day0 一年生 10月
放課後の教室。他の生徒は皆下校し終わり、そこにいるのは自分ただ1人。机に顔を突っ伏してはいるが眠ってはいない……ではなく、ついさっき目が覚めたのだ。
それでも顔を上げる気が起きないのは何故なのだろうか。寝起きの無気力感からか、それとも金縛りにでもあっているのだろうか。
理由がどうであれ、起きる気がしないのであれば無理に起きる必要はない。どうせ教師が教室の戸締りを確認するために見回りにやってくるのだ。怒られるわけでもないし声をかけられた時に起きればいいだろう。
頭を乗せる腕がしびれる不快な感覚と微睡んだまま意識を覚醒させない心地よい感覚の両方を味わう。自分は特に眠るのが好きというわけではないのだが教室で眠るのは別だ。ベッドで柔らかい布団に包まれながら眠るのとはまた違った魅力がある。
可能なのであればいつまでもこの感覚を味わっていたいのだが、それは許されないようだ。段々と意識がはっきりとし始め、不快さが心地よさを上回り始めた。
そろそろ顔を上げようか、いやもう少し心地よさを感じられていられるだろうか。くだらない葛藤に悩まされていた時、不意に誰かに優しく身体を揺すられた。
「おはよう橘くん。目は覚めた?」
顔を上げた先にいたのは同級生の女の子。艶やかな黒髪を背中まで伸ばし、前髪はぱっつんと切り揃える、俗にいう姫カットに整えている。学校で規定された通りにきっちりと制服を着こなしており、その外見を表現するなら優等生としか表現できないような……いや、実際に彼女は優等生であったはずだ。テストの成績は上位。授業も真面目に受け、学級委員にもなっていたはずだ。老若男女、生徒と教師関係なく慕われるような非の打ち所がない性格、それに恵まれた容姿も相重なってまるで創作物の登場人物のような女の子。
名前は確か……
「……絢辻? どうしたの?」
「どうしたのじゃないでしょ。もう下校時刻よ」
彼女は呆れたような笑みを浮かべながらそう答えた。
「そっか、起こしてくれてありがとね」
「ふふっ、どういたしまして。と言っても高橋先生に頼まれたんだけどね」
頼みごと……そう言えば、彼女が頼みごとをされている姿はよく見かける。それは同級生からであったり教師からであったり。さらに言えば生徒はわざわざ他クラスからやってくる人もいるし、教師も担任だけでなく非常勤や今では他学年の教師からもお願いされているようだ。
人が良いと言えばいいのか、損な性格と言えばいいのか。
ただ少し疑問もある。話してみればわかるのだが、彼女は決して意志が弱いというわけではない。むしろ、自己主張がはっきりとしてる人物と言っても良いだろう。それなのに何故面倒な仕事まで良く引き受けているのか。
まぁ世の中に人に頼られることに喜びを見出す人もいるのだろうし、変だとまでは言えないが。
少し自分の世界に入りすぎていたようだ。空いてしまった間に気まずさを感じたのか、彼女は少しギクシャクしながら自分に話しかけてきた。
「そう言えば橘くんって友達作らないの?」
「友達?」
「そう。一年生ももう10月でしょ? 先生も心配してたわよ」
公立輝日東高校に進学してはや半年、自分はクラスに親しい友人を作らずにいた。
部活にも入らず、昼食も1人で食べている。ただ、それは別にクラスで蔑ろにされているというわけではない。話を振られれば返すし、団体行動をせざるをえない授業などでは決して和を乱すようなことはしていない。黙っているのではなく、そういう状況でジョークを交えながらコミュニケーションを取るくらいはできるぐらいの人間関係は構築している。
それでも自分は特定の仲の良い人物を作らず、割合で言えば1人でいる時間の方が圧倒的に多かった。
「友達、ね」
「橘くんってなにか一線引いてるところがあるっていうか……友達、作ろうと思えば作れるんでしょ?」
「作れたら作ってるって。コミュ障なんだよ俺は」
「コミュ障?」
「コミュニケーション障害の略語」
絢辻は言葉を詰まらせたようで苦笑いを浮かべている。
別に自分のコミュニケーション能力に問題があるとは思っていないのだが、友達ができていないのは確かなのだ。こういうのは変に言い訳すると見苦しい……と自分では思っているので、聞かれた際は自虐をすることにしている。
「あはは……でもお喋りするクラスメイトはいるでしょう? 梅原くんとか、よく話してるじゃない」
「俺の会話の相手の割合的に言えばよく話してるかもしれないけどさ、一般的に言えばたまに喋る程度の関係なんじゃないかな」
「それでも話していてお互いに楽しいと思えてるんでしょ? だったらすぐに友達になれると思うわ。友達っているに越したことはないわよ。少なくとも今以上には楽しく生活できるんじゃないかしら」
はたして本当にそうなのだろうか。自分がクラスメイトと楽しく会話できているのはうわべだけの関係だからであり、距離を近づければ心のどこかで違和感が生まれるはずだ。自分はそうなると確信しているし、その原因にも自覚がある。
でもまぁ、彼女に反論するつもりはないのだが。絢辻が友人関係の話題を振ったのは教師から小言を言われたというのもあるのだろうが、少なくとも善意から提案してくれたのだろう。その行為を無下にするほど自分は愚か者ではない。
「そうだね、作ってみようか。友達」
「ええ、頑張って。私でよかったらいつでも相談にのるからね」
「ほんと? じゃあ早速いい?」
「もちろん! なんでも聞いて?」
人のいい笑みを浮かべる絢辻。
笑顔が眩しい。これからふざけるのが申し訳なく思えてくる。
「友達ってさ、どうやって作るんだっけ?」
「ふふっ、そんなもの変に意識する必要はないんじゃない? もっと話す機会を多くしてみるとか、相手のことをもっと知ろうとするとか。それぐらいでいいのよ」
「あー……そうじゃくてさ」
彼女は、ん?と小首を傾げている。
「なんだろう材料っていうか……」
「えっ、材料?」
「そう、水35L、炭素20㎏、アンモニア4L。そこまでは覚えてるんだけど……」
「橘くん……?」
「あとなんだっけ、塩分とか硝石とか、それから硫黄も必要だったよね? ってか材料を揃えてからもわかんないかな。なんだろう、こねくり回したらできるのかな、友達って」
「橘くん!? なんの話をしてるの!?」
人体錬成の材料を並べる自分に驚愕する絢辻。おそらくネタは伝わっていないだろうが、不穏な雰囲気は感じたのか、かなり引き気味だ。
慌てて冗談だよと告げると彼女は安心したのか、ほっと息をついて表情を緩めた。
もちろん冗談だ。本当は全部覚えている。水35L、炭素20㎏、アンモニア4L、石灰1.5㎏、リン800g、塩分250g、硝石100g、硫黄80g、フッ素7.5g、鉄5g、ケイ素3g、その他少量の15の元素。
15年も経って、こんなくだらないことを覚えているのはおかしなことだと思うのだが。しかも、大切なことは忘れてしまったというのに。
「あはは……橘くんってやっぱりおもしろい人なのね」
「そうでもないって。こんなくだらないことにユーモアを見出してくれる絢辻さんの感受性が豊かなだけだと思うよ」
「本心で言ってるんだけどな。でもそうやってすぐに自虐に走るのはマイナスかも」
そう言うと、彼女はカバンを肩にかけ教室の入り口へと歩いて行った。
「私そろそろ帰るわね。橘くんはまだのこる? 鍵を閉めなきゃならないんだけど」
「いや、俺ももう帰るよ。妹からおつかいも頼まれてるし」
「橘くんって妹さんいたのね」
「うん。中3で輝日東目指して勉強中。……っと、はい。閉めてくれて大丈夫」
まとめた荷物を抱えて廊下へと出ると、絢辻は教室の鍵を閉めた。
廊下を見渡すが静まり返っており、他のクラスにも人がいる気配はない。どうやら自分たちが最後の生徒だったようだ。
「それじゃあね、橘くん。私は鍵を返しに職員室に寄ってから帰るから」
「じゃあね絢辻。また明日……、また明日の前に1ついいかな」
「ん? どうしたの?」
「いや、大した事じゃないんだけどさ。俺は結構……
--俺は結構、今の人生を楽しんでるんだ。
♢♦︎♢
絢辻と別れた後、自分は妹から頼まれた買い物を済ませるために駅前の繁華街を歩いていた。肩を撫でる乾いた風が夏の終わりを実感させる。今の時刻は5時15分。まだ日没までは30分もあり、それなりに人も見受けられる。
頼まれた買い物は新しくできたケーキ屋のシュークリーム。うちのクラスでも最近よく話題に出るものだ。特別有名な店だとか、行列ができるだとかいうわけではないらしいのだが、女の子の間で情報が共有されるということは確かな味なのだろう。
自分の妹、橘美也は中学三年生で今は受験勉強に勤しんでいる。志望校は自分の通う公立輝日東高校だ。偏差値自体は高すぎるわけではないのだが、それでも初めての受験となればプレッシャーも大きなものだろう。最近は勉強を見てあげているのだが、一生懸命努力しており、何かご褒美をと尋ねたところ頼まれたのがシュークリームであった。
おそらく女の子がメインターゲットであろう店に男子高校生が1人で買い物に行くのには多少抵抗があるが、これも可愛い妹のためだ。喜んで承諾した。
メモ帳に簡単に描かれた地図を元に店の場所を探していると、うちの学校の制服を着た女の子が他校の男子にナンパされている姿が目に入った。
彼女の姿には見覚えがある。というか、うちの学校の男子で彼女の名前を知らない者はいないだろう。
森島はるか。1つ上の代の生徒でとてつもない美人として有名だった。ルックス、スタイルともに抜群で、噂では彼女目当てで輝日東高校に進学した男子生徒もいるといった話だ。毎日ラブレターをもらうのは当たり前、多い日は2通以上もらうこともあるという冗談のような話も彼女なら納得できる。すでに自分のクラスでも玉砕者が何人か出ているのを知っている。
まぁ自分には関係のない話なのだが。美人に興味がないわけではないのだが、彼女の場合余りにも距離が遠すぎるというか、まるで雑誌のグラビアアイドルを見ているような感覚なのだ。身近な存在だという実感があまり得られない。
学園のアイドルにもイマイチ興味が湧かないので首を突っ込む気は起きない。無視してさっさと買い物に行こう。
そう思ったところで、なぜだか彼女の方から視線を感じてしまった。気のせいだとは思うのだが思わずそちらに顔を向けるとバッチリと目があった。
困ったような、助けを求めるようなそんな目。
思わずため息が出る。こういう事をするのは柄ではないのだが、ここで行動しなければ男として……というか、人として終わってしまうだろう。
大きく深呼吸をして覚悟を決める。
「おーい、先輩! こんなところで油売ってたんですか?」
知り合いを装って駆け寄ると、困惑する先輩に黙っているようにとアイコンタクトを飛ばす。それから彼女を口説いていた男子生徒が言葉を発するよりも先に口を開かなければならない。
悪い絢辻、ちょっと名前借りる。
「もう5時過ぎですよ先輩! 絢辻先輩が時間に厳しいの知ってるでしょう? 文句を言われるのは後輩男子なんですからね、まったく」
「えっ? えーっと、ごめんなさい。ちょっとこの人に捕まっちゃって……」
「ん? 先輩のお知り合いですか?」
「んーん、今ここでナンパされたの」
こちらの行動の意図を察したのか、先輩は話を合わせてくれた。
直接的ではないが、自分が邪魔者であると伝えられた男子高校生はバツの悪そうな表情を浮かべている。
「はぁ。ナンパでもなんでもいいですけど、集合時間過ぎてるんですからね! ぼくは先に行きますよ!」
「ま、待って待って。一緒に行きましょうよ! ……ということでごめんなさいね? お茶には他の子を誘ってあげて」
「えっ……あー、うん。ごめんね、時間取らせちゃって……」
「ん、大丈夫よ。それじゃーねー! ほら、行きましょう?」
そう言った森島先輩は、自分の手を取ると強引に引っ張って移動を始めた。目的のお菓子屋とは逆の方向に。
「ちょ、先輩! そっちは違うんですけど!」
「ごめんなさい! 話は後で聞くからとりあえず付き合って!」
すまない妹。今日はシュークリーム買ってあげられないかもしれない。
自分は先輩に手を引かれながら、逃げるように繁華街を後にしたのであった。
♢♦︎♢
先輩との2人の逃避行の末、たどり着いたのは寂れた公園であった。
適当に選んだベンチのそばまでつくと先輩は掴んでいた手を解放してくれた。
いくら季節が秋だとはいえ、それなりの距離を全力疾走したので体温が高まっている。ひたいを流れる汗をブレザーの袖で拭おうとしたところ、隣からハンカチを差し出された。
「はぁ……はぁ……、よかったら、それ、使って?」
「……どうも」
手渡されたハンカチを受け取り汗を拭く。デフォルメされたダックスフンドが描かれた可愛らしいハンカチだ。確か妹も似たものを持っていたはずだ。
顔の周りに当てると、なんだかいい匂いが漂ってくる。不思議だ。自分のものと一体何が違うというのだろうか。
一息つき、呼吸も整ったタイミングを見計らって先輩が話しかけてきた。
「ふぅ……さっきはありがとう。すっっっごい、しつこいナンパだったから困ってたんだ」
「そうなんですか。ま、余計なお世話でなかったのなら良かったです」
「とっても助かったわ。えーっと、あなたは後輩よね? 名前は?」
「橘です。橘純一。輝日東の一年生ですよ」
「そう、橘くんね! わたしは森島はるか。2年生よ」
知ってる……のだが、わざわざ口に出す必要はないか。
そんなことよりも早めに会話を終わらせて店まで急がなければ。シュークリームは生ものだし、夜になると売り切れてしまうだろう。
「えっと、森島先輩? 俺ちょっと用事があって、もう行っていいですか?」
「ん? 用事って?」
「新しくできたケーキ屋あるじゃないですか。あそこのシュークリームを買ってきてって妹に頼まれてるんですよ」
そう告げたところで先輩の方に顔を向けると、彼女はなんだか申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「どうかしました?」
「あのね、そのシュークリームなんだけど、わたしが買ったので確か最後だったと思う」
「マジすか……ちなみに譲って貰うってことは?」
「ちょっと難しいかな。お腹の中だし」
冗談めいた表情でお腹を撫でる仕草をする先輩。
残念だが諦めるしかないだろう。美也には何か代わりのものを買って帰り、シュークリームは明日まで我慢してもらうことにする。
それにしても迂闊だった。ある程度人気の店なら売り切れまで考慮するべきだったろうに。明日は居眠りなどせずにすぐに店に向かわなければ。
「あー、しょうがないですね。妹には何か他のもので満足してもらうことにします」
「ほんと? 良かったらお礼に奢ろっか?」
「いや、そこまでする必要ないですって。てかそろそろ移動しません? あんまり遅くなるとあれですし」
時計の針は5時半を指していた。夕飯の時間的にそろそろ帰っておきたい。先輩も女の子だし、これ以上遅くなると親御さんも心配するだろう。
「そうね。もうすぐ日没だ。橘くんは家はどっちなの?」
「こっから徒歩で20分くらいですかね。先輩は?」
「わたしは電車、じゃあここでお別れだね」
「送りましょうか? あの人と途中で鉢合わせたら気まずいでしょう?」
「……ほんと? 迷惑じゃない?」
「まぁ、ついでですし」
ありがとう、と飛び跳ねながら全身で喜びを表現する先輩に思わず笑みがこぼれる。
なんだろう、不思議な人だ。近くにいるだけでこちらの気分まで明るくなるような、そんな魅力が彼女にはある。
「あっ」
「ん? どうかしました?」
「んーん、やっと笑ったなって」
「……俺がですか?」
「そう! 今の顔、すごい良かったわよ! グッド!」
グッド?グッド、good、ぐっど。
何かを褒められたようだ。笑った顔を?そんな馬鹿な。
別に普段から表情が死んでいるということはないはずだ。彼女と出会ってからも愛想笑い程度は適所で浮かべていた。それなのに初めて笑ったとはおかしな話だ。
……ただの変わり者だと思っていたのだが、案外人の感情に鋭いらしい。
言葉に詰まり黙ってしまった自分に見兼ねたのか、先輩はこちらの手を取って引っ張ってきた。
「ほら、橘くん! 妹さんに何か買って帰るんでしょう? 早く行きましょ!」
「あー、はい。わかったんであの、手離してくれません?」
「なんで? わたしと手繋ぐのいや?」
「いやじゃないですけど、この姿を先輩のファンに見られたらきっと俺殺されちゃうんで。流石に自分の命の方が大事なんです」
「大丈夫! その時はちゃんとわたしが庇ってあげるから!」
「むしろ事態が悪化する気がするんですが……」
なんたって高校の男子生徒の大半を敵に回すのだ。味方の存在しない自分の立場では血祭りにされる未来が容易に想像できる。
こちらの心配をよそに先輩は手を離す気はないようだ。この人大丈夫なのだろうか。これが普通の男子高校生だったら絶対恋に落ちていたはずだ。
彼女がそれに気づいていないのがタチが悪い。こういう女性を魔性というのだろうか。
まぁこの時間帯に他の学生とすれ違うということも少ないだろうし、気にしないことにする。役得役得、こっちは寂れた日常を送る男子高校生なのだ。こういう時ぐらい青春してもバチは当たらないだろう。
そんなくだらないことを考えながら先輩に手を引っ張られ、帰路につくのであった。
♢♦︎♢
先輩を駅へと送り、コンビニで妹のために肉まんを購入しやっとのことで家へと到着した。腕時計の針は既に6時を通り過ぎている。
玄関の鍵はしまっており、チャイムを鳴らすと家の中から元気な声の返事とドタバタ音が聞こえてきた。
ガチャリ、と鍵を開ける音が聞こえたと思うと勢いよく扉が開けられた。
「おかえりにぃに! シュークリーム買ってきてくれた!?」
「あー、悪い。色々あって出遅れちゃってさ、売り切れてたんだ。代わりにまんま肉まん買ってきたから申し訳ないけど明日まで我慢してくれ」
そう告げると妹の顔が険しくなる。
「はぁ、なにさ色々って。どうせ教室で居眠りでもしてたんでしょ」
「ちげーよ。先輩がナンパされててさ、それを助けるのに芝居打ってたら時間過ぎちゃって。ほんとごめんな、楽しみにしてたのに。明日こそちゃんと買ってくるから」
嘘をつく時のコツはいくらか真実を混ぜることだと聞いたことがある。兄のことに関しては異常なまでに鋭い美也だが、どうやら納得してくれたようで道を開けて家に上げてもらえた。
「母さんは? いないの?」
「うん。お仕事が遅くなるから2人で食べてって」
「どうする? なんか食べに行くか?」
「んー、まんま肉まん買ってきてくれたんでしょ? 後は家にあるものでいいや」
「そっか。じゃ俺もインスタントラーメンにでもするわ」
「ん、じゃあみゃーが作るよ。にぃには手洗ってきて」
「はいよ、頼むわ」
「あ、ちょっと待ってにぃに」
靴を脱ぎ、二階の洗面所まで移動しようとしたところで美也に呼び止められた。
「おかえり、にぃに」
「……ただいま、美也」
♢♦︎♢
食事も終わり、自分の部屋へと戻り一息つく。今日は珍しく人と沢山触れ合った1日だった。
書くことを忘れないうちに日記帳を開く。日記は自分が物心ついた頃から続けている、数少ない習慣だ。
自分、橘純一には前世の記憶というものがある。それもかなり特殊なものだ。
具体的にいうと、自分の前世の記憶というのは平行世界のものなのだ。
平成生まれで高校生の頃に事故で死んだ自分だが、気がついてみると昭和の時代に新たに生を受けていた。
いや、それだけならまだ平行世界だとは断言できないだろう。
確証を持ったのは小学生に上がる頃だっただろうか。児童向けの特撮番組を見た時の既視感。それが始まりだった。
テレビから流れていたのはイナゴマスクという番組。内容は単純、主人公が不思議なベルトでイナゴマスクへと変身し、悪の組織の怪人をやっつけるというものだ。
前世の記憶を持っていたとはいえ、幼いが故にそれをうまく受け止められずにいた自分であったが、その番組には確かな違和感を覚えた。
自分の知っている特撮と違うのだ。いや、内容自体は大した変わりはないのだが、名前が何かパチモンくさい。
その感覚はこれからの人生で数多く襲ってくることになった。
この世界のものは前世の記憶に存在する情報からどこかずれている。有名だった曲はどこか歌詞が違っていたり、芸能人の名前も何かがおかしい。コンビニや、ジュースの名前まで前世のものと一致しない。もちろん、全部という訳ではないが。
この世界は何かの創作物を基準とした平行世界だということ。それが中学へと上がり、自我の形成が完了した頃にそれらの経験を踏まえて自分が導き出した答えであった。
そしてそれは高校へと入学し確証へと変わった。
公立輝日東高校はハッキリ言って異常なのだ。公立学校のくせに土曜日も授業がある。校舎が異様に広い。冬休みが極端に少なく、その代わりに他の休みが長い、など。
常識というものと照らし合わせると余りにも不自然な、創作物の世界だと何も疑問を抱かないようなそんな舞台設定。
そう、自分は前世の記憶が存在するが故に気づいてしまったのだ。この世界がどっかの誰かのゲームの世界だということを。
まぁ、だからどうしたという話なのだが。自分の家庭環境は恵まれているし、何か危険なことに巻き込まれるということもない。物理法則や世界の真理も変わってはいないだろう。世界が多少変わっていても、前世の自分の常識から逸脱しない程度の違和感なのだ。
それでも物の名前程度のものに一々違和感を感じるというのは結構なストレスではあった。しかも、それを他者と共有できないともなればなおさらフラストレーションは溜まる。
もちろん、今はもう割り切れているのだが。細かいことを一々気にしていてもしょうがないし、おとなしく新しい生活を楽しんでいる。
そう、ありとあらゆるものに違和感を感じるということは、裏を返せば何もかもが新鮮だということなのだ。それに気づいてからは毎日が一気に楽しくなった。
話が逸れてしまったが、日記を書いているのは日常に抱いた違和感を記録していた名残だ。今では普通の日記を書いているが。
そういえば、今日ふと思ったのだがこの世界はもしかしてギャルゲーを基準にした平行世界なのではないだろうか。それなら不自然な授業日程や、異様な広さの学校にも納得ができる。
ヒロインはもちろん森島先輩が候補に上がるだろう。後は……絢辻と、教師枠に高橋先生。うん、違和感がない。
他にもうちの高校は全体的に女の子のレベルが高いし、十分ありえるはずだ。
まぁ結局は自分には関係ない話なのだろうが。現実世界にフラグなどのふざけた要素は存在しないだろうし、まだまだクソガキな自分はそこまで悟った人生観は抱けない。
結局のところ前世の世界とは何も変わらないのだ。その上で自分の立ち位置を考えると、女の子を口説くだとかは考えられない。
コミュ障ぼっちに必要なのは女の子ではなく友達なのだ。現状それも余り期待できないのだが。
……このままでは話がまとまらなさそうなので強引に締めるとしよう。
拝啓、神様へ。
自分、橘純一は第2の人生をエンジョイしています。
敬具。
地の分と会話文の練習のために新しい連載を始めました。
ほのぼの世界に転生する2次創作もっと増えねぇかな。