結局、みゅーは寝るまでずっと俺の服とかを握ってぴったりついて来て、しかも、片時も俺から目を離さない徹底ぶり。まばたきもしていないんじゃないかと思うぐらいだった。
転んだりしないのかなと思って最初は注意していたが、さすがにそこはエスパー、なんの問題もなかった。前を一切見なくても歩いたりできるらしい。地味にすごい。
夜はブルーに押し切られて星座談義をたんまり聞かされ、そのブルーをどうにか自分のテントに放り込むまで続いた。いざ寝ようとすると、今度はみゅーがはしゃぎまわって眠るどころではなかった。
「んみゅー。レイン、これふっかふか、ずっとこうしてたい」
「フカフカはけっこうだけど、あんまり人の体をペタペタ触らないでね。明日も早起きするんだから早く寝てしまえよ」
「でも眠くなーい。急には寝られないの。なんか眠くなることしてよ。そしたら寝るから」
「さいみんじゅつしようか?」
「それはダメ。すぐ起きちゃってかえって目が覚めることもあるの」
ふーん。たしかにターン数は決まっているしわからんでもない。簡単に寝れると思って一瞬名案だと思ったが浅はかだったか。じゃあどうしようか。子供を寝かしつけるとかしたことないしなぁ。
「じゃ、面白いお話を聞かせよう。それ聞いたら寝てくれよ?」
わからんけど、子供を寝かせるならやっぱりこれが定番だろう。童話を読み聞かせ。当然本はないから自分の記憶頼りだけど。
「え、お話聞かせてくれるの? どんな話?」
「みゅーは女の子だし、かわいい女の子が主人公の話にしようか。じゃあシンデ……灰かぶり姫の話だな」
「灰、かぶり? みゅー? 聞いたことないの」
この世界には元の世界とは別だからなのか存在しないものもある。一時期本を読み漁っていたから気づいていた。考えた人間がこっちではいないから当たり前といえば当たり前なのかもしれない。相違点は少なくない。
「聞いたことない話の方が楽しめるだろ。じゃいくぞ。……昔々、ある国にみゅーというかわいい女の子がいました」
「え、みゅーってみゅーのこと!?」
いきなりいい反応。これはしゃべりがいがありそう。
「お話の中だからみゅーっていう名前にしてみたんだけど、どう?」
「それでいいの。みゅーがお話の中に入ったみたい。続けて」
「よし。……みゅーちゃんは継母とその連れ子である意地悪な姉達に毎日いじめられていました。みゅーちゃんがかわいいことを妬んでいたからです。毎日掃除や洗濯を押し付けられた上に粗末な服を着せられ、みゅーちゃんはいつも灰にまみれていました」
「みゅー!! 許さない! 本当のお母さんじゃなくてもレインみたいに優しくしてよ! なんでみゅーの周りにはいつも意地悪な人間ばっかりなの! それになんでみゅーが掃除とかして灰かぶりにならなきゃいけないの?! ひどいひどいっ!」
ヤバッ、ちょっとチョイスをミスったか。みゅーに自分が主人公の話をしたら喜ぶかなとか思い付きでやったからどんな反応するかまでは予測してなかった。あとさりげなく継母とか意味わかるんだな。俺はみゅーぐらいの年じゃ知らんかったぞ。
「ちょっとっ、感情移入するのはいいけど本気で怒らないで。これはあくまでお話だから」
「あ、そっか。……こんなこと考えるなんて、やっぱりレインって怖いところあるの。もしかして、いつも家事をやらされてるのがイヤだったの?」
怒りをすぐに鎮めてくれたのはいいけどそういう反応されると微妙な気分になる。
「あの、変に深読みしないで。そういうわけじゃないから。ゴホン! ……ある時、城で王子様の花嫁を決めるために舞踏会が開かれ、姉達は着飾って出ていきますが、みゅーちゃんには肝心のドレスがありません。舞踏会に行けないみゅーちゃんは留守番を命じられ、1人で寂しく掃除をすることになりました」
「みゅー!? なんでみゅーだけドレスがないの!」
「粗末な服着せられてるってさっき言ったでしょ」
「ええーっ。イヤ! みゅーもぶとーかいに行く! レインなんとかしてよ!」
お、これはいい反応だな。わざとお遊戯のセリフのようにドラマチックに言うことでみゅーの気を引いた。
「ああ、なんてかわいそうなみゅーちゃん。一度でいいから私も美しいドレスで着飾ってみたい。舞踏会に行って王子様と踊ってみたい。みゅーちゃんがひとり悲しみに暮れていると、素敵な舞踏会へ思いを馳せるみゅーちゃんの元に不可思議な力を持ったエスパーが現れ、みゅーちゃんの頼みを聞いてくれました。みゅー、今からコラッタ2匹とかぼちゃを持ってきなさい。そうすればあなたの願いを叶えてあげる。みゅーちゃんは大変喜んで、すぐに言われたものを家の中から探してきました」
「エスパーはみゅーの味方なの? いい人もいるんだ。これでみゅーもお城に行けるの? なんでコラッタとか集めるの?」
「さぁ、なんでだろうな。それは続きを聞いたらわかる。話を続けようね。……みゅーちゃんはいつもお掃除をしているので、屋根裏に潜んでいるコラッタを捕まえるのはお手の物です。すぐに2匹捕まえました。台所に行くと、余っているかぼちゃが丁度おいてありました。さぁ、言われたものは揃いました。それらをエスパーに渡すと、あーら不思議。えいやっと“ねんりき”をひとつ込めれば、屋根裏のコラッタは立派なギャロップに、もひとつ込めれば台所のかぼちゃは立派な馬車に。そしてみゅーちゃんの服があっという間に素敵なドレスに早変わり。最後にエスパーはみゅーちゃんにガラスのくつを渡しました。ガラスのくつはキラキラとみゅーちゃんの大好きなお星様のように光り、みゅーちゃんの足にぴったりと収まりました。
みゅーちゃんは大喜びでさっそくカボチャの馬車に乗り、急いで舞踏会に向かおうとしました。みゅーちゃんは夢見心地ですが、エスパーは警告をします。気をつけなさい、みゅー。私の魔法は0時の鐘が鳴り終わると解けてしまう。それまでに必ず帰るのよ。それに対してみゅーちゃんは、わかったの、と言い残しさっそくお城へ出かけました」
「よかった、みゅーもお城に行けたんだ。みゅみゅ! どんなところか楽しみ」
みゅーは集中して話を聞いている。面白くなってきたみたいだ。
「お城では王子様と国中のたくさんの娘達が楽しそうにダンスをしていました。遠巻きに見ても皆綺麗に着飾った美しい女性ばかりです。自分がこんなところに来て大丈夫なのか不安になりますが、みゅーちゃんは自分のドレスとガラスのくつを見て、エスパーにせっかくもらった大チャンス……なんとか王子様と踊れるように頑張ろう、と決意を改め、勇気を出して広間に入り王子様の元へ向かいました」
「みゅぅぅ」
みゅーも手に握り拳を作って緊張している。名前をみゅーにしたのは正解だったな。
「みゅーちゃんが広間に現れると、周りの者は一斉に振り返ってみゅーちゃんを見ました。みゅーちゃんのみすぼらしい姿に呆れているのでしょうか? いいえ、誰もが突然現れたみゅーちゃんの美しさに眼を奪われてしまったのです。意地悪な継母と姉も、それがみゅーちゃんだなんて気づきもしません。みゅーちゃんに眼を奪われたのは王子様も同じでした。それまで踊っていた相手も放っておいてみゅーちゃんの元に駆け寄り、捲くし立てるようにみゅーちゃんへ問いかけました。あなたはどなたですか? お名前は? あなたのような方がいたなんて信じられない。こんなに美しい方は初めて見ました。ぜひ教えてください。みゅーちゃんは困ってしまいました。姉達がいるので自分の正体をバラすわけにはいきません。でも王子様の言うことを無視するような失礼なこともできません。考えたみゅーちゃんは、薄く微笑みかけると、黙って手を差し出しました。踊りましょうということですか? 王子様が再び問うと、みゅーちゃんは夢か幻のように消えてしまいそうな儚い声で答えました。私はあなたと一緒にいるだけで幸せです、と。それを聞いて王子様は自分の行いを悔い改め、みゅーちゃんの手を取って答えました。僕も同じです。ここは舞踏会。踊りは心を通わせ、お互いの気持ちを伝えることができる。お嬢さん、野暮なことを聞いてしまいました。一緒に踊りましょう。僕もそれで満足します。もう何も聞きません。みゅーちゃんはその答えに一安心し、笑顔で王子様に応え、一緒に踊りました。神秘的で美しいみゅーちゃんに、終始王子様は夢中でした。もう他の誰も誘わずに、ずっとみゅーちゃんと踊り続けました。そして優しい王子様の眼差しにうっとりとして、みゅーちゃんもまた、夢のように幸せな時を過ごしたのです」
「……スースーzzz」
「あれ、寝ちゃった? 今日はここまでか。いったんレポートを書いてセーブだな」
「んーんー、私も踊る。ん、それはひみつ。一緒に踊れば……んみゅ、むにゅむにゅ」
さっそく夢に出てきているな。意外と読み聞かせっておもしろいかも。みゅーのリアクションがいいからこそだろうけど。
◆
翌日、みゅーを起こすとものすごく残念そうな顔をされた。名残を惜しむ、まさに夢なら覚めないでくれって感じに見える。ちょっと悪いことをしたかもしれない。夢の中でずっとお城の舞踏会にいたのだろうな。
「みゅー」
「おはようみゅー。ずっとお城の舞踏会でお楽しみだったようだけど、もう魔法は解けてしまったみたいだな」
「え、魔法? なんのこと?」
「言っただろう。エスパーの魔法は0時の鐘が鳴り終わるまで。ほんの一時の儚い幻。魔法が解けたら、カボチャの馬車も、コラッタのギャロップも、素敵なドレスも、全部なくなるんだよ」
ちょっとネタバレになるけど、これが好奇心に火をつけた。みゅーはものすごい食いつき方をした。
「え、じゃあレイン、あの後どうなるのっ! みゅーは王子様と最後まで一緒にいられるの? ねぇ、どうなるの!?」
「それは今夜のお楽しみ。おうちに戻ったら灰かぶり姫に戻るんだから、みゅーも戻っておいで。朝ごはんもうすぐできるから、顔洗って寝ぐせ直してこい」
「ううみゅ、早く続きを知りたい。すぐに夜になってー!! 早く寝たいのー!!」
「まだ起きたばっかりでそれはどうなの?」
まさかここまではまるとは。ここでやめたら怒って大泣きだろうな。ちょっと見てみたい気もする。怖いもの見たさってホント怖い。
「何騒いでるのよ。シショー、ごはんマダー。あ、みゅーちゃんおはよーっ」
「あ、出たの! 妖怪継母! 私のエスパーできれいにへんしんして王子様は渡さないの!」
「え、なになに、どういうこと?」
みゅーはすっかり灰かぶり姫の話に夢中みたい。一人称まで変わって完全になりきっている。
「へんしん!……ん? あれっ、できない? 人間の姿、これしかできない! んー、最近できるようになったばかりだから?」
「お前別の姿にへんしんできないのか。驚愕の事実。意外と融通利かないんだな。自分で自分に魔法をかけるなんて都合が良過ぎるってことだな」
「うみゅぅぅ! ねぇ、レイン魔法かけて! みゅーにドレス着せて!」
無茶振りするなぁ。まぁ却下するだけなんだけど。
「魔法は夜のパーティーの間だけだから今はご飯食べようねー」
「ぶー!」
「……はへ?」
ブルーだけ蚊帳の外。これは朝食でも続いた。
「えええ! かぼちゃ!?」
「話の流れだ。嬉しいだろ?」
丁度いいと思って出したがみゅーのキライな食べ物だったらしい。子供かよ。ポケモンは好き嫌いあるから何かしらあるだろうとは思っていたが子供っぽい好みだな。
「みゅーこれキライ! イヤッ! これもかぼちゃの馬車にしてどっかにやって!」
「無茶言うな。ホントに馬車にできるわけないだろ。それにコラッタのギャロップがないと動かないぞ」
さっきも思ったがコラッタのギャロップって違和感が凄まじい。ネズミの馬はそんなにおかしいとは思わないのに。ポケモンは固有名詞っぽく感じるからだろうか。
「ぐうぅっ! じゃあコラッタ探す!」
「ダメだからね。それにここにはコラッタは生息してないからムダだし。今は先にごはん食べような。はい、口開けて」
「んみゅ……うべぇ、やっぱり変な味! もう食べたくないの!」
押し問答が続くので、みゅーのキライなものが出た時のために考えていた秘策を披露することに。
「仕方ないなぁ。じゃあみとけよー。ぱっぱらぱーのほい! ほら、今魔法をかけてあげたから、お食べ」
子供の味方、お砂糖を使ってみゅーの口に合うようにした。
「えーっ! なんか今にも気の抜けそうな掛け声だし、レインのエスパーってみゅーよりもかなり弱っちいの。あんまりいい魔法じゃなさそう」
「はっきりと言うなぁ、みゅーさん。さっきはへんしんさせろとか無茶不利したのに。早く食べないと魔法が切れても知らないからな」
「えっ! それはダメ! あむっ……んんっ、ちょっとおいしい! これなら食べられるの! ホントに魔法かかってる!」
「お嬢さん、お口に合いましたか? 満足ですか?」
昨日のことを思い出したのか、みゅーはちょっと笑って黙ったままうなずいた。パロディって楽しいな。目で語ってニヤリと笑いあった。
「ちょっとちょっと! さっきから何で2人だけで楽しそうにしてるの! どういうことかわたしにも教えてよ!」
「みゅー。じゃ、妖怪継母はもうみゅーに意地悪しない?」
「え、よくわかんないけど、意地悪なんかしないわ。というか、この状況ってわたしの方が苛められてない?!」
さすがにかわいそうと思ったか、あるいはやりとりに満足したのか、みゅーは笑って教えてあげた。
「仕方ないから、ブルーにも教えてあげるの。これはみゅーちゃん姫のお話のことなの」
「違うからな。灰かぶり姫ね」
素早くツッコミを入れた。油断も隙も無い。
「灰かぶり姫? 何それ?」
「なんというか、俺がみゅーに昨日聞かせてあげたお話のタイトル。全然寝れないって言うからちょっと面白い話でもと思って」
「えええ! なにそれ、シショーって読み聞かせみたいなことしてくれるの!? わたしにはしてないじゃない! わたしにも聞かせてよ! なんか最近みゅーちゃんばっかりじゃない! わたしにもわたしにもっ!」
「アホ! なんでお前にするんだよ! お前は子供か!」
「そうよ、わたしは子供だもんっ!」
内容が小学生レベルの口論で頭痛くなる。ブルーは何を考えてるのやら。
「お前たしか昨日帰ってきてからはずっと俺があげたデータとにらめっこしてなかったか?」
「……それはそれ、これはこれよ。今日からわたしも一緒に寝る! 絶対!」
曖昧な微笑みでごまかされた。かわいいから許される特権だな。今のブルーを見てそう思った。思ったよりまだ子供っぽいところも多いな。
「ブルーは1回言い出すと頑固だからなぁ。お話聞きたいから一緒にって、いったい何才の発想なんだ」
「わたしは13だから立派な子供だもん。わたしだけ仲間外れなんてヤな感じ! みゅーちゃんもいいでしょ?」
そういえばそうだった。こいつはまだピッカピカの小学7年生だったな。
「んみゅ、3人の方が盛り上がって楽しいと思うの」
「寝るためにやっているんだから盛り上がっても困るんだが」
「レインは意地悪な継母みたいなことするの?……見損なったかも」
くっ、本当に思っているわけじゃないのはわかるが、それでもダメージがあるな。
「……俺はいいけど、仮にも女の子なのに、ホントに男と一緒でいいのかブルー?」
「いいよ、シショーだったら。あと仮にもは余計! 着替えたりする時はどっかいってね」
「俺が追い出されるのか……。今に始まったことではないが勝手な奴だな。でも、野宿の時だけね。宿とかで変に思われたくないし」
「オッケー! これでわたしも一緒に話に混じれるわね」
本当に一緒に寝ることになった。大丈夫なのか? この日はみゅーの努力値振りや技の確認などをして、探索も程々に夜を迎えた。
「わくわく」
「わくわく」
「これ聞いたらホントにすぐ寝ろよ。昨日は確か王子様と踊ったところまでぐらいでレポートを書いて寝たんだっけ」
「レポート?」
「あーそれは言葉の綾だな。とにかくそこからでいいな、みゅー?」
「あ、出来たら最初からもう1回して。みゅーがブルーに教えたんだけど、あんまりよくわからなかったみたいなの」
「みゅーは人に教えるのは向いてなさそうだもんな。じゃ、最初からね。……昔々、ある国にみゅーちゃんというかわいい女の子がいました」
「えへへ、みゅーなの! かわいい女の子!」
2人を比べると聞く態度がはっきり別れた。みゅーは昨日聞いた話でも同じように怒り悲しみ、喜びを示し、ブルーは終始じっとしたまま静かに耳を傾けていた。みゅーは驚く程同じリアクションをして同じところで笑ったりし、ブルーは普段とは打って変わっておとなしかった。
「ここまでが昨日進んだところ。素敵な時間が終わって魔法が解けてしまうところからだな。ブルー、どう、ここまで面白い?」
「辛い生活からいきなりお城の王子様と一緒になれたら、もうこれ以上ない幸せよね。みゅーちゃんには幸せになってほしいわ。こんなお話わたしも憧れちゃう」
王子様と結ばれて玉の輿っていうのはどこでも憧れなのかな。だいぶ話に入って来れているし、ブルーも問題なく楽しめていそう。
「みゅ、任せて。みゅーは幸せになるの。あ、そうだ! だったらこれから王子様はレインって名前にして」
「え?! なんで俺なんだよ?!」
自分の名前を使う発想はなかった。
「そ、そうよ! そんなのずるい! ……もとい、シショーが困っちゃうわよ」
「何? 別にお話だからいーでしょ? みゅーは知ってる男の子がレインしかいないもん。だからレインが王子様。何か問題あるの? みゅーの名前は良くてレインはダメなの?」
「ダメじゃないけど、まあそうだな。自分が出てくるなんて変な感じだけど、フィクションだしいいか」
「ぶぅー!」
「……今度の話はブルーが主役ってことにするから」
「やった!」
ブルーの反応が完全に小1のそれだ。
「続き早く! もう今日中ずっと待ってたんだから! それでどうなるの!?」
「……楽しい夜を過ごしたみゅーちゃん。でも、幸せな一時は束の間。そんな時間もとうとう終わりの時を迎えます。あのエスパーとの約束の時間、お城の大きな時計台の0時の鐘が鳴り始めました。一夜限りの魔法が解け始めたのです。この鐘の音が止めば正体がバレてしまう。たいへん、魔法が解けてしまうの。そう言ってみゅーちゃんは王子様が……あーはいはい、レインが引き留めるのも聞かずに大急ぎで広間を飛び出しました。もうすぐ時計台の鐘も鳴り終わってしまいます。あんまり急いで走ったみゅーちゃんは、階段の途中でガラスのくつを落としてしまいました。けれども拾いに戻る時間はなかったので、みゅーちゃんはガラスの靴を残したまま長い階段を駆け下りて行きました。帰り道、途中で魔法は解けてしまい、立派なギャロップはコラッタに、かぼちゃの馬車はただのかぼちゃに戻ってしまい、みゅーに残ったのはエスパーにもらったガラスのくつの片割れのみ。もう取り戻せない幸せな時間を思い返し涙を浮かべながら、片方だけのガラスのくつを見て1人みゅーちゃんは独白しました。片方だけじゃ履くこともできないの。あの素敵な時間は夢だったのかしら。短い時間だったけど、楽しかったの。さよなら、レイン。みゅーのこと忘れないでね。……みゅーちゃんはこぼれる涙をふいてトボトボとおうちに帰っていきました」
「えー!? そんなのひどいのっ! なんでいきなり0時なのっ。なんで片足脱げて帰りは歩きなの?! なんでそんな聞いてるみゅーまで悲しくなるような言い方するの?! なんでみゅーをこんなに不幸にするの?! こんなのひどすぎるの! 普通めでたしめでたしじゃないの!? さすがに怒るの! レインって女の子いじめるのが好きなの?!」
ガバリと起き上がり、やいやいと苦情を言うみゅー。俺は手で制して必死に弁明した。
「みゅーはドジっ子だったんだよ、たぶん。それに話はまだ終わってないから。そもそもさ、こういうのって最初は悲劇的な方が後々も含めて盛り上がるでしょ? 別にいじめて楽しむとかじゃないし、不幸にしたいわけじゃないから。いつも楽しいことっていうのは夢中になるから時間なんてすぐ過ぎるし、辛いことは逆に長く感じるものだ。約束の時間なんて頭から抜け落ちてすぐ忘れてしまうから、こうなるのは仕方ないだろ」
「そうね。よっぽどみゅーちゃんは嬉しかったのね。わかるわ、わかる。でもシショーの性格の悪さが前面に出ていることには同意ね。S種族値はミュウよりも上じゃない?」
うんうんとうなずいてじっと続きを待つブルー。それを見てみゅーも落ち着きを取り戻し横になったので、もうこれ以上はあえて何も言わず、俺はそれを見て続きを語り始めた。
「王子……あー、レインがようやく広間を抜けて階段まで辿り着いた時には、あの美しい人の姿はもうそこにはありません。どうにか手掛かりはないかと辺りを調べてみると、階段で星のかけらが零れ落ちているかのようにキラキラと輝くガラスのくつを見つけました。もしやこのくつはあの方が落としていったのか。……間違いない。ガラスのくつを拾い上げ、レインはいつまでもそこに佇んでいました。まるで夢のような時間の余韻に浸っているかのように」
「あ、ドジっ子したことはここで活きてくるんだ。意味はあるのね。突然去る美少女。残されたガラスのくつ。儚いけど、お互い1つずつ持っているガラスのくつが夢の時間の確かな証になるのね。これだけ魔法が解けてもなくならなかったのもすごい偶然ね」
「これはへんしんさせたものじゃないからな」
「みゅ。最初から計算通りなの。レインはきっとみゅーを探しに来るの。みゅーとレインは必ず惹かれ合う。これは運命だから。おいで、私のハウスに。待っているから」
なるほど、とブルーが納得し、みゅーが謎のドヤ顔でこのセリフ。腹立つ顔だけどちょっとかわいくて憎めない。あと後ろのそのセリフは俺にとってはトラウマに近いから本気でやめてほしい。……気を取り直して続きに進もう。
「……何日か経って、町にお城からの使いがやって来ました。舞踏会で出会った名も知れぬ女性が忘れられないレインは、ガラスのくつがぴったりと入る女性を花嫁にするとお触れを出したのです。国中の若い娘達がこぞってガラスのくつを履きました。けれどもガラスの靴は小さくて、それを履ける娘は誰1人いませんでした」
「みゅーちゃん足ちっちゃいんだ」
「んみゅ? そうなの?」
「あのね、これはお話の中の設定だから!……レインは国中を廻って、最後にようやくみゅーちゃんの家にやって来ました」
「やっときたの。待ちくたびれた。おいでおいで!」
「どうなるの? 正体バレちゃうの?」
「まずは意地悪な姉達が試しました。ですが誰も履けなかったガラスのくつです。そう簡単には入りません。継母は見かねてこう言いました。足が入らないならそんな余計な足は切っておしまい! お后様になれば、もう自分で歩く必要なんてなくなるんだからね! 継母の言葉を信じて、1人の姉は踵を、もう1人の姉は爪先を切ってしまい、四苦八苦しながら痛みに堪えてガラスのくつに足を入れました。けれどもくつから血が滴っているのをレインに見咎められてしまいます。あの方は血を流してはいなかった。あなた達は違う。その言葉に泣きながらも満足に動くこともできず、姉達は止血のため部屋から担ぎ出されていきました」
「えぇ……グロ……。シショー、さすがにそれはドン引きするんだけど。シショーってなんか心に闇を抱えてるの? いくら意地悪してきたからってそれはかわいそう。やり過ぎよ!」
「レイン怖い……みゅーのことも足おっきくなったら切っちゃうの? みゅぅ、痛いのはイヤなの、許して……」
「するわけないだろ! だからあくまでお話だからね、これ! そういう話なんだから仕方ないだろ! もうラストなんだから黙って聞いてて!」
なんで俺に批判が集中するんだよ。やらせたのは継母だろうに。原作でもこんな感じだし。はっきり覚えてないから脚色はしているけど、闇抱えてる説は心外過ぎる。俺は平然と人の足をチョキチョキすると思われてるらしい。
「……もう若い女性の方はいらっしゃいませんか? レインが尋ねると、部屋の奥からみゅーちゃんがおずおずと顔を出しました。継母が怒って奥へと押しやろうとするのを制して、レインはみゅーちゃんにガラスのくつを差し出しました。すると、今までの娘達とは打って変わって、レインの前でみゅーちゃんは何の気負いもなくそれを受け取り、当然の事のようにその足をくつに入れて見せました。みゅーちゃんの一際小さな足は、するりとガラスのくつの中に入りました。ガラスのくつがみゅーちゃんを本当の持ち主として認めたのです。レインも継母もたいそう驚き、思わず息を飲んでガラスのくつを凝視しますが、ただ1人みゅーちゃんは笑って口を開きました。ずっとあなたを待っていました。あなたに一言お詫びとお礼が言いたかった。最後は急いでいて別れの挨拶もなく飛び出してごめんなさい。舞踏会であなたといた時間は夢のようでした。本当にありがとう。それを聞いてハッとしてレインは顔を上げました。その時のことをレインは一生忘れないでしょう。みゅーちゃんの顔を見たレインは言葉を失ってしまいました。どんなにみすぼらしくても、たとえ姿が異なっていようとも、その笑顔は紛れもなくあの時の美しい女性のものでした。変わらないみゅーちゃんの笑顔にレインは心を打たれ、みゅーちゃんをお触れ通りに花嫁にすることにしました。
レインのお后として迎えられたみゅーちゃんは、意地悪な継母と姉達もお城に呼んで、姉達のケガを治してあげた後、一緒に暮らそうと言いました。継母達は驚いて聞きました。お前は今まで私達からひどい仕打ちをされて、ましてや自分はお后になれたのに、どうしてそんなに優しくしてくれるんだ、と。みゅーちゃんは静かに笑って、血の繋がりはなくても私はあなた達を家族だと思っています。家族を招くことに理由はいりません、と答えました。それを聞いた継母達は己の過ちを悟り、今まで血の繋がりがないというだけで除け者にして辛く当たったことを深く後悔し、その場で泣きながらみゅーちゃんに謝罪しました。みゅーちゃんはこれを快く許し、継母と姉達は改心することができ、本当の家族のように仲良く暮らすことになりました。それからレインとの幸せな生活の中、みゅーちゃんは仲直りした継母から、舞踏会のあったあの日が最初のお母さんの命日であることを知りました。みゅーちゃんは思いました。あの時助けてくれたエスパーは、きっと小さい頃に別れてしまった私の最初のお母さんなんだと。その母がひとりぼっちにさせてしまった私を心配して助けてくれたのだと。それからみゅーちゃんは毎年、レインと初めて出会ったその日には母を弔い、ずっと見守ってくれていたことに感謝を捧げました。灰かぶり姫、終わり」
「みゅぅぅぅ! お母さん、ぐひゅ、みゅーのこと、いつも見守ってくれてたの? みゅーは今幸せになれたから、ホントに幸せだから、もう心配しないでねぇっ!」
「みゅーちゃんなんていい子なの。別れ別れのままにならずにレインと幸せに結ばれてホントに良かった。継母達もみゅーちゃんの優しさに触れて改心してくれて嬉しい。みんなかけがえのない家族だもんね。そしてまさかエスパーの正体がお母さんだったなんて……みんないい人しかいないのね。涙が止まんない……!」
「よしよし、2人とも好きなだけ泣いて、すっきりしたらぐっすりおやすみ」
「みゅぅぅぅ。zzz」
「ぐすっ。zzz」
泣き疲れて寝てしまったな。こんなに泣くなんて。ちょっとアレンジし過ぎたかも。これ以降、毎晩童話を話すのが本当に日課になった。
チョサクケンハ50ネン……チョサクケンハ50ネン……(呪文)
レインが題名をシンデレラから言い直して灰かぶりに変えているのは女の子の名前をみゅーにしたかったからです
深い意味はないです
内容はかなりいじっています
特にシンデレラがものすごくいい子になっています
いい話でまとめるためですね
本当はシンデレラって先代の母上を手にかけているんですよね
継母は二代目じゃなかったという闇
なのでイメージはだいぶ違いますね
ただし起源自体も正確に定まってるわけではないようですし、色々派生はあるようです
ややこしいなぁ
あと何気にずっと気にしてたんですが、あらすじでみゅーの一人称が「私」になっていて「みゅー」じゃない点について
この話でキャラになりきっている時はみゅーちゃんの一人称は変わるというのが判明しましたね
つまり謎の襲撃者の時はキャラ作りで自分のことを「私」と言っていた……ということにしています
あらすじに「おいで、みゅーのハウスに」って書くとモロバレルなんでやむなしですね