とある海賊の奇妙な冒険記   作:カンさん

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激戦区

 

「――そろそろ浮上するぞ」

 

 ザバァッと音を立てて、一つの影が海上に浮上した。

 それは、ジンベエが呼び寄せたジンベエザメだった。その背にはランのシャボシャボの実で海中でも息ができるようにシャボン玉に包まれたメアリーとカリーナが居り、久しぶりの外界にフウ……と息を吐いた。

 

「上手く行ったみたいね」

 

 ジョットがペロスペロー達の軍隊を相手取っている間に、クルセイダー海賊団並びにタイヨウの海賊団は海中を進んでそれぞれの目的地に向かった。今頃、各々の仕事に取り掛かり始めている頃だろう。僅かに浮かんだ心配の感情を抑えつけ、メアリーは前を見据える。

 

「あれがホールケーキアイランド……」

 

 彼女たちの仕事は、ビッグマムの根城であるホールケーキ城に侵入し、ロード・ポーネグリフの写しを奪取する事。最悪の場合、四皇本人を相手取る事になるのでジョットと同じくらいに危険な仕事だ。加えて、海中に居るウミウシによって、既にこちらの居場所はバレていると思っても良い。それが分かっているからこそ、彼女たちはジンベエザメの背に乗って真っすぐ突き進む事ができたのだが――これからは、敵にバレないようにしないといけない。

ジンベエザメの背から、岸に上がり上陸する三人は顔を隠しながら町の中へと入る。

 

「さて……これからどうする? メアリー」

「しばらくは隠密と情報収集。アーサー達が現れて、此処に残った主戦力を誘き寄せたら城の中に侵入する」

「上手く行くの?」

 

 ジンベエの問いに答えたメアリーに、カリーナが眉を顰めて尋ねる。

 四皇は、この海の皇帝だ。そんな相手をする以上、どれだけ策を練っても足りない。そう思うのは必然だった。腕っぷしが弱いながらも海賊相手に泥棒稼業をして来たカリーナの勘が警鐘を鳴らしていた。

 

「大丈夫……って言いたい所だけど、流石に四皇相手だとそう楽観的には言えないね」

「だったら……」

 

 もう少し、計画を見直さないか? そう意見しようとして――メアリーの目を見た途端、カリーナは言葉に詰まった。

 メアリーは、酷く穏やかな表情を浮かべていた。これから四皇の城に入るというのに。

 

「大丈夫。なんて言ったって、私たちはクルセイダー海賊団。ジョジョが無事な限り、決して折れない!」

「メアリー……?」

「――そう。ジョジョが居る限り、クルセイダー海賊団は大丈夫。ジョジョは、こんな所で立ち止まっていられない……海賊王になるまでは」

 

 話は終わり。そう言ってメアリーは情報収集の為に動き出した。そんな彼女の背中を見ながら、カリーナは言いようのない不安を覚えた。

 メアリーは臆病な人間だ。それなのに、ビッグマムの縄張りに入ってから一度も弱音を吐かない。それに、今回の役割も彼女が決めて、危ない仕事を積極的に引き受けていた。

 

(どうしたの、メアリー?)

 

 友の異変にカリーナは表情を固くし――それを後ろからジンベエだけが黙して聞いていた。まるでメアリーの心情を分かっているかのように。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

「シャシャシャッ! ママに逆らう人間が居るとはねえ」

 

 ビッグマムの縄張りの海中にて、一人の人魚……いや、半人魚が居た。

 彼女の名前はシャーロット・プラリネ。数多く居るビッグマムの娘の一人だ。

 

「あれが噂のクルセイダー海賊団……いや、傘下のタイヨウの海賊団か」

 

 彼女は、襲撃者が居ると聞いて野次馬しに来た。特にビッグマムから出向けと言われた訳でもないし、母親であるあの女(・・・)を助ける為に動いているためではない。

 ただ単に興味があって覗きに来ただけだ。だから、タイヨウの海賊団がウミウシを無力化しているのを、優等生よろしく兄弟や傘下の海賊たちに教える気は無かった。どうせ、既に敵戦力を把握しているというのもあったが。

 

「……」

 

 しかし、何故か彼女は次第に見ているだけでは満足できない――そう思って来た。

 不思議な感覚だ。彼らを――正確には彼を見ていると、覗いているだけでは居られない。そんな、自分でも理解できない感情が彼女の胸の中で渦巻いていた。

 そのまま放置するのは気分が悪く、だから彼女は思うがままに行動した。

 

「シャシャシャシャ!」

 

 そんな突飛な行動は――彼女の母シャーロット・リンリンと何処か似ていた。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

 

「――アーサーさん。そろそろ、ホールケーキ城上空に到着します」

「ああ、分かった」

 

 クルーからの報告に、アーサーはナギナギの実の能力の精密なコントロールに意識を傾けた。こちらの攻撃は無音に、しかし味方の間での音は消さない。

 この能力を得てからメアリーに導かれて、最近ようやくモノにして来た。しかし、やはり個々に能力を使い分けるのは難しく、覇気で己の剣を磨き上げる方が自分に合っていると日々思っている。

 だが、アーサーはこの能力が好きだった。……別に覗きの際に音を消せるから、ではない。使い方次第で仲間を助ける事ができる優しい能力だからだ。

 メアリーから聞かされた魔法を使うピエロと少年の話。彼女が又聞きしたのか、それとも実際にあった話なのかは分からない。それでも、そういう使い方もあるのだと知ったアーサーはナギナギの実の能力が好きになった。

 そして、今回もこの能力はジョットや仲間を助ける力を持っている。それを気づかせてくれたメアリーに感謝しつつも――別れた際に見た彼女の表情を思い浮かべて不安になる。

 

「アーサーさん」

「ランか」

「そろそろ俺の能力で船を降ろします」

「ああ、分かった」

 

 シャボンコーティングで浮力を奪い下降させると伝えたランだが、その後も彼の後ろに立ち続けた。何か言いたい事があるのだろう。

 それを察したアーサーが尋ねる。

 

「どうした?」

「いえ、その……メアリー副船長の事なんですが」

「――今は、自分の仕事に専念しろ。本人がそう言っていたんだ」

「でも、あんな言い方……!」

 

 尚を食い下がろうとするランを、アーサーが黙らせた。

 

「ラン……オレたちがどうこう言っても、あの人は止まらない」

「……」

「船長を信じよう。……今はそれしかない」

「――分かりました」

 

 不満そうにしながらも、ランは立ち去り船が下へと落ち始めた。どうやら、自分の仕事に取り掛かり始めたらしい。雲が下から上へと流れるのを見ながら、アーサーは意識を集中させる。背後で「お、落ちるだわさ~!」「オ、オルガー!」と騒ぐ親子の声を聞きながら。あの二人は今回裏方なので、大人しくして欲しい所だが……。

 そんな他愛のない事を思いながら――アーサーは、眼下に映ったホールケーキ城に己の愛剣を向けて叫ぶ。

 

「砲撃用意! 目標ホールケーキ城! ――ふんぞり返っているビッグマム海賊団に景気よくぶっ放しな!」

『おおおおおおおお!!』

 

 アーサーの声にクルー達が応え――そして次の瞬間、砲弾が城に直撃した。

 音も無く、しかし衝撃と火薬を撒き散らしながら。

 

 

 ▲▽▲▽▲▽

 

『わあ!? なんだ!?』

『空飛ぶ船が城に攻撃しているぞ!』

『でも変だぞ! 音が全くしない!』

 

『どうなっている! 何故敵の接近に気付かなかった!』

『急に城が揺れた~~!』

『うわ、食器が落ちた!』

 

『報告! ホールケーキ城にクルセイダー海賊団が現れた模様!』

『ペロリン! やはり空を飛んでいたか!』

『おい! 邪王真眼は居たのか?』

『それが。全く姿を現していないようでして――』

 

 

 

「――外は大騒ぎだぞ。良いのか、放って置いて」

「兄弟たちに任せるさ……オレの仕事は、お前を倒してママの所に連れて行くことだ」

 

 鏡を通して向こうの世界の住人の声がこちらの世界に響くなか、無数の打撃音が両者の間で響き合う。カタクリが能力の覚醒で無数の腕を作り出しラッシュを叩き込み、それをジョットが同じようにオーラで迎え討っていた。武装色の覇気がぶつかり合い、鈍い音が空間を震わせる。そんななか、割れた鏡の破片から聞こえる万国中の住民の言葉から、ジョットは仲間たちが動き始めた事を察した。

 戦闘の余波で辺り一面ボロボロだが、生き残った鏡があるようだ。と言っても、人が出入りする大きさは無いが。

 しかし、二人は鏡の向こうから聞こえる声に全く興味を示さなかった。それだけ相手に集中しているという事であり――。

 

「えらくオレを買っているんだな、アンタ」

「当たり前だ。あの戦争を見て、お前をルーキーと侮る程オレは驕っていない」

「そうか」

 

 ――何よりも、目の前の敵を認めているという事。気を抜けば一瞬でやられると確信しており、それと同時に一気に倒す術を互いに持っている。

 それを理解しているからこそ、カタクリもジョットも相手に集中していた。

 

(しかし、未来を読まれるっていうのも厄介だな)

 

 カタクリは、戦闘に入ってから能力の覚醒による攻撃を主軸にして戦っている。地面や壁を触手状のモチに変えて雨あられと降らせ、ジョットが近づこうとすれば退がって接近させない。

 未来を視たのだろう。ジョットが近距離――正確にはスタープラチナの射程距離に入った瞬間にどうなるのかを。それを読まれたジョットは内心舌打ちをする。

 

(戦って分かるが、こいつの方が覚醒の操り方が巧い。今は何とか誤魔化しているが、そのうち手数が無くなって競り負ける)

 

 それが分かっているからこそ、ジョットはカタクリを射程距離に入れようとしていた。

 

(コイツを近寄らせたらダメだ)

 

 一方、カタクリはジョットの予想通りにスタープラチナの異常さに気が付いていた。覚醒で牽制しながら、自分がジョットの射程距離に入った未来を視て――眉を顰める。

 

(星屑の後ろに居るアレが拳を構えた後、見えるのはダメージを負った自分の姿。オレの見聞色の覇気でも見切れないスピード……と考えるには違和感がある)

 

 スタープラチナが構えて、傷を負ったカタクリが映る未来まで行く工程がどうもチグハグだと彼は思っていた。どれだけ速い拳でも、未来を視る事ができる自分なら回避をする事は可能だ。現に、昔海軍大将黄猿との戦いでも、光の速度の攻撃を避け切った経験がある。

 

(星屑は、黄猿よりも速いのか?)

 

 そう考えて――すぐに否定した。それでは、あの未来の光景に説明がつかない、と。

 

(まだ判断材料が足りないな――)

 

 モチとオーラの拳の連打を観察して、現段階ではジョットが時止めを使っていないと確信したカタクリは次の手を撃った。

 

「“無双ドーナツ”――“力餅!”」

 

 ドーナツ状のモチの穴から飛び出した拳がジョットに向かって放たれた。

 それを見たジョットが己の拳を覇気で強化して受け止め――しかしカタクリの猛攻は止まらない。

 

「まだだ――“雨垂モチ”」

 

 触手状のモチが降り注ぎ。

 

「“餅吟着”」

 

 さらに無数の無双ドーナツから力餅が、ジョットの四方八方から放たれる。

 初撃を受け止めたジョットは、現在無防備な状態だ。今までの相手なら、できる限りダメージを減らそうと雨垂モチか餅吟着を迎撃する。

 しかし、目の前のジョットは違う。カタクリは、既に未来視で捌き切っている姿を見ていた。後は、それをどうやって凌ぐかが問題だ。

 

(さあ、どうやって捌く――星屑のジョジョ)

 

 雨垂モチと餅吟着がジョットの射程距離に入り――次の瞬間、カタクリの支配下にあったモチが全て弾け飛んだ。

 

「――!?」

 

 注意深く見ていたカタクリは驚愕の表情を浮かべる。

 ――見えなかったのだ。ジョットの動きが。未来視で予め見ていても、彼の動きを捉える事ができなかった。黄猿と戦った時ですら、視る事ができたというのに。

 

「……っ! なるほど」

 

 そして、その致命的な隙をジョットは見逃さない。

 カタクリの能力の覚醒でモチに触れ、今度は彼の能力の覚醒でオーラに変えるとカタクリに向かって拳の雨を解き放った。

 

「ちィッ!」

 

 それをカタクリは受け止めた。体を変形させて避けるのではなく。

 全ての拳を迎撃し終わった後、カタクリの眼に己の腕が茨に絡みつかれている未来が映り、それと同時に痺れるオーラが彼の肉体を襲った。

 

「ぐっ!?」

「冷静さを失えば未来を視れないんだったな――カタクリ!」

 

 拳の雨を隠れ蓑に、ハーミットパープルを伸ばしてオーラを流し込んだジョット。痛みに顔を歪めるカタクリを見て、彼はグイッと茨を引き寄せて無理矢理射程範囲に入れようとする。しかし、その前にカタクリが腕を細くして脱出し、距離を取った。

 ジョットは、深追いせずに油断なくカタクリを見据えた。対してカタクリはプルプルと震える腕を抑えて口を開く。

 

「……そうだったな。お前は、未来を視る相手とは腐る程戦って来たんだったな」

「まぁな。おかげでアンタと戦える」

 

 油断なく拳を構えるジョットを見て、()()足りなかったかとカタクリは眉を顰めた。

 ジョットの時止めの解明に意識を持って行った為に、意識外からの攻撃でダメージを負ってしまった。悪魔の実の力は鍛え方次第で化けると言うが――指導が良かったのだろうと彼はアタリを付けた。

 

「だが――おかげでヒントを得られた」

「なに?」

 

 ハーミットパープルは、確かにカタクリにダメージを与えたが――それと同時にジョットの能力を解明するカギを得た。

 モチモチの実の能力の覚醒が、鏡の世界を侵食する。地面から、壁から、天井から触手状のモチが伸び――一つの結界を作り出した。空間を埋め尽くすように伸びた細長いモチの触手は、少しでも動けば体に触れてしまいそうだった。

 

「ハーミットパープルと言ったな。見聞色の覇気と能力を交えた技……実に興味深い」

「……テメエ、まさか」

「ああ、そうだ。触れた途端に迎撃する――貴様の技を参考にさせて貰った」

 

 見聞色の覇気と覚醒を使いこなすカタクリだからこそ、できた荒業。

 視界に広がるモチの結界にジョットは顔を歪め、カタクリは能力を使うべく拳を振り被り――。

 

「視させて貰うぞ――貴様のその力!」

 

 そして、四方八方から再び力餅が降り注ぎ――鈍い音が一つ響いた。

 


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