どっかの誰かのゲームの世界で   作:クリネックス

11 / 17
the last day  二年生 10月

 放課後の教室。時計の針はとうに5時を過ぎ、夕焼けが部屋全体を包みこんでいる。恐らくこのフロアにはもう他に人はいないのだろう。聞こえてくる音は校庭で練習している運動部の掛け声と、自分の呼吸音のみ。それらもただ孤独感を引き立てるだけの材料と化している。

 そんな教室で自分はただ一人、机に肘をつきながらぼーっと窓の外を眺めていた。

 特に教室に残る用事があったわけではないのだが、今日はたまたま他のクラスメイトが早い時間に出て行ったのでただなんとなく誰もいない教室という不思議な空間を味わいたいと思い、かれこれ一時間以上自分の席から動かずにいた。

 窓の外を眺めていると言っても目に入るのは校舎の周りに植えられている木のみで、そこには何の面白みもない。なので、視線こそそちらに向けてはいるものの頭の中では他のことを考えていた。ただまあ、大したことを考えているわけでもないのだが。言ってしまえばそれは、眠りにつく前に布団の中でする妄想の亜種のようなものだ。

 

 高校を卒業した後はどうしようか。進学するのには躊躇いはないのだが、行動の自由度が増せば他にもやれることはあるだろう。

 シナリオライターにでもなってみようか。前世に存在してこちらの世界にはない創作物の知識を活用すれば、きっとそれなりのものを書くことができるだろう。

 作曲家にでもなってみようか。自分は少し先の未来で生み出される曲を知っている。それを先に作ってしまうのだ。きっとそれなりのものが出来上がるだろう。

 そうやって、楽して成り上がってもてはやされて、金を貯めて気ままに生きる。そういう人生を選択することもできるのだろう。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 なんて。

 そんな気は今の所ないのだが。あくまで妄想の範疇だ。

 

 自分は所詮一般ピープル。何もかもが人並みから大きくはズレない程度の人間なのだ。そんな自分がそういう『せこい』方法で成功したところで、罪悪感と劣等感に押しつぶされる未来が目に見えている。というか、創作物において才能のない人間が本格的にその手の道に入ってしまえば、必ずどこかでボロが出てしまうだろう。

 まあ、就職に失敗したり何かの間違いで莫大な借金を背負ったり、なりふり構っていられない状況になったらその選択も取るかもしれないが。今の所はその気はない。

 

 さて、何故自分がそんなくだらない妄想に勤しんでいたかというと、その原因はホームルームに配られた一枚のプリントにある。

 進路希望調査。高校2年ももう半年を切っているということで、担任の高橋先生から配られたのだ。

 この時期の進路希望調査など、別に詳しいことを聞かれるわけではない。進学かそうでないかを書けば問題なく受け取って貰えるだろう。さらには提出期限までまだ2週間以上もある。全くもって頭を悩ませてまで向き合うような案件ではない。

 それでも、一時間もそれについての妄想に浸っていたというのには、何か理由があるのだろう。それについては何となく予想はついている。

 恐らく、自分は不安なのだろう。前世の自分は高校生で死に、そこから先は経験していない。受験も、大学生活も、就職も、その他色々も。今まで多かれ少なかれ前世の経験に頼っていた分、それらが通用しないことに気掛かりがあったとしてもおかしくはない。

 まあ、べつに真剣に悩んでいるわけでもないのだが。不安で心臓が押しつぶされそうだとか、他のことに手をつけられないなんてことはない。あくまで、妄想のネタになる程度の些細な事象なのだ。

 

 そんなこんなで無意味な考えごとにより、ただひたすら時間を浪費していたのだが、ふと廊下の方から足音が聞こえた。それはだんだんこちらへと近づいてくる。

 そして、その音はとうとう自分のいる教室の前で止まった。

 

 ガラリと教室の引き戸が開かれる音がすると、やって来た誰かさんは驚いたように声を発した。

 

 

「あっ」

 

 

 声の発せられた方向に目を向けると、通学カバンを片手に持った絢辻が目を丸くしてこちらを見つめていた。恐らく彼女は教室に生徒がいるとは思っていなかったのだろう。

 互いの視線がぶつかり合う。すると、彼女はすぐに我に返って言葉を発してきた。

 

 

「橘くん。まだ残ってたのね」

「まあね。何となく動く気しなくてさ」

「そうなんだ。でも、もう下校時刻よ」

 

 

 呆れたような笑みを浮かべながらそう話す絢辻。

 輝日東高校では部活動や委員会のない生徒は、一応5時過ぎには教室を出ることになっている。しかしそれは建前のようなもので、実際に追い出される時間は教師の気まぐれによって変わってくる。

 それでも彼女の言葉はもっともだ。意味もなく下校時刻まで教室に残る生徒なんて変わり者と思われても仕方がない。

 少々ばつが悪くなり、話題を変えるためにも彼女に話し掛ける。

 

 

「絢辻はどうして教室に?」

「さっきまで学級委員の集まりがあって。そこで頼まれた仕事を終わらせてから帰ろうと思ったの」

 

 

 そう言うと彼女はカバンから分厚いプリントの束を取り出した。

 その紙には見覚えがある。確か昨日回収されたアンケートだ。

 

 

「あー、あれか。学校生活についてのやつ」

「そうなの。自分のクラスの分の集計を出しといて欲しいって」

 

 

 そういう仕事は生徒会のものだと思っていたのだが。どうやら、学級委員とは自分が考えていた以上に大変な仕事らしい。

 さて、どうしたものだろうか。自分としてはもう少し教室で過ごしていたい気分ではある。しかし、このまま何もせず彼女の仕事を見ているというわけにもいかないだろう。

 

 

「手伝おうか?」

「別にいいわよ。大した量じゃないし」

「だからだよ。それに、もう少し教室に居たいからさ」

「そう? じゃあ、お願いしようかな」

 

 

 絢辻はそう言って微笑むと、自分の前の席の向きを変えて、向かい合うように座った。

 30枚と少しのプリントを目分量で半分に分け、手渡される。そこに記されている項目につけられたチェックを数えて、メモ用紙に正の字を刻んでいく。項目の数は15個、それに対して選択肢が5つなので、やはりそこまで時間のかかるような作業ではなさそうだ。

 そうして作業に取り掛かって少ししたところで、絢辻に話しかけられた。

 

 

「橘くんは何してたの?」

「ちょっとね。考えごとかな」

「へぇ。どんな?」

 

 

 なんて答えるべきだろうか。彼女の問いかけに対し思わずペンを止めてしまう。

 その仕草を見て取った絢辻は、慌てて言葉を発してきた。

 

 

「あっ、言いにくいことだったら別にいいのよ?」

「あー、いや。そういうわけじゃないんだけど……」

「けど?」

「まあ……進路について、かな?」

 

 

 何を考えていたかと聞かれれば、そう答えるしかない。

 変に悩んでいると思われたくなかったため、答える言葉を探して一瞬口を噤んでしまったが、彼女に気を使わせるくらいなら正直に答えた方がいいだろう。

 

 

「ああ。進路希望調査ね」

「うーん。と言うよりかは、そこから色々考え込んじゃって」

「なるほど。高校生も、もう半分だものね」

 

 

 納得といった表情を浮かべる絢辻。

 彼女の言葉であらためて入学してからの時間の経過と、高校生の終わりが着実に近づいているという事実を実感する。それは夕暮れ時の教室という状況も相重なり、妙に自分を感傷的にさせた。

 

 何となく会話をするような気分ではなくなり、黙々と作業を進める。

 しばらくはそうして静寂が続いていたのだが、不意に絢辻が口を開いた。

 

 

「橘くんって、変わったわよね」

「ん?」

 

 

 ペンを止めて顔を上げ、絢辻の方に視線を向ける。

 彼女もそれに気がついたのか、作業を中断して目線を合わせてきた。

 

 

「いい意味でね? 一年前とは雰囲気が違うなって」

「そうかな? 自分じゃあんまりわからないんだけど……」

「うん。なんというか、明るくなった気がする」

 

 

 明るくなった……のだろうか。あまり実感がない。

 というか、確かに自分は常に明るい人間ではなかったが、だからと言って日々負のオーラを発するようなタイプでもなかったはずだ。

 

 

「去年の俺って、そんなに暗かった?」

「そういうわけじゃないんだけど……」

 

 

 自分の問いかけに絢辻は言葉を濁す。

 その様子は言葉を選んでいるという風ではなく、考えをうまく表現できないもどかしさに見えた。

 まあ、自分ではわからない変化というものもあるのだろう。内面的な変化であればなおさら。絢辻は聡明な人だ。意味もなくそんなことを口に出すなんてありえない。

 

 

「ま、友達が増えたからかな」

 

 

 具体的な変化の内容はわからないが、明るくなった理由を考えればそれしか思い当たらない。思い返せば、一年前と比べると日常的に会話をする知り合いは随分と増えた気がする。

 絢辻も納得いったのだろう。曇っていた表現を明るくして話しかけてきた。

 

 

「そう! 橘くん、去年は友達少なかったでしょ?」

「はっきり言うね……」

「ふふっ、だって私、高橋先生に相談されたのよ?」

「それは……ご心配をおかけして、ごめんなさい」

「ほんとよ。あの時は参っちゃったんだから」

 

 

 クスクスと笑いながら絢辻はそう言った。

 そういえば一年生のこの時期、彼女に友人関係のことでかなり気を使われた記憶がある。思い返すと、なんだか申し訳なくなってきた。

 

 その後、取り留めもない雑談をしながら作業を進め、10分もすると集計を終わらすことができた。

 自分のメモを彼女に手渡し、一つにまとめてもらう。

 

 

「っと、おしまい。橘くん、手伝ってくれてありがとう」

「ううん。気にしないで」

 

 

 そう言葉を交わすと互いに荷物をまとめにかかる。

 筆記用具を片付けカバンの中にしまう。念のために机の中を見渡し、忘れ物のチェックを済ませて立ち上がる。

 

 

「橘くんも帰るのね?」

「うん。腹も減ってきたことだしさ」

「ふふっ、そっか」

 

 

 荷物を抱えて廊下へと出る。

 相変わらず周りは静まり返っており、自分たち以外の人の気配はない。

 絢辻は先生から預かっていたのであろう教室の鍵を取り出して閉めると、あらためてこちらを向いて話しかけてきた。

 

 

「それじゃ、橘くん。私、職員室に寄ってから帰るから」

「あー、うん。お疲れ様」

「橘くんも。また明日ね」

 

 

 そう言うと彼女はこちらに背中を向けて歩き始めた。

 彼女に対して用事はない。挨拶も済ませた。だとしたら、職員室へと向かう彼女の背中を見送ればいい。

 

 しかし、なぜだか口が動いてしまった。

 

 

「あのさ、絢辻」

「えっ?」

 

 

 彼女は足を止めて振り返る。その顔には不思議そうな表情を浮かべていた。

 なぜ彼女を呼び止めてしまったのだろうか。

 廊下を夕焼けが照らしている。周りには誰もいない。そういった空間と、絢辻と交わした会話の内容、それから妙に感傷的な気分が自分の中でドロドロに溶けあい、そういった行動へと至らせた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 口を紡ぐ自分に対し彼女は困惑しているようだ。すぐに立ち去る様子はないが、ずっとこのままでいるわけにはいかない。

 

 一つだけ、自分の起こした行動の理由に心当たりがある。

 

 わざわざ口に出すべきかどうかはわからないのだが、ここまでやってしまったのだ。覚悟を決めて言葉を絞り出す。

 

 

「あのさ、絢辻。その……ありがとね」

 

 

 自分の言葉に対し彼女は目を丸くした。

 

 

「いきなりどうしたの?」

「いや、大したことじゃないんだけど。なんて言うか……」

「なあに?」

 

 

 口ごもる自分をからかうように絢辻は合いの手を入れる。

 ここまで言ってしまったのだ。あとはもう、どうにでもなればいい。

 

 

「……友達もできてさ、結構、毎日楽しいんだ。そのお礼をね」

 

 

 言った。言ってしまった。自分でも頬が熱くなるのを感じる。

 ぶつかっていた目線を思わず外してしまった。それ故に、今彼女がどのような表情をしているかがわからない。

 静寂がその場を支配する。なんとも言えない空気が漂い始め、居たたまれなくなる。

 

 いっそのこと挨拶を投げてその場を立ち去ってしまおうかと考え始めた時、不意に絢辻は口を開いた。

 

 

「ふふっ」

「え?」

「あははは!」

 

 

 聞こえてきた笑い声に驚き視線を彼女に戻す。すると、そこには口元を押さえながら肩をヒクつかせて笑う絢辻の姿があった。

 困惑と羞恥が自分を襲い、口から言葉が出てこない。

 そのまま少しの間笑い続ける絢辻であったが、やっとの事で調子を取り戻すと呼吸を整えてから話しかけてきた。

 

 

「ふぅ……ごめんなさい。からかうつもりは無いのよ?」

「もう、なんでもいいよ……」

 

 

 柄にも無いことをし過ぎた。と言うか、いきなりこんなことを言われれば、混乱してしまうのも仕方ないことなのだろう。自分が逆の立場だったら引いていたかもしれない。なぜ自分はあんなことを口に出してしまったのだろうか。思わず俯いて、自己嫌悪に陥ってしまう。

 そのまま数秒の間無言が続いた。しかし、ふと彼女の方から声が聞こえてきた。

 

 

「私も良かったわ。橘くんと友達になれて」

 

 

 聞こえてきた言葉に驚き、顔を上げる。

 

 

「じゃあね橘くん。また明日」

 

 

 それと同時に彼女は挨拶の言葉を残すと、こちらに背を向けて歩き始めた。

 

 自分は無言でその背中を眺め続ける。彼女はこちらを振り返ることなく歩き続け、やがてその姿は階段へと消えていった。

 それでも自分はまだ動けない。顔を上げた時に一瞬だけ見えた彼女の顔。そこに浮かべていた満面の笑みが頭に焼き付いて離れない。

 

 大きく深呼吸をする。思考をクリアにし、羞恥心を頭の中から追い出す。

 この一年は本当に楽しかった。それが今までと違うものになった理由というか、きっかけは彼女に有ったのだろう。具体的に言葉で表すことはできないが、そうだと思っている。自分の内面の変化についてのことだ。そう思っているのなら事実なのだろう。

 

 頬の熱は引いてきた。羞恥心も薄れて、代わりに充足感を感じ始めた。

 咄嗟に出てしまった言葉ではあったが、結果としてはあれで良かったのだろう。多少の気恥ずかしさは感じるが、彼女に自分の思いを伝えることはできた。

 それに、何よりも嬉しかったのは……

 

 

「友達か……」

 

 

 自分を友達だと認めてくれた。

 きっとそれは些細なことなのだろう。彼女にとっても、自分にとっても。それでも、互いに関係を認め合えて嬉しかった。

 

 思わず頬が緩みそうになる。溢れた笑いは喜びからか、呆れからか、照れからか。どれかと聞かれれば判断がつかない。

 

 きっと、それら全部なのだろう。

 

 

 

 

 

 ♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 自分、橘純一には前世の記憶というものがある。

 それもかなり特殊なものだ。具体的にいうと、自分の前世の記憶というのは平行世界のものなのだ。

 平成生まれで高校生の頃に事故で死んだ自分だが、気がついてみると昭和の時代に新たに生を受けていた。そんなこの世界では、物の名前が前世の記憶にあるものと大きく異なっていたのだ。

 仮面ライダーがイナゴマスクへと。ガンダムがガソガルへと。

 コンビニが。雑誌が。ファミレスが。ゲームが。漫画が。別の名前へと変化していた。

 しかし、何もかもが変わっていたというわけではない。太陽は東から昇って西に沈むし、その他の価値観や事象、歴史や世界の真理は、恐らく何も変化していないのだろう。

 仮に何かが変化していたとしても、自分にとっては関係のないことだ。自分の家庭環境は恵まれているし、何か危険なものに巻き込まれるというわけでもない。家族がいて、友達がいて、他に普通に生活できるような環境が整っている。それだけは変わらない事実だ。

 

 

 

 だから自分はこれからも何も変わらずに生きていく。

 

 例えそれが、どっかの誰かのゲームの世界でも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




なお、絢辻さんとは全く分かり合えていない模様。

くーつか。これにて共通ルート終了です。
今後の予定などについて長ったらしくあとがきとして活動報告に乗せているため、気が向いた方は読んでみてください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。