「オレの話を聞きたい?」
「うん! ジョジョっちんの冒険話、聞きたいと前々から思っていたんだ~」
彼らクルセイダー海賊団と海上タコ焼き屋『タコヤキ8』一行は、近くの島に停泊し宴を開いていた。
「財宝にかんぱ~~いっ!」
「メアリーの副船長にかんぱ~~い!」
「宝を見つける副船長の邪眼にかんぱ~~い!」
「全員そこに直れ!! 地底深くに埋めてやるっ!!」
「……相変わらず騒がしい奴らだ」
「でも楽しいよージョジョっちん」
少し離れた所で、静かに酒を飲むジョット。その隣にはケイミーとパッパグ。そしてハチたちが、副船長とクルーたちの鬼ごっこを見て笑っていた。
別の場所では、ギンが他のクルーと飯を食らいつつ傍観していた。ジョットが怒る前に止めるつもりなのだろう。エースの一件以来、この船では彼を怒らせてはいけないと暗黙のルールが敷かれていた。もし怒らせれば、ジョットのラッシュで空を飛ぶことになるのだから。本人は、仲間にそんな事はしないと否定するが……。
「ああ、知っているよ。アイツらは理由さえあれば……いや、理由が無くても宴を開くからな。初めて会った時からそうだった」
「そうなの?」
「ああ。誘拐したメアリーと酒飲んで騒いでいた」
「いや、メアリーはメアリーで一緒になって騒ぐなよ!」
思わずパッパグが突っ込むと、ジョットはご尤もと頷く。
そしてグラスに入っていた酒を飲み干すと、思い出したかのように呟いた。
「そういや、あのマグマ野郎と会ったのもあの時だったな」
「にゅー? マグマ野郎って……赤犬のことか?」
「ああ、そいつだ」
「……お前ら、よくあの大将から逃げ切れたな」
ハチは心の底からそう思っていた。
大将の恐ろしさはよく知っている。特に、今の三大将たちは。
かつて彼の船長だったアーロンも――当時は中将だったが――大将の一人に捕らえられてしまった事がある。それを無しにしても最高戦力と言われている。並みの海賊では太刀打ちできない。
だから、興味よりも恐怖の方が勝ってしまう。
「なあなあ! 我が同士スターよ! その時の話、聞かせてくれよ!」
「あ、私も聞いてみたーい! ジョジョっちんの冒険のお話!」
しかし、そのまた逆も然り。
ケイミ―とパッパグが話してくれとせがんだ。それを見たハチが止めようとするも……。
「別に構わねえぞ? と言っても、アイツがどれだけ強いのかくらいしか分かんねーが」
「それでも聞きたーい!」
「ああ、分かった。だからそこまではしゃぐんじゃねーぜケイミー。……さて、確かあの日は海が穏やかな日だった。そんないい日だって言うのに、オレは誘拐されたメアリーを――」
ジョットは語り出した。
そして、彼が賞金首となった原因となる戦いを。
▲▽▲▽▲▽▲▽
軽いノリで海賊を始めた若者たちとメアリーを正座させていたジョットが、ふと視線を明後日の方へと向けた。
(なんだ……?)
視界の隅でチラリと映った赤いオーラ。それは、今のジョットには本来見えない筈の物。
彼の目には能力の影響でオーラが見える。人や動物、土や海、果てには空気中の小さなものまで。そんな物が常時全て見えている。しかしそれはジョットに不要な情報を与え続けるという事であり、気が休まらず疲れるので普段は能力を抑え込んでいる。
しかし、その状態の彼の目に映るという事は、それだけ強いオーラを持っているという事。
ジョットは、その赤いオーラに意識を集中させて――顔を強張らせた。
(こいつは――)
相手のオーラの濃さにジョットは戦闘態勢に入った。それにギンが気付くと同時に、草木を押しのけて一人の男がこの場に現れた。
「貴様ら、ここで何しとるんじゃ」
赤いスーツに海軍の帽子。そしてコートの背には『正義』の二文字。
いきなり現れた男に怪訝な表情を浮かべた新米海賊たちだったが、それが海軍の人間だと気づくと驚きに目を見開き、そしてソレが誰かを理解すると大口を開いて絶叫した。
「海軍本部大将……赤犬~~!?」
「なんで大将がこの島に……いや、
「何しに来たんだ!?」
――全くその通りだ……! ギンの頬にタラリと冷や汗が流れた。大将と言えば海軍の最高戦力。そんなものがこの東の海に来ている事に、そしてよりにもよってこの島で鉢合わせた不運に、覆わず胸中で悪態を吐いた。
しかし当の本人は、騒ぎ立つ海賊たちの声に苛立ちを露わにするだけだった。
ギロリと睨みつけると途端に静かになる。
(一睨みするだけで、このプレッシャーかよ……!)
ギンの脳裏にトラウマが蘇る。
かつてない緊張感に包まれた中、ゆっくりと赤犬が口を開く。
「海岸に海賊旗を掲げた船が一隻、小舟が一隻あった。……あの海賊船は誰のものじゃ?」
不味い、とギンは思った。
この世界で海賊旗を掲げる事は、海軍と敵対する意味を持つ。つまり、ここで正直に話せば彼の『徹底的な正義』の元、すぐさま処刑されてしまうだろう。
船の持ち主である彼らは恐怖で口を開くことができなかった。しかし、思いっきり体を跳ね上がらせてしまい、赤犬の目が彼らを射抜く。
お前らか、と目が言っていた。
睨まれた新米海賊団は自分たちの死を覚悟した。
しかし、この絶体絶命の中、メアリーが手を挙げて言い放った。
「いいえ、ここには海賊は居ません!」
「……なんじゃと?」
――何を言っているんだあの娘は!? その場に誰もがそう思った。
赤犬に睨みつけられて、全身を振るわせて冷や汗をダラダラと流しながらも、メアリーは生き残るために舌を回す。
「確かに海賊旗を掲げてはいますが、あれは酒を飲んでふざけて掲げただけです! 確かにちょっと……ほんの少し……いや、ミジンコくらい『海賊してみたいな~』と思う気持ちがあったりなかったりしていたのかもしれませんが、彼らがやった事と言えば船乗って海に出て宴会したくらい。つまりまだ海賊未満! むしろ海軍が守るべき民なのです!」
(よくもまぁペラペラと……)
ギンは、即興で言葉を紡いでいくメアリーに一種の尊敬の念を抱いていた。
だが、こんな話を信じる者が居る筈もない。むしろ、嘘吐くなと逆上させるだけだ。
そう思っていたギンだったが……。
「ふむ……なるほど、そういうことじゃったか」
「「「信じた!?」」」
意外にも赤犬がメアリーの言葉に耳を傾けた。
その場に居た者たち全員が信じられないと目を見開く中、どうにか事態を穏便に解決できそうだとメアリーが安堵の息を吐く。
……それが、的外れだという事はすぐに分かった。
――ボッ!
突如、赤犬の腕が発火し、彼の腕から赤黒くドロリとした熱い物が地面に落ち、そのまま熔かす。
マグマだ。
赤犬は殺気を放ちながら己の悪魔の実の能力――マグマグの実の力を行使した。
「ちょ、なんで!? 彼らは海賊じゃ――」
「――おどれが言ったんじゃろうが。『海賊に憧れているかもしれない』と」
「え……まさか、それだけで……?」
「何を言いちょる。悪は早めに絶っておくに限る。正義のためになぁ……!」
ゆっくり、ゆっくりと歩を進める赤犬。少しでも危険な思想を抱くのなら、此処で見逃して悪を増やすよりも此処で摘み取っておく。
海賊は生かしてはおけない悪なのだから。
メアリーは、赤犬の過激さに言葉を失っていた。海軍は民を守る者。だから、そこを突けばいくら赤犬でも思い留まってくれると……楽観視していた。
――逃げないと。みんな、殺される。
拳を握り締めて、兄であるジョットを呼ぼうとし――その前に赤犬の前に新米海賊たちが立ち塞がり、船長を務めていた男が一歩前に出て叫ぶ。
「――赤犬さんよぉ、アンタの言い分は分かった。理解はできねえけどな!」
「海賊になろうとするクズに、理解されんでも良いわい」
「ああ、そうかい……後、さっきのメアリーちゃんの言葉訂正させて貰うぜ――オレ達は、自分の意志で海賊になった! 何故なら――」
「「「――そこに夢があるからさ!!」」」
全員が同じ言葉を叫んだ。
涙は流れ、膝は笑い、死の恐怖に震えながら……しかし、自分たちの夢に嘘を吐かなかった。
「それに、オレ達は結構な悪だぜ? なんせあの可愛いメアリーちゃんを誘拐したんだ。殺されても文句が言えねえ大罪だっ!」
「……何が言いたい?」
「つまり、海賊はオレ達で、メアリーちゃんたちはただの一般人だ! ――そこんトコ間違えんなよマグマ野郎!」
「――ふん。だったら、さっさと往生せぇやっ!!」
マグマ化した赤犬の右腕が膨張し、そのまま海賊たちに向けて振るわれた。それを見た新米海賊たちは肩を寄せ合ってメアリーの壁となる。それが最後の意地だった。
後ろからメアリーの悲鳴が上がり、衝撃が体を揺さぶり、肉を焦がす臭いが僅かに鼻の奥をくすぐる。
しかし、痛みは無かった。心臓の鼓動が煩く聞こえる。何時まで経っても死が訪れない。
一人が恐る恐る目を開いて――息を呑む。それに続いて一人、また一人と目を開いていき、目の前の光景に思考を奪われた。
そしてギンもまた、その信じられない光景に言葉を失っていた。
赤犬の拳を、ジョットが受け止めていた。
じりじりとマグマの熱で肌を焼かれながらも、一歩も退かない。
その事実に、赤犬の目が
「……! なんじゃい、貴様は……!」
「カッコイイ先輩の啖呵に痺れて、ちぃとばかし遅れたが……オレも海賊だ。海軍!」
不敵な笑みを浮かべて、ジョットは赤犬の拳を押し返した。
流動し続ける己の腕が弾かれて、赤犬は胴ががら空きになりながらも呟いた。
「――能力、いや覇気か?」
「両方だ、マグマ野郎――オラァ!!」
気合一発。オーラで包み込んだ覇気で黒く変色した腕を、思いっきり赤犬の腹部に叩き付ける。赤犬の体は衝撃によって森の中へと吹き飛んでいった。
赤犬はロギアの能力の持ち主。その赤犬を殴ったジョットに、助けられた海賊たちが驚きの声を上げた。
「何で赤犬を殴れるんだ!? でもすげえ!!」
「死ぬかと思った。死ぬかと思った……!」
「うおおおおお! ジョジョの兄貴イイイイ!!」
「――やかましい! まだ終わってねぇぞ!」
ジョットの怒声が響き渡り、浮かれていた彼らを現実に戻す。
「アイツ、オレの拳を受け流しやがった……!」
「え!? でも、覇気だったらロギアの実体も捉えるんじゃ……」
メアリーが覇気を知っているのなら誰もが知っている常識を口にする。
ジョットも当然その事を知っており、だからこそ赤犬がした芸当に舌を巻いた。
「
オーラと覇気の昂ぶりを感じ取り、ジョットが皆の前に出る。
すると、森の奥から巨大な溶岩が彼らに襲い掛かって来た。周りの木々は燃える間もなく溶かされ、地面を抉りながら突き進む。
「――オラオラオラオラオラオラオラ、オラァッ!!」
それをジョットのラッシュが迎え撃つ。己の腕二本。オーラで作り上げた腕二本。合計四本の腕で溶岩を殴って、殴って、殴って――打ち砕いた。
二度目の防御に成功したが……
「っ……」
ジョットの腕は酷い火傷を負っていた。いくら覇気を纏おうとも、赤犬のマグマを防ぎ切る事はできなかった。オーラを見れば、所々穴が開いているように見えた。ジョットはそれを他の場所から手繰り寄せて塞ぐ。すると、火傷を負っていた彼の腕が逆再生するように元に戻って行った。
問題なく動く事を確認すると、ジョットはすぐさまメアリーたちに指示を出す。
「オレがアイツを食い止める! その間に船の出航準備をしておけ!」
「う、うん分かった!」
「ギン! 向こうにも敵は居る。悪いがそっちは頼んだ!」
「……ああ、分かった」
仲間たちはすぐに頷くと海岸に向かって走り出す。
そして、今度は新米海賊団たちに向き――
「テメエらも手伝え! 死にたくなかったら――」
『もう、走ってまーーす!』
「――っと。そ、そうか」
――しかし、既にジョットから遠く離れて、ギンたちよりも早く海に向かって走っていた。一目散とはこういう事を言うのだろう。ジョットは逃げ足の早さに目を丸くさせつつも、すぐに意識を切り替えて森を睨む。
(これで、後ろを気にしないで済む)
ジョットの視線の先には、彼の言った通りにダメージが全くない赤犬の姿があった。
赤犬も既に戦闘態勢に入っており、全身から噴き出すマグマが地面を熔かす。
その熱にジョットの額に汗が流れ、しかし臆することなく自分を見据える彼に赤犬が口を開いた。
「貴様のような奴が、まさかこの
「海賊王が生まれた海だ。案外、オレ以外にもヤベー奴が居るかもしれねーぜ?」
「ふん。少なくとも、今まで処分してきたゴミクズよりも貴様は燃えにくいと見える」
「そうか。ゴミの分別はしっかりしねーとな」
「ああ。――貴様は、跡形もなく熔かさんと世界に悪影響が出るからのぅ! 『大噴火ァ!』」
再びマグマが解き放たれ、それをジョットが受け止めるが……。
「――!?」
「いくら覇気が使えようが、この質量……耐えれるもんなら、耐えてみろォ!」
そのまま体ごと押し出され、島の中央の山に辿り着き、そしてそのまま岩壁に叩き付けられ、なおも侵食していく。破壊音を立てながら、マグマはジョットを巻き込んだまま突き進んでいき、ついには島の反対側に飛び出した。
「かはっ……!?」
勢いそのまま投げ出され、地面に放り出される。武装色の覇気を纏っていなければ、ジョットは既に体の原型を留めていなかっただろう。だが、ダメージは甚大だ。オーラ操作である程度回復できるとはいえ、生命力が尽きればそれもできなくなる。その上、回復をすればする程体力が無くなり、長時間の戦闘が困難になる。
故に、ジョットに求められるのは短期決戦。しかし……。
「『流星火山!』」
敵が、あまりにも強い!
空から大量のマグマがその名の通り流星の如く降り注ぐ。
(メアリーたちが船を確保するまで、全力で戦い続けるしかない……!)
空を埋め尽くすマグマを前に、ジョットは覚悟を決めて拳にオーラを込めた。
そのオーラは、赤く燃えているように……見えた。
▲▽▲▽▲▽
「え~~~!? ジ、ジョジョっちん死んじゃうよ~~~う!」
「落ち着けケイミー。我が同志スターは生きているぞ」
一区切り付いたので、ジョットは酒を飲んで口を潤した。
話を聞いていた三人も興奮で喉が渇いたのかそれぞれ飲み物を飲んだ。
「懐かしい話だね」
「メアリー。聞いていたのか」
「うん。あの戦いは、私も覚えているから」
近づいて来たメアリーが彼らの元に加わると、彼女は補足としてケイミ―達に付け加えた。
「ちなみに、私達が海軍から船を取り返したのに30分かかったの。その間、船長は私達を守り続けた事になる」
「守り続けた?」
メアリーの妙な言い回しに違和感を抱くハチ。
メアリーは頷いて当時の事を振り返って言葉を続ける。
「赤犬は、私達に攻撃をしかけた」
あのまま戦い続けても決着が着かないと踏んだのか、それとも別の理由か。それは赤犬本人にしか分からないが、赤犬はメアリーたちの方へとマグマを飛ばし、その度にジョットは妨害していた。
しかし、その結果僅かな均衡が崩れ、ジョットは徐々に抑える事ができなくなり、メアリーたちの海岸まで押し出されてしまった。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「グっ……!」
「ジョジョッ!?」
マグマと共に海岸に放り出されたのは、メアリーが初めて見る傷だらけの兄の姿。
いつも強く、正直負ける姿を想像できなかった。しかしこうして満身創痍な所を見ると改めて、今現在が非常に危険な状況である事を理解させられた。
(軍艦を壊して航海できないようにした。海兵たちは縛って動けないようにした。折角頑張ってここまで来たのに、あとは赤犬だけなのに……!)
「貴様ら、このワシから逃げれるとおもっちょるんかっ!」
ジョットを追って海岸に辿り着いた赤犬は、沈み始めている軍艦と縛られて気絶している海兵を見て、次に視線がメアリー達に移る。
海賊は、絶対に逃がさない。
赤犬の腕からマグマが膨れ上がり、船ごと彼女たちを葬り去ろうとする。
「よう見ちょれよ。貴様が守ろうとしたものが、今此処で消え去る……!」
「――ジョジョっ!」
「『大噴火』ァ!」
――終わった、とメアリーは思った。
迫り来る巨大な赤き拳を前に、マグマの熱さを前に、自分は死ぬのだと思った。
ギンも同じだった。どうしようもないと思った。ジョットみたいにマグマを殴る力も無ければ、立ち向かう気力も無い。
だが、ジョットは動いた。考えるよりも早く体がメアリー達の前に出て、赤犬のマグマを受け止めた。
「ぐ、おおおおおお!?」
「ジョジョ!」
「ジョジョさん!」
「ジョジョの兄貴!」
覇気で受け止め、マグマがその上から熔かし、オーラが無理矢理再生する。
ジョットの体力はほとんど無い。寿命を削りながら強引に赤犬の大噴火を止めていた。
「しぶといのぅ――いい加減、死ねやァ!」
マグマの力が倍増し、ジョットにかかる負荷が増し――ジョットの姿がマグマの中に消えた。
『ジョジョオオオオオッ!?』
――獲った、と赤犬が勝利を確信したその時、彼は腕に鋭い痛みを感じた。
「む……ガッ!?」
そして次の瞬間、肥大化した己の腕の中からジョットが飛び出した。そして、水色のオーラを纏った拳をそのまま赤犬の脳天に振り下ろす!
すぐさま赤犬は防御するべく頭部をマグマに変えた。
だが、それは失敗だった。
ジョットの拳が直撃し、赤犬の頭が割れ、崩れ去り、そしてそのまま吹き飛ばした!
「やっとこさ……一撃入れてやったぜ!」
「ジョジョ!」
メアリーがジョットに駆け寄る中、赤犬は立ち上がろうとして……体が上手く動かせなかった。
体が、寒い。マグマである自分が、凍え死んでしまいそうな程寒い。
吐き気もした。視界は回り、能力を使おうとすればするほど己の体が崩れていく。
(それでも、ワシは海兵じゃ……海賊を逃がす訳には……!)
ボヤけた視界の中、赤犬は地面を蹴った。拳を握り、振り被って、憎き海賊に向かって思いっきり振り下ろした。
だが、それは容易く受け止められ、右頬を殴られた。
「っ……こいつの執念には、凄みがある……! 生半可な覚悟じゃあオレ達がやられる……! 悔しいが、今回はオレ達の負けだ……引き揚げるぞ、メアリー!」
「うん、分かった!」
「待て、海賊ぅ……いや、ジョ……ジョッ! 貴様は……貴様だけはこのワシがァ……!」
お互いにもう覇気も能力も使う事はできない。
このまま戦い続ければどちらかが死ぬだろう。そして、赤犬は死んででもジョットを殺そうとする。
しかし、ジョジョは此処で死ぬ気は無かった。海賊王になるために、今回の戦いは自分の負けだと認めて、みっともなく、生き汚く、尻尾を巻いて逃げる。
そして……。
「マグマ野郎……お前は、このオレが何時か必ず倒す。それまで待っていろ……!」
「くそ……くそがああああああ!!」
――赤犬の怒号を背に、彼らは無人島を脱出した。
▲▽▲▽▲▽▲▽
「――てな感じでな。新聞では随分と持ち上げているが、実際に負けたのはオレ達だ。だから正直一億の懸賞金も納得していな――」
「もうジョジョッ。まだ言っているの? 確かにジョジョは不服かもしれないけど、私たちは……助けられた私たちは感謝しているし、あなたの事を誇りに思っている。あまり卑下すると私たちに失礼だし、クルセイダー海賊団の名に泥を塗る行為だって何度も言ったでしょ?」
「……はぁ、そうだな」
「それに――」
そこでメアリーはニッコリと笑って、クルー代表としてこの言葉を送る。あの後、島から逃げて勝てなかったと悔しがった彼に言ったあの言葉を。
「いつか絶対大将倒して海賊王になる。私たちは皆、それを信じている」
「……やれやれ。期待がでかいな」
「潰れそう? プレッシャーに?」
「いや――これくらいが丁度良い」
「……そっ」
じゃ、私は私刑が済んでいないので。そう言ってメアリーは再びクルーたちを追いかけ始めた。岩陰からこそこそと盗み見ていたのだろう。若干ニヤついていた。遠くの方からまた騒がしい声が聞こえ始めた。
「悪いな、置いてけぼりにして」
「ううん! そんなことないよ! 聞いていてドキドキした!」
「流石スターだな! 惚れ直すぜ!」
「にゅ~。どのみちお前がすっげえ強いっていうのも分かった」
どうやら、今回の話に満足したようで三人とも思い思いの感想を述べている。
ジョットにとっては惨敗の一言。人前でも、日記でも何てことない風に装っているが人一倍気にしている。あの時、能力が変化しなければ此処には居なかったのだから。
だからこそ、ジョットはもう負けないと決めて今まで戦って来た。
仲間たちが、自分を信じてくれているのだから。
「さて、飲み直そう。ハチ、今度はお前の話を聞かせてくれ」
「にゅ!? オレがか?」
「あ、じゃああの話をしようよ! ナマズさんたちを救った――」
「おー! 良いなケイミー! じゃあ聞いてくれスターよ! 今回語られるのはオレ達を救った一人の優しき魚人――」
――こうして、しばらくの間島から人の声が止む事は無かった。
読了後の気分を害するかもしれないので、隙間を空けています。
このまま読みたい人は読み飛ばしてください。
主人公が一億になった際に、私の書き方が悪かったのか主人公が赤犬をボコって力が四皇クラスなのか。そのような感想がありました。
答えたくても答えられず、今のいままで曖昧に返して来ましたが、今日ようやくどれくらいの強さなのかを示す事が出来ました。
今回の話によって今まで主人公に抱いていた全能感を壊されるかもしれません。話が違うじゃないかと思うかもしれません。
しかし、私はこう考えて書いている。その事を頭の隅に置いて欲しく、またこれからも楽しんで読んで欲しいため、今回の話を執筆しました。