「ティアちゃんありがとう。着替えるのも手伝ってもらっちゃって」
「いい。むしろご褒美」
フィッティングを確かめる為にドレスを着たまま宿屋まで戻ってきたのだが、蒼の薔薇の皆さんに夕食を一緒にどうかと誘われ、ドレスを汚しても何なので着替えることに。
宿のチェックインというのだろうか、それらはガゼフが終えていたようで、ティアに付き添ってもらい着替えた後、先ほどの酒場兼食堂ホールに戻ってきた。
「う、うーん。先ほども言おうと思っていたのだけど、その服アイコさんに合ってないんじゃないかしら? いえ似合ってないという意味ではないのよ?」
「これは頂き物なんです。村長の奥さんに頂いたワンピースで……というか私これしか持っていなかったものですから」
「あ……うん、ごめんなさい」
「いえ、謝られる事じゃなくてですね、他にドレス以外着る物が無かったんですよ」
「……いろいろ詮索しちゃまずいんでしょうけど、訳が分からないわね」
ホールの一番奥まったところにある丸テーブルに着席を促され、簡単な自己紹介をした後、ガガーランが注文したという大量の料理に目を奪われそうになりながらも、質問に答えていくのだが、さすがに色々端折りすぎただろうか。
「すまんがいろいろと話が進まないぜ。ちょっと掻い摘んで話してくれよ」
「はい! ガガーラン様!」
「ちょっとガガーランって……え? いいの?」
と言っても話せることは虚偽情報ばかりなのだが。「娘、ちょ、ちょっと待て」と言いながら慌ててフードの下でなにがしかのアイテムを起動するイビルアイを待ち、あぁ、さっき使ってたのは魔法じゃなくてアイテムなのかなんて考えながら話していく。
今から二週間ほど前、カルネ村に家の一部ごと妹と一緒に転移してきたこと。その時着ていたドレス以外に着る物が無かったという事。村の好意により住民に加えていただいたが、その数日後に野盗に襲われ、それをガゼフに救ってもらった事。私がここにいるのは戦士達を癒した力の報酬を頂けるらしいということと、ガゼフの報告の証人的な意味合いもあるのだという事を話していく。
両親に巡り会えて云々は必要であれば話すけど、まぁ今はいいだろう。
「村のお友達は『貴族のお嬢様』なんて言うけど、裕福ではあったけど貴族ではありませんよ」
ついでなので、そんなことも付け加える。はっきり言ってラノベ以上の『貴族』の知識を持たない自分が目の前の本物の『元貴族のお嬢様』を煙に撒けるとも思わないからだ。ああ……嘘ってどんどん大きくなるんだな……
「おっさんもやるじゃねーか。でもその転移ってのは眉唾なんだが、イビルアイ。どうなんだ?」
「ありえない……と言いたいところだが、この娘がそんな突拍子もない嘘をつく理由が思い浮かばん。ただの村娘ではないのは一目瞭然なのだがな」
いや、そこは本当なんだけどと思うが、自分でも分からないことを説明できない。彼女たちに自宅を見せたところで、ただのログハウスにしか見えないだろうし。
まあ、はっきりいってそんな話はどうでもいいのだ。私は今岐路に立たされているのだから。
この十日余りの旅で、私とガゼフの距離が全く縮まっていないとまでは言わないが、明日の謁見を終えたらそれでお別れ。転移魔法により距離の差はないとはいえ結局恋愛に発展することはなかったのだ。
「どうしたのアイコさん? なんか考え込んでるみたいだけど……もちろん私たちもこれ以上は追及しないわよ?」
「あ、いいえ……ちょっとガゼフ様のことを考えていて。私は今まで恋人などいなかったものですから、これまでの旅路で結構無茶な推しというか、好きだとアピールしていたのですが、このまま何もなく明日で終わってしまうのかと考えていたら…‥その」
そもそも明日、どれだけ会話が出来るのだろうかも不明だ。
「いきなり話が飛ぶのだな……ふむ……立場的にあの小僧と似たようなものか?」
「いや逆だろイビルアイ、あの姫さんの好き好きアピールはあからさまだし。あーでも立場的には合っているのか。なんだよオチビさん、恋愛話もいけるじゃないか」
まあ、どこの世界でも恋バナが嫌いな女子はいないのだろう。詳しく聞いてみると、この国の王女の思い人が、平民出の剣士なのだそうな。なんだ相手はガゼフじゃなかったのか。
その剣士も王女を想っているらしく……って、
「全然私と違うじゃないですか! 両想いじゃん!」
「まあまあアイコさん。一国の王女になんてなると、相手なんて選べないのよ」
「じゃ、じゃあガゼフ様も選べないの?」
「いえ……むしろ国王にお見合いを勧められていたような……って泣かないでよお!」
じゃあもうこれ以上どうアピールすればいいのやら……やはりガゼフにその気は無いのでは。結局何の答えも貰えなかったのだから。
「鬼ボス、なんか策を。おっさんにはもったいないが、ティアがうざい」
「鬼リーダー、おっさんにはもったいないから、私でいいんじゃないかと」
なお今更だがティアはアイコの席にピッタリ椅子をくっつけて、腰に手を回し抱き着いたままでいる。
「くっくっ。しかし面白い娘だな、知らないのだろうが『蒼の薔薇』と聞いて物怖じするでもなく、あのガゼフに本気で惚れているようだしな。ラキュースどうにかならんのか?」
「俺っちもこの子は気に入ったぜ。筋肉好きに悪い奴はいないからな。頼むぜヴァージン・スノウ!」
「ヴァージン・スノウを二つ名みたいに言うのやめなさい!」
仲間たちから次々に『ヴァージン・スノウ』を連呼されているが、聞いたところによるとラキュースの装備の名前らしい。なんでも無垢なる者にしか着れないのだとか……それは大丈夫なのかとも思うが、頑張って! ヴァージン・スノウ!
「アイコさんまで……とにかくあの絵に描いたような忠臣というのかしらね。本人は国の為にすべてを捨てているのかとも思うのだけど、恋愛が妨げになるのかというと確かに疑問だわ。それになんだかんだ言ってストロノーフ様もアイコさんを……アイコを憎からず想っているはずよ。ねぇイビルアイ、ティア、ティナ」
「あぁ、あれは驚いたな……あんなガゼフ・ストロノーフは初めて見たかもしれないぞ」
「『アイコは白が似合うと思う』」
「それ私がもうやった」
う、うん。それはもう聞いたけども。嬉しかったけれども。
「とにかくストロノーフ様が帰還したことによる明日の予定を考えると、まず貴族議会があって、恩賞というか褒章はそのあとね。もしかしたらだけど……いやアイコの容姿を考えると食事会……舞踏会はないだろうけど歓迎会なんてのもありうる……うーんどうかなあ」
ダンスか。ガゼフと踊ってみたいなぁとも思うが、
「幸いなことに私は明日ラナーに会う予定だったの。最悪でもあなたをラナーに引き合わせるように手配するわ。あの子は頭も回るし何かうまい手を思いつくかもしれないし」
「なんだよ、丸投げじゃないかヴァージン・スノウ」
「ガガーランうるさい!」
ラナー王女か……どんな娘なんだろ。というかそう簡単に王女と平民が会えるものなんだろうか? でも無茶な恋愛頑張ってるみたいだし好感は持てるかも。
王都最後の夜になるかもしれない夕食会。得難い知己を得られたのはどちらなのかは分からないが、恋愛や童貞の見分け方や筋肉の話で大いに盛り上がり、明日が早くなければと惜しみながら席を立つアイコを微笑みながら見送る蒼の薔薇の一行であった。
…………
……
…
「なんかそんな話じゃなかったから聞かなかったんだけどよ、あの子強いよな?」
「治療魔法が使えるようだからね、あれは第一位階だと思うけど一般人よりは強いんじゃない? なんで?」
「ティア……って、いねぇ。まあいいかティアがもともと軽装とはいえ装備込みで60キロはあるだろ? よく重心がぶれずに抱き着かれたまま立っていられるなと思ったんだが」
「あっ!? あれ? 服飾品店からここまで抱き着かれたままだったわよ?」
●
エ・ランテル王宮の奥にある王の私室。すぐさま赴くようにと連絡を受け、身なりを整える間もなく馳せ参じたのはよいのだが、ラナー王女がご一緒であるとは思いもしなかった。
「では報告を行いたいのですが……」
「ラナーが同席を望んでいる。本来なら外させるべきなのだろうが、少々不可思議な点……いやそれはよい。かまわぬのでありのままを報告しなさい」
王が望むのであれば仕方がない。だが……あぁ。やはりアイコとは違うのだな。確かにその微笑みは黄金の美姫ではあるが、アイコとは違う。あの娘はもっとだらしなく笑うのだ。それはもう本当に楽しそうに。
「お父様! 戦士長様が私を見て微笑みましたよ。こんな事初めてです!」
「ガゼェェフ! 全てだ! 全てを事細かく話すのだ!」
「はっ? はっ!」
なんだ、このプレッシャーは。この二週間足らずでよりお年を召されたようだと感じた第一印象を改める。まさしく王の覇気。王たる……いや、なにか違うような気もするが、これまでの旅の道程を事細かく話していく。特にゴウン殿に助けられた話。スレイン法国の特殊部隊や捕らえた騎士のことはより詳細に。
「ふむ。翌日の議会で同じ質問をするが、法国関連の話はしなくてもよい。それについてはパナソレイ(都市長)の報告とこちらでの尋問を終えてからでかまわん」
「はっ、そのように」
やはり余計な情報を貴族に……いや貴族派閥に与えない方が良いのだろう。政治には疎いとはいえ手札を晒しすぎるのが拙いのはわかる。
「とにかく無事で何よりだ。あの時はお前をかばってやれなくて申し訳なく思うが……いやそれはいい。それで連れてきた少女というのはどこだ? お前の話には彼の少女の話が一切含まれてはいないが」
「どこだ♪」
……なんだこの親子。とにかくとアイコのことを話していく。彼の御仁の娘であること。治療魔法の使い手で、我々戦士団を癒していただいたこと。エ・ランテルで住民登録を済ませ、現在は宿で蒼の薔薇とともにいるという事を。
「ふむ、なるほど……報告の通りか。だが平民とはいえ直接礼を言いたいものだ。勿論報酬も用意するとしよう」
「はっ。アイコもゴウン殿も喜ぶかと思われます」
「では続きだ。エ・ランテル市街を二人の少女に腕を組まれながら楽しそうに歩いていたと、先触れから報告があってな……パナソレイの手紙には『ガゼフ君に春の到来が』などと書かれてあったのだが?」
「いきなりお二人もだなんて……」
ちょっと待ってほしい。都市長……恨みますぞ……
「いえ!? あれはアイコには腕を組まれてはいましたが……もう片方には関節を決められていて」
「私によく似た少女とは聞いていましたが、二人? 戦士長様。私はそのせいでお父様に変な言いがかりをつけられたのですよ」
「ふむ真実であったか。我が娘に懸想していたわけではないのだな……」
本当に待ってほしい。混乱に拍車がかかり何を述べればよいのか言葉も出てこない。とにかくいろんな勘違いが多発していたようだが『私が少女二人を侍らせていた事実』だけが残り落着したといったところか。だめじゃないか!?
そしてこの取り調べのような報告会は数時間続き、アイコに惚れられていることや、もう一人はメイドであるということなど。ガゼフとしては話す予定の無かった話まで白状し、なんとか誤解を解くことは出来たのだった。
…………
……
…
「……しかし、お前が妻を娶るのは嬉しい事だぞ。それがたとえ平民の娘であってでもだ。そうか……そうだな……私が勧めた見合いをたびたび断るのは貴族の娘であったからか。まあ我が平民の娘を紹介できる訳でもないのだが、その『王国戦士長』という大仰な肩書を伴侶に背負わせたくないというのも分からないでもない。いや違うか。貴族派閥、王派閥などは関係なしに政治に干渉することを良しとしないお前の立場がそうさせたのか」
「……」
「ですがそのアイコさんなら問題はありませんよね? お父様」
「いえ!? 私は……」
「いや、どのような立場の者を娶ろうともやっかみは避けられまい。あのような手合いはどう転ぼうが難癖をつけてくるものだ……そうか、お前は本当にその娘を……」
私はアイコが好きであるのだろう。親になった事などは無いが、この気持ちは親愛であるのかもしれないとも思っている。だが嫁にするなどはともかくとして、命を狙われるような立場の私の側にいていい存在ではない。いや……彼女が命を狙われるような存在にはなってほしくはないのだ。
「……そこまで戦士長様がお好きになられた方なのでしたら私も会ってお話がしてみたいです」
「そうだな……まずは会ってみないことには話も進むまい。褒章は別として……うーん難しいか」
「お父様、私のお茶会にお呼びするというのはどうでしょう。本当にそんな容姿であるのならば、私が興味を持ってもおかしくは無いでしょう?」
「それならいらぬ誤解を受けなくても済むか……さて、どんな娘であるのだろうな」
王や王女。ガゼフの思いはそれぞれ違うのだが明日の邂逅に思いを馳せる。
当の本人はとある忍者娘を抱き枕に夢の中。王都の夜は更けていくのだった。
やったね王女様、手駒が向こうからやってくるよ! そんな思惑もありアホの子っぽく歓迎する態度を見せてみたんだがどうかな? やっぱりラナーさん難しいねw