異世界に飲まれた現実で   作:フライドポテサラ

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異世界に立つ

 それを目にして始めに想起させられた単語は『異世界』だった。

 異界の地を目の当たりにして心の内から湧き上がるものが無いわけでないが、それでも彼には他にすべき事があった。

 

「やりかけのゲーム、クリアしなきゃな……」

 

 彼は地面から視線を離して空を見上げてそのように呟く。でも空だってあんなに不思議な色をしているよな、と。

 

(これ、帰る方法なんかあるのか?)

 

 帰路に就くべく辺りを見回すが、草木、建造物にかけて絵の具のような艶の鋭さが目に刺さるだけでここがどこかは見当もつかない。

 どうやら、現実とは異なる世界に迷い込んだことだけは間違いないようだ。

 

 更にそこら中を蠢く無数の粘性生物。ある知識を元に言わせればそれは『スライム』という名を持つ冒険の初期に出くわす定番モンスターである。

 自由自在に変形させる姿はまさに異様で、現実世界であのような動きを見た経験は一度もなかった。一番近いのはクラゲだろうか。それでもこの粘りつくような気色の悪さは表現しきれない。

 

(魔物もいるのか……)

 

 友弘はより強い魔物の存在を危惧していた。仮に精強な魔物と出くわしてしまった場合、彼が生き残る確率は殆ど無いに等しいだろう。

 しかし彼の中で天秤は傾く。生存と魔物とを乗せた天秤が。支えていた手を外してみると、見事に魔物の方へと傾くのだった。

 近くの村なり町なりに逃げ込むより、友弘は魔物との遭遇覚悟で直接帰宅する道を選んだ。そのため出来るだけ恐ろしい魔物と鉢合わせないように息を潜めながら歩を進める。

 すると、ほんの一瞬だが小さな何かと視線が合った。

 

「ひゃっ!」

 

 小さな影は友弘と目が合うなり真下の草へと逃げ込んでしまう。

 蝶のような羽を身に着けた小人姿を見る限りでは『妖精』と、友弘は記憶しているのだった。

 彼は興味本位で生い茂る雑草に手を探り入れてみる。

 手を動かすたびに草が滑らかに揺れる。触り心地も不思議な事に悪くはなかった。肌を切るような独特の痛みは感じられない。

 揺れ方も腕から伝わってくる感覚も友弘の知っている感触とは異なっていたのだ。

 

「ひゃう!」

 

 そして難なく捕らえられた。

 友弘はそのまま妖精の片足を指でつまんで引き上げてみる。そこには小さな四肢を懸命に動かして脱出を試みる姿があった。

 

「うぅ……食べないでください〜」

 

 妖精は手のひらに乗るほどの極小サイズだった。恐らく手を伸ばしても全長は人の顔ほどしかないだろう。

 

「食べるって……人間を何だと思ってるんだ」

 

 いつ何処にも誤解というものは生じるものだ。種族間なら尚更のこと。

 しかし彼女が咄嗟に放ってしまった言葉に本意が含まれていたのかは定かでない。恐らくこの状況では仕方のない反応であっただろう。

 

 それから彼女は友弘の「人間」という言葉に何度か瞬きをし、彼の顔を指差した。

 

「……そうですよ! 大体何でここに人間がいるんですか! あとここって一体何処なんですか!」

 

「それは俺も聞きたいよ」

 

 友弘が至極当然そうに呆れながら答える。妖精はここの住民であろうに道を見失うとは滑稽ではある。

 すると妖精はふむ、と顎に手を当てて考え込む仕草をとった。

 友弘は上下逆のままの少女を見つめながら結論を待つ。

 

「それならこうしませんか? あなたも私も、ここがどこか知りたがっている。だからそれが判明するまで協力するんです!」

 

「何で俺がお前まで抱え込まなきゃいけないんだよ」

 

 友弘はいともあっさりと彼女の結論とともにその小さな体躯を投げ捨てる。

 その態度に少し苛立ったのだろう。妖精は意地を見せて彼に食いかかるのだった。

 

「私、こう見えても魔法が使えますよ!」

 

「さっき俺に使わなかったじゃないか。どうせ慣れてないとかなんだろ?」

 

「うっ……」

 

 しかし簡単に敗れ去るあたり、人生も魔法も経験が足りていないように思える。そんな少女を見限って、友弘はその場を後にするのだった。

 

 ところが――

 

「グルルルル……ガウガウガウ!」

 

「きゃあーー! 助けてくださいー!」

 

 後ろから獰猛な唸り声が聞こえたかと思うと少女が肩に抱きつくようにして逃げてきた。

 

「おい……厄介事に巻き込むなよ……」

 

「そうは言いましてもぉ!」

 

「魔法とやらを使って蹴散らせばいいじゃないか。使えるんだろ?」

 

「はい、使えます。でも……その、えっと」

 

 友弘の問いかけに言い淀む妖精。彼女の言いたい事はなんとなくわかる気がした。魔法に対して自信を持ってないだろうことは明白だったのだ。

 どうせあまり成功したことがないとかだろうと推測する。

 

「まだ上手くできたことないんです、魔法。練習中も失敗ばっかりで……ひゃっ!」

 

 話の途中でバウ! と犬が一吠えし、妖精が腰を抜かす。

 友弘は犬の方へ視線をやる。体毛は茶と黒で、頭から後ろ足まですらりと伸びた身体は靭やかで素早そうだ。

 友弘の感覚では警察犬の代名詞とも言えるシェパードに良く似ていると感じたが、幾らか凶暴性が増しているようだった。

 野生化したらこんな感じになるのか? それが友弘の所感であった。

 

「うぅ……犬さん怖いですぅ……」

 

「……魔法が上手くできないって、イメージが足りないんじゃないのか?」

 

「お師匠様からもそう言われました……わっ」

 

 そして少女の短い悲鳴を皮切りに、犬が四肢を折り曲げて力を込めた。

 友弘との体格差を見計らって威嚇を続けていたシェパードも、いよいよ痺れを切らしたのだった。

 

「とにかく逃げるぞ!」

 

「は、はいっ! ……きゃあっ!」

 

 ところが駆け出す友弘に妖精は振り落とされ、慌てて羽をばたつかせる。しかし彼女の飛ぶ速度は遅く、見事にシェパードの狙いの的になってしまうのだった。

 

「ひゃあぁぁっ!」

 

「仕方ないなあ……ん?」

 

 友弘が後ろを振り返って確認してみると、シェパードは真上の獲物目掛けて跳躍するが間一髪のところで躱されている。

 これは直接手助けしなくても良さそうだなと、やがて腕を組んでその様子を観察し始めた友弘に妖精は涙目で訴える。

 

「助けてくださいぃ!」

 

「待て、それ以上高度を下げるな」

 

「言われなくても下げませんん!」

 

 餌に釣られる犬を見て、これまでになく冷静になった友弘は妖精に指示を出す。

 危機が迫る最中、妖精は突然に見物し出した友弘に腹を立てるのだった。

 

「ようし、じゃあ魔法の実践練習を始めるぞ」

 

「え……ええぇっ! ここでぇっ! ですか⁉ ひっ!」

 

 妖精は下から飛び上がってくる捕食者の動きに合わせて悲鳴を上げる。

 

「魔法、か……何の練習をしてたんだ?」

 

「ああ、問答無用ではじめるんっ! ですね……分かりました。ひゃあっ!」

 

 妖精はシェパードに怯えながらも諦めたように言い放った。

 今彼女には友弘に従う選択肢以外、いや、飛んで逃げるという方法はあったが、気が動転しているせいもあって正常な思考が難しくなっていた。

 

「私が習ったのは水と風の魔法でした。どちらも流水とかそよ風程度のものでしたあがっ! はあ……はあ……危ない」

 

……なるほど使えない。少なくとも戦闘中では。

 使えないと自覚しつつ魔法の効力を口にする妖精に対し、友弘は一息吐き出して彼女の元へ近づいていく。

 

「どりゃあっ!」

 

「ひいぃっ!」

 

 ゴン、と鈍い音を立てて友弘の拳が直撃する。妖精は頭を押さえながら悲痛の叫びを上げた。

 

「くぅん! くぅ……くぅ……」

 

 しかし直撃したのは妖精の頭ではなく、犬の鼻頭だった。

 そして鼻に強烈な一撃をもらったシェパードは堪らず逃げだしてしまった。

 その情けない声が聞こえてきた数秒後、妖精は強く瞑っていた瞼と頭を押さえていた手を離して、自身に何事もないことを確認した。

 

「あ、あれ? ……なんだ。てっきり私がぶたれるのかと……」

 

「このタイミングでなんでお前を叩くんだよ」

 

 友弘は妖精の発言に肩を竦める。ピンチの者を更に追い込む、そのような鬼畜の所業をするはずがないと、その意図を持って言ったのだが、

しかし紛らわしい言動をした友弘に多少なりとも妖精は怒りを感じているのだった。

 

「いや、叩く流れでしたよね⁉」

 

「ま、片付いたみたいだし、こっからは気をつけて帰れよ」

 

「えっ、何でそうなるんですか! さっきの約束、忘れたとは言わせませんよ!」

 

 妖精は手を強く握り込みながら訴えかける。実のところ、約束をしていたかは妖精にもよく覚えていなかった。

 しかし口から出まかせを相手に悟られればこちらの立場が危うくなることは確かだ。

 

「約束なんかしてないだろ」

 

「う……え、えっと、さっき助けてもらった借りとか、見殺しにされてた恨みとかが私にはあるのですが」

 

 苦し紛れに言ってみるも、その矛盾を友弘に指摘されてしまうのだった。彼はどうしてもここで縁を切ることを選ぶらしい。

 

「ならその2つで帳消しにしてくれ……じゃあな」

 

 友弘は妖精を残して立ち去っていく。

 

「ま……待ってください! ……あの、付いていくんじゃ駄目ですか?」

 

 妖精は何とか留まってもらおうと思慮の限りを尽くす。考え抜いた答えが「あなたの側にいたいんです」作戦だった。

 友弘はその言葉に立ち止まる。

 

「森をちょっと出ただけなのにこんな場所に出ちゃって、危険な魔物とかたくさんいるし、仲間はいないし。心細かったんです! ……だから、一緒に行っては駄目ですか?」

 

 友弘は嘆息する。ただの迷子じゃないか、と。しかし彼にも人として最低限の道徳はあった。

 彼に交番にでもぶち込んでやろうかな、との考えがよぎる。

 

「……分かった。ただし、有用な魔法が使えるようになると誓え。それが条件だ」

 

「……っはい! 誓います!」

 

 交錯する思いはいずれ解けるのか。

 こうして二人の奇妙な帰宅が始まったのだった。

 

 

「……ところで名前は?」

 

「エレアノールっていいます! エレって呼んでくださいね」

 

「そうか。ところでエレアノール、この世界のことについて知りたいんけど」

 

「えぇ……エレって呼んでくれないんですかぁ? ……まあいいです。それで、どんなことが知りたいんですか?」

 

 友弘の指先が建物の壁部分に掛けられている看板を示す。そこには異世界の文字が象られているのだった。

 

「えっと……いさの、えき? ですかね」

 

「ん、今なんて?」

 

 彼はエレアノールから聞き覚えのある言葉が発せられたので思わず聞き返してしまう。やけに騒音の少ないこの場所で、聞き間違いなど起こり得なさそうだが。

 

「いさのえき、と」

 

 いさのえき、砂野駅。

 砂野駅は友弘の最寄り駅から数区間乗った先にあるはずだが、なぜこのような場所に。偶然の一致だろうか。

 しかし建物を構成する材質や色は違えど、構造は似ているような気もした。あたりを見回してみるが砂野駅周辺と配置が似ている。

 

「これは……?」

 

 友弘は困惑を隠せなかった。

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