風呂は良い。もし人間体であればもっと気持ちよかったのだろうかと考えなくもないが、お湯に身体を包み込まれる感覚は嫌いじゃない。だが身体を洗うのは面倒だ。この骨の身体を洗うのには一人では三十分くらいかかってしまう。いやいや、そういう話ではなくて。
「ソーコはそっちの足からね。ナーベちゃんは背中で。わたしはこっちから……んしょ、んしょ」
「はいっ! よいしょ、よいしょ」
「ああ、こんな栄誉を与えられるなんて……」
そこには本人にだけ見える緑色の光を放ちながら、美少女三名に泡だらけにされている骸骨の姿があった。
森の賢王を介抱した後、今夜はこちらでお世話になることになったのだが、この際だからとシャルティアの件でやたら増える後付け設定を注意しようと思っていたのだ。
ナザリックではアルベドがロールプレイとしてそれを受容し「あの生むだけ生んでネグレクトした二番目の妻がなにか?」的な更なる後付け設定が生まれている。
お前ら『演技は大事だ』ってそういう意味じゃないから。
「ここまで歩いてきて大変だったでしょ? まずはお風呂にでも入っちゃって」
なんて好意を嬉しく思い、ありがたく頂くかと自室のものより大きな浴室へ連れてこられたまではいいが、アイコが後から入ってくるなんて聞いていない。
「え? 私も何か賢王の毛がついちゃったし一緒に洗おうかと。ナーベちゃんもソーコも早く! アインズさん洗うの大変そうだからみんなでやろうよ」
もうなに? 隠すとかそういう恥じらいとかないの? 「結構いいプロポーションでしょ?」なんてのたまい、両腕を首筋に持っていき胸を反らすアイコに唖然としてしまう。
ああ、はい、結構着やせするんですね……じゃなくて! 目を閉じようにも瞼が無いし、転移しようにも地下部分は阻害されているのだろうか、全く発動しない。
流されるままに引きずられ泡だらけにされているが、ソーコさんスゴイ物をお持ちですねとか、ナーベラルもなかなか……なんてNPC二人についての考えは置いておく。
わからないのはこの人だ。よく知りもしない男に裸を……と考えるが、男って言ってもフルプレートを外した今の自分は骸骨だ。アイコにしても自分の身体というわけでもなくゲームのアバターだ。そう考えれば問題ないのかなと流されそうになっているがどうなんだろう。
正直ユグドラシル十二年の中で彼女と遊んだ回数は両手で数えられるほど。『夜の仕事』ってのがなんなのかも知らなければ、ぶっちゃけリアルの性別だってアウラやマーレにお茶会のことを聞かされなければネカマであってもおかしくないと思っていたくらいだ。
要するにギルメンの中では彼女と一番付き合いが薄かったわけで、彼女のことを何も知らないのだなと今更ながらに気づき。こういう性格なんだろうと納得することにする。
「んでどうする? ナーベちゃんもお嫁さんにするの?」
「んひっ!? いえ! 私など!」
あ、思い出した。るし★ふぁーさんが『あの人なにやっても動じないんだよね』って言ってたのを……つまりはある種の同類というか通じるところがあるのだろう。よし……今夜は説教だな!
…………
……
…
ガゼフ分が足りないと早朝『森の女王』を襲名したアイコは早々に転移してしまった。丸投げされたわけだが、アインズにも森の賢王に付いてこさせちゃったのは拙かったかなとの思いもあり、この依頼に関しては思うことは無い。冒険者という職業の方にこそ夢の無い仕事だなあと思っていたくらいで、ここでしばらく息抜きをするのも悪くは無いと思っている。
ただ問題は我々が現在冒険者組合を通した依頼の最中であるという事が難点だ。いや……指名依頼はどうなんだ? そんなことを考えながら村の倉庫の方へ歩いて行く。ンフィーレアと漆黒の剣はそちらで寝泊まりしており、我々は少々知己があると言う理由でアイコの家に泊っていたのだが、丁度ニニャが倉庫から出てくるところだった。
ンフィーレアにとっては娘の家……いや自宅で休むということに疑問は無いのだろうが、漆黒の剣には少々不審に思われたかもしれない。正直に話してもいいのだがそれ自体が嘘なのでなにがなにやら。有耶無耶で済めばそれでいいのだが。
「モモンさんおはようございます、早いですね。やはり早朝の鍛錬とかなさるのですか?」
「おはようございますニニャさん。いえいえただの散歩なんですが、そうだ。ニニャさんに聞きたいことがあるんですよ」
つまり依頼の二重取りや、組合への報告が遅れるなど、冒険者としての実績を失われる行為になるのではないかといった懸念だ。それをこの村の者に頼まれたのだがと前置きして聞いてみる。
なおナーベラル・ガンマことナーベはソーコと本当に鍛錬をしている。なんでもゴリラ退治のためだそうなのだが、魔法抜きの戦いがナーベ優勢ではあるものの、なかなかの接戦で面白いことになっていた。
ナーベ曰く「不思議なのですがソーコさんにはアイコ様以上にナザリックの者が持つオーラというか……いえ、姉妹や一般メイドに近い感覚というか」などと言っていたが、理由はまあわかる。ただあれほど笑顔でナザリック以外の者と触れ合っているのは微笑ましくも思う。
つい「ナーベは可愛いな」なんて口走ってしまい、呆けた隙に一発食らっていたが、木の棒の方が折れていたので問題ないだろう。……なんだか昨日から彼女らの裸が思い浮かんでしまって拙いな。俺もハムスターと鍛錬でもするかな。
「まず私たちがやろうとしていたモンスター退治ですが、あれも一応事前に組合に報告しています。何人でどこそこへ行って何日くらいで戻る程度ですが、一月以上報告が無いと組合の冒険者に調査依頼や捜索依頼が出ます。こんな世界ですので冒険者の生存率なんて高く無いのは当然で、本来は放置されてもおかしくないのですが、組合としては二次災害を恐れるわけですね」
「なるほど。つまりその冒険者を助けようという話ではなく、脅威の確認ですか」
「そうです。つまり猶予は一か月ですが、これは当然ながら組合に不信を抱かれます」
「まあ、当然でしょうね……うーん、どうするべきなのか」
少々安請け合いをしすぎたか……多分王都まであと一週間といったところだろう。ニニャは続けて今回の指名依頼に関してもンフィーレアの方から報告をされているはずだと話す。
「ですが……さすがモモンさんです。野盗に荒らされた村を助けたいと思う気持ち……私にもわかりますから!」
「う、うむ。だが冒険者としては拙いのだろう?」
「いえ! 要は報告さえすればいいんですよ。二チームで戻る必要も無いですし、モモンさんたちだけなら四日……いや三日で戻ってこれるのでは? その間私たちが村のお手伝いをしますよ。モモンさんより力はありませんが人数も多いですしね。ペテルたちも賛成すると思います」
「おお! なるほど、ありがたい」
なるほど、三日も休めるのか。誘導したようで少々ニニャ達に悪いとは思うがこちらも計画を前倒しにさせてもらおう。アウラやマーレもニアミスばかりで全然アイコさんに会えていないからなあ。双子と森でナザリック上層部に作る予定のコテージ用の木材の調達……いや、キャンプなんてのもいいんじゃないか?
子供の情操教育には確かそういうのも必要だとたっちさんに聞いた記憶が、それにちょっと楽しそうだぞなんて考えるアインズにニニャが声をかける。
「この話すぐにみんなにしてきますね。ンフィーレアさんも喜ぶと思いますよ、なんたって思い人がいる村ですし私たちから話してみます」
「よろしくお願いします。私は……そうですね村長にお会いして形式的な依頼書を書いてもらってから、エ・ランテルに報告に戻ろうと思います」
なおその当人であるンフィーレアはというと、
「彼女が大変な時じゃないですか。彼氏として力を貸してあげるのは男の見せ所じゃないでしょうか。私たちも力を貸しますので」
「や、やります!」
なにやらものすごく良い笑顔で頷いたらしい。
●
「最初からこうすればよかったのよ!」
「アイコ、殿……やはり少々邪魔なのだが……」
昨夜のモモンガちゃんからのお説教で、私は『一途であれ』という事を教わった(注、そんな話ではない)。そうよね、それが普通よね。なら私だってのんびり馬車に揺られていてやるもんかと御者席に座ることにする。シャルティアも「なんだかわかりんせんが、好いているならやってしまいなんし」とか言ってたし押していくべきだろう。
御者席は並んで座ると腕が当たると言われ我慢していたのだが、こうやって股の間に入ってしまえば邪魔じゃないよね。
「隊長……これを断ったら男が廃ります……」
「憎い……隊長が憎い……」
などの何故か血涙を流しながらの副長や隊員の説得もあり、片腕で腰を抱かれながら御者席にいられることが出来た。ふんふ~ん♪と鼻歌を歌いながら幸せを謳歌する。
王都まであと七日程……長いようで短いこの時間で彼は私を気に入ってくれるだろうか? 男に媚びる仕草や喜ばす言動は知っている。仕事柄身に着いたその行為は私生活では使うことは無かった。画面の中の俳優に恋い焦がれることはあったけども、実際にお付き合いなどをしたことはない。
多分この私の初恋は叶うことはないと思っている。
あまりにも私に隠し事が多いからだ。異世界から転移してきたこと、この顔も身体も本来の私では無いのだということ。それに人間ではなくて異形種である天使であり、つまりは寿命が無いのだという事も。
ああ、そういえばあなたやモモンガちゃんよりも年上かなってことも追加で。
『わからないことを悩む暇があったらとりあえず受け入れよう』
そうだ。こんなことをぐじぐじ悩むほど甘い人生は送ってきてはいないのだ。ダメならそれでいいじゃない。それまでの間に『アイコ』という人間を知ってもらおう。惜しむらくは本名ですらない所だが十二年とプラス一年使ってきた愛着ある名前だ。本名や源氏名よりパッとしないありきたりな名前だけど、今更ながら良い名前だとも思う。
「ど、どうした? アイコ、顔が百面相になっているぞ」
「ふわっ!? 大丈夫です。んふふ~、やっとアイコって呼んでくれましたね!」
「うっ!? アイコがそう呼べと言ったからで……とにかくしっかり捕まっていなさい」
どうやら頭の上から顔を覗かれていたようだ。隊員たちが「あま~い!!」「軍法会議ものですね……」「隊長が憎い(二度目)」とか叫んでいるが、どうだろう、良い雰囲気に見えるかなあ?
リアルのお客や、カルネ村を襲ってきた下卑た視線を向ける騎士に出来た笑顔が今は出来ない。リアルの
私は今普通の笑顔に見えるかな? なんて考えるアイコであったが、周りを囲む隊員たちの目にはそれはそれは素敵な微笑みを見せつけていたという。
…………
……
…
「眠って……しまわれたのですか」
「ああ、豪胆な少女だな、馬車の揺れなどものともしない」
アイコを落とさないようにと片腕で抱きしめながら馬車を駆るガゼフの側に並走してくる副長。アイコを見つめるその目は優しくもあり、そして何かを考えているようにも見える。
「正直お嬢さんを王都に……いえ王宮に連れて行きたくはありませんね」
「……」
「王への謁見とはいえ他の貴族共もいるのです……不快な思いをされなければ良いのですがこの容姿。何も起こらないと考える方が難しいです」
それはガゼフも理解していた。もしアイコが貴族の者に辱められて自分は我慢できるのだろうか。これは王命であることは理解している。現地で助力を得た家族の娘で、我々を必死で癒してくれた優れた治療魔法の使い手だ。証言者としても王に謁見してもらいたいからこそ、自分から言う前に彼女の提案を受け入れたのだ。
「アイコは……私が守る!」
「ははっ! その言葉を本人に言ってやれば大層喜ぶでしょうに。ガゼフ隊長、我々もお嬢さんが好きです。この天真爛漫な笑顔に隊員たちもやられておりますよ。ですが我々はその場にいられません。お願い致します」
『ああ、任せろ!』などとは言えない。大恩ある王に不利になるような行動は慎むべきだ。アイコが言葉で辱められたとしても我慢するべきなのだ。
だが本当に手を出してみろ……
いかん……政治に疎い自分は王の剣であるべきなのだ……
今の我が身を疎ましく思う。周辺諸国最強と言われる男が、自分を好いてくれる女すら守れないのか? 私は何のためにこの地位にいるのだ。
愚直すぎる男の心の中で少しずつ存在感を大きくしていく少女。彼女がパンチで城を吹き飛ばせるかもしれないと言うことは、まだ知られてはいない。
最後で台無しだよ!
次回はいよいよ王都かな? 裏で描かれているはずの、シャルティアがいないことによる魔樹・漆黒聖典・鎧の三つ巴や、ニグン達・ブレイン・クレマンさんなどは保留。
とにかく先を書いてみたいというか、自分が読みたいというかw
まあどうなるかわかりませんが今年もよろしくお願いします。