんなに恥ずかしいなら言うなよ! でもだいたい言いたいことはわかる。直感、いや勘かな。俺も勘頼みがこっちでは多いし、実際こいつの言っていることは当たっている。筋道はめちゃくちゃだが、俺には誰にもない才能(アナライズ)と知識があるから他人にはできないことができるのは間違いない。そういう面で代わりになれるトレーナーはいないだろう。偶然核心を突いているのは確かだ。

 

「言いたいことはまぁわかった。たしかに俺ならお前をなんとかしてやれんこともない」

「ホントにっ!! じゃあ……」

「だが断る。能うと為すは違う。できることとやるかどうかは別問題。やる気もないし、俺は暇じゃないんだ。お前みたいなガキんちょの相手をする気はない」

 

 当たり前だ。今は最初に比べれば余裕はあるが、未だにレベルは低いしやっておきたいことは山積みだ。聖人君子でもないのにこんなこと安請け合いできるわけがない。邪魔になる理由がもしなくても、そもそも引き受ける理由がないんだよ。

 

「そんな……! お、お願いします、ほんとに真剣なんです。わたし、もう一度がんばってチャンピオンを目指したいの。だからどうしても強くなりたい。弱いままはもうイヤ」

 

 いきなり悲痛な顔で必死の懇願……役者ばりに表情豊かだな。急に敬語になった辺りに必死さがうかがえる。でもさぁ……。

 

「それを同じ旅の途中のトレーナーに頼むか、普通?」

「ぐっ」

「しかも、俺になんの見返りもないのに、そんな頼みを受けるメリットがないとは思わないのか。アホらしい。勝手に頑張れよ。俺は心の中で応援してやるから」

「も、もちろんなんでもします。わたしにできることなら!」

 

 こいつなんであんな目にあったのか忘れたらしいな。お金がないから破滅しかけたくせに。鳥頭かっ。

 

「1万ぽっちも払えない奴に言われてもな。しかも実力も皆無、何にもなし。それに俺の本当の望みをただのトレーナーが満たせるわけないし。つまりお前はハナから交渉の舞台にも立てていない。よって去れ」

 

 目じりに涙を溜めて悔しさで拳を振るわせるブルー。こいつの真剣さを疑う気はもうないが、ほんとに俺にとっては何の得もない、意味のない話だ。素質をもったいないと思ったことはたしかに事実だが、わざわざ苦労して育てたいとまでは思えない。

 

「ううっ、お願いします。どうか、せめてわたしを一緒に連れて行ってください。雑用でもなんでも手伝います。この恩は必ず返します」

 

 周りに人もいる中、俺の前に回り込んできれいに土下座をした。……ここまでするか。こんなところでここまでされたら普通なら折れるだろうが……俺は鉄の意志で断った。

 

「無駄だ。いくら頭を下げようが関係ない」

「ううー! ひっどーいっ! 即答しなくてもいいじゃないっ! ここまで本気で頼んでるのに……」

 

 立ち上がって泣き顔で言うのを見て先手を打った。

 

「俺は泣き虫な奴は嫌いだ。うっとうしい。顔洗って出直してくるんだな」

 

 ピシリと固まって動かなくなった隙に俺はその場を離れた。なんとなく振り返ってみるとうつむいたまま動く気配がない。もう追って来ないな、この様子だと。ただ、目元は帽子に隠れて見えないが、堪え切れずに溢れ出て頬を伝う涙と、抑えきれずに震えが止まらない肩がはっきりと見え、振り返ったことをとても後悔した。

 

 あいつ、ここまで真剣に……。でも、俺は強くなるために旅をしているのだから、弟子なんかいても邪魔にしかならないんだ。だからこれ以上関わるわけにはいかない。仕方ないんだ……。

 

 そうだ、あいつから離れるためにもさっさとこの町から出るか。そう思ったが、イナズマが初めて見る知らない町にはしゃいで色々見て回りたがったので仕方なくここで一泊することにした。まずポケセンで2体を回復させる必要もあるし仕方ないか。

 

「この2体の回復を」

「かしこまりました。1時間程お待ちください」

 

 さて、どこで時間を潰すか。一通り見て回るか。ぐるっとな。

 

「ダース!」

「わかってるって。ちゃんと町を見て回ってやるからいい子でいろよ」

「あっ、シショーじゃない! よかった、まだここにいたんだ! また会えて嬉しいわ」

 

 頭を撫でてイナズマと戯れていると非常に聞き覚えのある声が聞こえた。イヤイヤながらも振り返ればまたあの顔、ブルーだった。よりにもよってこんなところで!

 

「げっ、またお前か。顔を洗って出直せとは言ったがホントに来なくてもいい」

 

 しかもそこにジョーイまで便乗してきた。お前は仕事でもしていろ!

 

「あら、ブルーちゃん知り合いなの? 仲が良さそうね」

「えっ、ジョーイさんもやっぱりそう見える? えへへ、シショー、わたし達お似合いだって!」

 

 このジョーイ、眼球が腐っているんじゃないか? どこをどう見たら仲良く見える? ブルーも解釈が捻くれ過ぎだ。こいつさっきまで泣いていたくせにすぐに機嫌が戻っているな。なんか損した気分だ。バカバカしい。腹が立ってついそっけない態度を取ってしまった。

 

「あとは2人でしゃべっていれば。俺はお前に興味はないから。じゃあな」

「そんな……あっ! そっか、照れているのね。全くもう、別に照れなくてもいいじゃないっ」

「どこをどう見たらそうなる……!」

「微笑ましいわね」

 

 くそ、頭がお花畑の住人しかいないのか、この世界は。無視して勝手に離れようとするとすぐさまブルーが目の前に先回りして通してくれない。邪魔くさいなぁ。仕方ないから力ずくで押し通るか。

 

「あくまでどかないなら実力行使だな」

「待ってよっ。そ、そんなにムキにならなくてもいいじゃない。別に照れる程のことじゃないわよっ。ねっ!……お、お願いだからわたしと一緒にいてよ……。いきなり弟子にしてくれなんて言ったのは悪かったと思っているの。だから、ちょっと一緒に町を見て回るだけでいいから、ね?」

「お前、まだ言って……ッッ!」

 

 払いのけようとしてブルーに触れて気づいた。こいつ、ものすごく震えている。表情も雰囲気も明るく振る舞っているが、どうしようもなく体だけは震えていた。

 

 最初厚かましいぐらいのもの言いだったのは、もしかして頼み方がわからない不器用さ故のもので、内心では俺に拒絶されることを恐れていたのか? ところどころ見せる弱気な言葉や表情からイヤでも推し量れてしまう。それに、今はさっき興味ないって俺が言ったせいでいっそうおくびょうになっている気がする。

 

 それに明るく振舞おうとしているのは俺に泣き虫は嫌いだと言われたから、俺に嫌われたくなくて無理しているのではないか。よく見直すとこの笑顔も努力して作っているように見えてくる。本当にそんな気がしてきた。

 

 あの時は追い払うために方便で言っただけなのに、ブルーは真に受けて必死に頑張っているんだ。やはり振り返って見てしまったあの表情が本当の気持ちだったのか。知ってしまった。知ってしまった以上もうこれ以上傷口を抉るような真似はできない。これ以上健気なブルーを悲しませるような言葉を言えやしない。

 

 結局俺はすぐそこまで出かかっていた拒絶の言葉を飲み込み、全く逆のことを言っていた。

 

「……いいよ。丁度イナズマが町を回りたがっていたから、ついてくるだけなら」

「えっ…………いいの?」

「……ああ。好きにしろ」

「あ、あはは、やった。やったやった! ありがとう。……あ、思った通りやっぱり照れてただけなのね」

 

 俺がこんなガキんちょの誘い1つ断れないなんて、ゴウゾウ達が知ったらなんて言うだろうか。盛大に笑われるのは間違いない。ただ、単なる強がりだとわかれば、ブルーの言葉も微笑ましく思えた。

 

 ◆

 

 最初にどうせならと博物館に行き、その後行く宛もなく町をブラブラとしていた。

 

「ねぇ、次はどこに行く?」

「博物館を見たらもう行くところもないしな。時間的に回復はもう済んでいそうだし……」

「あ、あそこにカラオケあるわ、行ってみましょう!」

 

 強引に腕を引っ張られて連れてこられた。意外と力が強い。博物館では静かにしないといけないのでほとんど会話もせず、イナズマに化石のことを教えるだけになった。ブルーは化石のことは何も知らなさそうだったし、それであんまりしゃべれなかったので次で挽回したいとか思っているんだろうな。なんで俺のためにそこまでしようと思うのか。不思議だな。

 

「ねー、どれ歌う?」

「別に俺は……そんなっ」

「どうしたの?」

 

 どうして今までその考えに至らなかったんだ。知っている歌が1つもない。こっちだと何もかもが違うんだ。もしかしたらポケモン以外俺が知っていることなんてないのかも。失ったのは係累だけじゃなく、俺の今までの全てだったのか。もはや悟りの域だな。俺は失ったものを見せつけられて言い様もなく落ち込んでしまった。解脱しそう。

 

「……何も知らない。知っているものがない。俺にはもう何も……」

「え、ほんとに? ご、ごめん、カラオケ嫌いだったのね。あの、もう出る?」

「いいよ、俺は聞いていてやるから、お前が歌いなよ」

「そう……わかったわ」

 

 これではっきりしたな。やっぱりずっとこっちにいるわけにはいかないか。なんとかして帰らないと。そのためにも早く強くなるしかない。弟子なんか面倒見る暇は……。

 

 これが終わったらもうポケセンに戻って町からも出よう。なら最後ぐらいちゃんと聞いてやろうか。そう思い曲に入り込んで歌うブルーに意識を向ければ、驚くべきことに知っているメロディーが流れていた。懐かしい曲……たしか映画の曲だったか。丁度このカントーのやつだ。

 

「え? それ……知ってる!」

「らーらら……え、本当?! 知ってるのがあるの? じゃあ、一緒に歌いましょうよ!」

 

 そうか、ポケモンのやつは普通にあるんだな。ほんとにそれしか希望がない。でも、わかるものがあって良かった。……うわ、たんけんたいをつくろう、とか懐かしい。あの頃は良かったなぁ。さっきのも名曲だったし、なんかノスタルジックになるな。

 

「ねぇ、暗い気分の時は明るい曲が1番よ。さ、立って立って!」

 

 テーテンッ!

 

「ほらもっと思いっきり歌って!」

「わかったわかった。お前テンション高過ぎだ」

「ダーッス!」

 

 イナズマも楽しそうで何より。こんなに大声で歌うなんて初めてだ。どうでもいいがブルーはどっから声を出しているんだ。

 

「お前こういう熱血って感じの曲好きなのか?」

「え、まぁそうね。思いっきり歌ったらすっきりするでしょ? それにこの曲故郷のマサラタウンが出てくるじゃない? そこから旅に出て夢に向かって進んでいく感じが今のわたしと重なってシンパシーを感じるから選んでみたの。自分が歌の中に入り込んだみたいに思えてちょっと嬉しいじゃない」

 

 なるほど。実際その曲の元になったタイプがワイルドなマサラ人も、ブルー同様マサラタウンにさよならバイバイして憧れのポケモンマスター目指して旅に出るわけだしな。確かにドストライク過ぎて歌わない理由がないか。

 

「ねぇ、楽しかったわね」

「そうだな」

「ダース」

「イナズマちゃんもとっても上手かったわ。また一緒に歌いましょうね」

 

 思いっきり歌ったな。なんか気分まで晴れやか。ブルーにも少しは感謝してもいいかな。こんなに楽しくカラオケしたのはいつ以来だろうか。本当に楽しめた。

 

 カラオケが終わる頃にはさっさと帰っておさらばしようと思っていたことはすっかり忘れてしまっていた。

 

 盛り上がって満足した流れのまま、今度はブルーが食事をしようと提案した。

 

「あー、少しお腹減ったかも。どこかに食べに行きましょうよ」

「どっかいいところ知ってるか?」

「任せてよ! 伊達にここで長く留まってないわ。あはは」

 

 じ、自虐かよ。もう使えるもんはなんでも使うな。つれて来られたのはけっこうオシャレな店だった。ブルー、いまさら何も言うまいが……お前、気合い入れ過ぎ……。

 

「いいところだな」

「でしょ? それじゃ、当然今度はシショーがおごってくれるわよね?」

「なんでそうなるんだよ」

「わたし、さっきのでお金なくなっちゃった。えへへ」

「はぁ? バカだな、お前」

「ダメだって言うなら、わたしあなたにされたことジュンサーさんに言っちゃうかも」

 

 あれは言われたらマジでヤバイかもしれないな。いや、証拠も何もないし大丈夫か。でもブルーには悪いことした自覚はあるからなぁ。ま、飯奢るぐらいはいいか。大したことじゃないし。

 

「わかったよ。俺だけ食べるわけにもいかないしな。……なんだそのニヤケ顔は!」

「いや、やっぱりシショーってわたしが思った通りの人なんだなってわかったから嬉しくって」

「本当は飯代浮いてラッキーって顔なんじゃないのか? あと、さっきからずっとその呼び方やめろ。シショーなんかしないからな」

「照れない照れない。早く入りましょ」

 

 調子のいい奴だ。だけど、一思いに突き放して無視してやりたいと思っても、返事を待っている間あんなに拳を堅く握っているのを見たら言う通りにしてやろうって気になってしまう。本人に自覚がないからタチが悪い

 

「ねぇ、シショーって……す、好きな……ポケモンとかっているの?」

 

 食事も一段落という頃合いを見計らってブルーが質問を飛ばしてきた。好きなポケモンか。さっきバトルを見たから聞いてみたくなったのか?

 

「この地方にはいないけど、ミズゴロウが好きだな」

「あ、そうなんだ……」

 

 え、何この沈黙は。さすがにカントー以外のポケモンを挙げたのはダメだったか? さっそく完全に会話が切れたんだが。

 

「じゃあさ、趣味とかあるのかしら?」

「趣味……一応ポケモンが趣味だったんだけど、それはここじゃダメか」

「あ、そうなんだ。やっぱりすごい人はいつもポケモンのこと考えているのね。じゃあ、好きなトレーナーっている? わたし、やっぱりチャンピオンがカッコよくて小さい頃から憧れだったのよね。ワタルさん。マントを付けていて超カッコイイ。シショーもそんな人いる?」

「そうだなぁ。好きってわけじゃないが、最強のチャンピオン、シロナとは戦ってみたいかな」

「え、その人どこのチャンピオンなの?」

「シンオウだな」

「……そうなんだ。シショーってさ、けっこうカントー以外にも詳しいのね。わたしカントー地方の外になんて行ったことないから羨ましいな」

 

 いや、俺も行ったことはないんだけどな。その後もなんやかんや聞かれたが、もしかしなくてもあれだな。俺に対して色々しゃべって親密度を上げようという作戦なんだろうな。ものすごくわかりやすい。

 

 あんまり好かれると本当についてきかねないので深入りせずあえてそっけなく返すことにした。だが、ブルーはそれでもなおしつこく話しかけてくる。面と向かっているのでさすがに無視はしにくいし弱ったな。ものすごい執念を感じる。執念が足りないだなんて、あの時は本当にいらんことを言ってしまった。

 

「でね、そしたらその人がこうなって……」

「それはそいつがおまぬけだな。まさかそんなことになるなんてなぁ。こりゃ傑作だな」

「でしょー? だから言ってやったのよ。…………あー面白かった。シショーもやっと笑ってくれたし、話し続けた甲斐があったわね」

 

 しまった! 長くしゃべっているうちに気が緩んでいた。あんまり認めたくはないが、なぜかブルーとは気が合う。友達にならぜひしたいぐらい話も弾むし、気づけば思わず笑ってしまっていた。ちょっとマズイな。

 

「あの、それで次、あー、シショーの好きなタイプとか、教えてほしいなーって」

 

 やっぱり、手応えアリって顔をしている。早く戻ってこの町を出た方がいいかもしれない。ブルーとはなんか惹かれ合うんだよな。一目惚れで、とかではなく、心と心が近いとでもいうのか、そんな印象を受ける。言葉では表現しにくいが……。たしかに容姿もかわいいと思うけど。

 

「みずタイプかな。ミズゴロウもみずだから」

「あ、いや、これはそういう意味じゃなくて……」

「それより、ここに長居し過ぎだ。いい加減出よう。俺はもうポケセンに戻るから」

「あ、待って!」

 

 無理やり話を切り上げて勘定を済ませ、さっさと店を出てしまった。戻る道すがら、ブルーが俺を引き止めて言った。

 

「あのっ! わたし、やっぱりあなたとはものすごく気が合うと思うの。わたしの思い違いでなければ、シショーもわたしのことキライではなさそうだし。だから、どうかわたしのシショーに」

「ダメだっ!!」

「ひぐっ!」

 

 思わず強く否定してしまいブルーを怖がらせてしまった。言ってすぐ内心申し訳ない気持ちでいっぱいになったが、やはりここはちゃんとはっきりさせておかないといけない。

 

「あ、ごめん。いや、そうじゃなくて。たしかにキライではないし、お前が仲良くなろうと頑張ってくれていたのはわかった。だから……そう、友達にならない?」

「え……」

「ついてくるのは困るけど、友達になるぐらいなら構わない。たまになら連絡するから……それじゃダメか?」

 

 今の自分にできる最大限の譲歩だ。そもそも、ついてきて自分の素性を知られるのが怖いだけで、ブルーがキライだから拒絶しているわけではない。これは名案に思えた。

 

「……わかってない。シショーはなんにもわかってないわよっ! やだっ! そんなんじゃイヤ! おねがい! ホントに、後生だからつれてって! わたしを弟子にしてー!! 冗談じゃなくて、本当に心の底からシショーに感動した。運命だとさえ思った。もう忘れることなんか絶対にできない。だから、わたしもう、シショーについていくことしか考えられないのー!!」

「ちょっとお前っ! 叫びながらベタベタくっつくな! 何考えてんだっ!」

「おねがい! 迷惑はかけないから! わたし言われたことはなんでもするから、だから……」

 

 絶対に離れたくないというブルーの意志を見せつけられる程、それに対する反発心も強くなり、それは声として形になってしまった。

 

「もういい加減にしろ! 付きまとわれること自体が迷惑なんだよ!!」

「ひっ!」

「あっ。……ああもう、まただ。ごめんな。本当に怒鳴りつけるつもりはなかったんだ。もうお前の心を傷つけるようなことはしたくない。悪気がないこともわかっている。ただ一生懸命なだけなんだって。それに、お前だって年上にいきなり怒鳴られたら怖いよな。俺は最近精神的に不安定というか……少し、いや結構、むしろかなり……こう、怒りっぽくなっているみたいで、ついこうなってしまうんだ。俺にもそれなりに事情があるんだよ。悪いけど許してくれ」

 

 ブルーが頭を押さえてビクビクしているのはあまりにもかわいそうだったので、やんわり手を下ろさせてから、落ち着かせるようにゆっくり優しく頭を撫でてあげた。

 

「あっ。あぁ……シッショォー……」

「どう、落ち着いた?」

「あ、うん。それに、わたしわかってるから。本当は思いやりがあって優しいんだって思ってる」

 

 恐る恐る顔を上げてこっちを見るブルーに対して、怒り任せにならないようにだいぶ幼い子供にいい聞かせる気持ちで、優しい口調の言葉を選んで話しかけた。

 

 

「そうか、ありがとう……。ブルーの方が俺なんかよりよっぽど優しいよ? 健気というか、一途だし、こんな子初めて見た」

「あっ! そ、そうかな? そんなことないわよ……」

 

 口ではそういいつつも、俺の顔を見ながら頬を緩めて嬉しそうにしている。別に大して褒めてはいないんだけどな。何が嬉しかったんだろうか。でもこれで話ができそうだな。

 

「いいか、ブルー」

「ッッ!」

 

 ブルーは急にピシッと背筋を伸ばして直立不動の体勢になった。またうっすら嬉しそうにしているが、これから話すのは別れの言葉。少し罪悪感が湧く。

 

「俺はな、どうしてもお前と一緒にはいられないんだ」

「えっ、そんな……」

 

 一言だけでそれまでの嬉しそうな表情は消え去り、また悲しみに染まってしまった。それを見て先手を打つように言い訳がましく言葉を続けてしまった。

 

「俺だってお前といた間、ものすごく楽しかったし、ずっと気遣いしてくれて嬉しかったよ。だから俺だって辛い。だからこそもうこれ以上俺と仲良くなろうとするな。余計悲しくなるだけだから」

「シショー、わたし…」

「ブルーッ! お前はいい子だからわかるよな?」

 

 これ以上責められるのは耐えられず、語気を強めて無理やり言葉を遮り、ブルーは口をつぐませてしまった。だが、それでも諦め切れないのかブルーはまだ食い下がってきた。

 

「でも、それならっ」

「ブルー、頼むからこれ以上俺を困らせないで。辛いのはお前1人じゃない。もう追ってくるな。いいな?」

「……」

 

 ようやく落ち着いたのか、うつむいて静かになった。最後に別れを告げるため、少ししゃがんで顔の高さを合わせ、ブルーと正面から向かい合った。

 

「ッッ!」

 

 驚いて声を上げそうになった。ブルーは滂沱の涙を流し、歯を食いしばって必死に声を押し殺していた。その瞳は深い悲しみに包まれていて、もう俺を見ていない。既に諦め、悲しみに飲み込まれないようにただ必死に耐えているようだった。

 

 胸を裂かれるような思いだった。尋常ではない涙の量。そんなに悲しませたかったわけじゃない。唇を強く噛み過ぎて、ぷっくりとしたきれいな唇からは鮮血が零れ落ちている。これも俺が泣き虫呼ばわりしたせいなのか。そこまでしてほしかったわけじゃない。ただ、真っ直ぐに自分の描いた道を進みたかっただけなんだ。それだけだったんだ……。

 

「っゅ、っぅ」

 

 ブルーの口から嗚咽が漏れた。我慢できずに声が出てしまい、いっそう強く唇をかんだ。また血が溢れてくる。もう体も震えっぱなしだ。こんなところ見ていられなかった。俺は立ち上がって、無理やりブルーを抱き寄せ、ぐちゃぐちゃになったその顔を受け止めるように自分へ押しつけた。

 

「んんっ!」

「ごめん、ほんとうに。許してくれ。頼むからもうそんな顔しないで。見ていられない」

 

 服はびちゃびちゃだが、あんな顔を見せられるよりはずっとマシだ。泣いているブルーの頭を強く抱えこんで、泣き止むのを待った。

 

 意外にも、泣き止むのは早かった。物の数秒。震えが止まったのでパッと離して様子を見れば、さっきまでのことがウソのように血も涙も止まっていた。ボーっとした表情で不思議そうに俺の顔を見ている。

 

 泣き止んだのならもう後ろめたさもない。ここにいたらずっと同じことの繰り返しになる。すぐさまポケセンに向かって走り出した。今度は振り返ることはしなかった。たぶん、今度こそ振り返ってしまえばその瞳から逃れられなくなるだろうから。最後に一言だけ言い残した。

 

「もう追いかけてくるなよ!」

 

 その言葉はブルーに届いたのかどうか。ブルーからの返事は何もなかった。

 




ブルーの弟子入りは失敗しましたね
ですがレインも未練を残しているのが伝わればいいなと思います
なぜこんなに意固地なのか疑問に思うかもしれないので少し考えましょう
レインが恐れているのは自分の記憶、知識の出所がないことがバレることです
素性を洗えばトレーナーになったタイミングや環境は割れますから、短期間で無から知識が湧いて出てるように見えますし、実際そうです
この世界はエスパーさんもいるのでウソは言えないため、エスパーに正解を引かれて、別の人間の記憶があるの?とか言われたらアウトです
だから不自然さを時の流れが解決するまでしばらくは人と深く関わりたくないと思うわけです
真実をもしブルーが知ったらどんな反応をするかも未知数です
なまじ嫌いでないだけにいきなり弟子にしろと言われても心の整理も出来ませんし及び腰になるのは致し方ないかと思います

というわけで決別した、かに思えますが……最後振り返らなかったことがブルーに光明を残します
なぜピジョンを持っていたのか、ということですよ
まさにこのときのためです
直接ピジョンを使う描写はしないつもりですけどね
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