Another Trainer   作:りんごうさぎ

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7.エスパー少女の願い

 みゅーは気持ちが落ち着いたのか、名残惜しそうにしながらも少し距離を置いてレインと向かい合った。

 

「みゅー……ごめんな、お前のこと不幸にしてしまって。みゅーには本当に幸せになってほしかったのに、俺が……こんなこと……」

「いいの! みゅー嬉しかった! みゅーに冷たかったこともケッコンしてくれなかったことも全部怒ってないよ」

 

 みゅーはブンブン首を振って答えるがレインは悲痛な表情を浮かべた。

 

「違う、そうじゃない。みゅー……わかってないんだな、お前がこれから背負う運命の重さが。これまでは辛い思いをさせてしまうと思ってどうしても言えなかった。でもこれ以上先延ばしにはできない。今はっきり伝えておく」

「え……どういうこと?」

「俺がみゅーとケッコンできないのはね、倫理の問題でもなければ、俺がポケモンと結婚したくないからでもない。お前にはそう思われるような言い方をしたけど、本当はもっと重い理由がある」

「なんでなの?」

 

 一度レインは言いずらそうに表情を曇らせるが、すぐにみゅーにしっかりと向き直ってしゃべり始めた。

 

「人とミュウでは寿命が違う。お前はこれからずっと生き続けるけど、俺は100年経てばもういない。そのうえお前にはもうミュウの家族はいないだろう? 絶滅したはず……だからな」

「うみゅぅ……」

 

 みゅーはうつむいて表情はうかがえないが悲しみのオーラをレインは感じとった。

 

「こんなこと思い出させてごめんね。……だからみゅーが独りにならないためにはミュウのタマゴを産むしかない。幸いみゅーは女の子だから同族のミュウが産まれるはずだ」

「それでみゅーにポケモンと一緒になれって……でも、レインだって100年は一緒なんでしょ?」

「……」

 

 レインは返答に窮した。みゅーが心配そうにレインを見ている。余計に返す言葉が見つからなくなる。レインはしばらく何も言えなかった。

 

「ねぇ、ちゃんと答えてよ。なんで黙るの? レインがそんな顔で黙ってるとみゅーすごく怖くて不安な気持ちになるの。お願いだから黙らないで」

「ごめん。……みゅー、落ち着いて聞いてくれ。実はな、俺はすぐにいなくなるかもしれなかったんだ」

「え……?」

 

 この時点ですでにみゅーは泣きそうな顔になっていた。

 

「シンオウでケリをつけるつもりだった。……本当はお前も薄々察してたんじゃない?」

「……イヤ。レインがいなくなるなんて絶対にイヤッ! ウソだよね? そうでしょ? レインー、レインー。みゅーやっぱりレインにいてほしい。死んでほしくないよぉ……ずっといてほしい……」

 

 レインはゆっくり深呼吸してからみゅーに応えた。

 

「なぁ、そういえばみゅーは人間になりたいって言ってたよな」

「ぐひゅ。……うん。だって、そうしたらレインと一緒に……」

 

 優しくみゅーの涙を拭いながらレインは話し続けた。

 

「実はね、俺も本当はポケモンになりたいって思ってたんだ。ずっとお前と同じミュウになりたかった」

「えっ」

「みゅーが好きで、幸せになってほしいから、できれば自分がそうしてあげたいと思ってた。ミュウになれたらずっと一緒にいてあげられる。だからミュウになって自分がみゅーのために傍にいてあげたかった。でもわかってしまったんだ。そんなことできはしないって。いつか自分が先にいなくなる。だからずっとはいられない。きっとみゅーにとっては一緒にいれる時間なんてほんの僅かなものだと思う」

 

 レインは表情こそ明るいがその目には大粒の涙が浮かんでいた。心臓が締め付けられるような気持になり、みゅーは叫んだ。

 

「そんなことない! みゅーが死なせないから! 絶対死なせない! レインはみゅーのこと死なせなかった。だから今度はみゅーがレインを助ける! レインはずっと一緒なの!」

「ありがとう。本気で言ってるのはわかる。嬉しいよ。でもどうしようもないことなんだ。本当は俺だってイヤなんだから……」

「レイン……」

 

 涙をこらえ、しばらくして落ち着いてからまたレインは言った。

 

「だからみゅーには同族の仲間が必要なんだ。ミュウにはミュウが必要。もし俺と一緒にいれば家族はできない。お前はバカだから俺のことが好きになれば他の誰も目に映らなくなる。俺が居なくなったらそれだけで辛く苦しい思いをすることになる。後にはひとりぼっちのみゅーだけが残る。そしたらみゅーはどうなるか……心配で」

「そこまで考えてたんだ。みゅぅぅ」

「別れっていうのは絆が深い程辛くなる。シンオウに渡った頃からずっと、実は俺もみゅーと離れ離れになることばかり意識してしまっていた。よくお前は何の気なしに俺に抱き着いたりするけどな、それが一番辛かった。お前の気持ちが全部はっきり伝わって、それなのに自分は全くその気持ちに応えられない。歯がゆいなんてもんじゃない……」

「レインを苦しませてたのはみゅーだったの? 全然気づかなかった」

「好きな子を不安にさせるわけないでしょ」

「レイン……全部、私の……みゅーのためだったの? みゅーのことだけ考えて……あっ」

 

 みゅーはようやく悟った。今までの行動全ての意味が理解できた。

 

(みゅーから嫌われようとしたのも、死んでしまおうとしたのも、全部みゅーの幸せのためなんだ。みゅーを人間のレインに囚われないようにするために、自分は死ぬつもりでみゅーを怒らせるような言い方をしたんだ。自分の心も命も全部みゅーに捧げて……本当はレインも一緒にいたいと思ってくれていたのにっ!

 みゅーが殺すって言った時も、みゅーに戻って来てほしくて、みゅーに幸せになってほしくて、みゅーを信じて危ないことをしたんだ。みゅーなんか倒すこともできたのにっ!

 レインがマスターボールを使わなかったのは、どれだけ悪いことをしても、やっぱりみゅーを不幸にはしたくなかったからなんだ。それなのにみゅーはレインに何度もヒドイことをしてしまった。レインは愛してくれたのにっ!

 みゅーが恩知らずなヒドイことしても、レインは一言も責めなかった。後悔してないって言った。レインは本当にみゅーを愛していた! どこまでもみゅーに愛情を捧げてくれた。みゅーは気づけなかったのにっ!

 レインは憐れむような表情をしていた。きっとみゅーの気持ち全部わかってた。最後までみゅーのことを気遣って心配していた。でもみゅーは気づけなかった。愛情を向けられていたのにっ!

 みゅーにタマゴができたら、レインは喜んでくれる。本当はみゅーを好きなのに、それでも喜んでくれる。みゅーはレインがブルーと仲良くするだけで嫉妬したのに、レインは笑って祝福してくれる。でもみゅーはわからなかった。レインの気持ち、理解できていなかった。本当にみゅーの幸せだけを祈っていてくれたのにっ!

 みゅーがどれだけ痛いことをしてもレインは全部耐えてくれた。みゅーのためならどんなことも受け入れてくれる。本当は悲しい気持ちでいっぱいのはずなのにっ!

 なんで自分が死ぬときに、殺そうとしてるみゅーのために泣いているの。どうして悲しくて仕方ないのに、最後までみゅーのために泣いてくれるの。レイン、レイン……そんなに思っていてくれたのね。みゅーは気づかなかったのに、世界で一番みゅーのこと……なのに、なのになのになのにっ!)

「わぁぁぁんんん!! ごえんなざい!! ごえんなざい!! みゅー知らなかったの! あぁぁぁぁ、なんてごとっ……」

「みゅー、いいよ。みゅーの全部が好きだから」

「レイン……うぐぅ、なんで、なんでなの。……ごめんね、ごめんね。一番苦しんでたのはレインなのに、レインの方が真剣に愛してくれたのにっ! ひうっ……うぅ、みゅぐっ。みゅー、バカだからなんにもわかんなくて、ずっと困らせてばかりで、それだけじゃなくて、最後には、レインのこと、ごっ、ごろそーとするなんてっ……ごえんなざい!!」

 

 泣き暮れてしゃくりあげるようになりながら、時々声も裏返ってみっともない有り様だった。でもレインには視えていた。まっすぐキレイなみゅーの気持ち。レインは愛おしそうにみゅーを抱きしめた。

 

「全部許すよ。オーラで伝わってくるこの気持ち……みゅーが今でも好きでいてくれて良かった。ありがとう」

「レイン……みゅーやっぱりレインのこと忘れられない。殺すことなんて絶対できない。レインのことしか考えられない……レイン、レインー」

「みゅー……そんなに泣かないで。ずっとそんな顔してたらせっかくの美人が台無しでしょ。ふいてあげるからじっとして」

「みゅ」

 

 そういうとじっと目をつむって動かずに待ってくれた。子供の頃と同じ反応。懐かしくなってレインはついお願いをしたくなった。

 

「よし、もういいよ」

「みゅふっ! ねぇレイン、なんか昔に戻ったみたいだね」

「……なぁ、お願いがあるんだ。ちょっと昔と同じような恰好に戻ってみてくれない? やっぱりみゅーにはワンピースが似合うと思うから」

「……レイン、本当にみゅーが好きだったんだね。みゅーね、これ全部レインに好きになってほしくてしたの。しゃべり方も無理してた。でも本当はみゅーもこの恰好あんまり好きじゃないんだ。ちょっと待ってね……ん、これでどう? レイン、みゅーかわいい?」

 

 レインが瞬きする間にみゅーは“へんしん”した。余計なものを全て取っ払い、以前と同じ服装に戻った。サラサラとキレイな青い髪がなびいてキラキラと光を反射させた。レインは嬉しさで心がいっぱいになった。

 

「あっ、すごい……やっぱりみゅーはみゅーだな。嬉しい……みゅー、すっごいかわいいよ」

「なにそれ、みゅーなんだから当たり前でしょ。みゅふっ、喜んでくれてみゅーも嬉しい。たくさん悩んでたのに、レインはいつものみゅーが一番好きだったなんて……それなら最初からそう言ってよ」

「今度からそうしようかな。あっ! なぁみゅー、ちょっと俺のバッグ持ってきてくれない?」

「いいけど、何するの?」

 

 テレポートしたバッグからレインはプラチナの指輪を取り出した。

 

「はっきんダマを見つけたから、指輪にしてもらったんだ。みゅーにあげる」

「えっ……えぇっっ!? ホントにみゅーでいいの? でもなんで? みゅーは家出してたのに指輪を用意してたの? あっ……これ、本当はブルーのなんじゃ……」

「そんなわけないでしょ? 正真

正銘みゅーのだよ。仲直りできたらあげようと思ってたんだ。自分が死んだらグレン達に渡してもらうつもりだったけど、直接渡せて良かった。左手出して。つけてあげる」

 

 レインの手の中にすっぽり収まってしまうみゅーの小さな手をとって、レインは指輪をみゅーの薬指にはめた。

 

「あっ! そこは……」

「イヤ?」

「でも、レインにはブルーが……」

「何回でも言う。一番はみゅーだよ。ブルーよりもみゅーの方が何倍も好き」

「そんな……こんなの嬉し過ぎる。みゅーは悪いことばっかりしてたのに、本当にみゅーを選んでいいの? すぐに怒って包丁突き刺しちゃうような悪いポケモンなんだよ? いいの?」

「そうだな。包丁グサリはできればもうしないでほしいな」

 

 レインがおどけるがみゅーは真剣な面持ちのまま尋ねた。

 

「みゅーがかわいいから、だから好きなの? レインいっつもかわいいよって言ってくれるよね。……本当はなんでなの?」

「なんでなの、か。正直かわいさはブルーと同じぐらいだと思うよ。どっちもかわいい。でも、みゅーの方が好き。みゅーはいつも受け止めきれないぐらいたくさんの気持ちを伝えてくれた。深い愛情を感じたから、それが嬉しかった。だからみゅーが好きになった。お忘れかもしれないけど、俺も一応エスパーなんだよ? みゅーの気持ちは一番よく知っている」

「みゅーぅ、エスパーで良かった。みゅーがエスパーだったのは、人の心を視るためじゃなくて、みゅーの大事な気持ちを伝えるためだったのね」

 

 みゅーの頬から涙が落ちる。でも表情は笑顔だった。

 

「みゅー、じつは提案があるんだけど、聞いてくれる?」

「なぁに?」

「今日は大変だったよね。みゅーが元に戻ってくれて良かったけど、お互い一筋縄じゃなかった。まず俺はみゅーに殺されかけて死ぬ覚悟もした。つまり、この命はもう拾い物だ」

「うみゅぅ、ごめんね」

「……いいよ。そして、みゅーも俺に封印されかけた。つまりみゅーも一度死にかけたようなもの。そうだな、みゅー?」

「でも、レインは始めからそんなつもりなかったよね?」

「いいから話を合わせて」

「みゅ?」

 

 ひそひそ声でレインが言うと首をかしげながらもみゅーも言うことを聞いた。

 

「とにかく、これでお互い捨てた命を拾ったも同然だ。そうだな?」

「う、うん」

「フフ……よろしい。ところで、人とポケモンじゃ結婚できないっていったの覚えてるよな?」

「う……わかってる。約束だってちゃんと覚えてる。でも……」

「一度死にかけた身だしハッキリ言うけど、俺がここでさ、例えばもし……お前なんか大っ嫌いだ!……って言ったら」

「……し、心臓止まりそうになった」

 

 レインの叫び声でみゅーはビクッと飛び上がった。冗談にしてはキツ過ぎるがレインはイタズラに成功した子供のように笑っていた。驚くべき神経の太さだ。

 

「おそらくお前は今度こそ大暴れで、最後には俺と一緒に水の都に心中自殺、ぐらいはやらかしそうだが、そこんとこ本人さんとしてはどう思う?」

「正直その通りね。次拒絶されたら耐えられない。でも、みゅーはもうレインのこと疑ったりしない。命をかけてみゅーを助けてくれたから、今度はみゅーが命を懸けてレインを守るの」

「頼もしいな。ありがとうね。それで、やっぱりもうみゅーを受け入れてあげないのはマズイよね。先のことを考えて今死んだら元も子もない。俺もできる限り長く一緒にいてあげるって決心もした。さっきはいなくなるかもって言ったけど、やっと決心がついたよ。絶対にいなくならない。長生きもしてあげる。イヤでもみゅーとはずっと一緒にいてやるからな」

「レイン、レイン……。ホント……なのね。みゅーどうしよう。嬉しくてまた涙出そう」

「ホントにバカな話だよな。結局一番大事なことに死にかけるまで気づけないなんて。先の事より、今を幸せに生きる方がよっぽど大事だってわかった。その思い出こそ先々の支えになる。そう思わない?」

「もしかしてレインの考えてることって……」

「これから先俺はしがらみを捨てて自由に生きるつもりだけど、みゅーはどうする?」

「みゅーも自由になる。もう好きにしたい!」

 

 飛びつきそうな勢いでみゅーはレインに詰め寄った。レインもみゅーを抱き留めた。

 

「俺の全部、みゅーにあげる。結婚しよう」

「あ……あぅあっ」

 

 みゅーは信じられない言葉を贈られ、頭が真っ白になった。みゅーの目からはとうとう我慢しきれず涙が溢れている。返事をしようと一生懸命頑張るが、パクパク口を開けるのが精一杯で言葉にならなかった。

 

「みゅー、この気持ち……受けてくれる?」

「みゅーー!! みゅーー!!」

 

 なんと言えばいいかわからなくなり、本能的に鳴き声でみゅーは答えた。歓喜に満ちた甲高い鳴き声。レインにはそれで十分。力一杯みゅーを抱きしめた。みゅーが落ち着くまでレインはそうしていた。

 

 顔を上げたみゅーは恥じらいながらも嬉しさをこらえきれない表情をしていた。

 

「レイン……あの、結婚するならしてほしいことがあるの。ずっとできなかったから…」

「いいよ。やっとできるね……誓いのキス」

「レイン……!」

 

 みゅーが言う前にレインが応えた。お互いゆっくりと近づき合い、そして……

 

「みゅー、好きだよ」

「みゅーも、みゅーもなの!」

「じゃあ、誓いのキスを」

「んーー!!」

 

 それは奇しくもかつてみゅーが“夢見た”光景。小さな蕾に過ぎなかったエスパー少女の夢が現実となって花開こうとしていた。

 

 徐々に近づいていく2人の距離。あと5センチ。ほら、もうあと少し……。

 

 5……

 

 お互いの吐息が重なる。目と目が合う。

 

 4……

 

 ギュッと目を瞑る。待ち焦がれた歓喜の瞬間に胸が高鳴る。

 

 3……

 

 暖かいオーラが重なり合う。同じリズムを刻み始める。

 

 2……

 

 奇跡の波長が重なり合う。2人だけの世界へ。

 

 1……

 

 とうとう1つになる。心も体も1つに……。

 

 0………………

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「もうっ! シショーやっと起きたの? いくらなんでも寝過ぎよ? しっかりしてよね! 今日はマスターズリーグの本部に行くんでしょ?」

「………………ブルー? なんで……ここは……?」

「まーだ寝ぼけてるの? もうっ、わたし先に行くからね」

「あっ、待って! ……ここはどこ? さっきまで俺は……」

 

 ブルーはレインの真上からしゃべりかけてきた。どうやらレインは横になって寝そべっていたようだ。ブルーは言い終わると本当にどこかへ行ってしまった。レインは混乱しながらも辺りを見渡した。上体だけ起こして辺りをよく観察すると、どうやらトキワにある池のほとりにいるようだ。ここで自分は寝転がっていたらしい。なんでこんなところに?

 

「眠りを覚ます、魔法の口づけ」

 

 背後からの声に驚いて振り返ると意味深な笑みを浮かべたみゅーがいた。子供姿のみゅー。……レインにはひどく懐かしく思えた。

 

 不思議なことに、みゅーの姿を見た瞬間レインは自然と自分のことを思い出し始めた。レインは今カントーにいて、ようやくポケモンリーグを終えたばかりなのだった。次はいよいよマスターズリーグと意気込んでいたところだ。

 

 なら、今までの出来事は全てユメ……?

 

「なぁみゅー、俺はずっと寝てたのか? ここでうたた寝していたみたいだけど」

「クスクス……お寝坊さん。長い長―い夢を見ていたようね」

「そうか……やっぱり夢だったのか」

 

 レインにとってあの日々は全て幻だったということになる。大変だったが嬉しいこともあった。残念なような、これで良かったような……レインは複雑な気持ちになった。

 

「レインはなかったことにするの?」

「え?」

「レインはなかったことにするの?……今見たその夢を」

「そりゃ、夢なんて何の意味もないだろう?」

 

 レインがそう答えるとみゅーはあからさまにがっかりした様子でため息をついた。

 

「はぁ~。レイン、エスパーのことなーんにもわかってないのね」

「ん? どういうこと?」

「エスパーの力は思いの力。思うことは現実になる。夢は思いを具現化したもの。だからムダな夢なんて1つもないの」

「思いの力……」

「そう。だから願うことが力になり、現実になるの。ほら、よく言うでしょ。夢見ることが全てのハジマリって。何の志もなければ何もなすことはできない。夢見ることが大事な第一歩……そうよね?」

 

 みゅーは時々ハッとするようなことを言う。レインは夢のことを思い出した。ミュウは長生きポケモンだと他ならぬ自分、レインが言っていた。それを信じれば意外とみゅーは大人なのかもしれない。もっとも、自分の夢が情報源なのでレインはたいして真剣には考えなかったが。

 

「わかったような、わからんような……だな。じゃあさ、お前がさっき言ったのは何だったんだ」

「なんのこと?」

「魔法の……口づけ」

 

 夢の最後が最後だっただけにどうしても意識してしまっていた。尋ねられたみゅーは嬉しそうな声を上げて、薄く微笑みながらレインの傍に歩み寄った。

 

「みゅうみゅー!……ねぇレイン、それって本当に夢だったのかな」

「え?」

 

 唐突な話にレインは驚くがみゅーは表情を変えずに話し続ける。

 

「レインのお話ではいつも現実で王子様が魔法の口づけをする。そしたらお姫様が眠りから覚める。そうよね?」

「まぁ、だいたいそうだな」

「みゅ。だから夢の中で口づけをされても眠りからは覚めない。まだ夢は終わらない。現実のキスがないとダメ……」

「どういうこと? 現実じゃないとダメって……じゃあ夢じゃないってこと? まさかっ! お前今ここでっ……」

 

 思わず口に手を当てるとみゅーにクスクスと笑われた。

 

「どうしたのレイン? これはあなたが聞かせてくれた作り話でしょ。みゅみゅ……顔、赤くなってるよ」

 

 みゅーの表情はイタズラに成功した子供のそれだった。レインはみゅーにからかわれていただけのようだ。

 

「なっ!?……みゅーーっっ!!」

「クスクス……でもね、願いが現実になるのは本当だよ。だから1つだけ、ちゃんと言っておきたいことがあるの」

「あっそう。なに?」

 

 恥ずかしさからぶっきらぼうに答えるレイン。それとは対照的にみゅーは真剣な表情でゆっくりとレインの心に刻み込むように言い聞かせた。

 

「思いの力はエスパーの源。だから願いは思うことで必ず現実になる。……エスパーの女の子にはね、不可能はないの。たとえそれがどれだけ困難で、レインが無理だ! ありえない! 不可能だ!……と思ったことであっても」

「それ……!」

「エスパー少女はどんな姿にも“へんしん”できる。なんにでもなれる。だからできないことはないの。だからお願い。……少しだけ、ほんの少しだけでいいから、みゅーのこと待っていてほしいの。今はまだレインに何もできなかった。でもいつか必ず叶う。だから待っていて……望むべき姿にへんしんできる、その日まで」

 

 頭が混乱していてまだ理解が追いつかない。レインが呆然としていると、そっとみゅーが寄り添って、ほっぺに柔らかい感触がした。

 

「約束……忘れないでね。大事な大事な約束。それまではこれで我慢しておいてあげるの。みゅみゅみゅ」

 

 レインの唇にちょこんと指を当て笑うみゅー。引きずり込まれそうになる魅惑のオーラ。レインは恥ずかしさをごまかすように立ち上がってふーっと息をついた。

 

 結局この夢は何だったのだろうか。ただの夢? エスパーの幻? それとも……みゅーのきまぐれ?

 

 なんとなくアナライズしてみたレイン。いつも通りのみゅーのステータス……。

 

 ミュウ Lv.55 きまぐれ

 

「えっ?!」

 

 見間違い? レインはゴシゴシと目をこすってもう一度発動し直した。

 

 ミュウ Lv.55 おくびょう

 

「なんだ……良かった」

「みゅみゅ……レイン嬉しそうね。ふーん……嬉しいんだ」

「あっ」

 

 レインは不覚にもミュウにアナライズすれば能力の使用がバレることを忘れていた。しまったと思ったがみゅーは二言三言小さく呟いただけで特に怒ったりはしていないようだ。レインはホッとして今見たことは気にしないでおくことにした。

 

「シショー、なにしてるのーっ」

「レイン、ブルーが呼んでる。早く行ってあげたら?」

 

 ずっと話し込んでいたせいかブルーが戻ってきた。いつもなら人の事はほっといてどこまでも先に行くが今回は違うようだ。レインは有難迷惑だと思った。

 

 みゅーは何気ない様子で早く行けと言うが、みゅーの本性……実はとんでもなく嫉妬深い一面がレインの脳裏をよぎる。レインは恐る恐るみゅーの様子をうかがいながら尋ねてみた。

 

「……俺がみゅーから離れて怒ったりしないの?」

「なんで怒るの?」

「それは、だってさぁ……」

 

 レインはあんまりにもあっさりした返事に戸惑ってしまう。みゅーは本当にどうしてかわからないという表情だ。少なくとも表面上はそう見える。

 

「みゅーはみゅーだよ? 今のみゅーがみゅーの全て。みゅーは離れただけで怒ったりしないでしょ?」

「……それ、さっきと言ってること違うくない?」

「みゅ~? 何のことを言ってるの? みゅーにはわかんないの。まだお寝坊さん?」

 

 みゅーは夢の内容を知っているとレインは思っていたが、この反応はわざとはぐらかしているのだろうか。夢が現実になるならみゅーの性格もそうなるはず。だが今の発言からは現実のみゅーがみゅーの全てであって、夢のみゅーがそこに入り込む余地はないというニュアンスに聞こえる。

 

「夢のみゅーと今のみゅー、どっちがホントなんだ?」

「みゅー? さぁ、レインが決めたらいいと思うの。みゅーには難しいことわかんない」

「本当にわからないのか?」

「知らないものは知らないの。何度言われても同じ。いくら言ってもムダなの」

 

 レインはすぐに気づいた。今の言い回しはレインがみゅーにこの世界に来た真相を問うたあの時と全く同じ。あの時は確かにみゅーは本当に何も知らなかったわけだが……狙って言ってる? だが偶然ということも十分ありえる。みゅーの言い回しは独特だから偶然似ただけかもしれない。

 

 レインはもっと追及したかったがこれ以上言い合っても水掛け論にしかならないだろう。

 

「もぉーっ!! シショーッ、まだなのーっ!!」

「ブルーはいつも元気ね。レインが行かないならみゅーが先に行くの。レイン、今からおいかけっこね。みゅみゅっ! はやくおいで」

 

 おいでおいでと手招きしながらみゅーが走り出した。みゅーはブルーと一緒になって仲良く一緒に駆けてゆく。みゅーはブルーと笑い合って満面の笑みを浮かべていた。……どうしてかレインはその光景を見て嬉しい気持ちでいっぱいになった。

 

 結局考えても答えはわからない。この幻さんには何を聞いてもはぐらかされそうだ……なら、今できるのは今日一日を精一杯生きること。……みゅーがいなくなるような、あんな悔いを残さないように。レインはそう思った。

 

「もぉーっ! ホントにまだぁー?」

「今いくよ」

 

 エスパーの力は誰にでも眠っている。だから夢は必ず叶う。それを願う気持ちがある限り……いつか、きっと。

 




みゅーのきもち編はこれで終了です
読後に爽快感を残してふーっと息をついてしまうような仕上がりを目指しました
上手くまとめたつもりですがどうでしょう
ベタといえばベタですけどね
ストンと気持ちよくオチがついていればいいなぁと思います

伏線がいっぱいあるので時間をおいてもう一度見返すと面白いかもしれません
色々なテーマを詰め込んだ章でもあります
その辺を感じて……感じない?


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