燐夜がここルーマニアを出て2日後。もっと詳しく言えば、ホテルでの騒ぎのちょうどくらい。
今回、聖杯大戦の舞台であるトゥリファスにそびえ立つ城。そこに、ある少年少女の声がこだましていた。
「カウレス!!あなた、どうしてもっと早くに燐夜さんの事を引き止めなかったのですか!?」
「し、仕方ないだろ!?ニアさんに聞いたら、その時にはもう燐夜は日本へ行ったっていうし!そもそも、姉ちゃんが自分で言えばいいものを俺に頼んだのが悪いんだろ!?」
「し、仕方ないじゃない!わ、私にも心の準備というものが───」
「電話一本かけるのに心の準備もいるわけないだろ!!」
「えぇいっ!うるさいぞお前たち!!言い合いなら外でや────」
「「うるさい(です)!!」」
「っ〜〜!!」
そこにあった光景は、机を挟み言い合いをする姉弟。それを止めようとしたら逆にキレられた肥満体型な金髪男性。そして、それを見て笑う事を堪えられず、机を叩く桃色の髪をした男の娘。
少年の名はカウレス・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。そして少女の名はフィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニア。肥満男性の名はゴルド・ムジーク・ユグドミレニア。
全員、今回の聖杯大戦に参加しているマスター。黒側の人間であった。
そして────
「ねぇねぇ、そのあたりにしないと、僕達の王様が怒るよー二人共」
「そうですマスター。気が立っているとはいえ、目上の人間にあのような態度はいただけません。カウレス、貴方もですよ」
「「うっ...」」
「っふ、気にするでない。肉親同士、大いに争う事も結構なこと」
「...」
「うぅ...」
この者たちが黒の陣営のサーヴァント。
黒のセイバー、邪竜ファフニールを打ち倒した英雄ジークフリード。
黒のアーチャー、数多くの英雄の師ケイローン。
黒のライダー、シャルルマーニュ十二勇士が一人アストルフォ。
黒のバーサーカー、科学者ヴィクターに作り出されたとされるフランケンシュタイン
そして黒のランサー、ここルーマニアで最高の英雄とされるヴラド3世。
いずれも、この世に名を残した誇り高い偉人達だった。
「にしても、さっきからちょくちょく名前が出てくるその、リンヤ?って誰なの?君達の友達?」
「友達...というか、俺たちの恩人みたいな人だよ。まぁ、あっちが友人と思っていてくれれば嬉しいな」
カウレスがアストルフォの純粋な疑問を答え、一旦落ち着いた二人は、ケイローンがいつの間にか入れていてくれた紅茶に手を伸ばし息を整えた。
「古くからこの地に住む、ディルスフラン家という魔術道具作りの家系の者です。歳は私と同じ十九歳で、現ディルスフラン家の当主でもあります」
「魔術道具というのは、マスターの扱う魔術礼装とは違うのですか?」
「いえ同じです。ですが、あの家の者が作る物は本来の礼装の概念が壊れています」
「壊れている、とは?」
ケイローンが珍しく首を少し傾げ問うと、フィオレは少し言葉を考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「本来であれば、礼装とは二つに分けられます。一つは魔術師の魔術行使を増幅・補充し、魔術師本人が行う魔術そのものを強化する【補助礼装】。もう一つはそれ自体が高度な魔術理論を帯び、魔術師の魔力を動力源として起動して定められた神秘を実行する【限定礼装】」
セリフをカウロスが続ける。
「でも、ディルスフラン家の作る物はそのどちらでもないんだ。そうだな簡単に言えば、魔術士本人を魔術・身体的に強化しながら、道具に書き込まれた魔術理論を
「ん?えーとつまりどういう事?」
「早い話が、それを使えば魔術師ではない、魔力を使えない人間でさえも無意識に魔力が込められたほぼ一流の攻撃、支援を行えるって事だ」
「なにそのデタラメ!!?」
アストルフォが叫ぶ理由もわかる。
だが、今言ったことは嘘など一つもなく、効果の話をしても、まだ優しい方に入るのだ。
「ですが待ってください。使用者本人の魔力を動力源としないとはいったい?」
しかし、それを聞かれた後にカウレスは申し訳なさそうに頭をかいた。
「それについては俺は知らない。というか、それを知ってるのは当主である燐夜だけだ。昔、俺と姉ちゃんがそれを知ろうと面白半分に解体しようとしたら...」
「爆発、しましたね。それも、爆発した後机に『企業秘密です』とかいう焼印を残して」
二人が少し遠い目をする。きっとその時、爆発に巻き込まれて怪我でもしたのだろうと、サーヴァント達は一斉に理解した。
「うーん、なんというか、そのリンヤって人がデタラメな人だって事はわかったけど、別にいなくても困らないんじゃない?相手側のマスターってわけでもないわけだし」
「そうですね。もしも彼がそれだけで済む人物であれば、ですが」
だが、そんなフィオレの深みのある言い方に、アストルフォはもう何度目かの首を傾げた。
「アーチャー、あなたの時代、歴史において、目を瞑り、気配のみを察知し、数キロ離れた敵を射抜くとこができる近接型の戦士はそういましたか?」
「は?」
「彼は出来ます。どれほど離れていようと射抜き、どれほどの敵がいようと薙ぎ払い、どれほどの絶望があろうと、足を止めない勇気と知恵がある」
フィオレは淡々と繋ぐ。
まるで一つの詩のように。まるで一曲の歌のように、その人物、燐夜という少年を語る。
「私は知っています。彼こそまさしく現代の、最高ともいえる英雄だと言うことを」
故に。
そう言葉つなぎ合わせる。
「魔術士達は彼をこう呼びます。最強の魔術士殺し。心のない殺人機械────【魔術兵器】と」
シンッと静まり返る室内。
それは他人から他人へと聞けば、嘘八百だろうと笑っただろう。
しかし、フィオレのそれを聞いて、そういえる者は、英雄は、この場にはいなかった。
まさしく現代の英雄。
ある者は思う。家来に欲しいと。
ある者は思う。手合わせをと。
ある者は思う。知を交わしてみたいと。
だが、それを言ったフィオレの顔は、まるで何かを噛み殺したこのような苦い表情だった。
「...マスター?」
アーチャー、ケイローンが声をかける。すると、ハッとした様子で顔を上げた。
「ッ!!、すいません。少し考え事をしていました」
「考え事って。君、今すっごく苦しそうな顔をしてたよ?」
「そんな、事は...」
「マスター、言いたくないのであれば深くは聞きません。ですが、言って楽になることもあるのですよ?」
この場にいる者達は、古代よりもっとも人を、世を見てきた人物達だ。たかだか十数年しか生きていない少女が、隠し事をできるわけもなかった。
カウレスが心配そうにそんな自らの姉を見つめ続けると、フィオレはゆっくりと口を開いた。
「...私とカウレスは、親同士の関係もあり幼い頃から彼の事を知っているつもりです。ですが────私は、彼が笑った事を見たことが一度もありません」
「一度も?」
「はい、一度もないのです。思えば、彼は決して多くを話す方ではありませんでした。いつも一人で抱え込んで、一人で解決してしまうのです」
「...確かにな。アイツははっきり言って魔術の才能だとか、戦いの才能とかの問題じゃないんだ。言い方は悪いが────『究極の自己犠牲』。どれほど自分が傷つこうが構わないんだよ」
その時、その言葉を聞き真っ先に彼を思い浮かべたのは、ランサーでもライダーでもバーサーカーでも、ましてや他のマスターでもなかった。
ただ一人、主人の命令で喋る事を禁じられている理由で、会話には参加していなかった。セイバー、ジークフリードだった。
「クソッ、言ってて自分が嫌になるよ。アイツはそういう奴だと割り切ってる自分が!!」
「カウレス...」
彼自身、先ほどまでの話を聞いていた限りでは、一度は手合わせをと考えた。
だが、今までの話を聞き、どこか少しだけ自分に似た何かを感じたのだ。
それが同情なのか、それとも同族嫌悪なのかはわからない。しかしその彼の聞き、心の臓が大きく脈をうった。
「では────」
「!!?」
気づくと、いつのまにか口が開かれていたのだ。先ほどまで黙ったままの自分が話した事で、その場にいた者が全員驚く。無論、隣で驚くマスターが横目で見えはしたが、その唇は止まらなかった。
「では────私達は彼を救うべきなのだろうか?」
「セイバー、貴様っ!!」
「よい、止めるな黒のセイバー。続けよ」
現黒側の王であるランサーに言われれば、ゴルドでも止めさす事はできない。鋭い目でジークフリードを睨みつける。
だが、ジークフリードは気にせず話す。
「私達は皆英雄だ。崇め、讃えられ、敬われ、そして恐れられた者たちだ。だが、その少年は本当に英雄なのだろうか?」
「ッ!!彼がやっているのは、ただの自己満足とでも?」
「そうではない、黒のアーチャーのマスター。...私達がいた時代と、今の時代は何もかもが違う。万を殺せば英雄。だが、現代においてのそれは本当に英雄たりうるものと言えるのだろうか?」
「ほう、つまり貴様はこう言いたいのだな?英雄ではない、しかしそれでも人を助け苦しむその者を救うべきなのでは、と」
黒のランサーのソレに、ジークフリードは無言で首を頷けた。
「我らは英雄。だが、助けを乞われ助けるのであれば、それはただの願望機なのではないのか?それは本当に────」
それ以上の言葉は出なかった。
何故なら今のその言葉は、ここにいる者たちに言いたかったのではない。今のその言葉は、確かに自分に向かって言った言葉だと認識できた。
「...よかろう。黒のセイバーよ。貴様ほどの者がそうまでいうのであれば、王である余は耳を傾けなければならん。故に解を述べよう。────確かに、それでは英雄とは言い切れぬ。だが、それが分かっているのであれば、貴様が、貴様らがすべき事をなせば良い」
玉座に座り、この世に現界してはじめての柔らかな微笑みでランサーはそう言った。
その通りだ。やると決め、やればいい。たったそれだけの事。この人生、全ては願望機と成り果てた自分に悔いはない。
だが、今目の前の事を見捨ててまでそれはなすべき事なのか?
否だ。断じて否だ。
「王よ。心より感謝を」
「うむ。良きに計らえ」
それだけいうと、ジークフリードは一人霊体化を施した。そしてすぐにゴルドが部屋から出て行く。
再びシンッと静まりかえった部屋。そこに、先ほどまで弱々しい声を出していたフィオレの声はなかった。
「アーチャー、お願いがあります」
「バーサーカー、俺からもだ」
「ふふっマスター、私はあなたのサーヴァントです。お願いなど必要ではありません。全てはあなたのしたい用にすれば良いのです。私の教え子にもいました。一度突き進むと止まらないような者が。マスターもそのように振る舞えば良いのです」
「うぅ!」
そしてこの日、ある英雄の心を変え、ある少年少女は決意をした。
ただのワガママかもしれない。だけど、それでもそれを押し通したいという断固たる意志がそこにはあったのだ。
その後、すぐに日本に行ったという彼をここルーマニアの戦いから遠ざけるための準備が行われたのだった。
そして、その頃その現在戦いから遠ざけられた彼はというと────
「おとおさん、一緒に寝よ?」
「燐夜、一緒に寝ましょう?」
「────」
何気に人生最大のピンチに陥っていた。