10 愛のカタチ
「はぁ……はぁ……はぁ……」
王国最強の戦士、ガゼフ・ストロノーフは心底後悔していた。誰がこんな状況を予測できるのかと。まだスレイン法国の特殊部隊が自分を狙ってきた事実の方が、予想できたことだと。
「いけるいけるよー! ソーコちゃん!」
「ソーコおねぇちゃんがんばってー!」
「頑張れーお嬢ちゃん! 隊長は虫の息だぞー!」
味方は皆無。部下も完全に向こうの手に落ちているのか完全にアウェイだ。一度腹部に拳を当て殴り飛ばしたのがいけなかったのか、あの時は村の人間、そして部下までもが私に殺意を向けてきたのを思い返す。
『ははっ。病み上がりだが丁度身体を動かしたかったところだ。ゴウン殿……いやアイコ殿に癒されたこの身。それにアイコ殿の母上にも……あーその、いろいろ言われたのでな』
『くぅっ!? ホントすいません……この子がこんなに言うことを聴かないなんて初めてで……まあ、それも嬉しくもあるんですが。一度戦ってくれれば落ち着くとも思いますので』
『ガゼェエエフ!! なにアイコ様になれなれしく接している!!』
あの奥方が言っていたのは『娘があなたに一目ぼれしたみたいなの。
亜人やモンスターが蔓延るこの世界。容姿にかかわらず強い男が好意を寄せられるのは分かる話でもあり、そして自分も過去に経験してきてもいる。まさか二十にも満たないような可憐な少女が私をなどとは、この年になっては初めてのことでもあったが、両親の言伝や、私を見つめてくる上気した頬に潤んだ瞳を見せられては鈍感を気取っているわけにもいかない。
いや違う、今はそんな事を考えている状況ではない。メイドと紹介された、上質のメイド服を着こみ、柄の長いハンマーのような武器を抱え上げた、鬼の表情をした可愛らしい少女との戦闘からもうすでに
とにかく予想をはるかに上回るほどに強い。身体能力だけで見たら、部下やラナー殿下専属の剣士、クライムに匹敵するのは間違いないだろう。ただ当たり前だが戦士としての技能は無いのだろう。長柄のハンマーを振り回すだけなのだが、この武器も拙い。
すでに訓練用の木の盾は壊されているが、アレを木剣で受けるわけにもいかず避ける以外に取る術が無い。一度籠手でいなしたが、いまだに痺れが取れていないのは恐ろしくもある。
そして周囲と彼女の意識の差も違う。
朝から集まってきた村の女性たちや、大声に起こされた部下たちにとってはちょっとしたお祭り気分なんだろう。昨夜も村の男性たちから「アイコさんもそうだけどソーコさんも村の女神ですよ」と聞かされていたのだが、これはどう見ても鬼神であろう。
「だっしゃー! こらー!」
「おぉお! すごい起き上がるぞ!」
「そ、ソーコ! ちょっと無理しちゃだめよ!」
無論こちらも攻撃を仕掛けてもいる。だが寸止めなどでは彼女は止まってもくれず。負けを認めてもくれない。やむなしにと少々痣が出来るかもしれないがと肩付近を木剣で叩いたのだが、ダメージは皆無。
どんな素材で出来ているのかは分からないが、もしかしたら自分が今着ているプレートより硬いのではと思わせるほど。
組み伏せようとも考えたが、何故か容易く外されるのは魔法の効果なのだろう。戦闘前に複数の魔法をアイコにかけられていたのは知っていたが、正直魔法というのがここまで厄介だとは思ってもみなかった。
そして先ほど拳で腹部を殴ったのだがこれも飛ばされただけでダメージは少ないように見える。スタミナが切れないのは何か魔法的装備があるのだろうか。肩で息をしているのは自分だけだ。
「村長、昨日あんなことがあったのですから今日は祭りということにしませんか?」
「そうさな。今日ぐらいは仕事を休んでこの催しでも観戦するかね」
ちょっとまってほしい。気持ちは分かるが止めてくれ。村長たちがなにやら話しているのが漏れ聞こえてくるが、言葉を返すことも出来ない。
そして周辺諸国最強と謳われるガゼフをして『死の舞踏』と思わせる死闘は昼近くまで続いたのだが、「お腹が……空きました……」と言って倒れる彼女により、こちらも膝をついて引き分けを提案することで、ようやく死合を終えることができた。
…………
……
…
「まあ、私と引き分けたのです。アイコ様たっての頼みですし、残さず食べなさいね」
「もう、ソーコったら。す、ストロノーフ様も村長もどうぞ座って下さい」
父からの置き土産ですという言い訳をして、村長婦人他女性陣に大量の食材を渡し、現在村の広場では炊き出しが行われている。今日くらいはみんなにも英気を養ってもらいたい。
そして私たちは自宅の噴水付近にソーコの鍛冶用にと設置してあったテーブルを囲み、村のみんなや戦士団とは別に会食をすることになった。
メンバーは私とソーコ。村からは村長と戦士団からはガゼフを招待している。
「残すなんてとんでもない! 私も腹が減っていてな。それにしても……とてつもなく美味しそうですな」
「これはまた今日もすごい料理ですなあ」
引き分けというか壮絶なダブルノックアウトだったようなあの試合。怪我しちゃまずいとソーコに支援魔法をかけ疲労無効の指輪を渡してたんだけど、あそこまで長引くとは思わなかった。飲食不要の効果もある『リング・オブ・サステナンス』の方を渡していたらどうなってたことやら。
レベル差で倍はあるような気がしてたんだけど、装備差や支援、本気で殴るわけにもいかない戦士長の手加減により拮抗してしまったのだろう。途中で『武技!』とか聞こえたのは空耳よね。
「旨い! ものすごく旨いぞ! い、いや失礼、少々興奮してしまった。それに体力が戻ってくるような不思議な感覚もするのだが……これは一体」
「ふ、ふん! お前などに褒められても嬉しくも無いわ!」
ねえ、ツンデレとか言う設定は付けてないわよね? なんだろう闘いの中で友情でも芽生えちゃったんだろうか。いや違う、もともと優しい性格なだけに頭の中でいろいろとせめぎあっているのだろう。
そんなソーコも席に座らせて、昼食を共に。勿論何人分だよと思われるようなバゲットやシチューがなみなみと入った寸胴なども、ソーコの傍らのテーブル付きの台車に乗せてあり、給仕を怠ることは無い。まあほとんどが彼女の腹に入ってしまうのだろうが。
ガゼフも食事を堪能していたが、聞きたいことが山とあったのだろう。昨日の邂逅以来矢継ぎ早に問題が起こり、聞く暇も無かったのだから仕方がない。まずは私たちがここにいる経緯から順を追って話すことにした。
私たちがどこか遠くから転移してきてしまった事。両親とは別々の場所に飛ばされ、先日の戦いの中で四日ぶりに巡り会えたこと。私たちはこの村で生活することを決めたことと、現在森の奥にいる両親に連絡は出来るが、研究肌なのでしばらくは出てこないだろうという事。
私の翼や両親の容姿に対しては、ちょっとだけ人とは違いますよと正直に話したが、それについては追及はなかったのでほっとした。
一番突っ込まれたのがソーコに対してのことだったのだが、鍛冶が得意で見かけより力持ちなんですと無理やり納得させた。いや多分全然納得してないだろうけど。
そして話は村長を交えて捕えてある騎士たちの話になる。今日にでもエ・ランテルまで引っ立てる予定であったが、すでに昼を回ってしまったので明日早々に出立するということに。
報酬については王にお伺いを立てて必ずや支払うとも。捕えた軍馬や騎士たちの鎧も、法律に照らし盗賊として処理されるなら村のものになるのだが、帝国の紋章などが入っており証拠物にもなるので一応預かるということになった。無論処理が終われば換金して報酬とは別に届けることも約束してくれた。
村長としては村として報酬を受け取るというのは、アイコやその両親に申し訳が無いと全てアイコに渡してくれと頼んだが、「別にそれでもいいですけど私たちも村人なのでそのお金は村の為に使いましょう」と言われては返す言葉もなく、軍馬や戦闘で荒らされ、火を放たれた箇所もある畑を復旧しても、次の収穫には到底間に合わず納税が遅れてしまうという理由で受け入れることになった。
「でも普通国が管理している村が襲われて、そこから税を取ろうだなんてあり得ないじゃないんですか?」
という私のふと思った質問に、村長どころかガゼフも黙り込み、あ、この国やべぇと遅まきながら察することが出来た。しかしながらこの国に難癖を付ける気も無い。そもそも私は異邦人で……あれ?
「村長、私たちはもしかして不法入国者になるのかな?」
「うーん、家もあるしもう住んでいるのだからね、そんなに難しく考えなくていいよ。一応毎年来る徴税吏に住民の増減を報告する義務があるから、その時にでも登録しようと思っていたのだがね、いやこんな話王国戦士長様の前でする話ではなかったかな」
「いや、村長の言う通り。本来ならこの村だとエ・ランテルの役所に届けて住民登録をするべきなのだが……あまり言いたくは無いが住民台帳などもあるにはあるのだが、正確ではないと聴いている。国境はあっても柵があるわけでも無し、転移はまあ予想外だが、その報告の仕方でも……うーん……」
思ってた以上にルーズというか、国が国民を管理しきれていないのだろう。だがなぜかガゼフは考え込んでいる様子。何か問題でもあるのだろうか。
「私は王にこの村で起きた顛末を話すことになる。そして貴族議会にもあなたたちに助けられたと話さざるを得ない……無論そこでゴウン殿の名を出すことになるだろうが……」
ああ、分かった。私たちは目立ちすぎたんだ。戦士長の報告を聴いて国はどう動く? 王国最強の戦士と引き分けたメイドの話はしないだろうが、調査に乗り出すのは間違いないだろう。不法入国中の異国の少女たちか……ちょっと拙いかな。
モモンガちゃんが口止めすらしていなかったというのはなんだ? そうだよね……悪行を働いたわけではなく、村を救ったアインズ・ウール・ゴウンというのを広めるんだもんね。口止めは不要か。
あれ? これとばっちりというか全部私の方に面倒事が来ているような……あーもう!
「ストロノーフ様。村に迷惑をかけたくはありません。私も王都へ連れて行ってもらえませんか?」
思惑は多岐に及ぶ。まず私への追及が村に及ぶのを避けたいが為。そして戦士長の報告、そして報酬の受け渡しなどを簡易にする為が表向きな発想だろうか。
裏の思惑としては転移の問題だ。いずれはエ・ランテルや王都に赴こうとは思ってはいたが、他のプレイヤーがいた場合、まず向かう先は人が住んでいるであろう都市部だろう。そうなると遠隔視の鏡を使うわけにもいかず、自力で行く必要があるとは思ってはいたのだ。
そして最大の理由が、こっ、ここでお別れするのが寂しいからなのだが……それはまあ置いておくとして。
「それは……願ってもない事なのだがよろしいのか?」
その『よろしいのか?』の言葉は私だけではなく村長やソーコにも投げかけているのだろう。
「一つだけ。私のとっておきの魔法を秘密にしていただければ問題ありません」
まあ単なる転移魔法なんだけどね。
●
『そうですか王都に。いろいろ理由付けてますけど戦士長の家に行く気満々ですよね?』
「そ、そんなこと、し、しませんよお?」
なかなかに鋭いじゃないモモンガちゃん……あわよくば「転移先に指定させてください」と言うつもりはある。ほらあれだ、人がいっぱいいる王都のどこかにぱっと現れたら不審に思われるからね。
『こっちはいろいろと分かりましたよ。正直アイコさんが蘇生実験を済ませてなかったら大変でしたけど』
「え? なんで?」
『うーん、ちょっと長くなるのでその話はナザリックに来た時にでもしますよ。それで……お願いってなんですか?』
まあ、今日は早く寝ておきたいのでそれはいいか。とにかく早朝に気づいたものの、いろいろありすぎて忘れていたアレを教えておかないと。
「たぶん、アウラとかマーレとかは仲良くしてたんでこっちに遊びに来たがるとも思うのよね」
『そうですね。早く会いたいですって言ってましたからそうだと思います』
「んでその二人はいいんだけどシャルティアのことなんだよね」
『ああ、なんかシャルティアもアイコさんに会いたがってて不思議だったんですよ。六階層のお茶会とやらにいたんですかね?』
「いや、いなかったけどね。別に大した話ではないのよ。つまり
『ああ……うん……はい……』
「たぶんナザリックのシャルティアにもそんなことを語りかけてたんじゃないかなーとも思うのよ」
『はい……ありえますね……』
「それでね……ちょっと言いづらいんだけど、なんかカルネ村に新興宗教というか祈りの対象的なものが出来ちゃってね……」
『あ……なんかわかった気がする』
「うちのシャルティアゴーレムがなんか助けられた村人の信仰対象になっちゃってるみたいで……『水の女神』として水を汲みに来る女性たちとかに祈られちゃっててね……アレを……」
『……』
「なので本家シャルティアがこちらに来たらもう……」
『あ、なんかすいません。胃が無いのに痛いんですけど』
正直シャルティアの容姿はわかるがどんな性格だとかは知らない。でも女の子なら、あんな状態の彫像に祈りを捧げられていたらどう思うか……
「なので、シャルティアはこちらに来させないほうがいいかと……」
『すいません。先ほどの会議で一応<
「……」
…………
……
…
幸いなことに王都への出立時早朝に現れたシャルティアは、アイコの家の窓から彫像とそれに祈りを捧げる村人の様子を観察して歓喜に震えることになる。
「あぁ……す、すごい! こんな
なにかドMの琴線に触れたのか心配するまでもなかった。
というわけで、一緒についていくことになりました。転移から八日目にモモンがエ・ランテルで冒険者になるようなので、原作通りの行動をとらせるなら会えるかな?