どっかの誰かのゲームの世界で   作:クリネックス

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day9  二年生 9月

 輝日東高校特有の馬鹿に長い夏休みが明けてから早4日。九月の終わりのある日、自分はいつも通り学校への通学路を歩いていた。

 夏休み明けの気持ちというものは不思議なもので、初日は友人に会える喜びからか比較的軽い足取りで学校へと向かうことができる。しかし、その足は2日、3日と経つ度に段々と重くなって行く。そして今日は、おそらくピークなのではないかと思うほど憂鬱な気分へと陥っていた。

 

 そんなこんなで湿っぽい気分のまま学校へと向かってダラダラと歩いていたのだが、駅と学校と自分の家を分けるY字路に差し掛かった時、少し先に森島先輩の姿が見えた。

 通学時間がズレているため朝に彼女と出会うことは殆どないのだが、普段は塚原先輩と一緒に通学しているということは知っている。しかし、今日はその姿は見えず、森島先輩は一人で歩いていた。

 一人でいるのだから当然といえば当然なことなのだが、その姿はいつもの明るく活発な先輩とは異なり、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出していた。

 

 普段ならそんな先輩に声をかけようとは絶対に思わないだろう。そもそも朝は舌の回りが遅く、人と会話する気分でいることは少ない。

 しかし、今日は何かが違っていた。

 恐らく、自分が思ってる以上に夏休み明けの憂鬱な気分に参っていたのだろう。そんな気分を振り払いたいと思っていたかどうかはわからないが、なんとなく先輩に声をかけようという気持ちに至った。

 

「おはようございます。お一人なんですか?」

「えっ?」

 

 少し離れたところから挨拶の言葉を口に出しながら先輩の元へと駆け寄る。

 突然話しかけられた森島先輩は目を丸くしてこちらを振り向いたが、自分の顔を確認すると落ち着きを取り戻して表情を和らげた。

 

「……ああ、橘くん。おはよう」

「すいません、驚かせちゃって」

「ううん。気にしないで」

 

 先輩は少しの間歩幅を緩めてくれた。それに合わせて彼女の隣に着いて、一緒に歩き始める。

 共に登校することは受け入れて貰えたようなのだが、どうにも調子がおかしい。並んで歩いているものの、彼女は口を開こうとしない。

 特に湿っぽい雰囲気というわけではないのだが、いつもの彼女とギャップがあり過ぎて少し心配になる。

 

「なんかありました?」

「ん? どうして?」

「いえ、なんかいつもと雰囲気が違うんで」

 

 思わず口から出てしまった疑問に対し、先輩は考え込む仕草をする。

 少しの間無言が続き、なんとも言えない空気がその場に漂い始めたところで、彼女は顔を上げた。

 

「夏休み明けって、なんだか憂鬱な気分にならない?」

「ああ……先輩もだったんですね」

 

 大した理由でなくて少しホッとした。

 よくよく考えれば先輩は高校三年生だ。彼女にとっての長期休みが明けたことに対する感覚は、自分のものとはまた違ってくるのだろう。受験も卒業も近づいてくることを実感する機会ともなれば、気が滅入ってしまうのにも頷ける。

 

「きみもなんだ」

「ええ。だから誰かと話をしたい気分になって。たまたま先輩の姿が目に入ったから声をかけたんです」

「なるほどね。珍しくきみの方から話しかけられたから、ビックリしちゃった」

「……珍しく、ですか?」

 

 納得がいったという表情でそう述べた先輩であったが、その言葉に少々ひっかかりを感じてしまう。

 彼女とはなんだかんだで一年近い付き合いになる。自分たちは学年も性別も違い、所属している団体も特に同じという訳ではないとのことで、接点こそ殆どない。しかし、なんだかんだでウマが合ったのだろう。顔を合わせれば会話をする程度には仲が良いと表現してもいいはずだ。

 少なくとも自分はそう認識しており、だからこそこちら側から声をかけることも、頻度としてみれば珍しくはないはずだ。

 

 思わず言葉に詰まってしまったのだが、そんなこちらの様子から先輩は疑問の意図を読み取ったのだろう。気を使うように話しかけられた。

 

「いつもの橘くんは、挨拶のついでに話し掛けるって感じだったから。そっちからお話ししようって言ってくれたのは多分、初めてなんじゃないかな?」

「そんなことは……」

「無いかな? 違ってたらごめん」

 

 彼女の発した言葉の意味がイマイチ伝わらない。顔を合わせたから話し掛けにいくのと、今日の行為とは何か違いがあるのだろうか。

 それが気になって会話の内容を頭の中で反芻しようとしたのだが、こちらが思考に耽るよりも先に先輩は笑いながら話しかけてきた。

 

「あはは、そんなに悩まないでよ。変なこと言ってごめんね?」

「いえ。あの……こちらこそ、ごめんなさい」

「ん。じゃあこの話はここで終わり! せっかくなんだし、楽しいお話をしましょう?」

 

 パン、と手を叩いて強引に会話を打ち切る先輩。

 納得はできていないのだが、このまま思考に耽って空気を悪くしても申し訳ない。そもそも、話しかけたのはこちらなのだ。会話をほっぽり出してまで自分の中に入ってしまうのは流石に失礼だろう。

 

「先輩は今日はお一人なんですね」

 

 当たり障りのない話題を投げかけたつもりなのだが、何故か森島先輩は考え込む素振りをする。

 

 何か地雷を踏んでしまったのだろうか。もしかして塚原先輩と喧嘩でもしたのか。

 謎の空白の原因を探して冷や汗を流す自分であったが、顔を上げた先輩はニヤリと口元を緩め、イタズラっぽい笑みを浮かべると話しかけてきた。

 

「ふ〜ん? それがきみの全力なのね?」

「え? あの……」

「がっかりだなぁ。もうちょっと面白いお話を期待してたんだけど……」

「えぇ……」

 

 面白いお話ってなんなんだ。わけがわからない。

 

「……そんなこと言うなら、先輩が話題を振ってくださいよ」

「え? でも、君から話しかけてきたんでしょ?」

「はーーーー? そういうこと言っちゃいます?」

「言っちゃう。ほら、早く。渾身のをおねがいね?」

 

 ね?、と小さく首を傾けながら催促してくる先輩。

 その姿は素面の時ならば萌えると喜べたのだろうが、この状況ではプレッシャーにしかならない。

 こういう時に考えてしまうと、時間が経てば経つほど不利になるというのは分かっている。しかし、一つ一つ話の内容を考えて会話をするという経験が殆どないので口が全く動かない。

 先輩は相変わらず嫌らしい笑みを浮かべながら、こちらを見つめている。一度誤魔化してしまったので二度目は通じないだろう。

 仕方がない。大きく深呼吸をして、覚悟を決める。

 

「今日も寒いですね!」

「いや、まだ9月なんだけど……」

 

「先輩って少女漫画とか読みます!?」

「ううん。別に」

 

「あっ、そういえばこの間聞いた話なんですけど!」

「へ? あ、そ、そうなんだ……」

 

「……生まれてきてごめんなさい」

 

 怒涛の3連続で会話が滑った。先輩は目線を下に外して顎に指を置き、全力でローテンションを表現している。

 なんだこれは。女っていうものはいつもそうだ。こちらが会話を広げようと話題振っても乗らず、まるで見世物を見るかのような感覚で面白い話をしろと催促してくる。そもそも、会話というものは互いに言葉を出し合って作り上げるものだろう。コントじゃないんだから掴みから面白い話なんてできるわけないだろうが。

 

 とうとうネタも尽きてしまい俯いて口を閉ざす自分であったが、その姿を一通り眺めた先輩は、突如として表情を変えると笑いながら話しかけてきた。

 

「あはは! ごめんごめん。あんまりにも面白い反応するものだから、ついからかいたくなっちゃった」

「もう絶対自分から話しかけねぇ……」

「ん〜? じゃあ、わたしから捕まえに行っちゃおうかなぁ?」

 

 クスクスと笑いを零しながらそう言葉を発する先輩。

 それによって謎のプレッシャーからは解放されたが、緊張感が解かれると同時にどっと疲れが押し寄せてきた。

 

「こういうのなんて言うか知ってます? パワハラ、って言うんですよ」

「なにそれ? どういう意味?」

 

 不思議そうに首を傾げる先輩。

 そういえば、パワーハラスメントは和製英語であったか。よくよく考えればこっちに生まれてから聞いたことのない言葉だし、もしかしたらまだ作られていないのかもしれない。

 

「……パワーハラスメント、立場を利用した嫌がらせです」

「ええ〜! ひっどーい!」

「違うんですか?」

「もちろん! 今のは愛情表現よ」

 

 森島先輩は満面の笑みを浮かべながらそう言ってきた。

 男というものは単純なもので、それだけで感じていた苛立ちの大半が吹き飛んでしまう。

 それでも簡単に許してしまうのも癪なので、先輩の言葉を無視して歩幅を広げ、彼女を置いていくように距離を取る。

 

「あら。拗ねちゃった」

「はぁ……」

「ごめんごめん! 謝るから、ね?」

 

 小走りで近づいてきた先輩は自分の前に回り込むと、あざとい仕草で謝ってくる。

 そんな姿から思わず口元が緩んでしまうが、目ざとくその仕草を見て取った先輩は、ニヤリと笑みを浮かべるといじりにかかってきた。

 

「ふふっ、なになに? 今の、橘くん的にグッときた?」

「もう絶対許さねぇ……」

「そうなの? 許してくれたらもう一回やってあげてもいいよ?」

「……」

「あっ、待って待って! ごめんってば!」

 

 先輩の問いかけに無言で返し、再び歩みのスピードを上げる。

 慌ててそれを追いかけてきた先輩は、今度こそ怒らせてしまったのかと心配そうな表情を浮かべていた。

 嫌な気持ちはとっくに無くなっていたのだが、せっかくの機会だ。仕返しをしてやろうと思い立った自分は、そのまま学校へ到着するまでの数分間を先輩からの謝罪の言葉を聞きながら、わざと無反応で過ごすのであった。

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 輝日東高校の購買はいつも混雑している。それは売られている商品が人気だからだ。この購買では菓子パンや紙パックのジュースといったごく普通の商品の他に、近所のパン屋によって出来立てのパンが運ばれてくる。そのパンを目当てに昼休み開始直後は生徒が群がるのだ。

 そんなわけで購買にパンを買いに行くためには授業が終了してすぐに教室を出る必要がある。しかし、二年生の教室は購買への距離が一番近く、そこまで躍起にならなくても問題なく購入できるのが殆どだ。

 それ故に、1年生の頃は売り切れを危惧して安全にコンビニを選択することが多かった自分であったが、今年は結構な頻度で購買を利用している。

 今日の自分もそのつもりだった。今年に入ってからは母親の仕事に余裕ができ、弁当を作ってもらうことも多くなっていたのだが、今日はそれに当てはまらず自炊をする元気もなかったので、昼食は購買を利用する算段を付けていたのだ。

 

 しかし、その計画は変更を余儀なくされた。四限終了直後、教室を出て購買に向かおうとした自分は、担任の高橋先生に声をかけられてしまったからだ。

 内容は単純で、授業で使用した教材を職員室に運ぶのを手伝ってもらいたいというものだった。本当なら断ってさっさと食事を買いに行きたかったのだが、今年の委員会決めで面倒な役職を避けた結果高橋先生が授業を持つ日本史係に就任していたため、その選択は取れなかった。

 そうして渋々職員室まで荷物を運んだ自分は、先生の視界から外れると同時に全速力で購買へと向かったのであった。

 

 購買自体は職員室からそう遠くない位置にあるのだが、やはり出遅れてしまったことにより、そこには行列ができていた。

 こうなると自分の分が回ってくるかは怪しい。経験上、購入できるか売り切れるかは半々といったところだろうか。

 仮に購入できたとしても、健全な男子高校生である自分にはパン一つでは少々物足りない。少なくとも2つは手に入れたいところだ。

 ここまでくると購買を諦めて食堂へと向かった方が早いのだが、この日は朝からここのパンを食べることを楽しみにしていたため、その選択肢は取れなかった。

 

 そんなこんなで、一人、また一人とパンを手に持ち列を抜ける生徒を眺めながら歩みを進めていた自分であったが、五分ほど経つととうとう自分の番が回ってきた。

 

「えっと……アンパンとカレーパン、1つずつください」

「はいよ。300円ね。っと、両方最後の一個だわ。ラッキーね」

 

 問題なく買うことができたのだが、どうやら今買ったものでラストだったようだ。後ろにはまだ列が続いており少々申し訳ない気持ちになる。しかし、朗らかに笑う購買のおばちゃんがその気持ちを吹き飛ばしてくれた。

 素直に幸運を受け入れることにした自分は、指定された金額分小銭を手渡すと2つのパンを受け取って列を外れた。

 

 本当ならそのまま教室へと向かうつもりであったのだが、ふと後ろから聞こえた声が気になって足を止めた。

 

「ごめんなさいね。パンは全部売り切れちゃったわ」

「えっと……あの……他のものは……」

 

 振り向いた先では、自分の次に並んでいた少女がおばちゃんから売り切れを告げられていた。

 それだけなら特に気に留める条件にはならないのだが、周りにデフォルメされた涙マークが見えるほど彼女は目に見えて落ち込んでいた。

 

「今日は菓子パンは仕入れてないから、ジュースとデザートしかないわね。どうする?」

「い、いいえ……やめておきます……」

 

 不運なことに今日は市販の菓子パンも切らしていたようだ。恐らく売店で食事を済まそうと考えていたであろう彼女は、それを聞くとなにも買わずにしょんぼりと列から外れていった。

 いつもであればそんな事いちいち気にせずにいられるのだが、今日は自分も購入できるかどうかわからないドキドキ感を味わっていたということもあり、彼女に対して妙な哀れみを感じてしまった。

 

 つまりは気まぐれなのだろう。下を向きながらトボトボと歩き、自教室へと帰ろうとする彼女に声をかけたのは。

 

「よう後輩。食事はどうすんだ?」

「っ……! えっ? あの……」

 

 突然声をかけられたことに対しビクりと飛び跳ねながらこちらを振り向いた彼女は、目線の先にいるのが年上の男子生徒だと知り困惑した様子だった。

 おそらく人見知りなのだろう。あうあうと口を動かしている彼女に対し、その緊張を解くために笑いながら話しかける。

 

「ごめんごめん。突然話しかけちゃってさ」

「い、いえ……大丈夫です……」

「良かった。それでなんだけどさ、君に1つお願いがあるんだ」

「お願い……ですか?」

 

 未だ怯えた様子を見せる彼女であったが、少しだけ警戒心を解いてくれたのだろう。戸惑いながらも取り合ってくれた。

 

「そう。もし良かったらでいいんだけど、アンパンかカレーパンのどっちかを買って貰えないかな?」

「えっ!? それって……」

「俺さ、パンを2つ買うか、パンとジュースを買うかで悩んでて。んで最後の一個ってことでなんとなく買っちゃったんだけどさ、今後悔してたんだよね」

 

 言い淀む彼女が何か言葉を発するよりも先に、こちらが話を続ける。

 

「君、俺の後ろに並んでたでしょ? それで、もしかしたらって思ったんだけど……ダメかな?」

「い、いえ……あの……いいんですか?」

 

 躊躇いがちにそう言葉を発してきた後輩。

 どうやらこちらの提案には乗ってくれるようだ。

 

「あはは、こっちがお願いしてるんだって。で、アンパンとカレーパンどっちが良い?」

「えっと……それじゃあ……アンパンを……」

「ん。100円ね」

 

 そう言ってアンパンを彼女に手渡すと、おずおずと差し出されてきた100円玉を受け取る。

 彼女はまだこの状況に困惑しているようで、このままこの場に残ってもストレスをかけさせてしまうだけだろう。ここまでの流れで少々時間を食ってしまったこともあり、さっさと教室へと戻ることにした。

 

「ありがとう! 助かったよ!」

「こ、こちらこそ……あの……ありがとうございます……」

「ん。じゃーねー」

 

 挨拶を済ませたことで会話が終わり、そのまま後ろを振り向いて立ち去ろうとしたのだが、なぜだか彼女に大きな声で呼び止められた。

 

「あっ、あの!」

「ん?」

 

 再び彼女の顔を見ると、ウルウルと目を潤ませながらこちらを見つめている。その様子はまるで捨てられた仔犬のようだった。

 そのまま少し時間が経ったのだが、彼女は覚悟を決めたのかおずおずと言葉を発してきた。

 

「あの……お名前、教えていただけませんか?」

「あ、ああ。いいよ。橘純一、2年生ね」

「橘先輩……えっと……本当にありがとうございました!」

「ん。気にしないで」

 

 礼を聞き届けると、それで満足したのだろう。彼女はふぅと大きく息を吐いた。

 その様子は一々大げさでつい笑いそうになるが、怯えさせても面倒なのでなんとか口を紡ぐ。

 

 その後、再び一言挨拶を残した自分は、駆け足で自教室へと戻るのであった。

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 帰りのホームルームが終了してから30分は経っただろうか。掃除当番だった自分は簡単に掃き掃除を終わらせた後、なんとなく誰もいなくなった教室で読書をしていた。

 そんな中、突然教室の扉が勢いよく開かれたかと思うと、聞き覚えのある声がそこから聞こえてきた。

 

「おっ! いたいた! おーい、おにいちゃーん!」

 

 本から顔をあげて目線をそちらに向けると、そこには案の定妹の姿があった。彼女は教室の入り口からこちらに手を振っている。

 そのまま廊下へと出て行っても良かったのだが、今は教室に自分以外の生徒がいない。下級生の一人くらい入ってきても何の問題もないだろう。

 

「おう! 今誰もいないから入ってきてもいいぞ!」

「ほんと? だってさ、行こ、紗江ちゃん。逢ちゃん」

「ん?」

 

 てっきり妹一人がやって来たのかと思っていた自分は、その言葉を聞いて動きを止める

 そんなことは御構い無しに妹が教室に入ってくると同時に、二人の女子生徒がそれに続いて姿を現した。

 

「失礼します」

「あ、あの……お邪魔します……」

 

 そこにいたのは七咲と、昼休みに出会った女の子。

 意味がわからず困惑する自分であったが、そうしてやって来た3人はそれを気にせずに自分の席に近づいてくる。

 やがて自分の目の前まで到達すると、未だ言葉を発せていない自分を尻目に、美也が口を開いた。

 

「お兄ちゃんなんでしょ? 昼休みに紗江ちゃんにパンをあげたのって」

 

 その言葉によって、なんとなく彼女たちの行動の意図が掴めた。

 数日前に妹がクラスに転校生がやって来たという話をしていたのだが、おそらく、その転校生というのが昼休みに会った女子生徒のことだったのだろう。自分は名前を名乗ったこともあり、そこから美也と兄妹だという可能性を感じた彼女は、教室へ戻ると確認を取ったのだ。そこから妹の訳のわからない行動原理が働いて、今自分のクラスへとやって来たというわけだ。

 

 事情を悟ったことにより混乱から覚めた自分は、妹に返答するためにあわてて口を開いた。

 

「お、おう。まあ、金取ったけどな」

 

 それに対し満足げに頷く美也。

 しかし、なぜ彼女たちがわざわざ自分を訪ねて来たのかがわからない。昼間はきちんと礼を貰っているし、言い残したこともないはずだ。

 

 そう疑問を感じていると、美也と七咲に押された女の子がゆっくりと口を開いた。

 

「あの……わたし、中多紗江っていいます。昼間はありがとうございました……」

「あー……うん。奢ったわけでもないし、そこまで気にしないでくれていいよ」

「は、はい。あと……すみません、昼に名乗りそびれちゃって……」

 

 おずおずとそう答える中多さん。

 なるほど。どうやら彼女は昼間に自分だけ名前を聞いたことを気にしてやって来たらしい。そんなこと気にかける必要もないのだが。律儀なものだ。

 彼女の言葉から自分を訪ねてきた理由がわかり、少しスッキリとした。しかし会話はそこで途切れてしまい、他に彼女たちの目的にも心当たりがなかったので、仕方なくそれを尋ねるために美也に問いかける。

 

「……で、他には?」

「ないよ。暇だったから紗江ちゃんに学校を案内するついでに寄っただけ」

「マジかよ」

「うん。まあ、お兄ちゃんに会えて良かったよ。じゃあね!」

 

 それだけ言うと、妹はさっさと立ち去って行った。

 中多さんはペコリと頭を下げ、七咲は失礼しますと一言だけ残し、続いて教室を去っていく。

 そして、教室は再び自分以外の人がいなくなった。

 

 今のは一体なんだったのだろうか。いや、中多さんが名前を名乗りにきたと言うのはわかるのだが、あまりにも突然すぎて頭の整理が追いつかない。七咲とか久しぶりに会ったのに、失礼しますとしか喋らなかったんだが。

 

「……は?」

 

 思わず単調な疑問を表す言葉を口から漏らしてしまったが、きっと誰にも咎められることはないだろう。

 嵐のようにやってきた妹の行動により困惑した自分は、その場を動けずにしばらくの間呆気に取られたままでいるのであった。

 

 

 

 

 




もしかしたら共通ルートのサブタイトルをまとめて変更するかもしれません。

※サブタイトルにイベントが起こった月を付け加えました。



数年振りにプレイしたアマガミがやっと一通り終わったんですけど、梨穂子可愛すぎませんかね?

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