ドロホフ君とゆかいな仲間たち   作:ピューリタン

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携帯暖炉

「オスカー見ましたか? 大広間の前の掲示」

「掲示? 何か書いてあったのか?」

 

 まだ人がまばらな大広間でオスカーが久しぶりに一人での心休まる朝食を食べていると、スリザリンのテーブルなのに普通にクラーナが隣にやって来た。

 

「その感じだと見てないんですね。何か今日は各学年の各寮で成績が上から五人までは休んでいいって書いてありましたよ。しかもホグズミードに行ってもいいって書いてありました」

「え? ほんとか? ならもう宿題だった今月の俺の運勢とか言うのをでっち上げ無くてもいいのか」

 

 トレローニー先生に渡されたバカでかい日めくり占星術カレンダーをオスカーはできるだけ自然に机の上に置いた、ちょうどクラーナと自分の間に収まるように。

 朝だと言うのに、どうもシャワーを浴びたのか監督生のバスルームに入って来たのか、ちょっと髪が濡れているクラーナに対してオスカーは安全距離を置いておきたかった。

 

「というか何で一人で食べてるんです?」

「エストはクィディッチの朝の練習らしい、練習終わったら後から来るんじゃないか?」

「そういうことなんですね。何ですかこのカレンダー、とりあえず自分を不幸にしてみたとかですか? 龍痘にかかるはまあもしかしたらあるかもしれませんけど、寝てたらベッドにアクロマンチュラがいたとか、クィディッチの競技場で巨大な鷹に連れ去られる? 意味わからなくないですか?」

 

 普通、スリザリンのテーブルでグリフィンドールのローブを着た人間は朝食を食べない。いくら自分に社交性のないと自覚しているオスカーでも知っていた。こうやってクラーナの食べる姿を隣で見るのはドロホフ邸以来だったし、やっぱりエストはスクランブルエッグを食べすぎだとオスカーは再認識できた。

 

「それはあれだ、トレローニー先生は俺が不幸になると喜ぶから、最近の出来事とかそう言うのに想像力をめちゃくちゃ使ってなんとか不幸にしてるんだ」

「三回死んでますからそこは直しといた方がいいですよ。最初の話に戻りますけど今日ホグズミードに……」

「エストの縄張りで二人はイチャイチャしても大丈夫なわけ?」

 

 エストの声を聴いてオスカーがクラーナと一緒に左側を見ると、オスカーの左側に座ろうとして椅子を跨いだ瞬間にバランスを崩して机やオスカーの方に倒れ掛かりそうなエストが見えた。無言でオスカーはアレスト・モメンタムを唱えて倒れ掛かってくる速度を下げた。

 

「トンクス、エストは朝練だからこんなに早く来ないぞ」

「何ですか? ちょっと前のをやり返しに来たんですか?」

 

 倒れる速度がゆっくりになったのでトンクスは何事も無かったかのように元の姿に戻ってオスカーの隣に座った。オスカーには机の向こう側に友達と座ったジェマがオスカーに向けて親指を下げるハンドサインをしているのが見えた。

 

「スリザリンのテーブルにグリフィンドールのローブがいるのは普通じゃないわ。というかあの掲示はほんとなわけ? 周りのみんなはその話しかしてないわ」

「それは本当だと思いますよ。だって、あの掲示にはダンブルドア先生のサインがありましたからね」

「なら今日は休みなのか、もっと寝てればよかったな」

 

 グリフィンドールとハッフルパフのテーブルに戻れとはオスカーには言えなかった。いつも一緒に食べているエストでさえオスカーからすれば色んな所が気になるのに、それが倍になれば気になるところも倍になった。

 

「で? クラーナは黄色くて背の高い問題をどうにかできたわけ?」

「その言い方はちょっと悪意が無いですか? 私だと灰色で背の低い問題とか言ってくる気でしょう? まあ、あの後は進捗無しです」

「ならどうするのよ? というかそもそも何でいきなり今年に入って動物もどきなわけ? 去年の方が時間はあったんじゃないの?」

 

 オスカーからすれば自分を挟んで会話されると二人の顔がどうしてもこっちを向くのが頂けなかった。それとトンクスはクラーナに突っ込んだことを聞くときには自分を緩衝材みたいにしているのだろうかと考えを巡らせた。

 

「私がやりたいからですよ。三年生の時の劇とか守護霊の呪文だってそんな感じでしょう?」

「あのね、クラーナ、あの青い寮の二人はめちゃくちゃ強情なの分かってるでしょ? オスカーとかならクラーナのお願いなら何でも聞いてくれるかもしれないけど、ちゃんと理由言わないとあいつら頭でっかちだから絶対納得しないわよ」

 

 ちょっと唇を噛む表情、言い出せるか言い出せないか微妙な時にクラーナがする表情だった。やっぱりオスカーは周りの人がこういう表情をするのに弱いと自分で感じていた。

 

「姉さんが魔法省に登録したのが十六の時だからですよ。多分使えるようになったのはそれより前でしょうけど……」

「なら去年言ったら良かったんじゃないの? 今年は忙しいってホグワーツ特急で自分で言ってたじゃないの」

「そんなこと言われても、言い出すのには色々あるじゃないですか。私はトンクスとかエストみたいになんでもかんでも思いついたことをそのまま喋れないですよ」

「私もエストも考えてないわけじゃないわよ」

 

 二人して困った状況になってから視線だけを自分の方にやるのをオスカーはできればやめて欲しかった。しかもこの状況では二人のどちらかに味方するわけにもいかなかった。

 

「レアとタルボットを説得すればいいんだろ? 中庭で喋った時はトンクスに連れられたせいだって言ったけど、実際クラーナと二人の会話を見えないところから見てたのは俺だし、なんとかするよ」

「だからオスカーはなんでいつもそんな感じなわけ? 自分でやりたいことはないくせに、他の人は助けようとするし、一人でしようとするじゃない? それに俺のせいだからじゃなくて、普通になんとかしたいからなんとかするって言えばいいじゃない」

「分かった。じゃあ俺はクラーナに動物もどきになって欲しいし、それにみんなでそれをやりたいから二人を説得したい。だから助けてくれ、じゃあ今日レアと喋ることにするからなんか助けてくれ」

 

 オスカーがそう言うとトンクスはあからさまに気に入らないと言う顔で腕を組んでこっちを見てくるし、なぜかクラーナの方は珍しく弱気な顔だった。

 

「レアと喋るって何なのよ?」

「今日はホグズミードに行けるんだろ? なんか俺たちも休みだろうし、レアも多分休みだろ? それに前にホグズミードに行きましょうとかレアに言われた気がするし……」

「じゃあオスカーは今日一日レアとホグズミードに行くんですか?」

「ずっとかどうかは分からないけどその方が話が早いだろ?」

 

 今度は今度でクラーナとトンクスは二人で顔を見合わせていた。オスカーにはやっぱり二人のテンションや何をどう感じていて、オスカーの言動のどこが引っかかっているのかが分からない。なぜならオスカー自身には二年生や三年生の時から言動が変わったかと言われても、変わっていないとしかいいようがないからだ。

 

「分かったわ。でもちょっとレアと外に行く前に三人で作戦会議しましょうよ」

「私も必要なんですか? それ? だいたい私たちもついていけば……」

「あのね、あの歩く吠えメールみたいな金髪をクラーナは静かにさせられるわけ? 多分、オスカー一人で言った方が話を聞くわよ、だから作戦会議よ」

 

 打って変わって何か思いついたのか上機嫌になっているトンクスの顔を見て、今度はオスカーとクラーナが絶対面倒事になったと目を見合わせた。確かにクラーナの言う通り、トンクスは思いついたことをすぐにやろうとしてしまう性質かもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オスカー、ボク、前から行きたかったお店があるんだけど……」

「ホグズミードで?」

「この路地の奥まったところの……」

「レア…… マダム・パディフィットの店じゃないよな?」

「え?」

 

 レアがなんで? というちょっと口を開けた顔でオスカーの方を振り返った。オスカーは以前この路地をちょっと行った場所にある店に入ったことがあった。そして、三年生の時ならまだしも、今、オスカーにはその店に入る勇気は無かった。

 

「オスカー先輩は行ったことがある? エスト先輩? クラーナ先輩?」

「なんで先輩付けが戻るんだ」

「もしかして…… トンクス先輩なんですか?」

「なんで口調も前までのモードに戻るんだ……」

「トンクス先輩なんですね」

「トンクス、本当ですか?」

 

 それに耳元でクラーナの声がオスカーに聞こえた。だいたいなぜオスカーは何も言っていないのにトンクスと行ったとバレているのか意味が分からなかった。

 

「トンクス先輩ですよね? オスカー先輩? いつ行ったんですか?」

「トンクス、いつ行ったんですか?」

「なんでトンクスって分かるんだ?」

「閉心術の練習でオスカー先輩が例を見せてた時と同じ顔をしているから。トンクス先輩ですよね?」

「トンクス、黙秘権とかそう言うのはないですよ」

 

 耳元ではクラーナがトンクスを問い詰めていて、オスカーはレアに問い詰められていた。あの時トンクスとマダム・パディフィットの店に行ったのは悪いことでは無いはずなのに、レアとクラーナの語気や口調の強さで言いにくかった。

 

「エストと三年の時に喧嘩してた時があっただろ? あの時にトンクスが俺を事情聴取するのにあの店を使ってたんだよ」

「三年の時よ」

「やっぱり!! 私には一年生の時にエストとオスカーが喧嘩してる間に私とオスカーがどうとかこうとかとか言ってたくせに、同じじゃないですか!!」

「え? 三年生のときからなんですか?」

「違うわよ。絶対クラーナやレアが想像してるような事してないわよ」

 

 他の三人と違ってレアが相手だと視線の高さが近いので、表情がわかり易いはずだったがオスカーからすれば怒っているのか困惑しているのか分からなかった。それに耳元の会話もうるさかった。

 

「三年生の時からってなんなんだ」

「トンクス先輩とはパディフィットの店に行けるけど、ボクと一緒だと行けない?」

「想像するような事ってなんですか? あの店ってトンクスの言う想像するような事以外の用途に使われるんですか?」

「何なのよ。去年もそうだけど、今年も何でそんなに色々言われないといけないのよ。そう言うのじゃないって言ってるじゃない」

「違う。一回行ったから行きたくないんだ。だいたいトンクスと行った時も居づらかった。トンクスもああいう雰囲気なら俺が喧嘩してた事以外を考えられると思ってたんだと思う」

 

 誰と一緒なら行けないとかそう言うことは無いはずだったが、オスカーからすれば身近な四人の中で誰と行くのがハードルが低いかを考えれば、前と同じく単純に雰囲気を変えるためとか半分冗談で連れていきそうなトンクスが一番低そうだとは考えていた。

 

「ならトンクス先輩ともう一回一緒に行ける?」

「行けない、いや、行かない。ほら、三本の箒でもホッグズ・ヘッドでもいいだろ? 流石にファイア・ウィスキーを十杯とかはおごれないけど……」

「オスカーも言ってるじゃない。単純にあいつの頭がエストの事で大鍋の底の魔法薬みたいに凝り固まってたからああいう場所に連れてったのよ」

「じゃあ私もレアと同じ質問をしますよ。オスカーともう一回パディフィットの店に行けますか?」

 

 五年生に入ってから会話の八割くらいがこの調子だとオスカーは考えていた。クラーナとトンクスはお互いにこんな会話をされたく無さそうにしているのに、自分は相手にやろうとするし、レアとエストまでこの調子ではオスカーの体は持ちそうに無かった。

 

「ならオスカーが悩んでそうな時なら、パディフィットの店にボクが連れて行ってもいいってことだ。今度からそうします」

「分かった。それでいいから、ここならホッグズ・ヘッドの方が近いからそっちに行こう」

「何よそれ。別にいけるわよ。いや、行けないわね。だって行ったら黒いのと灰色のと黄色いのが大騒ぎするじゃない」

「絶対ウソですよ。私には分かります。これでもトンクス検定二級くらいはありますからね。それに私には結構な確証がありますから」

「何よ確証って、そんなの掴まれたことはないわ」

 

 耳元でずっとクラーナとトンクスの声が聞こえているので、オスカーはおかしくなりそうだった。レアはまだ動こうとしないので、オスカーは意を決してレアの手を掴んで引っ張った。そうすると割とすんなりレアはオスカーについて来てくれたが、オスカーからすればやっぱり女の子の手は自分のモノよりはやわらかい事しか頭に無かった。

 

「トンクスは墓穴を掘りました。オスカーと夏休みに行った場所が墓穴ですよ」

「ロンドンが墓穴なら、魔法省とマグルは墓穴の中で暮らしてることになるわよ。まあクラーナにはトレローニー先生がグリムが憑いているって言ってたし、お墓とクラーナは近いのかもね」

「意味の分からない事を言わないでください。髪の毛が赤くなってきてませんか?」

 

 イノシシの首が描いてある看板の下を通って、オスカーとレアはホッグズ・ヘッドに入った。またホッグズ・ヘッドはやぎの臭いが復活しつつあるようだったが、まだエストの大掃除前に比べると許容範囲だったし、それに店内はまだ綺麗だった。オスカーからすれば手を繋いだ途端に静かになったレアの方が気になって仕方無かった。

 

「二人か? 上に行け。これを持って行け」

「前の分も含めて、一ガリオン置いていきます」

「いらん。早くいけ。あの娘の掃除代は一ガリオンではすまん」

 

 結局オスカーはまたアバーフォースにお金を受け取ってもらうのに失敗し、一ダース分のバタービールを魔法で運んでいつものアリアナの肖像画のある部屋に入った。アリアナは目をつぶっていてどうも寝ているようだった。

 

「ほらバタービールを飲もう」

「オスカーはボクとバタービールとかお酒に関連付けてる?」

「付けてない、付けてない」

 

 やっとレアと手を放すことが出来て、オスカーはバタービールを一本一気飲みした。外はもう寒かったせいかレアと手を繋いでいた方の手だけ、少し暖かい気がした。

 

「私聞きましたよ。マグル生まれのグリフィンドール生五人くらいに聞きました」

「何を聞いたのよ」

「えいがかんとかんらんしゃですよ。オスカーとトンクスが行った場所です!!」

 

 耳の傍から聞こえる二人の声は、本来レアの説得を援助するために二人が喋れるようにしたはずなのに、ずっと口喧嘩する声しかオスカーには聞こえなかった。

 

「どうして今日、オスカーはエスト先輩じゃなくてボクと一緒にホグズミードに?」

「エストは朝練をした後、そのままスネイプ先生に言って一日クィディッチ場を抑えてたから、今日は一日練習してる」

「じゃあ単にエスト先輩が空いてたからボクを連れて行った?」

「レアから行かないかって言ってただろ? それだけで他意があるわけじゃない」

「映画館と観覧車よ。なんか発音がおかしいわ」

「なんでもいいですよ。五人中五人は言ってましたよ。どう考えても男女でそんな場所に行くなんて、デート以外ありえないって言ってました。それがデート以外になるなら例のあの人にマグルの血が混ざってたり、スネイプの髪の毛がストレートヘアになるようなもんだって言ってましたよ」

 

 デート、デート、デート…… オスカーは考えた。トンクスとロンドンに行ったのがデートなら何がデートで何がデートではないのか? クラーナと一緒に行ったのは病院まではデートでは無い? でもダイアゴン横丁は?

 

「なら…… ちょっと…… 手を出してもらえませんか?」

「手? 分かった」

「だから違うって言ってるじゃない。映画館は前に映画の話をしたからマグルのそう言うのをオスカーが見たいって言ったから行ったのよ」

「じゃあかんらんしゃはなんですか? だいたいトンクスから誘ったって言ったじゃないですか」

 

 デート、デート、デート…… 段々デートという概念がオスカーの中で崩壊していきそうだった。エストと一緒に行ったのはバグショットと話していたところ以外はデート? いつも一緒だからデートじゃない? レアとはドロホフ邸以外の場所ではデートという雰囲気では無かった? チャーリーと漏れ鍋で喋っていたのは? 今の状態は?

 

「観覧車も適当に観光の本を見てここならオスカーが高い所だからとか言い出したのよ。あいつが何も考えて無いことくらい分かってるでしょ?」

「絶対うそですよ。かんらんしゃは二人きりで乗る乗り物だって聞きましたよ。そんなところに行く理由なんて一つしかないじゃないですか」

「だから違うって言ってるじゃない。あいつがなんか変なせいで三周も観覧車回ったのよ? 受付のお姉さんが滅茶苦茶笑ってたんだから」

 

 オスカーが女子と二人でいたらデートなら自分は常にデートしていることになると思い始めたころに、レアが机の上に出したオスカーの手に自分の手を繋いできた。レアの手は多分他の三人より指が細くて長く、オスカーの手よりレアの手の方が冷たかった。

 

「ボク、こういう事でいいんだけど…… その、こうしてると落ち着くから」

「俺はあんまり落ち着かない」

「三周? よく分からないですけど、一緒にいたかったから三周も回ったんでしょう? どうせそのお姉さんも二人がイチャイチャしてたから笑ったんでしょう?」

「だから違うって言ってるじゃない!! 何なのよ。だいたい私を責めたってクラーナにいい事なんか何もないわよ!!」

 

 耳元では二人の声が響いていたし、レアはちょっと赤くなって手をつなぎながらこっちを見てくるしでオスカーはもう混乱の極みだった。だいたい今日話したかったのはタルボットとレアの話だった。

 

「レア、クラーナとタルボットに話に……」

「クラーナ先輩に言われてオスカー先輩は今日ボクに話しかけた?」

「そういうわけじゃない、クラーナとトンクスと朝喋ってたのはそうだけど、今日レアと喋るって言ったのは俺だから」

「いい事って何ですか? 私ははっきりさせたいだけですよ。だって夏休みもトンクスがオスカーを……」

「いいわよそれで。私がオスカーをロンドンに連れ出したのよ。ロンドンで映画館と観覧車に行ったわ。私が連れて行ったのよ。何? それで? それを聞いたらクラーナにいいことがあるわけ? 私にそんな事言う前にオスカーをホグズミードに連れてけば良かったじゃない。今日はエストもクィディッチでいないんだから。なんでそういう事ができないくせに私とオスカーにだけ言ってくるわけ?」

 

 オスカーは目の前のレアにも耳元の二人にも全く集中できなかった。レアはレアでオスカーが本当に自分からレアと喋りたくて今日ここにいるのかに敏感だったし、クラーナとトンクスは珍しくじゃれ合いで無く言い合っているとオスカーは感じていたからだ。

 

「でも、オスカーが今日ボクと喋りたいのはクラーナ先輩とウィンガー先輩の話をボクがオシャカにしたことだ」

「ダメなのか?」

「他の人の話じゃなくて、ボクとオスカーの話をしたい。今日もオスカーは朝から三人で楽しそうに話をしてたし、いつもはエスト先輩とそういう話をしてるし」

「トンクスが来るまではそういう話をしようとしてて……」

「じゃあ続ければよかったじゃないの。なんで続けないのよ。大体何なのよ。勉強とかは本気でやるくせになんでそういう事は本気でできないわけ?」

 

 レアはさっきまで普通に繋いでいた手を指を一本一本絡ますようにつなぎ直した、さっきまではちょっと冷たかったはずだったのに、いつの間にか向こうの体温の方がオスカーには暖かく感じられた。バタービールを飲んだ量は変わらなかったはずなのにだ。

 

「やっぱりオスカーはボクがウィンガー先輩にめちゃくちゃ言った事を謝って欲しい?」

「単純に仲直りして欲しい。前はタルボット先輩って言ってただろ」

「あんなに臆病だとボクは思ってなかった。だって闇祓いになりたいって言ってたのに」

「本気でやっていないってどういう意味ですか?」

「本気でやってるわけ? レアもエストもクラーナと違ってちゃんとアプローチしてるじゃない。クラーナは本当にグリフィンドールなのって聞いてるのよ。タルボットの事をレアが臆病って言ってたけど、クラーナだって闇祓いになりたいって一年生から言ってたでしょ? なのになんでそっちはそんなに臆病なのよ。クラーナだってタルボットの事を言えないわよ」

「もう一回言って貰えますか?」

 

 二重の眉の中にある黄色い目と手と指でオスカーは捕まえられていたが、耳元のボリュームはどんどん大きくなっていた。とにかくオスカーはレアの機嫌を直してみんなでタルボットともう一度喋りにいかないといけないと思っていたが、残念ながら目的を達成できる心境には程遠かった。

 

「言って欲しいわけ? 私に色々言う前に自分で行動しなさいよ。そんな事でチキンになっている場合なわけ? チキンって言ったら鳥だしレイブンクローだけど、今のクラーナなんてレアと比べたらロック鳥と家猫みたいなものよ。そんな事にチキンになってて闇祓いになんかなれるわけ?」

「そんなことを何でトンクスに言われないといけないんですか? トンクスに関係ありますか? トンクスとオスカーは何でもないんでしょう? なのになんでトンクスが気にするんですか? 私とオスカーの事と私の進路と何の関係があるんですか? 何ですか? 闇祓いになるにはキスとかデートが必要とでも? そうですよね、トンクスなんて闇祓いの仕事なんて何も知らないくせになりたいとか言ってますから。一年生の頃から思ってましたけど、おめでたい頭をしてますね本当に」

「臆病になるのは普通じゃないか? クラーナとかウィーズリーおばさんも言ってたと思うけど、誰かがいなくなるのも怖いけど、誰かを一人にするのも嫌だってことじゃないのか?」

「だって、オスカーもトンクス先輩もそんな人じゃない。喋れば分かることだし、二人をそんな風にみんなを見てるって事はボクやクラーナ先輩の事だってそうタルボット先輩からは見えてるって事だと思う。一人じゃ何もできないのはボクもタルボット先輩も同じだけど、怖がって味方とか分かってくれる人を作らないと、また同じことになるに決まってる」

「なら怒らないでそう言えばいいだろ? レアがちゃんとそう言えばタルボットも話を聞くだろ? 先に謝っておくけど、レアとタルボットとクラーナの会話を俺とトンクスは全部知ってるんだ」

 

 オスカーがそう言えば、レアは握る力を強くして顔がさっきより険しくなって、それに顔に前より赤みが見えていた。エストとレアが赤くなっているのをオスカーはあまり見たことが無かったが、二人は肌の色からすれば血管が浮きやすくて赤くなりやすいはずだった。

 

「何が何も知らないのよ」

「じゃあ聞きましょうか? なんでトンクスは闇祓いになりたいんですか?」

「そんなの決まってるでしょ、みんなを守れるし、それにカッコいいでしょ?」

 

 オスカーの耳に聞こえるくらいの音でクラーナが馬鹿にするようにハッと笑った。トンクスの方がそれを聞いて息を呑む音も聞こえた。

 

「ならあの時にボクが何で怒ってたか分かりますか?」

「俺はタルボットを見て、レアが前の自分を見てるみたいだと思ったから、怒っているんだと思ってるよ。クラーナとトンクスは違う意見みたいだけど」

 

 今度はちょっと握力が優しめになってレアの視線も柔らかくなった気がオスカーはした。相変わらず顔の赤みは引いていなかった。

 

「何がおかしいのよ」

「ちゃんちゃらおかしいですよ。ええ。トンクスが何を守るんですか? カッコいい? カッコいいなんて理由でなりたいんですか? ふざけないでくださいよ」

「ふざけてないわ。私はパパやママから闇祓いの話を聞いてからずっと本気だもの」

「どこが本気なんですか? 私にもオスカーにも決闘でも実技でも勝てないのに? トンクスの両親はなんて言ってましたか?」

 

 レアからはもう逃げられないし、どうにも本気で喧嘩しているらしい二人を止めることもできないでオスカーは完全に詰んでいる気分だった。

 

「オスカーはタルボット先輩が臆病だとは思わない?」

「臆病じゃない方がおかしいと思うよ。臆病な事は悪い事じゃないし、臆病でリスクを知ってでもやるって人の方が俺はやっぱり勇気があると思う」

「ならボクと一緒にタルボット先輩と話にいって貰える?」

「むしろ色々あって俺がそうしたい」

 

 レアはそれを聞くなり手を離し、立ち上がってオスカーの方に体を乗り出してきた。オスカーはできるだけ色々顔に出さないようにしてレアの方を見ていた。

 

「パパとママが何か関係あるわけ?」

「何て言ってましたか? 私はそう聞いているんです」

「そうね。反対だって言ってたわよ。ママは信じられないくらい純血なのに、それを裏切ったから闇の魔法使いとかに恨まれるから危険だって言ってたわ」

「トンクスはやっぱり愛されてますよね両親に」

「どういう意味よ」

「ボク、今、結構いい雰囲気だと思ってます」

「いい雰囲気?」

 

 いい雰囲気とは何なのか? レアの顔があんまり近くにあるので、オスカーはどうにか現実逃避しようとしていい雰囲気という単語で頭を巡らせた。走馬灯のようにいくつかのシーンが流れて行った気がした。三年生のクリスマスだとか、観覧車だとか、ちょっと前の医務室が浮かんで消えて行った気がした。残念ながら現実の方が記憶よりも刺激や情報量がけた違いに多かった。

 

「オスカー、目をつぶって」

「分かった……」

「簡単な話ですよ。トンクスの両親もそうですけど、私たちの世代の保護者が闇祓いに子供がなるなんて言い出したら反対するに決まってます。トンクス先生がトンクスに言ったのは方便に決まってますよ。誰が子供を死ぬかもしれない職業に就けたいんですか?」

「何? じゃあ私のママが私に嘘を言ってるっていいたいわけ?」

「嘘とは言いませんよ。トンクスが傷つかないように言ってるだけです」

「でも嘘は嘘よ。クラーナは私の親が私に嘘を言ってるって言ってるのよ」

「違いますよ。トンクスは守られてるって言ってるんです。その上でトンクスはそれが分かってないって言ってるんです」

 

 オスカーが目をつぶっているとレアの手の平がオスカーの両頬にあてられているのが分かった。そして、レアはオスカーの頭を自分の方へ引き付けようとしていた。

 

「オスカー、いくらなんでもそんな音の大きさならボクも気づくから…… これは?」

 

 レアはオスカーの耳についていた見えない伸び耳を引きはがして自分の耳に当てようとした。

 

「分かってないってどういう意味? クラーナは私より私の両親の事がわかるって言いたいわけ?」

「トンクスが簡単に人の事を臆病だとか、カッコいいから闇祓いになりたいなんて言えるのはトンクスが守られていたからですよ。トンクスのためにトンクス先生もテッドさんも自分の他の家族と離れて暮らしていたでしょう? トンクスはそれが分かってないんですよ」

「それは駆け落ちしたから……」

「はっきり言いましょうか? 簡単な話ですよ。トンクスは誰も何も無くなったことも失ったことが無いから私やオスカーに言いたいことが言えるんです。だから守られていたことも分からない」

「え? これは……? すごい喧嘩してる?」

「そうなんだ。多分、珍しく本気で喧嘩してる」

 

 オスカーとレアはお互いに困惑した顔を見合わせた。レアも流石にこんな会話が聞こえてくるとは思っていなかったに違いなかった。

 

「何も無くなったことがないって……」

「いいですか? 誰が闇祓いを守ってくれますか? 誰が家で闇祓いが帰ってくるのを待ってますか? 考えたことありますか? 私が何も考えないでずっと闇祓いになりたいって言ってると思ってますか? 最近私がトンクスにもオスカーにも闇祓いになりたいって明確に言いましたか? 誰が臆病なんですか? トンクスは家に一人で暖炉の前で寝るまでずっと待ってたことも無いんでしょう? 自分が何になりたいか本気で考えたことありますか?」

 

 クラーナの声は今度は大きいわけでもないのに、明らかに無理解に対する怒りが込められているのが感じられた。オスカーにはトンクスがそういう事を考えていないわけでは無いと知っていたが、クラーナが考えているレベルでそうかと言われればそうだという事は難しかった。

 

「いいですか? こんな言い方は卑怯ですけど、ウィンガーだとか私にエストやレアが進路の話で臆病呼ばわりしてくるなら理解できますけど。トンクスにそんな風に言われたくないです。トンクスだけじゃなくて他のほとんどの人に言われたくありません」

「そんなこと言われたって……」

「クラーナ先輩をこんなに怒らせちゃった? トンクス先輩?」

「多分、進路の話をしたのが良くなかったかもな」

「これボクたちの声も向こうに聞こえてる?」

「聞こえてるはずだけど、最初から二人はこっちの声を聞いてないと思う」

 

 オスカーはポケットから携帯暖炉、マグカップの姿をしていて中では火が燃え盛っている小さな暖炉とそこから出てきている二本の伸び耳を取り出し、杖を振ってレアにも見えるようにした。

 

「グリフィンドールには似合わない臆病さだって言いましたね? ウィンガーも似たような事を言ってましたけど、必要な臆病さもあります。三年生の時に分かりましたけど、臆病じゃないとちゃんとした判断が出来ません。無謀な勇気は勇気じゃありません。それに私は男性の闇祓いを尊敬してますよ。叔父さんもキングズリーもジョンの事も。でも、チャーリーやトンクスのお母さんがその三人より勇気が無いなんて言えません」

「分かったわよ。私が臆病呼ばわりしたことが……」

「私怒ってますから。今すぐにそんな話聞きたくありません。だいたい私がちょっと言ったくらいで今の話を整理できるんですか? 私ならそんな事できません。私が言えるのはトンクスはちゃんと考えた方がいいってことです。それに話を聞いてくれる両親がいるじゃないですか」

 

 レアとオスカーは二人でお互いの目を見て、今なら何とか二人を止められそうだとお互いに頷いた。

 

「私も耳が痛かったからトンクスに言われたことをどうにかしますけど……」

「あの…… 二人とも聞こえてる? 二人は喧嘩してて聞こえなかったかもしれないけど、今、オスカー先輩とキスしました」

「は?」

「へ?」

「嘘です。喧嘩するのやめてもらえますか? あと盗み聞き代としてファイア・ウィスキーを三本の箒でおごって下さい。今から三本の箒にオスカーと行くので。OKですか?」

「俺はそれでいい」

 

 しばらく無言だったが、やっと二人から声が返って来た。

 

「分かりました。今から行きますよ。ホグワーツにいますからちょっと時間かかります」

「え? そんなに遠くに? この伸び耳っていったいどうやって……」

「暖炉飛行でつながってるのよ。エストは前からこうやって使うつもりだったみたいだけど……」

「凄い…… これならどこの音も拾えるんだ。あと一人一杯なので、三杯お願いします。トンクス先輩が大人の振りをして注文してください。待ってます」

「分かったわよ」

「分かりました」

「分かった」

 

 オスカーはこの伸び耳を使うたびに三本の箒でお酒をおごっている気がしたので、いい加減にこの伸び耳を使うのをやめたかった。

 


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